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Google Pixel 7、特許権侵害で日本初の販売差し止め命令:Pantechの「SEP勝訴」の今後の影響は?

Y Kobayashi

2025年6月28日

スマートフォンの心臓部とも言える通信技術を巡り、東京の法廷が巨大テック企業Googleに対し、極めて異例の「販売差し止め」という鉄槌を下した。2025年6月24日、東京地方裁判所は、韓国Pantechが保有する特許をGoogleが侵害したと認定し、同社のスマートフォン「Google Pixel 7」シリーズの日本国内での販売、展示、輸入などを禁じる仮処分命令を下した。

この判決が業界に衝撃を与えているのは、単に人気製品が販売差し止めになったからではない。その核心は、スマートフォンなどの通信製品に不可欠な「標準必須特許(SEP)」の侵害を理由に、日本の裁判所が販売差し止めを認めた初のケースであるという点にある。これは、これまで巨大な交渉力を背景にライセンス交渉を有利に進めてきたとされる巨大テック企業の姿勢に、司法が明確な「ノー」を突き付けた歴史的判断であり、今後の知財戦略、ひいては世界のテクノロジー業界のパワーバランスにまで影響を及ぼしかねない重大な転換点となる可能性がある。

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判決の核心:「標準必須特許」とGoogleの「不誠実な交渉態度」

今回の訴訟で争点となったのは、Pantechが保有する日本の特許第6401224号[PDF]である。この特許は、4G/LTE通信において、基地局がスマートフォンからのデータ受信を正しく確認するための制御信号をマッピングする、極めて重要な技術に関するものだ。この技術はLTEという国際標準規格に組み込まれているため、誰もが利用しなければならない「標準必須特許(Standard-Essential Patent, SEP)」に分類される。

SEPの特許権者は、その技術を独占するのではなく、「公正、合理的、かつ非差別的(Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)」な、いわゆる「FRAND原則」に基づいて、希望するすべての企業にライセンスを提供する義務を負う。このFRAND宣言があるため、SEPを巡る紛争では、ライセンス料の金額が争点になることはあっても、製品の販売差し止めまで認められることは極めて稀だった。日本の司法も、これまではFRAND原則を重視し、差し止め請求には慎重な姿勢を貫いてきた。

ではなぜ、今回、東京地裁はその禁じ手とも言える「販売差し止め」に踏み込んだのか。

判決文の要旨によれば、裁判所はGoogleの交渉姿勢そのものを断罪した。判決は、FRAND宣言された特許に基づく差し止め請求は、原則として権利の濫用にあたるとしつつも、例外的な状況、すなわちライセンスを受ける側(実施者)に「ライセンスを取得する意思がない」と見なされる「特別な事情」がある場合は、この限りではないと指摘した。

そして、裁判所はGoogleの行動が、まさにこの「特別な事情」に該当すると結論付けたのである。具体的に裁判所が問題視したのは、Googleの以下のような一連の対応だった。

  • 交渉の遅延: Pantech側は誠意をもってライセンス提案を行ったと主張する一方、Googleは交渉初期段階で不必要と見なされる秘密保持契約(NDA)の締結に固執し、交渉を遅らせた。
  • 提案の拒否: 裁判所が仲介する和解協議の場において、裁判所側が最終製品の販売収益に基づいてロイヤリティを計算する方式での提案をGoogleに求めた。しかし、Googleは「計算が複雑すぎる」としてこれを拒否した。
  • 情報の不開示: さらに致命的だったのは、ライセンス料算出の根拠となるはずの、侵害品(Pixel 7シリーズ)の日本国内における販売台数や出荷台数といった基本的なデータの開示すら拒んだことだ。

これらの事実から、裁判所は「Googleは和解への道を自ら閉ざし、FRAND条件でライセンスを取得する意思を示さなかった」と判断。GoogleをFRAND交渉における「Unwilling Licensee(ライセンスを受ける意思のない者)」と認定し、Pantechによる販売差し止め請求は権利の濫用にはあたらない、と結論付けたのである。

これは、単に交渉が決裂したというレベルの話ではない。司法の目から見て、Googleの態度はFRANDという国際的な紳士協定の精神を踏みにじる「不誠実」なものであり、保護に値しないと判断されたことを意味する。1,000万円の保証金をPantechが供託すれば、この差し止めは仮執行される。

静かなる特許権者、Pantechの逆襲劇

今回、巨大企業Googleを相手取り、歴史的な勝訴を勝ち取ったPantechとは、一体何者なのだろうか。日本の消費者の中には、かつて「パンテック」ブランドのスマートフォンやフィーチャーフォンが市場に存在したことを記憶している者もいるかもしれない。

韓国の電子新聞ETNewsによると、このPantechは、かつて韓国第3位の携帯電話メーカーとして一世を風靡した「パンテック」が保有していた特許ポートフォリオを基に設立された企業である。特許収益化を専門とするIdeaHubが、パンテックの特許約1400件と商標権を確保するために設立した100%子会社だ。

つまり今回の訴訟は、市場競争の波に飲まれ姿を消したメーカーが遺した「技術の魂」が、時を経て、知財という形で巨大テック企業に一矢報いたという、まるで映画のような構図を持っている。これは、事業から撤退しても、その企業が生み出した優れた技術的資産は、正当に評価されれば国境を越え、時代を超えて価値を発揮しうることを示す象徴的な事例と言えるだろう。

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日本市場を揺るがす衝撃波:Pixel 8/9、そしてGoogleの未来は

今回の判決で直接の対象となったのは、すでにGoogle公式ストアでの販売を終了している「Pixel 7」シリーズだ。しかし、問題の核心は、この判決が持つ「波及効果」にある。

Pantechが問題とする特許技術は、LTE通信の根幹に関わるものであり、当然ながら現行モデルの「Pixel 8」シリーズや、今後登場が噂される「Pixel 9」シリーズにも搭載されている可能性が極めて高い。実際、Pantechはすでにこれらの後継モデルについても販売差し止めを求める訴訟を東京地裁に提起しており、さらに日本の税関に対してはPixelシリーズ全製品の輸入差し止めを申請している。

この事態は、Googleの日本戦略にとって致命的な打撃となりかねない。Googleは日本スマートフォン市場において、約62%という圧倒的なシェアを誇るApple iPhoneに次ぐ第2位(シェア約5.8%)の座を確保している。これはSamsungやXiaomiをも上回るポジションであり、日本がGoogleにとって極めて重要な市場であることを物語っている。

その主力製品が、今後すべて販売できなくなるリスクが現実のものとして突きつけられたのだ。Googleが取りうる選択肢は、大きく分けて三つだろう。

  1. Pantechとの和解: 最も現実的な選択肢は、判決を受け入れ、PantechとFRAND条件に基づくライセンス契約を締結することだ。しかし、今回の判決で「不誠実」との烙印を押された以上、交渉はPantech優位で進む可能性が高く、Googleは相応の対価を支払うことになるだろう。
  2. 徹底抗戦(控訴): Googleは30日以内に控訴することが可能だ。プライドと今後の他社とのライセンス交渉への影響を考えれば、徹底抗戦の道を選ぶ可能性も否定できない。しかし、その間も差し止めのリスクは続き、ビジネス上の不確実性は増大する。
  3. 日本市場からの撤退・製品仕様の変更: 最悪のシナリオとして、交渉がまとまらなければ、該当技術を使用しない形での製品仕様変更や、日本市場からの事実上の撤退という選択肢も理論的には考えられる。しかし、世界第2位のポジションを築いた重要市場を手放すことは考えにくく、これは最後の手段となるだろう。

いずれにせよ、Googleは厳しい選択を迫られている。同社がこの「東京からの鉄槌」をどう受け止め、日本市場とどう向き合っていくのか。その決断が、日本におけるAndroidスマートフォンの勢力図を塗り替える可能性すら秘めている。

巨人への警鐘と知財戦略の新潮流

今回の判決は、単なる一企業間の紛争に留まらない、より大きな三つの意味を持っていると筆者は考えている。

第一に、巨大テックプラットフォーマーへの強烈な警鐘である。これまでSEPライセンス交渉において、巨大な購買力と市場支配力を背景に、中小の特許権者に対して有利な条件を引き出してきたとされる巨大テック企業に対し、司法が「そのやり方は通用しない」という明確なメッセージを発した点だ。特に、これまで差し止めに慎重だった日本の裁判所がこの判断を下したインパクトは大きい。世界中の特許権者が、この判例を手に、より強気な交渉に臨むようになるかもしれない。

第二に、FRAND交渉における「誠実さ」の重要性だ。これからのSEP交渉では、単に交渉のテーブルに着いているという形式だけでは不十分で、具体的なデータを開示し、合理的な提案を行うといった「誠実な交渉態度」が、これまで以上に厳しく問われることになるだろう。今回のGoogleのように「計算が複雑」「データは出せない」といった態度は、自らを「不誠実」と宣言するに等しい危険な行為と見なされる。

そして第三に、日本の知財司法の存在感の高まりである。国際的な知財紛争の舞台として、日本の司法が公平かつ厳格な判断を下せる場であることを世界に示した。これは、日本の知財立国としての信頼性を高める上で、非常にポジティブな出来事と評価できるのではないだろうか。

この一件は、テクノロジー業界の根底を流れる知財という名の「見えざる戦争」の潮目が、静かに、しかし確実に変わりつつあることを示唆している。Googleが下す次の一手が、この新たな潮流の行方を占う試金石となることは間違いない。我々消費者が手にするスマートフォンの未来もまた、この法廷闘争の帰結と無関係ではないのだ。


Sources

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