Googleは2026年9月4日、音楽生成モデル「Lyria 3.5」をGeminiアプリとGemini APIへ展開した。アプリではジャンルを選ぶか文章で指定し、ボーカルまたはインストを選び、テンプレートから短いトラックや長いトラックを作れる。Googleは、より表現力のあるボーカルと豊かな音楽アレンジを売りにする。
ただし、今回を新モデルの初披露と呼ぶと時系列を取り違える。Lyria 3.5は7月29日にGoogle Flow Musicで先行公開されていたからだ。今回動いたのはモデルの誕生日より、音楽生成が置かれる場所である。Geminiの画像・動画入力と開発者向けAPIに入ったことで、短い遊びの出力から映像、ゲーム、ポッドキャストの素材まで同じ導線で試せるようになった。
30秒クリップの次に、Geminiへ移ったのは何か
時系列で見ると、Lyria 3.5の今回の新しさはモデルの初出ではなく、利用経路の拡大にある。Googleは7月29日にGoogle Flow MusicでLyria 3.5を公開し、9月4日にGeminiアプリとGemini APIへ広げた。
出発点は2月のLyria 3だった。Geminiアプリでテキストや写真、動画を手がかりに歌詞付きまたはインストの30秒トラックを作り、Nano Bananaでカバーアートまで付ける。Googleが当時掲げた用途は、友人との共有や日常の表現であり、完成した楽曲を制作現場へ置き換えることではなかった。
7月のLyria 3.5は、音楽性、歌詞、ボーカル、テンポと長さの制御を改善したモデルとして、まずGoogle Flow Musicに入った。ここは音楽家やAIクリエイター向けの環境である。Googleは2023年からMusic AI Sandboxを音楽家、プロデューサー、ソングライターと進め、Create、Extend、Editといった実験ツールでフィードバックを集めてきた。
9月の展開は、この制作用のモデルを一般ユーザーのチャット欄と開発者の呼び出し口に接続する。Geminiアプリではテンプレートが最初の一曲までの距離を縮め、APIでは動画編集、ゲーム、アプリ内の通知音などへ組み込みやすくなる。モデルの性能向上と同じくらい、配布面の変更が大きい。
Lyria 3.5は「曲を作る」工程をどこまで持つか
Lyria 3.5の差は、音の断片を伸ばすことより、曲の時間構造を入力の中で指定できる点にある。GoogleのAPIドキュメントは、ボーカル、タイミング付きの歌詞、フルレングスの楽器編成を挙げ、[Verse]、[Chorus]、[Bridge]などのセクションタグやタイムスタンプで曲の進行を誘導できると説明する。
画像も入力にできる。APIでは文章とともに最大10枚の画像を渡し、色や風景、被写体の雰囲気から音楽を組み立てられる。Geminiアプリ側の「写真から曲を作る」という体験は、画像理解と音楽生成を一つの操作にまとめたものだ。楽器やテンポ、キー、ムードを文章に足せば、結果の方向を細かく指定できる。
モデルカードによると、Lyria 3.5は音声の時間方向の潜在表現へ潜在拡散を適用する方式を使う。方式の名前より、Googleが評価項目として音楽の品質、ボーカル、音声の忠実度、プロンプトへの反映度を並べていることに意味がある。GoogleはLyria 2との比較で音声の忠実度が改善し、歌詞付きでは複雑な指示への追従が向上したとするが、独立した数値ベンチマークは示していない。
つまり、Lyria 3.5は「文章から音が出る」段階を越え、曲の構成を持った出力を狙う。ただし、構成を指定できることと、狙い通りの完成稿が一度で得られることは同じではない。Google自身も、生成したトラックが意図に合うか確認するよう案内している。
44.1kHzの仕様より、APIの分岐が効く
APIの仕様では、Lyria 3 Clipは30秒固定のMP3、Lyria 3.5は数分のフルレングス曲を生成し、後者はWAVも要求できる。
この2つは同じ「Lyria 3」系でもモデルIDが異なる。lyria-3-clip-previewは短いループ、プレビュー、SNS素材向けに固定長で返し、lyria-3.5はイントロ、Aメロ、サビ、ブリッジを含む曲を数分単位で作る。Lyria 3.5の長さはプロンプトで指定できるが、APIドキュメントが示す表現は「数分」であり、すべての条件に共通する最大秒数ではない。
出力は44.1kHzのステレオ音声で、既定はMP3、Lyria 3.5ではWAVを要求できる。画像入力は最大10枚、歌詞は自分で書くこともでき、セクションタグや時刻を使って楽曲の流れを指示する。開発者にとっては、音質を宣伝文句で比べるより、短尺の反復試作と長尺の本生成をどのモデルIDへ割り当てるかが設計上の差になる。
一方、現行のLyria 3.5は1回の生成で完結する。生成したクリップを別のプロンプトで少しずつ直す対話的な編集には対応しない。同じプロンプトでも結果は呼び出しごとに変わりうる。音楽AI Sandboxが既存音源のExtendやEditを実験してきたのに対し、Gemini APIから呼び出すLyria 3.5は、現時点では生成と編集を別工程に分ける必要がある。
透かしと禁止事項は権利処理の代わりにならない
GoogleはLyria 3.5のすべての生成音声にSynthIDを埋め込む。人間には聞こえない電子透かしで、Googleの説明ではMP3圧縮、ノイズの追加、再生速度の変更を経ても検出できるよう設計されている。Geminiに音声をアップロードして、Google AIで生成・編集されたかを確認する機能も用意する。
入力側の制限もある。APIドキュメントは、特定のアーティストの声を再現する要求と、著作権のある歌詞を生成する要求を安全フィルターでブロックすると明記する。モデルカードも、他者の知的財産権やプライバシーを侵害する用途を禁止ポリシーの対象に挙げる。
ここで境界を分ける必要がある。SynthIDは生成物を識別する仕組みであり、特定の入力を拒否するフィルターは明白な模倣要求を減らす。どちらも、利用者へ第三者の権利処理や商用利用の許諾を自動で与える仕組みだとは書かれていない。生成音声を公開・配布するなら、サービスの規約と用途ごとの権利条件を別に確認する必要がある。
モデルカードが公開するのは学習に使った音声データと前処理の説明までで、個別の音源やライセンスの一覧ではない。
Googleは、音声データへテキストのキャプションを付け、重複除去、安全・品質フィルタリングを行ったと説明する。これはデータ処理の説明であって、個別の音源がどの契約や法的根拠で学習に使われたかを読者が一覧で確認できる開示ではない。この差は、AI音楽の生成品質とは別の評価軸として残る。
使い道を決めるのは、品質より編集余地だ
一般ユーザーにとってLyria 3.5は、動画の仮BGM、誕生日の曲、ポッドキャストの短い導入、個人用の着信音を作る機能として理解しやすい。Googleの日本語ヘルプでは、18歳以上、アクティビティ保存のオン、生成回数の上限が利用条件に挙がり、フルトラックを作るにはProへ切り替えるよう案内している。ダウンロードはカバーアート付きのMP4か、音声のみのMP3を選べる。
この導線は、思いつきを音に変えるまでの時間を縮める。動画を解析して説明文を作り、Lyriaで背景音楽を生成する開発者向けのデモもGoogle AI Studioに用意されている。映像、文章、画像、音楽を同じサービス群でつなぐほど、音楽は独立した作品というより、コンテンツ制作の一工程として扱いやすくなる。
ただし、長尺の完成稿に使う場合は確認項目が増える。狙った箇所だけを直せるか、同じ歌詞やメロディを再現できるか、生成回数の上限が制作日程に合うか、公開先の規約と商用利用条件が揃っているか。現行のLyria 3.5は、音の生成能力を広げる一方、編集と権利確認を利用者側へ残している。
Googleが次に証明する必要があるのは、音質の形容詞ではない。短い試作から長い曲へ進んだ後も、どの部分を人間が直し、どの条件で公開できるのかを、モデル、アプリ、API、規約の4層で一貫して説明できるかである。Geminiへの搭載は入口を広げた。その先で使い続けられるかは、生成後の操作と権利条件が決める。



