中国の研究機関が世界で初めて水深4,000メートルで作動可能な深海ケーブル切断装置の開発を公式発表した。この技術は世界のデータ通信の95%を担う海底ケーブルを切断する能力を持ち、民間用途を主張するも国際的な安全保障上の懸念を引き起こしている。
深海ケーブル切断技術の全容
開発の背景と基本性能
中国船舶科学研究センター(CSSRC)と深海有人潜水艇国家重点実験室が手を組み、世界初となる超深海ケーブル切断装置の開発に成功した。今年2月24日、中国語学術誌「機械技師(Mechanical Engineer)」に掲載された査読付き論文によれば、この装置は現存する海底通信インフラの最大到達深度の2倍にあたる水深4,000メートル(13,123フィート)での作動を可能にした技術だ。
この装置は、中国の最先端潜水艇「奮闘者(Fendouzhe)」や「海斗(Haidou)」シリーズとの連携を視野に入れて設計された。すでに実施された地上試験では、厚さ60ミリメートルの堅牢なケーブルの切断に成功しており、実用段階へと着実に歩を進めている。
深海ケーブルの切断を目的とした技術
胡浩隆(Hu Haolong)技師率いる研究チームは、深海特有の過酷な環境を克服すべく、研究を進めた。
水深4,000メートルという極限環境では、水圧は実に400気圧を超える。このような圧力下で装置が押し潰されないよう、チームはチタン合金の外殻と油圧バランスを保つ特殊シールを採用。長時間の稼働でも変形しない強靭さを実現した。
海底ケーブルを守る鋼鉄製の補強層は、通常の刃物では歯が立たない。この壁を突破するため、研究チームは毎分1,600回転で高速回転する直径150ミリメートルのダイヤモンドコーティング砥石を開発。鋼鉄を粉砕するほどの威力を発揮しながらも、海底の堆積物を最小限しか乱さない精密な制御を可能にした。
限られた電力しか供給できない潜水艇での運用を考慮し、装置には1キロワットのモーターと8:1の比率を持つギア減速機が搭載されている。この組み合わせにより、6ニュートンメートルという強力なトルクと電力効率の絶妙なバランスを実現したが、長時間使用した場合の過熱リスクは残されている。
さらに、視界がほぼゼロという深海環境でロボットアームを介して操作されることを想定し、高度な位置決め技術も組み込まれた。これにより、目標ケーブルへの精確な接近と切断作業が可能となっている。
海底ケーブル切断事件と地政学的影響
最近の海底ケーブル破壊事案
この技術公開は、2024年初頭から報告されている複数の海底ケーブル損傷事件と時期が一致する。これまでの報道では、中国船舶がバルト海や台湾周辺での海底ケーブル破壊に関与した疑いが持たれている。これらの事件では、被害発生時に中国船舶がその周辺に存在していたことが確認されており、アンカードラッギング(海底でアンカーを引きずる行為)などが原因として指摘されている。
また、中国では海底ケーブルを安価かつ効率的に切断するツールの特許申請が増加傾向にあると報告されている。最近では、トーゴ船籍で中国人乗組員の船舶が、台湾本島と離島の澎湖県を結ぶケーブルが損傷した場所付近で台湾当局に拘束される事態も発生した。
戦略的重要性と安全保障への影響
South China Morning Postは、特にグアムなどの戦略的チョークポイント(地理的な要衝)近辺でこの技術が使用された場合の影響を懸念している。グアムは米軍の「第二列島線」防衛戦略の要であり、軍民両用の十数本の光ファイバーケーブルが集中する重要拠点である。
無人プラットフォームから操作可能なこの装置は、浮上することなく戦略的ボトルネックを狙える能力を持つ。この能力は、ウクライナ紛争中にロシアの海底天然ガスパイプラインが何者かによって破壊されて以来、軍事専門家の間で議論が活発化している。
国際社会の反応と中国の主張
高まる国際的懸念の声
この深海ケーブルカッターの公開は、国際安全保障コミュニティを震撼させた。一連の海底ケーブル損傷事件との時期的一致が、偶然とは思えない状況を作り出しているからだ。
「German Marshall Fund」のインド太平洋プログラムを率いるBonnie Glaser氏は、矛盾する中国の姿勢に疑問を投げかける。「北京は海底ケーブル切断への関与を断固として否定している。だが同時に、なぜ4,000メートルもの深海でケーブルを切断できる強力な装置を公開したのか?」とSNS上で指摘した。この問いかけは、多くの専門家が抱く違和感を鋭く代弁している。
ブリュッセルを拠点とするシンクタンク「Centre for Russia Europe Asia Studies」の創設者、テレサ・ファロン氏も同様の疑念を表明した。「北京が開発した深海ケーブル切断装置の存在は、これまでの『単なる事故だった』という説明の信憑性を著しく低下させている」と語り、偶発的な事故という主張を受け入れることがますます困難になったと強調した。
中国が描く「海洋の世紀」ビジョン
これに対し中国側は一貫して、この装置が平和的かつ民間目的のために開発されたと主張している。在米中国大使館の報道官を務める劉鵬宇氏は、Newsweekの取材に応じ、中国の建設的な姿勢を強調した。「中国は海底ケーブルなどのグローバル情報インフラの建設を積極的に推進し、海底ケーブルを共同で保護するために国際社会と継続的に協力していく」と述べ、懸念を打ち消そうと試みた。
装置を開発した研究チームも、民生用途を前面に押し出している。彼らによれば、この技術は「海洋資源開発を支援するためのもの」であり、「各国は今や資源開発の焦点を海に向けることを余儀なくされている」という現実的な要請に応えるものだという。
さらに彼らが発表した論文には、中国の海洋戦略を象徴するような一節が含まれている。「21世紀は海洋の世紀である。海洋資源開発能力の向上、ブルーエコノミーの推進、中国を海洋大国へと築き上げることは、中国の夢を実現するための重要な要素なのだ」。この記述からは、単なる技術開発を超えた国家的な野心が透けて見える。
中国の深海能力拡大と今後の見通し
拡大する中国の海洋プレゼンス
この装置の公開は、中国の海底インフラにおける存在感拡大の一環である。現在、中国は世界最大の有人・無人潜水艇艦隊を運用しており、世界中の海洋のあらゆる場所にアクセスする能力を持つ。南シナ海の海底2,000メートルには「宇宙ステーション」の建設が先月開始され、少なくとも6人が1ヶ月間滞在できる施設となる予定である。
一方、アメリカの老朽化した深海艦隊は追いつくのに苦戦しており、日本唯一の有人潜水艇「しんかい6500」も後継なしで数年以内に退役予定である。
海底インフラの脆弱性と国際的対応
グローバル通信の95%が依存する海底ケーブルネットワークの脆弱性が明らかになる中、各国は防御策や代替通信手段の確保を急ぐことが予想される。中国の海洋技術と深海プレゼンスの拡大が、国際的な海洋ガバナンスと安全保障の枠組みにどのような影響を与えるかが、今後の焦点となる。
Sources
- South China Morning Post: China unveils a powerful deep-sea cable cutter that could reset the world order
- Newsweek: China Unveils Game-Changing Weapon That Could Decide Future Wars