富士通は2026年9月15日、量子アプリケーション研究用ソフトウェア「Open Quantum Application Research Package(OpenQARP)」をオープンソースとして公開した。初版はv0.1.0で、ライセンスはApache License 2.0。70種類を超える組み合わせ可能な部品と20種類を超える実行可能なアルゴリズムを含み、全体では100種類以上のソフトウェア部品を収める。だが、数の多さだけでは公開の意味を捉えにくい。OpenQARPが狙うのは、量子回路を書く道具をもう一つ増やすことより、研究課題から実行環境までをつなぐ作業を分解し、差し替えられるようにすることである。

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100超の部品より重要な「三つの差し替え口」

OpenQARPの公開リポジトリは、プログラムの考え方をblock、primitive、engineの三つで説明する。blockは量子回路が何をするかを表し、primitiveは回路から何を取り出すかを決める。engineはその計算をどこで、どう実行するかを受け持つ。回路、測定、実行を一枚のコードに縫い付けず、研究者が必要な層だけを入れ替える設計だ。

たとえば同じ量子回路でも、状態ベクトルを正確に計算する場合と、有限回の測定から期待値を推定する場合では、欲しい出力と誤差の性質が違う。OpenQARPでは回路をblockとして保ち、primitiveを替えて出力を選び、engineを通じて実行する。研究対象と計算手段の境界を明示するため、アルゴリズムを別のシミュレータや将来の実機へ移す際に、変更箇所を絞りやすい。

収録範囲は広い。基底状態を探すVQE、その励起状態版に当たるVQDやSSVQE、回路を逐次成長させるADAPT-VQE、組合せ最適化のQAOA、量子位相推定のQPEなどを含む。さらに、電子構造計算の写像とノイズを設定したシミュレーションを備え、回路分割やデバイスに合わせるコンパイルも担う。富士通が「ゲートライブラリではなく、アプリケーションライブラリ」と説明する理由はここにある。低水準の操作だけでなく、研究の一連の流れを再利用の単位にしようとしている。

富士通は量子化学のADAPT-VQEを例に、約130行だったPythonコードを40行未満へ減らしたとする。行数で計算すれば約70%の削減になる。ただし、これは一つの社内実装例であり、開発期間や学習負担が同じ割合で減ると示した測定ではない。実行速度や保守費用についても別に測る必要がある。短くなったのは、既存部品へ任せた配線部分である。アルゴリズムが正しいか、対象問題に意味があるかを検証する仕事は残る。

CUDA-Qと競うのではなく、その上へ研究工程を載せる

OpenQARPは一般的なPCへ pip install openqarp で導入できる。配布名はopenqarpだが、Pythonではqarpとして読み込む。PyPIはPython 3.11以上を要件とし、Windows、macOS、Linuxの主要なCPU向けバイナリを配布する。これにより、富士通の計算環境へ接続しなくても、研究者は手元でAPIと小規模な計算を試せる。

一方、GPUを使う計算ではNVIDIA CUDA-Qを実行側に組み込める。CUDA-Qは量子・古典ハイブリッド計算をGPUや複数の量子処理装置へ流す基盤であり、OpenQARPはその上で問題、アルゴリズム、回路、測定を組み立てる。したがって、両者は同じ層を奪い合う関係ではない。OpenQARPのengineがCUDA-Qへ仕事を渡す関係である。

QiskitやPennyLaneとの比較は、もう少し慎重に読む必要がある。OpenQARPの開発チームはarXivへ提出したプレプリントで、OpenFermion、Qiskit/Aer、PennyLane/Lightning、Qulacs、qsim、pytketと演算子処理、シミュレーション、コンパイルなどを比較した。作者らは演算子代数で1〜2桁高速、シミュレーションで最速群、二量子ビットゲート数では成熟したコンパイラと同等だと報告する。公開リポジトリは、各計測に独立した正しさの確認を付けたとしている。

それでも、この結果だけで既存の量子SDKより全面的に優れるとは言えない。測っているのは特定の版、入力、処理、計算環境での性能であり、APIの安定性や対応する実機の数とは別である。教材、外部拡張、保守人員も同じ尺度で比べていない。論文も2026年9月14日提出のv1プレプリントで、査読済みではない。作者側の再現可能な測定は出発点になるが、外部チームが同じ条件で追試する段階が要る。

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NISQから誤り耐性まで一つのAPIに置く狙い

OpenQARPには、現在のノイズを持つ中規模量子計算を想定した変分法と、誤り耐性時代を見据えた手法が同居する。前者にはSSVQEやADAPT-VQE、後者にはQPEやQSVTが入る。現在使える機能と将来向けの研究対象を同じ部品モデルへ置き、ハードウェアの世代が変わってもアプリケーション側の実験をつなぐ狙いだ。

実行環境も時間軸をまたぐ。手元のPCに加え、ソースから構築すればCUDA-Qへ接続できる。富士通はA64FXを搭載したPRIMEHPC FX700を1,024機使う40量子ビットの状態ベクトル型シミュレータでもOpenQARPを動かす。

ただし、同じAPIに並んでいることと、同じ成熟度で使えることは別である。40量子ビットの状態ベクトル計算は古典スーパーコンピュータ上のシミュレーションであり、量子計算の優位性を実機で示したものではない。QPEやQSVTを収録していても、産業規模の問題を誤り耐性量子コンピュータで解けるようになったわけではない。OpenQARPが短くするのは研究コードを組み上げる距離であり、必要な量子ビット数、誤り率、実行時間という物理的な距離までは消さない。

β版は2026年2月から、共同研究とQuantum Simulator Challengeを通じ80団体以上へ提供された。これは閉じた事前提供から、誰でもコードを取得できる段階へ移ったことを示す。ただし、80団体のうち何団体が継続利用したか、何件の成果が外部査読を通ったか、外部開発者がどれだけコードへ貢献したかは公表されていない。提供先の数を採用実績や開発者共同体の規模へ読み替えることはできない。

公開で埋まった距離、残った距離

2026年9月16日に富士通発表、公開README、v1プレプリント、PyPIを確認した範囲では、配布可能性と開発側の評価は追跡できたが、実機上の量子優位性、独立ベンチマーク、外部開発者の定着を示す結果は確認できなかった。確認対象は、公式発表の公開情報と特長、READMEの設計とBenchmarks、arXivの抄録と投稿履歴、PyPIの配布情報とメタデータである。資料全体や外部成果の不存在を判定したものではない。

公開で埋まった距離は具体的である。v0.1.0のソースコード、Apache 2.0の利用条件、主要OS向けの配布物、実行可能なノートブック、ベンチマークを再生成する仕組みが外部から見えるようになった。研究者はAPIを試し、計算結果を検査し、不具合や改善案を公開の場へ持ち込める。共同研究やQuantum Simulator Challengeを通じたβ提供から、公開コードと配布物を誰でも取得できる段階へ移った。

残った距離も測れる。PyPI上の開発状態はBetaで、公開時点のmaintainer表示は1人である。公開リポジトリは立ち上がったばかりで、品質や利用者層を判断できるだけの長期履歴はまだない。APIの後方互換方針、脆弱性対応の実績、複数組織によるrelease管理も今後確かめる必要がある。

OpenQARPが量子アプリ開発の共通部品になるかは、収録アルゴリズムの数だけでは決まらない。外部研究者が同じ入力で結果を再現し、別のengineへ移しても数値規約を保ち、外部の貢献を取り込んだ新版へ研究コードを移せることが条件になる。その条件がそろえば、研究者は実験のたびに周辺コードを作り直す時間を減らし、アルゴリズムが対象問題へ本当に効くかという検証へ力を振り向けられる。