ルーマニアの研究施設ELI-NPのチームが、レーザーを使って生成したミューオンビームで厚さ2mの鉄筋コンクリート壁を通過させ、その先に置いた鉛の物体の影を捉えた。レーザーでミューオンを生成する研究はすでに進んでいたが、今回は他の放射線が混じる環境からミューオンによる信号を見分け、実際の物体を撮像するところまで進んだ。

M. Dobre氏、P. Ghenuche氏らが2026年9月23日に公開したプレプリントでは、著者らの知る限り、人工的に生成したレーザー駆動ミューオンが信号の主体となる撮像を初めて実証したとしている。

査読前の研究ではあるものの、自然界から降り注ぐ宇宙線ミューオンを待って利用する従来のミュオグラフィから、必要な方向へ人工的にミューオンを照射する方式へ進むための具体的な成果といえる。

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レーザーからミューオンを作り、厚い壁の向こうへ通す

ELI-NPで使われたのは、10PW級の高出力レーザーシステムだ。今回の実験では、約230Jのエネルギーを23fsという極めて短いパルスに集中させる。装置は最大で1分に1発のレーザーパルスを発生できる。

ただし、レーザー光そのものが2mのコンクリート壁を突き抜けるわけではない。

まず、強力なレーザーパルスをガスへ照射してプラズマを作り、その後方に生じる強い電場で電子を加速する。「レーザー航跡場加速(LWFA)」と呼ばれる方法だ。

次に、高エネルギーまで加速した電子を鉛へ入射させる。すると制動放射によって高エネルギーのガンマ線が生じ、そのガンマ線が原子核と相互作用することで、ミューオンと反ミューオンの対が生成される。この生成過程がベーテ・ハイトラー過程である。

ミューオンは電子に似た素粒子だが、電子よりはるかに重く、物質を通過するときに放射によって失うエネルギーも少ない。そのため、十分なエネルギーを持つミューオンは厚い岩石や金属なども通り抜けることができる。

自然に降り注ぐ宇宙線由来のミューオンについても、透過する量や散乱の仕方から物体内部を調べる「ミュオグラフィ」がすでに利用されている。

ただし、宇宙線ミューオンは到来する量が限られ、飛来方向も主に上空からとなる。人工的なミューオン源を実用化できれば、必要なときに、必要な方向から照射することが可能になり、撮像に必要な時間や装置配置の自由度を変えられる可能性がある。

一方、高エネルギー電子を鉛へ入射させたときに発生するのはミューオンだけではない。ガンマ線や中性子なども大量に生じ、検出器の信号へ混入する。

今回の実験では、ビーム方向に40cmの厚さを持つミューオン生成用の鉛標的を配置し、その先に100cmのポリエチレンや60cmのパラフィンなどで構成された遮蔽を設けた。さらに、その先には厚さ2mの鉄筋コンクリート壁がある。

ミューオンをできるだけ通しながら、ガンマ線や中性子など他の放射線を減らすための構成だ。

つまり、この壁はミューオンの透過能力を示す障害物であると同時に、不要な放射線を減らす遮蔽の一部でもある。今回撮影したのは壁そのものの内部ではなく、壁の向こう側に置かれた鉛の物体である。

2mの壁の向こうで、鉛の「影」を実測

撮影対象として使われたのは、20×25×100cmの鉛の物体だ。ミューオンの発生源から23m離れた位置に置き、車両内に設置した検出器「μ36」の約30cm手前に配置した。

研究チームは30回連続でレーザーを照射し、鉛を置いた場合と置かなかった場合の検出信号を比較した。

μ36には幅2.5cmのシンチレーター棒が並んでいる。粒子が通過するとシンチレーターが発光し、その光を電子回路で読み取る仕組みだ。

今回の画像作成に使ったのは、各シンチレーターで信号がしきい値を超えていた時間である。鉛が置かれた位置では検出される信号が減少し、その範囲はシンチレーター9〜10本分、つまり22.5〜25cmの幅になった。

これは撮影対象となった鉛の幅25cmと対応している。

得られたのは、鉛によってミューオンが遮られたことで生じた透過像、いわば「影」だ。物体内部を3次元で再構成した画像ではなく、物質の種類そのものを識別した結果でもない。

今回実際に測定されたのは鉛の透過像であり、検出信号のうちどの程度をミューオンが占めるのか、どのエネルギーのミューオンが届いたのかについては、シミュレーションとの比較から評価している。

Dobre氏らの論文のIV〜VI、VIII節を、検出器で直接測定したものとGEANT4によるシミュレーションから求めたものに分けると、次のようになる。

確認した項目 条件と結果 根拠
鉛の透過像 発生源から23m、30回照射。信号が減少した範囲は22.5〜25cm 検出器による実測
検出信号へのミューオンの寄与 発生源から20m、遮蔽後。検出器に与えたエネルギーの86.91% 実測した電子スペクトルを使ったシミュレーション
検出器まで到達するミューオンのエネルギー 装置を通過して検出器へ届くには、生成時に約1.5GeV以上が必要 装置全体のシミュレーションと観測結果の比較

ここでいう「86.91%」は、検出器へ到達した粒子の個数に占めるミューオンの割合ではない。

シミュレーション上では、検出器へ到達するガンマ線や中性子の個数はミューオンより多かった。それでも、1個あたりに検出器へ与えるエネルギーが大きいため、検出信号に占めるエネルギーではミューオンが86.91%を占めた。

また、この割合を求めたのは発生源から20mの配置であり、鉛を撮影した23mの配置とは異なる。撮影時に粒子を直接数え、「ミューオン純度86.91%」と測定したわけではない。

今回の画像がミューオンによるものだと判断する重要な根拠になったのが、シミュレーションによる対照比較だ。

研究チームは、撮影時に測定した電子スペクトルを基に検出器の応答を再現し、ミューオンを含めた場合と、ミューオンを除いてガンマ線や中性子だけを残した場合を比較した。ミューオンを除いた条件では、実験で観測されたような鉛の影を再現できなかった。

単に検出器で信号が出たことを示すだけでなく、「他の放射線だけで同じ結果を説明できるか」を検証したことが、今回のミューオン撮像を支える重要な部分となっている。

ビームがどの程度広がるかも測定された。半値全幅は発生源から20m地点で4.51m、29m地点で6.35mで、シミュレーションによる4.43m、6.27mと近い値になった。

最も遠い42m地点でもビームの測定は行われている。ただし、42m離れた物体を撮影したという意味ではない。ミューオンが遠くまで届く能力と、小さな物体を高い解像度で撮像できる能力は別の性能である。

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23fsのレーザーでも、画像が23fsで完成するわけではない

今回の撮影では、30回のレーザー照射で信号を蓄積した。

レーザーの最大反復率は1分に1発なので、単純計算では30発の照射だけでも約30分を要する。ただし、これは30発を1発/分で割った概算にすぎず、装置の準備や鉛を置かない状態での比較測定などを含めた実験全体の所要時間を示したものではない。

23fsという極めて短いレーザーパルスを使っていることと、23fsで画像が完成することはまったく別である。

人工ミューオン源を使って撮像時間を短縮する可能性については、以前から数値シミュレーションで検討されてきた。

Luke Calvin氏らが2023年にFrontiers in Physicsで発表した研究では、ELI-NPの10PWレーザーシステムを想定し、電子ビームの電荷を12nC、レーザーの反復率を1分に1発とした条件で、検出器面へ1回の照射あたり約1万個のミューオンが届き、約10分で透過像を得られると予測していた。

ただし、その研究で想定した撮影対象は、厚さ2cmの鉛壁に囲まれたウラン試料であり、数値シミュレーション上の結果だった。ミューオンを選別する複数の磁石も使う構成で、今回の遮蔽構造や鉛を撮影した実験とは条件が異なる。

そのため、「約10分」という数字を今回の実験へそのまま当てはめることも、両者の数字だけから撮影速度を比較することもできない。2023年の研究でも、複数の大型磁石を使う方式にはコストと設置スペースの負担があると指摘している。

ミューオンを「作る」研究から「撮る」研究へ

レーザー駆動ミューオンの研究は、今回突然始まったわけではない。

2025年には、レーザーで加速した電子からミューオンを生成し、その崩壊によって生じる電子を検出する研究が報告されていた。

さらに米ローレンス・バークレー国立研究所のBELLAチームが2026年7月に公開したプレプリントでは、個々のミューオンが通過した軌跡を再構成し、一部については磁場中で曲がる量からエネルギーも推定した。

BELLAの研究は、生成したミューオンがどこを通り、どの程度のエネルギーを持つかを個別に測定する技術を前進させた。

今回のELI-NPの研究は、それとは異なり、多数のミューオンによる信号を使って実際の物体の影を捉えたことに意味がある。

人工ミューオン源そのものの開発と、生成したミューオンを他の放射線から見分けて測定する技術の両方が進むことで、透過量や散乱量を定量的に利用した非破壊検査へ近づいていく。

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実用化には、高強度ビームに対応した検出器も必要

今回使われたμ36は、もともと自然の宇宙線ミューオンを1個ずつ記録するために作られた検出器だ。

ところが、レーザー駆動ミューオンでは短時間に多数の粒子が到来する。この条件では、入射する粒子が増えたときに電子回路の出力が比例しなくなる非線形性が問題になる。

研究チームは、この非線形応答について今回まだ十分に評価できていないと明記している。そのため、より高い粒子密度に対応し、同時に到来する複数の粒子を個別に測定できる検出器の開発を、今後の課題として挙げている。

シンチレーター棒の幅が2.5cmだからといって、そのまま実用装置の空間分解能が2.5cmになるわけでもない。

画像の品質は、到達するミューオンの数、ガンマ線や中性子などの背景放射、検出回路の応答、温度などさまざまな条件に左右される。今回、25cm幅の鉛の影を確認できた次の段階では、より小さな欠陥をどの程度まで識別できるのか、同じ条件で測定を繰り返しても安定した結果を得られるのかを確認する必要がある。

産業利用を目指した別の取り組みも進んでいる。

Ideon Technologiesは2026年8月17日、米テキサス大学オースティン校を中心とする別の国際コンソーシアムに参加し、ELI-NPで5週間の実験を行う計画を発表した。高強度の人工ミューオンビームに対応する検出器やデータ処理技術を開発し、その先には商用システムを目指すとしている。

同社が説明する「1回の照射あたり数万個のミューオン」という数字はシミュレーションによる予測であり、今回のDobre氏らの研究で測定された値ではない。また、現時点で両者を同じ実験として扱う根拠もない。

貨物検査、大型構造物の非破壊検査、地下資源の調査などは、制御可能な人工ミューオン源の将来的な用途として想定されている。

ただし、今回車両へ搭載されていたのは検出器であり、10PWレーザーそのものを車載したわけではない。

レーザー航跡場加速によって従来より短い距離で高エネルギー電子を作れるようになっても、高出力レーザー、ミューオン生成部、放射線遮蔽まで含めた装置全体を簡単に移動できるとは限らない。

実用的なミューオン撮像装置へ発展できるかは、レーザーの最大出力だけでは判断できない。

対象まで十分な数のミューオンを届けられること、必要な頻度で繰り返し照射できること、その高強度ビームを正確に測定できる検出器を用意できること、そして物体の形状や密度を安定して再現できることが必要になる。

さらに、装置の大きさや設置、放射線遮蔽に必要な負担まで現実的な範囲に収められれば、人工ミューオン源は、自然に降り注ぐ宇宙線だけに頼らず、厚い構造物の内部を必要な方向から調べる新たな非破壊検査技術になり得る。