インド科学教育研究大学(IISER)ボパール校やインド工科大学カンプール校、英国ウォリック大学、英国ラザフォード・アップルトン研究所のISIS中性子・ミュオン源などによる共同研究チームは、二アンチモン化イッテルビウム()の単結晶で、超伝導になるのと同時に「時間反転対称性」が自発的に破れていることを示す証拠を捉えたと報告した。
研究成果は査読付き学術誌『Physical Review Letters』に掲載された(DOI: 10.1103/drzq-lfn5、プレプリントarXiv:2601.07460)。Anshu Katariaらによると、第1種超伝導体で時間反転対称性の破れが観測された例は、文献で確認できる限り今回が初めてだという。
「時間反転対称性の破れ」という言葉から、時間旅行や時間そのものの流れが変化する現象を想像するかもしれない。しかし、ここで扱っているのはそうした話ではない。
物理学では、時間の向きを数式上で逆転させたとき、物理現象がどのように見えるかを考えることがある。たとえば、動いている電荷が生み出す磁場は、時間を逆向きにすると方向も反対になる。このような変換を行っても同じ物理状態として扱える場合、「時間反転対称性がある」という。
ところが今回のでは、外部から磁場をかけていないにもかかわらず、超伝導になると約0.44ガウスという非常に小さな内部磁場が現れた。
これは、超伝導状態が一方の「向き」を自発的に選んでいることを示す。時間を逆転させれば磁場の向きも逆になるため、元の状態とは同じにならない。これが今回いう「時間反転対称性の破れ」である。
重要なのは、実験で確認されたことと、それを説明するための理論を分けて考えることだ。
実験から比較的強く言えるのは、が第1種超伝導体として振る舞いながら、超伝導転移とともに静的または準静的な微小磁場を生み出すという点である。一方、その原因となる電子対の具体的な状態や、将来的なマヨラナ状態、量子コンピューターへの応用については、現段階では理論的な候補にとどまっている。
今回の研究が興味深いのは、これまで比較的単純な超伝導体と考えられてきた物質から、予想以上に複雑な量子状態が見つかったことにある。
以前から知られていた第1種超伝導体
そのものは、新しく発見された物質ではない。
結晶は斜方晶系に属し、点群対称性を持つ。カルシウムや希土類元素とアンチモンからなる()系化合物の一つで、結晶内部にはアンチモン原子が作る正方格子状の二次元ネットワーク(square net)が存在する。
2012年には、Liang L. Zhaoらが『Physical Review B』で、が第1種超伝導体であることを詳しく報告している(DOI: 10.1103/PhysRevB.85.214526)。
当時の測定では、
- 超伝導転移温度:約1.3 K
- 臨界磁場:約55 Oe
- ギンツブルグ・ランダウパラメータ:0.05
と求められた。
は、第1種と第2種の超伝導体を区別する重要な値である。より十分に小さい0.05という値からも、は典型的な第1種超伝導体と考えられた。
電子格子相互作用定数も約0.51で、通常のBCS理論で比較的素直に説明できる弱結合超伝導体とみなされていた。
つまり、少なくとも当時は「かなり普通の第1種超伝導体」という位置づけだった。
ただし、2012年の測定では少し奇妙な現象も見つかっていた。
0.41 K付近に、第2の超伝導転移を思わせる兆候が現れ、その臨界磁場は約430 Oeに達していた。著者らも、この現象については明確な説明を与えられていなかった。
今回の研究では、高品質な単結晶を改めて測定した。
その結果、超伝導転移は付近で1回だけ観測された。2012年に報告された約1.3 Kより低く、0.41 K付近の第2の転移も確認されなかった。
研究チームは、試料ごとの微妙な組成の違いや欠陥、内部応力などが原因となっている可能性を指摘している。
薄膜にすると第2種超伝導体になる
さらに興味深いことに、は試料の作り方によって超伝導の性質そのものが変化する。
2025年に報告されたエピタキシャル薄膜では、
という値が得られている。
薄膜では結晶の乱れが増えるため、電子が衝突せずに進める距離である「平均自由行程」が短くなる。その結果、がを大きく上回り、第1種ではなく弱い第2種超伝導体として振る舞う。
データを表で見る
| 超伝導転移温度 Tc (K) | |
|---|---|
| 2012年 単結晶(Liang L. Zhaoら) | 1.3 |
| 2025年 エピタキシャル薄膜 | 1.03 |
| 2026年 単結晶(Anshu Katariaら) | 0.95 |
つまり今回の成果は、新しい超伝導物質を発見したという話ではない。
これまで典型的な第1種超伝導体だと思われていた物質を詳しく調べたところ、その内部で通常とは異なる超伝導状態が起きている可能性が見えてきたのである。
ミュオンが捉えた0.44ガウスの内部磁場
今回の研究で最も重要なのが、ミュオンを使った測定である。
通常の超伝導では、電子が2個ずつ「クーパー対」を作る。電子同士は本来反発するが、格子振動(フォノン)などを介することで、低温では実効的に引き合うことができる。
一般的なs波BCS超伝導体では、2つの電子は互いに反対向きのスピンを持つ「スピン一重項」を形成する。
この状態では2つのスピンが打ち消し合うため、電子対全体として磁気的な向きは持たない。そのため、外部磁場がないのに超伝導状態そのものから磁場が発生することは通常考えない。
ところがでは、それとは異なる結果が得られた。
研究チームが使ったのが、ミュオンスピン回転・緩和・共鳴分光()である。
ミュオンは電子に似た性質を持つ素粒子で、電子より約207倍重い。スピンをそろえたミュオンを試料の中へ打ち込み、そのスピンが時間とともにどう変化するかを調べると、試料内部の非常に弱い磁場まで検出できる。
言い換えれば、物質の内部へ小さな磁気センサーを埋め込むような測定法である。
研究チームは、まず外部磁場をほぼゼロにした状態で測定した。
超伝導転移温度より高い1.5 Kでは、ミュオンのスピンには大きな変化はなかった。観測されたわずかな緩和は、主にアンチモンなどの原子核が持つ磁気によって説明できる。
ところが温度を0.95 Kより低くすると、状況が変わった。
ミュオンスピンの緩和率が急に増え始めたのである。
これは、超伝導になるのとほぼ同時に、試料内部へ新しい磁場成分が加わったことを意味する。
研究チームがその大きさを計算すると、
となった。
約0.044ミリテスラである。
地球の地表付近の磁場が、おおむね0.3〜0.5 G程度であることを考えれば非常に小さい。ただし、重要なのは絶対的な大きさではなく、外部磁場を取り除いた実験環境で、超伝導になったときだけ新しい磁場が現れたことである。
本当に静的な磁場なのか
ただし、ミュオンのスピンが乱れたからといって、すぐに「超伝導体が自分で磁場を作った」とは言い切れない。
磁性不純物などがゆっくり揺らいでいるだけでも、似た信号が現れる可能性があるためだ。
そこで研究チームは、約10 mTの縦磁場を外部から加える「LFデカップリング測定」を行った。
すると、先ほど観測されていたスピン緩和が大きく抑えられた。
これは、検出された磁場が激しく時間変化するノイズではなく、試料内部にほぼ固定された「静的または準静的な磁場」であることを支持する。
そして、その磁場は超伝導転移温度以下でのみ現れる。
この組み合わせが、超伝導状態そのものが時間反転対称性を自発的に破っていると考える強い根拠になっている。
それでも第1種超伝導体だった
ここでさらに不思議な点が出てくる。
時間反転対称性を破る超伝導体自体は、これまでにも報告されている。
たとえばやウラン系の重い電子超伝導体、などである。
しかし、そうした例の多くは第2種超伝導体だった。
今回のは違う。
時間反転対称性を破る兆候を示しながら、磁場に対する巨視的な振る舞いは第1種超伝導体のままだった。
第1種と第2種の違いは、外部磁場を強くしていったときに分かりやすい。
第2種超伝導体では、ある磁場を超えると磁束が細い「渦」として内部へ侵入し始める。
一方、第1種超伝導体は基本的に磁場を内部から追い出し、臨界磁場を超えると超伝導そのものが失われる。
ただし実際の有限サイズの試料では、臨界磁場付近で超伝導部分と常伝導部分が混在する「中間状態」が現れる。
このとき、超伝導領域から押し出された磁束が常伝導領域へ集中する。そのため一部では、外部から加えた磁場よりも強い磁場が現れる。
研究チームは横磁場測定で、この特徴を確認した。
0.1 Kで40 Gの磁場を加えると、試料内部には40 Gを超える約51 Gの磁場を持つ領域が現れた。
これは第1種超伝導体の中間状態で予想される振る舞いと一致する。
さらに磁場を約100 Gまで強めると超伝導状態は消え、試料全体が常伝導状態になった。
これらの結果から、0.1 Kでの熱力学的臨界磁場は、
と求められた。
つまり局所的には異常な磁場が現れるにもかかわらず、物質全体としては確かに第1種超伝導体なのである。
エネルギーギャップも一見すると普通だった
比熱測定からも意外な結果が得られた。
超伝導体では、電子がクーパー対を作ることで、電子を励起するのに必要な最低エネルギーである「超伝導ギャップ」が生じる。
特殊な超伝導体では、このギャップが方向によって大きく変わったり、特定の方向ではゼロになる「ノード」が存在したりする。
ところがの比熱データは、そのような複雑なモデルよりも、フェルミ面全体にギャップが開いた等方的なs波型モデルとよく一致した。
つまり実験結果を大ざっぱにまとめると、
- 第1種超伝導体である
- フェルミ面全体にギャップが開いている
- 弱結合BCS型に近い熱力学的性質を示す
- それなのに時間反転対称性を破る内部磁場が生じる
という、一見すると奇妙な組み合わせになる。
| 項目 | 2012年 単結晶研究(Liang L. Zhaoら) | 2025年 エピタキシャル薄膜研究 | 2026年 単結晶研究(Anshu Katariaら) |
|---|---|---|---|
| 試料形態 | バルク単結晶 | 厚さ約35 nmのエピタキシャル薄膜 | バルク単結晶 |
| 超伝導転移温度 | 約1.3 K(第2転移の兆候 0.41 K) | 約1.025 K | 0.95(1) K(単一転移) |
| 臨界磁場 | (0.41 K相は430 Oe) | (0.1 K) | |
| 超伝導の分類 | 第1種超伝導体() | 弱い第2種超伝導体() | 第1種超伝導体(中間状態を観測) |
| ギャップなどの特徴 | 弱結合・等方的s波型 | 異方性パラメータ | 等方的フルギャップ(s波モデルと整合) |
| 時間反転対称性 | 未測定 | 未測定 | 破れの証拠を観測() |
この一見矛盾した特徴をどう説明するか。そこで登場するのが、今回の研究で提案された少し特殊な電子対である。
普通とは違う「電子のペア」ができている可能性
研究チームは第一原理計算と対称性解析を行い、実験結果を説明できる超伝導状態を検討した。
ここから先は、実験で直接確認されたものではなく、観測結果を説明するための理論的な候補である。
電子構造計算によると、ではフェルミ準位付近に複数の電子軌道が存在する。
ここが重要になる。
普通の説明では、クーパー対を作る2個の電子について、主に
- 空間的な配置
- スピンの向き
を考える。
電子はフェルミ粒子なので、2個の電子を入れ替えると、波動関数全体の符号が反転しなければならない。
一般的なs波超伝導では、空間部分が対称なので、スピン部分を反対称にする。
その結果、
- 1個は上向きスピン
- もう1個は下向きスピン
というスピン一重項になる。
ところが、のように複数の軌道が関係する物質では、もう1つ自由度が増える。
**「どの電子軌道にいるのか」**という違いである。
たとえば軌道Aと軌道Bにいる電子がペアを作ったとする。
この場合、
- 空間
- スピン
- 軌道
という3つの性質を組み合わせて、電子交換に必要な反対称性を作ることができる。
つまり、これまでスピン部分が担っていた役割を「軌道」の部分に持たせられる。
すると、空間部分がs波のように対称なままでも、2つの電子がスピン三重項を形成することが可能になる。
これが今回の理論を理解するうえで重要なポイントである。
INT状態なら2つの特徴を同時に説明できる
研究チームが有力候補として挙げたのが、
内部反対称・非ユニタリ三重項(Internally Antisymmetric Non-unitary Triplet: INT)状態
である。
名前は複雑だが、ポイントは2つに分けると分かりやすい。
まず「内部反対称」とは、電子が入る軌道を交換すると符号が反転するような電子対であることを意味する。
この軌道部分が反対称性を担うため、スピンは通常のs波超伝導のような一重項ではなく、三重項を取ることができる。
次に「非ユニタリ」とは、スピン三重項の中でも、上向きと下向きのスピンが完全には釣り合っていない状態を指す。
スピン三重項状態は一般に複素ベクトルで表すことができ、
となる場合を非ユニタリ状態と呼ぶ。
式の細かな意味を追わなくても、ここでは、
クーパー対の中でスピンが完全には打ち消し合わず、わずかな磁気的な向きが残る
と考えればよい。
そのため、外部から磁場をかけなくても、超伝導状態そのものが小さな磁場を生み出すことができる。
つまりINT状態なら、
- s波のようにフェルミ面全体へギャップを開ける
- それでもスピン三重項になれる
- 自発的な磁気モーメントを持てる
- その結果、時間反転対称性を破れる
という特徴を同時に実現できる。
これなら、今回観測された「普通のs波超伝導体のように見えるのに、自発的な内部磁場を持つ」という奇妙な組み合わせを説明できる。
同様の仕組みはでも理論的に提案されており、研究チームはでも有力な候補になると考えている。
ただし、INT状態そのものを直接観測したわけではないことには注意が必要である。
なぜマヨラナ粒子の話につながるのか
さらに研究チームは、の電子構造について計算を行った。
その結果、この物質はディラックノーダルラインを持つトポロジカル金属としての性質を持つ可能性が示された。
ここに先ほどのINT超伝導状態を組み合わせると、物質の表面に「マヨラナ表面状態」が現れる可能性があるという。
この部分が、「量子コンピューターにつながる可能性がある」と報じられる理由である。
マヨラナ型の準粒子は、粒子と反粒子を区別できない特殊な性質を持つ。こうした状態をうまく制御できれば、外部ノイズの影響を受けにくい「トポロジカル量子ビット」へ利用できる可能性がある。
ただし、ここにはまだ大きな距離がある。
今回確認されたのは、
超伝導状態で時間反転対称性が破れていることを示す実験的証拠
である。
一方、
- INT状態が本当に実現しているのか
- マヨラナ表面状態が存在するのか
- それを操作できるのか
- 量子ビットとして利用できるのか
については、まだ確認されていない。
したがって、「量子コンピューターに使える新物質が見つかった」と理解するのは早すぎる。
マヨラナ状態を確認するには追加実験が必要
今後は、物質表面の電子状態を直接調べる必要がある。
候補となるのが、極低温で行うトンネル分光や点接触分光である。
マヨラナ状態が存在すれば、ゼロバイアス伝導度ピーク(Zero-bias conductance peak: ZBCP)など、特徴的な信号が現れる可能性がある。
さらに、
- 角度分解光電子分光法(ARPES)によるフェルミ面の測定
- 走査型トンネル顕微鏡(STM)による表面電子状態の測定
- 超伝導秩序変数の位相に敏感な測定
なども必要になる。
こうした実験を重ねなければ、実際の電子対がINT状態なのか、それとも別の未知の超伝導状態なのかを判断することはできない。
すぐに実用化できる超伝導体ではない
応用という点でも注意が必要である。
が超伝導になる温度は、
しかない。
摂氏に換算すれば約マイナス272.2度で、絶対零度に極めて近い。
さらに臨界磁場も約51 G、つまり約0.005テスラと非常に小さい。
したがって、高磁場を必要とするMRIや大型電磁石、送電線などで使う実用的な超伝導材料として有望だという話ではない。
今回の価値は、もっと基礎的なところにある。
「単純な超伝導体」にもまだ分からないことがある
第1種超伝導は、1911年にHeike Kamerlingh Onnesが水銀で超伝導を発見して以来、超伝導研究の最も基本的な対象の一つとなってきた。
特に弱結合のs波型第1種超伝導体は、BCS理論で比較的よく理解された存在と考えられている。
も長い間、そのような物質の一つとみなされてきた。
ところが今回、高感度の局所磁気測定を行ったことで、その単純な姿とは異なる一面が現れた。
第1種超伝導体であり、フェルミ面全体にギャップを持つように見えるにもかかわらず、超伝導になると自発的な内部磁場が現れる。
その原因として、複数の電子軌道を利用した特殊なスピン三重項状態が候補に挙がっている。
今後は、別の研究グループによる再現実験も重要になる。試料ごとの不純物や内部応力によって0.44 Gの信号が変化しないか、関連物質のなどでも同様の現象が起きるのかを調べる必要がある。
さらにINT状態やマヨラナ表面状態まで実験的に確認されれば、第1種超伝導体に対する従来の理解を広げる重要な例になる可能性がある。
現時点で最も重要なのは、「量子コンピューターに使える物質が見つかった」ということではない。
これまで比較的よく理解されていると思われていた第1種超伝導体の中にも、時間反転対称性を自発的に破るような複雑な量子状態が潜んでいる可能性が明らかになったことである。
わずか0.44ガウスの内部磁場は、古くから研究されてきた超伝導という現象にも、まだ説明し切れていない側面が残されていることを示している。
