Googleは2026年9月15日、リアルタイム音声対話モデル「Gemini 3.8 Live」と「Gemini 3.8 Live Extended Thinking」を発表した。前者は低遅延と費用効率、後者は複数段階の問題を解くバックグラウンド推論を重視する。両モデルとも音声、画像、動画、テキストを入力でき、音声とテキストを返す。開発者向けにはGemini APIとGoogle AI Studioで利用が始まった。
今回の差は、単に考える時間を長くしたことではない。Extended Thinkingは途中経過を音声で伝えながら、同じ依頼に対する推論や外部ツール処理を続ける。そのため、アプリ側は「モデルが話し終えた」と「仕事がすべて終わった」を別々に管理しなければならない。無音の待ち時間は減らせるが、状態管理、非同期ツール、長時間セッションの費用という新しい負担が生じる。
発話完了とタスク完了を分けるAPI
Gemini 3.8 Liveは、素早い受け答えが重要な問い合わせの振り分け、語学練習、音声検索、短時間で終わる機器操作などを主な用途とする。会話に織り込む固定型の推論を備えるが、利用者は推論量を選べない。関数呼び出しは非同期が既定で、互換性のため同期型も指定できる。
Extended Thinkingは、複数のログを調べる技術支援、航空便と宿泊先を並行して探す予約、数式やコードを検証する教育支援のような処理を想定する。推論レベルはlow、medium、highから選び、外部関数はNON_BLOCKINGの非同期実行だけを受け付ける。同期型を指定するとエラーになる。
Extended ThinkingではturnComplete: trueは発話の終わりにすぎず、要求全体の完了はinteraction_status: IDLEで判定する。
| 実装項目 | Gemini 3.8 Live | Extended Thinking |
|---|---|---|
| 推論 | 会話に織り込む固定型 | low/medium/highのバックグラウンド推論 |
turnComplete |
通常はターン終了と待機を示す | 一つの発話区切り。処理継続の可能性あり |
| 要求全体の状態 | 従来のターン境界で管理 | interaction_statusのIN_PROGRESS/IDLEで管理 |
| ツール | 同期・非同期に対応 | 非同期のみ |
| 待機中の応答 | ツール完了まで待つ | 途中経過を音声で案内できる |
たとえば旅行検索では、モデルが「便を確認しています」と話した時点でturnCompleteが届いても、検索関数や比較処理は続く。クライアントがここでマイクを待機状態へ戻したり、結果画面を確定したりすると、後続のツール呼び出しや最終回答を取りこぼす。interaction_statusがIDLEになるまで接続とUI状態を保つ必要がある。
通常版も非同期関数呼び出しに対応する。したがって違いは「標準版は並行処理できない」ことではない。Extended Thinkingでは可変の推論と複数回の発話が一つの依頼にまたがり、完了の意味が変わる。Googleがいう「parallel reasoning」の内部構造や実際の並列度は公開されておらず、外から確認できるのはこのAPI上の動作までである。
82.6点でも銀行業務は35.1%
Artificial Analysisの取得時点の評価で、Extended Thinking(High)はSpeech to Speech Quality Indexが82.6だった。内訳は指示追従98%、会話の同時性を測るFull Duplex Bench 91.9%、エージェントのタスク完遂を測るτ-Voice 68.6%、音声を含む理由付けを測るBig Bench Audio 97.7%である。最初の音声が出るまでの時間は1.35秒、推計価格は1時間3.50ドルだった。
標準版の総合値は76.0で、τ-Voiceは30.1%、Big Bench Audioは89.1%だった。一方、Full Duplex Benchは96.1%、最初の音声まで1.18秒、推計価格は1時間0.84ドルで、会話の即応性と費用では標準版に利点がある。Extended Thinkingがあらゆる音声対話で上位互換という結果ではない。
Googleは別に、銀行業務へ絞ったSierraのτ-Voice-bankingでExtended Thinkingが35.1%だったと説明する。全業種の68.6%とは対象が異なり、同じ精度として比較できない。むしろ、自然な途中応答や高い理由付け得点があっても、難しい銀行業務では約3分の2の課題を完遂できなかったと読むべき数字だ。
Big Bench Audioの97.7%も同じ時点の順位では4位で、Google発表の「総合1位」とは評価軸が違う。標準版のSpeech Agent Arena 2位は利用者の選好であり、業務完遂率ではない。順位を並べるより、音声の自然さ、初回応答、理由付け、最終的な業務完遂を分けて採用試験を組む必要がある。
ServiceNowのEVAは、音声認識や合成を部品ごとに測るのではなく、複数ターンの会話全体で失敗が積み重なる様子を評価する枠組みだ。Googleは両モデルが精度と会話品質のPareto Frontierを押し広げたとするが、図の実行環境はGemini Enterprise Agent Platform上のLive APIである。一般のGemini APIや消費者向けGeminiで同じ結果になるとは限らない。
同じ単価でも長い会話ほど高くなる
Gemini APIの価格表は、3.8 Live、Extended Thinking、従来の3.1 Flash Live Previewを同じ欄にまとめている。有料層の100万トークン当たり単価は、テキスト入力0.75ドル、音声入力3ドル、画像・動画入力1ドル、テキスト出力4.50ドル、音声出力12ドルだ。Googleの時間換算では音声入力が約0.005ドル/分、音声出力が約0.018ドル/分になる。
ここから「Extended Thinkingも同じ仕事なら同額」とは判断できない。Live APIは各ターンで、現在の文脈窓に残る過去のトークンを再処理し、再び課金する。会話が長くなるほど1回の応答費用が増える仕組みだ。古い履歴を落とす文脈圧縮を設定しなければ、長い顧客対応や診断セッションでは、時間当たり換算だけでは見えない費用が積み上がる。
音声の入出力を文字起こしすると、音声料金に加えて、生成された文字起こしのテキスト出力料金も発生する。両モデルではプロアクティブ音声が常時有効で、モデルが聞いている間は入力トークンが課金対象になる。推論レベル別の平均トークン数やタスク当たりの実費は公表されていないため、標準版とExtended Thinkingへ同じ通話シナリオを流し、完遂1件当たりの費用で比べるのが現実的だ。
無料層は入力と出力が無料だが、内容がGoogle製品の改善に使われ得る。有料層は改善に使わない区分である。顧客通話を扱う場合は、料金だけでなくデータ処理条件を先に確認したい。
展開先ごとに利用状態が違う
二モデルの入出力上限はAPI資料で入力131,072トークン、出力65,536トークン。モデルカードでは丸めて128K、64Kと表記される。Gemini 3 Proを基盤とし、知識期限は2025年1月だ。Google自身が既知の限界として幻覚、時折の遅延とタイムアウトを挙げている。リアルタイムで話せることは、外部情報の正しさや業務完遂の保証ではない。生成音声にはSynthIDの透かしが入る。
提供状態は製品ごとに違う。開発者はGemini APIとGoogle AI Studioで両モデルを利用できる。企業向けGemini Enterpriseはprivate previewで、Gemini Enterprise for Customer Experienceはcoming soonだ。Extended ThinkingのGoogle Workspaceビジネス顧客向け提供もcoming soonである。
消費者向けでは、3.8 LiveがSearch Liveへ、Extended ThinkingがGemini Liveへ展開される。WorkspaceではGoogle AI Pro/Ultra加入者のDocs、全Google AI加入者のGmailとKeepが対象になる。発表は国・言語ごとの日程を示していないため、97言語の自動切り替えというモデル能力と、日本で各製品が使える時期は分けて考える必要がある。
採用判断はモデル名ではなく、会話の速さ、タスクの複雑さ、クライアントが状態管理を受け入れられるか、業務ごとの完遂率、長時間セッションの費用で決まる。短い依頼を即座に返すなら標準版、数秒かかる複数の道具を使いながら利用者を待たせない必要があるならExtended Thinkingが候補になる。次に必要なのは、推論レベル別の遅延と実費、日本語を含む言語別の完遂率を、実際の業務シナリオで公開することだ。



