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脳が放つ“秘密の光”の検出に初成功:思考を読み解く新技術への扉が開く

Y Kobayashi

2025年6月18日1:25PM

私たちの脳が、目には見えない極めて微弱な光を常に放っている――。まるでSFのようなこの現象を、カナダの研究チームが頭蓋骨の外から世界で初めて精密に捉えることに成功した。さらに驚くべきことに、その“脳の光”は、私たちが目を開けているか閉じているかといった、脳の活動状態に応じて変化することも突き止めたのだ。この発見は、思考や感情、さらには脳の病気を解き明かす、まったく新しい非侵襲的な診断技術「光脳波記録法(Photoencephalography)」の実現可能性を力強く示すものであり、神経科学の未来に大きな一石を投じている。

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「脳は光る」- 知られざる生体光子(バイオフォトン)の世界

そもそも、生物が光を放つという現象自体は、決して目新しいものではない。ホタルのような生物発光とは別に、植物から動物、そして私たち人間に至るまで、あらゆる生物は生命活動の副産物として、肉眼では捉えられないほどの微弱な光子を放出していることが知られている。この光は「生体光子(バイオフォトン)」あるいは「超微弱光子放出(Ultraweak Photon Emission, UPE)」と呼ばれ、その存在は1970年代にドイツの物理学者Fritz-Albert Popp博士によって提唱されて以来、研究が続けられてきた。

では、なぜ光るのか。主な発生源は、私たちの細胞内で行われる「酸化還元反応」にあると考えられている。特に、細胞がエネルギーを生成する過程で生じる活性酸素種(ROS)を無害化する際、分子内の電子がエネルギーの高い状態(励起状態)から低い状態(基底状態)へ戻る。このエネルギーの差分が、光子として放出されるのだ。いわば、生命活動の熱気や息づかいが、光となってかすかに漏れ出ているようなものだ。

中でも脳は、身体の他のどの臓器よりも、そのサイズに比して膨大なエネルギーを消費する。全エネルギー消費量の約20%を占めるとも言われるこの“大食漢”は、常に活発な代謝活動を続けている。したがって、脳はバイオフォトンを特に多く放出しているのではないか、そしてその光には脳の活動に関する貴重な情報が刻まれているのではないか――科学者たちがそう考えるのは、ごく自然な成り行きだった。しかし、その光はあまりにも微弱で、分厚い頭蓋骨に遮られるため、これまで頭の外から直接その活動を捉えることは極めて困難とされてきた。

世界初、頭蓋骨越しに“脳のささやき”を聴く

この高い壁を打ち破ったのが、カナダ・アルゴマ大学の生物学者Hayley Casey氏が率いる研究チームだ。学術誌『Current Biology』に発表された彼らの研究は、まさに神経科学における「概念実証」と呼ぶにふさわしい。

暗闇の中で行われた精密な実験

研究チームは、この“脳のささやき”とも言えるかすかな光を捉えるため、極めて精密な実験環境を構築した。

実験は、外部の光を完全に遮断した暗室で行われた。20人の被験者は快適な椅子に座り、頭部には脳波(EEG)を測定するためのキャップを装着。そして、脳の光を捉えるため、超高感度の光センサーである「光電子増倍管(PMT)」が頭の周りに配置された。PMTは、光子1個という究極の光量さえも検出できる驚異的なデバイスだ。研究チームはPMTを、視覚情報を処理する「左後頭部」と、聴覚や記憶に関わる「右側頭部」の2箇所に設置。さらに、部屋の背景光(ノイズ)を測定するためのPMTも別に用意し、脳からの信号と明確に区別できるようにした。

被験者は10分間、以下の5つのタスクを順番に実行した。

  1. 開眼安静時(2分間)
  2. 閉眼安静時(2分間)
  3. 音楽聴取時(2分間)
  4. 閉眼安静時(2分間)
  5. 開眼安静時(2分間)

この間、EEGが脳の電気的な活動を記録し、同時にPMTが放出される光子の数を刻一刻と記録し続けた。

驚くべき発見:脳の“光”は活動状態を語っていた

暗闇の中から得られたデータを解析した結果、研究チームは3つの画期的な発見を報告した。

発見1:脳の光は「ノイズ」ではなかった
最も基本的な、しかし最も重要な発見は、脳から検出された光が、単なる環境ノイズとは全く異なる特性を持っていたことだ。脳由来の光信号は、背景光に比べて信号の変動性(ゆらぎの大きさ)や情報量(エントロピー)が有意に高かった。これは、脳の光がランダムなノイズではなく、複雑でダイナミックな生命活動を反映した、意味のある信号であることを示唆している。

発見2:光の強さは脳の活動状態で変化した
さらに決定的な発見は、光の放出パターンが脳の活動状態に応じて変化したことだ。特に、被験者が目を開けている時と閉じている時とでは、検出される光子の数に明確な違いが見られた。これは、視覚情報処理のオン・オフといった脳機能の根本的な変化が、バイオフォトン放出のレベルに直接反映されていることを意味する。脳が活発に働いているか、リラックスしているかが、光の強弱となって現れたのだ。

発見3:脳の光は「脳波」とシンクロしていた
極めつけは、バイオフォトンと脳波の間に見られた相関関係だ。特に、リラックスした閉眼時に現れることで知られる「アルファ波」という脳波が強い時、後頭部から検出される光子の数もまた、相関して変化する傾向が見られた。電気的な活動である脳波と、代謝活動を反映する光の放出。この二つの異なる現象が連動していることの発見は、バイオフォトンが脳機能と密接に結びついていることの強力な証拠となる。

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「光脳波記録法(Photoencephalography)」が拓く未来

研究チームは、この新しい脳活動の読み出し技術を「光脳波記録法(Photoencephalography)」と名付け、その将来性に大きな期待を寄せている。この技術は、既存の脳機能イメージング技術の限界を補う、新たな可能性を秘めているからだ。

既存技術(fMRI, EEG)との違いは何か?

現在、脳を調べる代表的な非侵襲技術にはfMRIとEEGがある。

  • fMRI(機能的磁気共鳴画像法): 血流の変化を捉えることで、脳のどの部位が活動しているかを高い空間分解能で特定できる。しかし、血流の変化は神経活動より数秒遅れるため、時間分解能が低いのが難点だ。
  • EEG(脳波記録法): 神経細胞の電気的な活動を直接捉えるため、ミリ秒単位の高い時間分解能を誇る。しかし、頭蓋骨によって信号がぼやけるため、活動の正確な場所を特定する空間分解能は低い。

光脳波記録法は、この両者の“いいとこ取り”をできるポテンシャルを秘めている。EEGのように脳活動をリアルタイムに近い高い時間分解能で捉えつつ、fMRIが間接的に見る血流とは異なり、神経活動に不可欠な「酸化代謝」という化学的プロセスをより直接的に反映する可能性があるのだ。つまり、「いつ(時間)」と「何を(代謝活動)」を高次元で両立する、全く新しい脳の窓口となりうる。

医療から意識の謎まで – 広がる応用への期待

この技術が確立されれば、その応用範囲は計り知れない。

  • 臨床応用: 脳腫瘍やてんかんの病巣は、しばしば異常な代謝活動を示す。光脳波記録法は、こうした病変を非侵襲的かつ簡便に検出・モニタリングするツールになるかもしれない。また、アルツハイマー病などの神経変性疾患に見られる代謝低下を早期に捉える手がかりにもなりうる。
  • 基礎科学: 幸福、悲しみ、集中といった私たちの主観的な「意識」や「感情」は、脳のどのような物理的・化学的状態と対応しているのか。これは神経科学における究極の問いの一つだ。もし心理状態によって放出される光のスペクトルやパターンが変化するならば、光脳波記録法は意識の謎を解き明かす鍵となるかもしれない。

乗り越えるべき壁と今後の展望

もちろん、今回の研究は壮大な物語の序章にすぎない。実用化に向けては、まだいくつもの高いハードルが存在する。

第一に、信号が極めて微弱であること。現状ではノイズから信号を分離するのに高度な技術と理想的な環境が必要だ。第二に、空間分解能の問題。頭のどの深い場所から光が来ているのかを正確に特定するには、より高密度なセンサー配置と高度な解析技術が不可欠となる。さらに、人によって光の放出パターンがどう違うのか(いわば“光の指紋”)といった個人差の解明も今後の大きな課題だ。

しかし、これらの課題は乗り越えられない壁ではない。より高感度な光センサーの開発、そしてAI(人工知能)を用いた高度なデータ解析技術の進歩は、これらの問題を解決する強力な追い風となるだろう。

今回の発見は、私たちの脳が、電気信号だけでなく「光」というもう一つの言語で自らの状態を語っている可能性を明確に示した。暗闇の中で捉えられたそのかすかな光は、人類が自らの最も深い謎である「脳と意識」を理解するための、新たな道筋を照らし始めているのかもしれない。


論文

参考文献

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