兵庫県立大学の髙原一真助教、阿部正明教授らの研究チームが、同じ出発原料から、赤色、黄色、緑色、青色に発光する4種類の銅(I)クラスターを合成することに成功した。同大学が2026年10月16日に発表した研究成果によると、これらの結晶は構造によって溶媒蒸気への反応が異なり、発光の強さが切り替わるものと、発光色が変化するものがあることも分かった。目に見えない蒸気を光の変化によって検知する新たな材料につながる成果だ。一方、蒸気にさらすことで発光が元に戻っても、結晶内部の規則的な構造まで回復するとは限らないという、興味深い違いも明らかになった。

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同じ原料から4色に発光する結晶を合成、構造は3系統

今回の研究対象は、銅とヨウ素を含む複数の原子が集まった「銅(I)クラスター」と呼ばれる化合物だ。研究チームは、水素結合によって形成される4種類の結晶を合成し、単結晶X線構造解析によって原子の配列を調べるとともに、それぞれの発光特性を測定した。今回報告された発光色や構造の違いは、シミュレーションによる予測ではなく、実際に合成した材料を使った実験で確認されたものである。

得られた結晶の構造は、一次元の単一ハシゴ型、二重ハシゴ型、立方体に似たキュバン型の3系統に分類される。ハシゴ型が原子の集まりを連続的につないだネットワーク構造を持つのに対し、キュバン型は独立した分子からなる構造を持つ。また、単一ハシゴ型には、構成成分が同じでも結晶内の配列が異なる「結晶多形」が存在し、それぞれ異なる色に発光することが確認された。つまり、4種類という数は単に合成条件を変えて同じ材料を作り分けたことを意味するのではなく、同じ出発原料から異なる結晶構造と発光特性を持つ材料が得られたことを表している。

ヨウ化銅(I)クラスターが溶媒蒸気に反応して発光特性を変える現象自体は、以前から知られている。今回の研究の特徴は、共通の構成要素を使いながら結晶の形成する構造を変え、それぞれが蒸気に対してどのように反応するかを比較した点にある。Crossrefに登録された論文要旨からも、単に発光色の異なる材料を増やしただけでなく、結晶構造の違いと蒸気への応答を関連づけて調べたことが分かる。

発光が元に戻っても、結晶構造が回復するとは限らない

研究チームは、合成した結晶に対して、ジメチルホルムアミド(DMF)という溶媒の出入りによる発光特性の変化を調べた。その結果、DMFが結晶から抜けると、二重ハシゴ型では発光強度がオンとオフに切り替わり、キュバン型では発光色が変化することが確認された。どちらの結晶も、再びDMF蒸気にさらすことで発光特性が元に戻るという可逆的な応答を示した。しかし、最初の長距離結晶構造まで回復したのは二重ハシゴ型だけであり、キュバン型では発光が元に戻っても初期の結晶構造は回復しなかった。

ここでいう長距離結晶構造とは、原子や分子が規則正しく並んだ状態が、結晶内部の広い範囲にわたって続いていることを指す。発光特性が回復することは、必ずしも結晶全体の原子配列が元通りになることを意味しない。今回の研究は、発光の可逆性と結晶構造の可逆性が異なることを、二つの構造を比較することで明らかにした。

結晶構造 DMFが抜けたときの発光応答 DMF蒸気に再びさらした後 初期の長距離結晶構造の回復
二重ハシゴ型 発光強度のオン/オフ切り替え 発光が元に戻る 回復する
キュバン型 発光色が変化 発光色が元に戻る 回復しない

この比較は、論文要旨に記載されたDMFの脱離と再曝露による実験結果を整理したものであり、センサーとしての感度や耐久性を比較したものではない。特にキュバン型では、発光色が回復したという観察結果だけから、結晶内部の規則的な配列まで復元されたとは判断できない。

兵庫県立大学の発表によると、ネットワーク構造を持つ結晶では、結晶構造の喪失と再形成に伴って発光強度が切り替わる。一方、独立した分子からなるキュバン型では、分子自体が柔軟に変形することで発光色が変化すると研究チームは説明している。つまり、発光の変化が生じる仕組みも、結晶構造によって異なる可能性がある。ただし、これらは実験で観察された発光特性と構造変化を基にした機構の説明であり、水素結合だけが発光変化を引き起こす原因であると独立に実証されたわけではない。

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蒸気センサーへの応用に期待、感度や耐久性の検証はこれから

兵庫県立大学は、今回の成果が、目に見えない溶媒蒸気や周囲の環境変化を発光の明るさや色として可視化する材料の開発につながると期待している。発光強度のオン・オフを利用する方式と、発光色の変化を読み取る方式では、センサーとしての検知方法や適した用途も異なる可能性がある。今回の研究は、結晶構造を変えることで応答の仕方を制御できる可能性を示しており、目的に応じた発光材料を設計するための手掛かりとなる。ただし、DMFに対して可逆的な発光応答を示したことが、そのまま実用的な蒸気センサーの完成を意味するわけではない。

研究成果は、髙原一真氏、須原凜氏、小澤芳樹氏、阿部正明氏による論文「Vapochromic Photoluminescence in Structurally Diverse Hydrogen-Bonded Copper(I) Cluster Networks」として、査読付き学術誌『ChemPhotoChem』に掲載された(2026年、10巻、e70305、DOI: 10.1002/cptc.70305)。出版社の登録情報によると、オンライン公開日は10月8日となっている。兵庫県立大学は、この論文が同誌の「Very Important Paper」に選出されたことも紹介しているが、これは研究の重要性に対する編集上の評価であり、独立した研究グループによって結果が再現されたことを意味するものではない。

実用化を評価するには、実験条件や測定結果について、さらに詳しい情報が必要になる。今回確認できた大学の発表と公開要旨からは、各測定に使用した試料数や独立した反復実験の回数、蒸気濃度、温度、曝露時間などの詳細は把握できない。また、発光強度の定量的な変化や、どの程度の低濃度まで蒸気を検出できるのかを示す検出限界も確認できていない。ただし、論文全文と補足資料は確認できていないため、これらの情報が論文自体に記載されていないと判断することはできない。

論文名とDOIに基づいて確認できた公開情報の範囲では、今回の結果を独立した研究グループが追試した報告も見つかっていない。実用的な蒸気センサーとして利用するには、異なる実験環境で同じ応答が再現されるかに加え、他の蒸気が混在する条件でもDMFを識別できるかを確かめる必要がある。さらに、蒸気への応答速度や発光の回復にかかる時間、繰り返し使用した際の安定性も重要な評価項目となる。特に今回、キュバン型では発光が回復しても初期の結晶構造は戻らなかったことから、繰り返し使用した場合に応答特性がどの程度維持されるかは注目すべき点だ。

今回の成果は、同じ出発原料から多様な発光色を持つ結晶を作り分けられるだけでなく、結晶構造によって溶媒蒸気への応答の仕方まで変わることを示した点に意義がある。発光と結晶構造の回復が必ずしも一致しないという発見は、蒸気に反応する材料の設計や耐久性を考える上でも重要な知見となる。今後、検出感度や選択性、繰り返し使用時の安定性が明らかになれば、こうした銅(I)クラスターをどのような蒸気検知に応用できるのか、より具体的に判断できるようになるだろう。