PCゲーミングの歴史において、「シェーダーコンパイル待ち」ほど長く放置されてきた問題も珍しい。最新世代のSSDが数十GB/sの転送速度を実現しても、ゲームの初回起動時に延々と回り続けるコンパイルバーは消えない。IntelはこのたびArc GPU向け新ドライバー(バージョン32.0.101.8626 WHQL)の配布と同時に、「Intel Graphics Shader Distribution Service(以下、Intel Precompiled Shaders)」を正式ローンチした。Black Myth: WukongやCyberpunk 2077など計13タイトルでまず対応し、Arc B580では平均2倍、統合グラフィックスのArc 140Vでは平均3倍の初回ロード短縮を計測している。

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なぜシェーダーコンパイルはいまだに問題なのか

シェーダーとは、GPUが画面上の物体の見え方を計算するための専用プログラムである。コンソールゲームではデベロッパーがターゲットとするハードウェアが数種類に限られるため、出荷前にシェーダーをコンパイルして製品に同梱できる。対してPC版は、GPU、ドライバーバージョン、APIの組み合わせが事実上無限に存在するため、ゲームはシェーダーを未コンパイルの状態で配布し、プレイヤーの環境ごとにその場でコンパイルする設計になっている。

この仕組みが「シェーダーコンパイル待ち」と「コンパイル起因のスタッター(フレーム落ち)」という2つの問題を生む。SSDがいかに高速になっても、コンパイル処理はGPUとCPUの計算能力に左右されるため、ストレージ速度の向上では解決できない。PC版ゲームが抱えるこの構造的欠陥を突いたのが、今回のIntelの施策である。

インフラで解くという発想転換:クラウド事前コンパイルの仕組み

Intel Precompiled ShadersはIntel側のクラウドインフラでシェーダーのコンパイル処理を行い、完成したキャッシュをプレイヤーのPCへ配信するという仕組みだ。Intel Graphics Softwareアプリが対応Steamゲームのインストールを検知すると、ハードウェア構成とドライバーに最適化されたシェーダーキャッシュをダウンロードし、ローカルにキャッシュする。以降の起動ではGPUがコンパイル処理をスキップし、用意されたキャッシュを直接使用する。

この方式の特筆点はドライバーやゲームのアップデートに自動追従する点だ。ゲームのパッチ適用やIntelのドライバー更新によってシェーダーが差し替えられた場合、Intel側でキャッシュを再生成し、プレイヤーのPCへ自動配信する。プレイヤーが意識してメンテナンス作業を行う必要はない。

Intelはこのサービスについて、「Intel Precompiled Shaders is custom built and run by Intel(事前コンパイルサービスはIntelが独自に構築・運用している)」と明言している。同時期に報道されたMicrosoftのAdvanced Shader Delivery(DirectX AgilitySDK 1.618で正式サポート)とは別物で、両者は今後連携していく方針だ。IntelはMicrosoftとの共同施策を「年内にAdvanced Shader Deliveryを共同ローンチする予定」としており、両サービスが揃った際には対応ゲームとゲームストアの幅がさらに広がる見通しである。

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数値で見る効果:『God of War Ragnarök』は最大37倍の差

Intelが公開したベンチマークは、一部タイトルで桁違いの数字を示している。Arc B580(Battlemage、ディスクリートGPU)では平均2倍の高速化を記録しており、『God of War Ragnarök』に至っては事前コンパイルなし比で21倍という数値が出た。統合グラフィックスでは、Arc B390(Intel Core Ultra X9 388H搭載)が平均2倍超、Arc 140V(Core Ultra 9 288V搭載)が平均3倍超を達成しており、同じくGod of War Ragnarökでは140VがB580を上回る最大24倍、B390が最大37倍の短縮を記録した。

絶対値が大きいのはロード時間自体が長いタイトルほど恩恵が顕著に出るという性質によるもので、全タイトルで平均2〜3倍という数値の方が普遍的な実力指標となる。また初回ロードだけでなく、カットシーンや新マップへの移動時に発生するインゲーム・スタッターの軽減効果もIntelは強調している。

初回対応13タイトルには、Black Myth: Wukong、Borderlands 4、Call of Duty: Black Ops 6、Call of Duty: Black Ops 7、Cyberpunk 2077、God of War Ragnarök、Gotham Knights、Hogwarts Legacy、NBA 2K26、Starfield、S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl、The Elder Scrolls IV: Oblivion Remastered、The Outer Worlds 2が含まれる。ただし現時点ではSteam経由のインストールのみに対応しており、他ストアへの拡張はAdvanced Shader Deliveryの展開を待つ形になる。

対応ハードウェアと有効化の手順

Intel Precompiled Shadersが機能するハードウェアは、Arc B-Seriesディスクリート、またはCore Ultra Series 2/3搭載の統合Arc GPUに限られる。Windows 10/11環境でドライバーをバージョン32.0.101.8626以降へ更新しておく必要があり、キャッシュのダウンロードに常時インターネット接続とストレージ1GB以上の空き容量が求められる。

有効化はIntel Graphics Softwareアプリ内で行う。「Graphics」→「3D Rendering」→「Precompiled Shaders」のトグルをオンにするだけで、対応ゲームのキャッシュが自動ダウンロードされる。デフォルトはオフのため、ドライバー更新後に設定を確認する必要がある。ドライバー自体のファイルサイズ増加はなく、キャッシュはクラウドにホストされてオンデマンドで取得する設計だ。

なお、Arc A-Series(Alchemist世代)は今回の対応ハードウェアリストに含まれていない。同GPUを使用するユーザーは、Microsoftが年内を目標に展開するAdvanced Shader Deliveryへの対応を待つことになる。

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NVIDIA・AMDとの並走とMicrosoftの構図

今回の施策が動く中、業界全体ではより大きな構造変化が同時進行している。MicrosoftはDirectX AgilitySDKに「Advanced Shader Delivery」API群を追加し、GPU各社がこれに統一インターフェースで対応できる枠組みを整備した。ゲームデベロッパーがPipeline State Object(PSO)をState Object Database(SODB)として1回パッケージングすれば、各GPUベンダーのオフラインコンパイラーがそれをPrecompiled Shader Database(PSDB)へ変換し、ゲーム配信と合わせてプレイヤーへ届けられる設計だ。

NVIDIAはGeForce RTX向けにAdvanced Shader Deliveryへの対応を「年内実施」と表明しており、AMDが駆動するROG Xbox Allyではすでにこの技術が検証されている。Xbox Ally向けの試験では、Avowedのロード時間が最大85%削減されたという数値も出ている。

つまり現在の構図は、Intelが独自サービスを足場として先行展開しつつ、Microsoftの統一APIを通じてNvidiaやAMDとも共通のエコシステムに合流する形だ。対応ゲームやストアが1社の管理下に集約されるのではなく、デベロッパーとGPUベンダー双方がMicrosoftのAPIを通じて成果物を共有するという分散型の仕組みで業界全体の底上げを図る狙いがある。

なお、すべてのゲームが事前コンパイルに対応できるわけではない。PCの組み合わせが多様すぎるタイトルや、動的に生成されるシェーダーが多いゲームは対応が困難とされる。Intel自身もこの点を認めており、段階的な対応拡大を示唆している。

Intelがこのタイミングで仕掛ける理由

Arc B-Series(Battlemage世代)のディスクリートGPUは、コストパフォーマンス重視の中価格帯市場でNvidiaのGeForce RTX 4060やAMD Radeon RX 8060などと競合している。価格対性能比での勝負が難しいセグメントで、「すぐに使える体験品質の差別化」を図ることに一定の合理性がある。シェーダーコンパイル待ちはPC初心者には特に行き先の見えないストレスで、解決されていることをユーザーが体験すれば製品の評価が変わる可能性がある。

同時に、Arc GPUの統合グラフィックス版を搭載するCore Ultra Series 2/3搭載ノートPCへの展開は、より大きな数の消費者と接点を持つ。薄型ノートや学習・ビジネス用途が中心のこれらユーザーにとって、エントリーゲームの起動体験が快適になることは訴求力のある改善だ。

Intelは今後、Advanced Shader Deliveryを通じた対応ゲームの拡充と並行して、独自のPrecompiled Shadersサービスのカバレッジも広げていく方針を示している。2つのアプローチを並行させることで、どちらかが機能しない状況でもユーザー体験の底が落ちにくい設計にするという意図が読み取れる。PCゲーミングにおける「起動してすぐ遊べる」という体験がコンソールとの差として長く指摘されてきたなかで、今回の施策はその差を着実に縮める一手となる。


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