台湾のFormosa Plastics(台塑)が、2026年第3四半期に電子級フッ酸(HF)を値上げする。台湾の『経済日報』が7月16日に報じた。同社は高純度イソプロピルアルコール(IPA)の価格も引き上げる。先端半導体の増産で洗浄・エッチング用薬液の需要が膨らむなか、蛍石と硫酸、プロピレンの原料高が重なった。

値上げ幅は明らかにされていないため、半導体や最終製品の価格へどこまで転嫁されるかはまだ算定できない。価格改定より判断が難しいのは、認証済み供給能力が今後の需要増に追いつくかどうかだ。ウェハー工場が使える純度まで薬液を精製し、顧客認証を通した能力は短期間で増えない。台塑系の電子級フッ酸増設が動くのは2027年であり、当面は需要の伸びと供給能力の増加に時間差が残る。

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値上げは需要増と原料高の二重圧力

『経済日報』によると、台塑は蛍石と硫酸の価格上昇を受け、第3四半期に電子級フッ酸の販売価格を「適度に」調整する。電子級IPAも、原料となるプロピレンの上昇を価格へ反映する。同じ時期に値上げされる二つの薬液だが、原料と製造工程は異なる。

薬液 半導体製造での主用途 主な原料 今回の動き
電子級フッ酸 酸化膜の湿式エッチング、表面処理、洗浄 蛍石、硫酸 台塑が2026年第3四半期に値上げ
高純度IPA ウェハー、フォトマスク、製造装置の洗浄と乾燥 プロピレン 台塑が原料高を販売価格へ反映

台塑とダイキン工業の折半出資会社Formosa Daikinは、台湾の電子級フッ酸市場で約55%を握ると『経済日報』は伝えている。過半を供給する企業の価格改定は、台湾の半導体工場が結ぶ次の契約の基準になりやすい。もっとも、報道にも台塑の公表資料にも具体的な上げ幅はない。他地域の無水フッ化水素や電子級フッ酸で報じられた上昇率を、台湾の契約価格として扱うことはできない。

同時値上げは、AI需要だけで生じた現象でもない。台塑はフッ酸では蛍石と硫酸、IPAではプロピレンを理由に挙げた。需要が強くても原料が安ければ値上げ圧力は弱まり、原料が高くてもファブの稼働が鈍れば転嫁は難しい。2026年は両方が同じ方向へ動いた。

1,000万トンの蛍石市場から超高純度薬液まで

フッ酸の供給網は鉱山から始まる。酸級蛍石の主成分であるフッ化カルシウム(CaF2)を硫酸(H2SO4)と反応させると、フッ化水素(HF)と硫酸カルシウム(CaSO4)ができる。米環境保護庁が示す基本反応は「CaF2 + H2SO4 → 2HF + CaSO4」だ。半導体向けには、ここから金属イオンや陰イオン、粒子を厳しく減らす。

ダイキン工業の半導体用HF49%/50%製品は、鉄、ナトリウム、カリウムなど20種を超える金属と、塩化物や硫酸塩などの陰イオン、粒子を検査対象にしている。純度が足りなければ、洗浄液そのものがウェハーを汚染し、歩留まりを落としかねない。化学式が同じHFでも、工業用の生産量をそのまま電子級の供給量として数えられない理由である。

上流も余裕があるとは言いにくい。米地質調査所(USGS)は、2025年の世界の蛍石鉱山生産を前年比1%減の1,000万トンと推計した。このうち中国は600万トンで、世界の60%を占める。中国では鉱山の是正措置と安全検査で一部が生産を止め、同国の2025年上半期の蛍石輸入は前年同期比48%増の85万6,000トンへ膨らんだ。輸入の86%はモンゴルからだった。

蛍石の偏在に、硫酸側の上昇が加わった。中国の尚緯股份が上海証券取引所へ提出した2026年5月の回答書では、無水フッ化水素(AHF)の中国価格は2024年から2025年上半期に1トン9,000~1万600元で推移し、2025年末に1万3,000元、2026年4月には1万4,778元へ上がった。年末から4月までの上昇率は13.7%になる。同社は、AHF原料が10%動くとG1~G3級の電子級フッ酸が同じ方向へ10~20%動くとの分析も示している。これは中国市場の開示だが、原料高が精製後の薬液へ伝わる経路をよく表している。

SEMIは、HFや硫酸、過酸化水素などの湿式薬液をファブが大量に使うため、新工場の近くに必要な純度で製造できる設備が要ると指摘する。遠隔地に汎用品の化学工場があっても十分ではない。危険物を安定輸送し、ウェハー工場ごとの品質条件を満たし、連続供給できて初めて生産能力になる。

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AI半導体の増産は薬液消費をどこまで押し上げるか

AIからフッ酸需要へ至る経路には、実際のウェハー増産が挟まる。TSMCの2025年の出荷量は12インチ換算で1,500万枚となり、2024年の1,290万枚から16.3%増えた。年末の生産能力は同換算で1,700万枚を超える。売上高の74%を7nm以下の先端プロセスが占めた。

2026年は立ち上げがさらに重なる。TSMCの2nmプロセス「N2」は2025年第4四半期に量産へ入り、同社は2026年に急速な増産を見込む。改良版のN2Pと、裏面電源供給を採用するA16も2026年下半期に量産開始の予定だ。新竹と高雄では複数期の2nm工場を準備している。先端ロジックのウェハー投入が増えれば、各工程で使う洗浄・エッチング薬液の調達量も積み上がる。

メモリ側も動く。SEMIは2026年の世界の300mmファブ装置投資を前年比18%増の1,330億ドルと予測する。このうちメモリ分野は29%増の520億ドルに達し、300mmメモリ生産能力は月410万枚へ増える見通しだ。高帯域幅メモリ(HBM)需要を受け、メモリ各社が能力増強とプロセス移行を急いでいる。

公開資料から、先端チップ1個またはウェハー1枚当たりのフッ酸使用量は特定できない。したがって、AIチップ生産が何トンの追加需要を生むかは計算できない。それでも、TSMCの出荷増、2nmの立ち上げ、メモリ設備投資の三つは、薬液メーカーが需要増を見込む根拠になる。先端ロジックとHBMの増産を介し、AI需要はファブが日々補給する湿式薬液の調達計画まで動かしている。

1万3,000トン増設でも埋まらない時間差

台塑はすでに増設へ動いている。2025年8月の取締役会議事録によると、Formosa Daikinは仁武工場に年2万6,000トン、大発工場の第1期に年1万3,000トン、合計年3万9,000トンの高純度フッ酸能力を持つ。大発工場の第2期として年1万3,000トンを追加し、総能力を年5万2,000トンへ33.3%増やす計画だ。総投資額は18億台湾ドルで、台塑は持ち分に応じて4億4,800万台湾ドルを追加出資する。

ただし、台塑企業が2026年3月に公表した工程表では、第2期の稼働は2027年になる。値上げを決めた2026年第3四半期には間に合わない。設備が完成しても、顧客の品質評価と認証、安定運転の確認が残る。SEMIが指摘する「必要純度を近隣で作れる能力」は、反応槽の容積だけで決まらない。

IPAでも同じ時間差が見える。トクヤマは2026年5月、台塑との合弁会社FTACが台湾・高雄に年3万トンの第2工場を建てると発表した。営業運転は2028年9月の予定である。台塑企業はそれより前にIPA廃液の回収設備を2026年中に完成させる計画だが、再生品も品質評価を通ってから供給が増える。

フッ酸の値上げが直ちにAIチップの値上げへつながるとは限らない。契約率も、チップ原価に占める薬液の比率も公表されていないからだ。一方、供給が途切れれば洗浄とエッチングの工程は続けられない。2027年に追加される年1万3,000トンが顧客認証を終えて安定稼働に入り、その増加をTSMCの2nmとメモリ各社の増産が上回るかどうか。そこで電子級フッ酸が高い薬液にとどまるのか、半導体増産を制約する材料になるのかが決まる。