Googleは2026年9月2日、「Gemini 3.8 Flash」とセキュリティ特化型の「Gemini 3.8 Flash Cyber」を発表した。3.7 Flashから3週間、3.6 Flashから数えれば6週間で3本目の更新となる。通常版は前世代と同じ期間限定料金で一般提供され、Cyber版は審査を通った防御側組織に限って提供される。Googleの評価表は大幅な改善を示すが、Arenaの人間による選好評価まで含めると、上位モデルを一律に置き換えたとはまだ言えない。
3週間で73.7%へ、伸びた領域と残る差
Googleの同一比較表では、3.8 Flashは3.7 Flashを、DeepSWE v1.1で73.7%対65.3%、金融エージェントで61.4%対59.0%、法務エージェントで10.0%対8.8%、HLE-Verifiedで54.9%対53.6%と上回った。一方、Terminal-bench 4.0は19.1%でClaude Opus 5の51.8%とGPT-5.6 Solの37.3%に届かず、OSWorld-2.0も59.0%でOpus 5の75.4%を下回る。
- Gemini 3.8 Flash
- Gemini 3.7 Flash
- Claude Opus 5
- GPT-5.6 Sol
データを表で見る
| Gemini 3.8 Flash (%) | Gemini 3.7 Flash (%) | Claude Opus 5 (%) | GPT-5.6 Sol (%) | |
|---|---|---|---|---|
| DeepSWE v1.1 | 73.7 | 65.3 | 74 | 72.7 |
| Finance Agent v2 | 61.4 | 59 | 58.6 | 53.8 |
| Legal Agent | 10 | 8.8 | 6.7 | 2.5 |
| Terminal-bench 4.0 | 19.1 | 11.2 | 51.8 | 37.3 |
| HLE-Verified | 54.9 | 53.6 | 54.4 | 54.5 |
| OSWorld-2.0 | 59 | 50.6 | 75.4 | 62.6 |
伸びの中心は、複数工程を最後まで進めるソフトウェア開発、金融や法務の業務処理、図表と長い動画の理解にある。BioMysteryBenchの難問群でも43.5%から56.5%へ上がり、LABBench2は82.1%から86.2%となった。対して汎用エージェント能力を測るTerminal-bench 4.0では、前世代より7.9ポイント高くてもOpus 5との差が32.7ポイント残る。評価名が似ていても、ターミナル操作、長期開発、OS操作は別の能力であり、73.7%という一つの値から開発作業全般の優位を導くことはできない。
比較表そのものにも条件がある。GoogleはGeminiの値と、各社の自己申告値または公開値を一つの表へ載せており、全モデルを同じ機関が同じAPI設定で再実行した結果とは限らない。HLE-Verifiedの54.9%もGPT-5.6 Solの54.5%との差は0.4ポイント、Opus 5の54.4%との差は0.5ポイントである。順位より、どの課題集合と推論設定で測ったかを先に確認すべき差だ。
Arenaの1494点は暫定、3ポイント差を勝敗にしない
Arenaは匿名で並べた二つの回答から利用者が好む方を選ぶため、固定問題の正答率とは異なる実利用寄りの信号を与える。Arenaが併記するrank spread(順位幅)は、スコアの信頼区間が重なるモデルを考慮し、取り得る順位の範囲を示す。生の順位は現時点の最良推定だが、順位幅が重なる相手との優劣を確定する値ではない。
ここで用いたのは、既定のスタイル調整を有効にした集計である。2026年9月2日のText Arena総合で、Gemini 3.8 Flash(High)は1494±9点の暫定7位、順位幅は2〜21位、票数は5137だった。3.7 Flash(High)は1491±8点の10位で、差は3点にすぎず信頼区間も重なるため、現時点のArenaから3.8の明確な勝利は導けない。
| Text Arena総合(9月2日) | スコア | 生順位 | 順位幅 | 票数 |
|---|---|---|---|---|
| Claude Fable 5 | 1508±5 | 1位 | 1〜4位 | 27,013 |
| Claude Opus 4.6 High | 1505±4 | 2位 | 1〜5位 | 72,114 |
| Gemini 3.8 Flash High | 1494±9 | 7位 | 2〜21位 | 5,137 |
| Gemini 3.7 Flash High | 1491±8 | 10位 | 3〜23位 | 5,682 |
「暫定」には理由がある。Arenaは公開前に匿名で試験されたモデルを、公開後の新しい票が十分に集まるまで暫定表示にする。掲載の目安は最低1000票だが、公開前の票を含むモデルは公開後の利用条件で評価が安定したかを改めて確かめる。3.8 Flashはすでに5137票を持つものの、順位幅は2〜21位と広い。Googleの固定評価が示す明瞭な前世代差と、Arenaの小さく不確かな差は矛盾ではなく、測っている対象の違いである。
同じ0.75ドルでも推論量が総費用を動かす
3.8 FlashのStandard料金は2026年12月31日まで、入力100万トークン当たり0.75ドル、thinkingを含む出力100万トークン当たり3.75ドルで、3.7 Flashと同額である。2027年1月1日には1.50ドルと7.50ドルへ上がる。入力と出力を各100万トークン使う単純計算なら、合計は4.50ドルから9.00ドルへ倍増する。
- 入力
- 出力
データを表で見る
| 入力 (ドル/100万トークン) | 出力 (ドル/100万トークン) | |
|---|---|---|
| Gemini 3.8 Flash | 0.75 | 3.75 |
| Claude Opus 5 | 5 | 25 |
| Claude Sonnet 5 | 2 | 10 |
| GPT-5.6 Sol | 4 | 20 |
| GPT-5.6 Terra | 2 | 12 |
同じ量を処理する例では、3.8 Flashの年内料金はOpus 5やSonnet 5より低い。だがGoogle自身が、複雑な課題では3.8 Flashが追加の推論手順を踏み、ツールを反復して呼び、高い推論量で多くのトークンを使う場合があると説明している。単価が同じ3.7から替えても、出力、再試行、ツール利用が増えれば請求額は同じにならない。採用時に比べるべきなのは100万トークンの価格ではなく、同じ仕事を完了するまでの総トークン、待ち時間、再試行回数である。
API上の上限は入力1,048,576トークン、出力65,536トークンで、モデル名はStableのgemini-3.8-flashだ。テキスト、画像、動画を入力できる。音声とPDFにも対応する。コード実行と関数呼び出しに対応する。Google検索やファイル検索を利用でき、構造化出力も使える。Computer useはPreviewで、Live API、画像生成、音声生成は使えない。モデルカードは幻覚、時折の遅延とタイムアウトを既知の制約に挙げ、知識の基準日も分野によって2026年3月または2025年1月と幅がある。
Cyber版の86.2%は一般APIの性能ではない
Gemini 3.8 Flash CyberはCyberGymのpass@1(1回成功率)で86.2%を記録し、3.5 Flash Cyberの77.5%を8.7ポイント、GPT-5.6 Solの83.6%を2.6ポイント上回った。CWE-Benchでは47.2%でFable 5の47.8%に0.6ポイント届かないが、Googleは費用との組み合わせでパレート最適に位置づける。
データを表で見る
| pass@1 (%) | |
|---|---|
| Gemini 3.8 Flash Cyber | 86.2 |
| Gemini 3.5 Flash Cyber | 77.5 |
| GPT-5.6 Sol | 83.6 |
| Mythos 5 | 83.8 |
| GPT-5.5-Cyber | 85.6 |
3.8 Flash Cyberはこの比較で最高値だが、GPT-5.5-Cyberも近い。CyberGymの順位を、修正能力を測るCWE-Benchや実環境の成功率へそのまま移すことはできない。
CyberGymはC/C++コードから脆弱性を発見する評価で、CWE-Benchは脆弱性を修正する能力を測る。Googleの20言語にまたがる内部評価は成功率70%超、Chrome Securityでは大型商用モデルより正しい修正を2.6倍生成したという。Wizも内部の侵入テストで再現率が7.5〜9.7%高く、費用が2.3〜5.2分の1だったと報告した。ただし、これらは課題集合や比較対象が公開されていない。絶対値と生データも示されず、独立した再現結果としては読めない。
提供条件は通常版より厳しい。Fairwind Programは650超の参加組織を掲げるが、利用者を社内のセキュリティ、インシデント対応、侵入テスト担当に限定し、フィッシング耐性のある多要素認証やアクセス追跡を求める。モデルへのアクセスの共有、再配布、転売も認めない。Cyber版の公開料金表は見当たらず、通常版の入力0.75ドル、出力3.75ドルを当てはめることもできない。86.2%は限定モデルを限定条件で動かした評価であり、一般のGemini APIで呼び出す3.8 Flashのサイバー性能ではない。
公式資料でTerminal-benchが食い違う理由は未開示
Terminal-bench 2.1は、Google DeepMindの一般向け比較表で3.8 Flashが89.4%、3.7 Flashが85.8%だが、Gemini Enterprise Agent Platformの開発者ガイドでは90.8%と81.6%である。両ページは同じ名前の評価に異なる値を載せており、公開本文には設定差や更新差の説明がないため、前世代からの伸びを一つの数字へ固定できない。
差は小さな丸め誤差ではない。前者から計算すると改善は3.6ポイント、後者なら9.2ポイントになる。どちらかを誤りと決める根拠もなく、3.8の高い方と3.7の低い方を組み合わせて差を最大化するのは不適切である。Googleが方法論や表を更新するまでは、同じ資料内の組み合わせに限って読む必要がある。
3.8 Flashは、固定評価ではFlash価格帯と上位モデルの距離を縮めた。ただしArenaの暫定値、推論量による総費用、Cyber版のアクセス制限、公式数値の食い違いは、発表当日の順位表からは消えない。導入を決めるチームは、年末までの同額期間に3.7と3.8を同じ課題、同じ推論設定、同じハーネスで並べる必要がある。完了率と総トークンを記録し、待ち時間や再試行回数も残しておけば、2027年1月の価格倍増後も移行効果が続くかを自社の数字で判断できる。



