お気に入りの作家の文体を借りて小説を書きたいとき、ChatGPTに「〇〇のように書いて」と頼んだことがある人もいるだろう。だが最近、その頼み方が通じなくなった。Ars Technicaの独自テストでは、ChatGPTはStephen KingやJ.K. Rowlingら生存作家への模倣依頼を拒み、Charles DickensやErnest Hemingwayのような故人作家への模倣依頼にも同じように直接の模倣を避け、「似た感触」の文章を返した。ところが別の調査ではChatGPTが故人作家の模倣依頼に応じたという逆の結果も出ており、線引きの実態は一様ではない。OpenAIはこの挙動変更を一度も公式発表しておらず、その沈黙こそが著作権を巡る企業のリスク計算を映し出している。

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生存作家への拒否は一貫するが、故人作家では結果が割れる

Ars Technicaが2026年7月に実施した独自テストでは、ChatGPTにStephen King、J.K. Rowling、Amy Tanという3人の生存作家の文体で文章を書くよう依頼したところ、いずれも直接の模倣を拒否した。Stephen Kingについては「雰囲気のあるキャラクター主導のホラーや、小さな町にひそむ不穏さといった特徴は書けるが、Stephen Kingの正確な文体や独特の声を模倣することはできない」という趣旨の応答を返し、指定した作家の作風に「似た感触」を持つ独自の文章を提示したという。同じテストでCharles DickensとErnest Hemingwayという2人の故人作家への模倣依頼にも、ChatGPTは同様に直接の模倣を避けた。Ars Technica自身の手による検証では、生死は結果を分ける条件になっていない。

テクノロジー分析メディアのNo Latencyが2026年7月に実施した5大AIチャットボット比較では、ChatGPTとPerplexityが生存作家の模倣依頼を拒否または言い換えで応じ、ClaudeとCopilotは注釈付きで模倣に応じ、Geminiは注釈なしで直接応諾したと報告されている。同じ質問を5つのAIに投げるだけで、拒否からノーガードまでの差が並んだ。ただしこの監査は生存作家・故人作家それぞれ2種類のプロンプトのみを使った小規模なテストであり、各社の恒常的な仕様を保証するものではない。

故人作家への対応では、Ars Technica自身の検証結果と食い違う数字が出ている。No Latencyの比較では、ChatGPT・Claude・Copilot・Geminiの4社が故人作家のパスティーシュ依頼に応じた一方、Perplexityだけは生存作家と同じ基準を故人にも適用して拒否した。同じChatGPTでも、Ars Technicaの検証では故人作家への模倣も避けたのに対し、No Latencyの検証では応じたという逆の結果が出ており、境界線が固定されたルールというより、プロンプトや検証のタイミングによって揺れる挙動である可能性を示唆する。作家名を伏せた広義の文学ジャンル模倣と、生存作家の文体を「模倣」ではなく「分析」する依頼には、5社そろって応じている。制限は、生きている個人の名前を指定した直接的な文体コピーという狭い範囲に集中している。

公式発表もModel Spec記載もない沈黙の意味

OpenAIの広報担当者は、この挙動変更についてArs Technicaのコメント要請に応じなかった。公開されている最新のModel Spec(2025年12月18日公開版)を直接確認しても、生存作家の文体模倣を禁止する明文規定は見当たらない。少なくとも外部から確認できる範囲では、この変更を裏付ける公式な説明は存在せず、モデルの出力挙動の変化だけが観測されている。

Model Specはモデルの振る舞いを指示ベースのルールで規定する文書だが、生存作家の文体模倣を名指しで禁じる条文は見当たらない。学習データや強化学習の報酬設計だけを調整すれば、明文化したポリシーを一切公開しなくても挙動を変えることは技術的にできるとみられる。ChatGPTの出力だけが変わり、Model Specの条文は変わらなかったという今回の事実は、そうした調整が行われたという見方と矛盾しない。

OpenAIは著作権侵害を理由にした集団訴訟を抱えており、生存作家の模倣拒否を大々的に発表すれば「これまでの模倣が問題だったと認める」ようにも読める。挙動だけを静かに変え、規定として明文化しない対応は、訴訟の争点に触れずに批判を和らげる選択として説明がつく。断定はできないが、こうした計算が沈黙の一因だとみる余地はある。DALL·E 3の画像生成では2023年に生存アーティストの画風模倣拒否を公式方針として明言しているだけに、テキスト生成での沈黙はより際立つ。

No Latencyの比較で注釈なしに応諾したGeminiも、注釈付きで応諾したClaude・Copilotも、生存作家の模倣依頼にどう応じるかという方針を今回確認できた範囲の公開文書では明文化していない。挙動の違いだけがユーザーの目に触れ、その根拠となる考え方は今のところどの社からも見当たらない。OpenAIの沈黙は5社に共通する構造の一端だと言える。一社だけがこの問題を抱えているわけではない。

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米国法は「スタイル」を守らないという建前

生存作家の文体そのものは、米国著作権法上は保護対象ではない。保護されるのは具体的な「表現」であり、「スタイル」という抽象的な特徴は原則として著作権の外にある。ただし例外がある。

模倣された結果が原作と「実質的に類似(substantially similar)」していると判断されれば、侵害が成立しうる。数少ない先例が1987年のSteinberg v. Columbia Pictures Industries連邦地裁判決であり、画風の類似性が侵害認定の一要素として扱われた。ジョージ・ワシントン大学ロースクールで知的財産プログラムの共同ディレクターを務めるRobert Brauneis教授は、2023年5月のBloomberg Lawの取材でこの状況について「これほど安価かつ精巧に個人の作家性を模倣できる状況はかつてなかった」と述べている。

Steinberg判決が示した基準は、一般の観察者が作品を見て「原作から流用された」と認識できるほど、保護対象である表現部分が実質的に類似しているかどうかというものだ。問われるのはあくまで表現の類似性であり、作者を取り違えるかどうかは要件に入らない。判決から40年近く経った今も、スタイル単独では著作権侵害が成立しないという原則自体は揺らいでいない。ChatGPTが返す「似た感触」の文章がこの基準を超えるかどうかは生成物ごとに判断されるほかなく、モデル提供側が一律に安全だと言い切れる境界は存在しない。模倣依頼そのものを拒否するという運用への切り替えは、生成物ごとの司法判断を待たずにリスクの芽を摘む、もっとも確実な対処法だったとも解釈できる。

Authors GuildとJohn Grisham、George R.R. Martin、Jodi Picoultら著者17人は2023年9月20日、著作権侵害を理由にOpenAIをニューヨーク州南部地区連邦裁判所に集団訴訟として提訴した。この曖昧な境界線の上で、OpenAIは既に法廷に立たされている。Authors Guildは2026年5月11日に改訂した「AI Best Practices for Authors」で、他の作家の独特なスタイルや声を、その作品の価値を損なったり模倣から利益を得たりする形で意図的に模倣する目的では生成AIを使わないことを会員に推奨している。業界団体が自らガイドラインで明文化するほど、文体模倣は実務上の火種になっている。

火種が実際に燃え上がった例もある。作家Lena McDonaldは2025年、小説「Darkhollow Academy: Year 2」を出版した際、AIチャットボットが返した「J. Breeのスタイルにより近づけるよう書き直した」という応答文をそのまま本文に残してしまい、読者から批判を浴びた(使用したAI製品名は特定されていない)。文体模倣は公開された瞬間に読者の目に晒されるリスクであることを、この一件が示している。

同じOpenAIは、画像生成のDALL·E 3について2023年の発表時点で「生存中のアーティストのスタイルでの画像生成依頼を拒否するよう設計されている」と公式に明言していた。テキスト生成でChatGPTの拒否挙動が観測された2026年7月までは、およそ3年が経過している。画像と文章という媒体の違いはあるが、同じ会社が同じ論点について画像では公式方針を示し、テキストでは3年後になって挙動の変化だけが観測されたという経緯は、法的リスクへの向き合い方が媒体によって異なっていた可能性を示している。

文化庁は米国より作家保護に踏み込んでいる

日本の著作権法30条の4は、AIの学習など情報解析目的での著作物利用を権利者の許諾なしに認めている。米国の「スタイルは著作権保護対象外」という原則と近い建付けに見えるが、文化庁は2024年3月公表の「AIと著作権に関する考え方」で条件を付けた。特定のクリエイターの作品のみを対象に追加学習(ファインチューニング)させ、その作家の創作的表現そのものをAIに出力させる目的で行う場合は、思想・感情を「享受」する目的が学習目的と併存すると評価されうるとし、その場合は許諾不要とする30条の4の対象から外れるとの考え方を示している。作風が似ているというだけでは侵害とみなされない点は米国と共通するが、学習方法そのものを名指しで問いうる規定を条文に持つ点は、日本の30条の4に特徴的だ。米国でもAI学習への著作物利用の適法性自体はフェアユースを巡る訴訟の争点になっており、Authors Guildの提訴もこの学習段階の適法性を問うものである。

国内最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」は2026年6月9日から新規投稿作品にAI利用状況の設定(AI直接使用・AI間接利用・AI補助的利用・AI不使用の4区分)を必須化した。2026年9月1日からは、AI利用状況を未設定のまま既存作品を更新(エピソード投稿や作品情報の編集)しようとするとその操作ができなくなる。放置している作品まで一律に設定を強制されるわけではないが、更新のたびに区分の申告が避けられなくなる。

4区分のうち「AI補助的利用」「AI不使用」は第三者へ公開されない設計で、公開されるのは「AI直接使用」「AI間接利用」の2区分だ。それでも生存作家の文体を模倣した場合にどの区分を選ぶべきかは、運用が進むほど焦点になりうる。文化庁と米国の規制の違いは、この投稿者向け開示義務という具体的な形で、海の向こうの議論から日本の実務へとすでに降りてきている。

日本の出版社が海外AI企業とコンテンツのライセンス交渉を進める場合、学習データの集め方自体が問題になりうるという文化庁の立場は、交渉条件を有利に運ぶ材料になる余地がある。生成物の類似性が主な争点になる米国の判例法理より、交渉で持ち出せる論点が広がるためだ。日本語コンテンツを学習データとして扱う海外AI企業にとっても、文化庁の立場を無視した交渉は後々の法的リスクとして跳ね返りかねず、出版業界にとってこの違いは既に無視できない要素になっている。

日本国内では2026年5月時点で、生成AI事業者を相手取った著作権侵害訴訟はまだ提起されていないとの見方がある。ただし年内に提訴が起こる可能性を指摘する声もあり、状況は流動的だ。文化庁が示した作家保護寄りの見解が、実際の提訴という形で試される日が来るかどうかが、次の焦点になる。

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得をする作家、割を食う注釈なし応諾のベンダー

最も得をするのは、Stephen Kingのように文体そのものが商業的価値を持つ生存作家と、Authors Guildのような著者を代表する団体だ。彼らの作風は無断で複製されない対象として扱われるようになり、交渉のカードが増える。出版社やメディア企業がAI企業とライセンス契約を結んで自社コンテンツの利用条件を交渉する動きも、この境界線の存在を前提にしやすくなる。生存作家への模倣拒否という境界線が引かれたことで、得をする側と割を食う側がこうしてはっきり分かれつつある。

割を食うのは、文体模倣を創作の近道として使いたい個人ユーザーとセルフパブリッシング業者だ。Lena McDonaldの事例が示すように、生存作家の名前を挙げて「その人のように書いて」と頼む使い方自体が、ChatGPTとPerplexityでは既に塞がれている。No Latencyの比較監査で注釈なしに直接応諾したGeminiのようなベンダーは、この一線を越えていないように見えても、批判や規制強化の標的になりやすい立場に置かれる。ClaudeやCopilotのような注釈付き応諾も、注釈さえあれば模倣そのものは容認しているという点で、将来的な線引きの厳格化に巻き込まれるリスクを抱えている。

社内向けの企画書やマーケティングコピーを生成AIで作る過程で、担当者が意図せず特定の作家やクリエイターの文体を指定してしまうケースは起こりうる。注釈なしで応諾するベンダーを使えば、成果物が公開された後に模倣を指摘されるリスクを企業自身が負うことになる。日本企業がAIベンダーを比較検討する際、価格や処理性能に加え、著作権対応の姿勢まで含めて評価する場面が増えていくとみられる。コンテンツを大量に生成する用途ほど、ベンダーごとの応諾方針の違いが公開後のトラブル発生率の差として直接跳ね返る。

次に問われるのはGeminiとClaudeの対応

ChatGPTの挙動を変えたのが技術チームの判断なのか法務部門の要請なのかという内部プロセスは、外部からは検証しようがない事柄だ。外に見えている事実は、OpenAIが「生存作家の文体模倣を拒否する」という方針を一度もポリシーとして明文化していないという一点だけだ。DALL·E 3が2023年に画像で先に示したような公式な線引きが、テキスト生成でも文書化されれば、5社間でばらついている対応の差は狭まる可能性がある。

2023年提訴のAuthors Guild訴訟の行方と、日本の制度の動きが、この先の展開を占う手がかりになる。文化庁が示した学習データの集め方自体を問題にしうるという立場は、なろうのAI利用開示が2026年9月1日から既存作品の更新にも及んだ後、実際にどう運用されるかで試される。生存作家の文体を守る境界線がどこまで明文化されるかは、この訴訟の判決となろうの運用実績という2つの具体的な指標から見えてくる。