1セント硬貨ほどの大きさのチップの上に、光の波長を分岐し、空間モードを仕分けし、光を反射して閉じ込める微小構造が並んでいる。このチップを構成する各部品の面積が、従来の手設計と比べて最大500分の1に縮んだ。マックス・プランク光科学研究所(MPL)のToby Bi氏とハーバード大学SEASのKiyoul Yang教授らが率いる研究チームが、2026年5月28日付の『Nature Communications』に発表した成果である(Bi et al., Nat. Commun. 17, 6943, 2026)。
フォトニックチップは、電子ではなく光子を使って情報を伝送・処理する半導体デバイスだ。光ファイバー通信、データセンターの相互接続、自動運転車のLiDAR、量子コンピューティングなど、高速かつ広帯域のデータ伝送が求められる分野で需要が拡大している。チップ上では、幅数マイクロメートルの導波路が光を運び、波長分波器(WDM)、空間モード分波器(MDM)、ミラーなどの部品が光の経路を制御する。
これらの部品を設計する従来の方法は、方向性結合器やマルチモード干渉器といった「実績のある幾何学形状」を出発点に、パラメータを手作業で調整していくというものだった。この手法は時間がかかるうえ、探索できる形状の範囲が人間の直感に限定される。
問題は、材料の選択と部品の大きさがトレードオフの関係にあったことだ。窒化ケイ素()は光の伝搬損失が極めて小さく、光周波数コムや量子光源の生成に適した材料として注目されてきた。特に膜厚400〜800 nmの厚膜窒化ケイ素は、低い導波路損失と強いモード閉じ込めを両立する。しかし、シリコン(屈折率約3.5)に比べて屈折率コントラストが低い(約2.0)ため、光を曲げたり分離したりするために長い相互作用長が必要になり、部品が大きくなりがちだった。従来の方向性結合器型WDMは結合長が数百マイクロメートルに及び、粗WDMやMDMは面積が平方ミリメートル規模に達することもあった。
「結果から逆算する」設計手法が拓いた探索空間
この壁を突破したのが逆設計(inverse design)と呼ばれるアプローチだ。従来の設計が「形状を決めてから性能を計算する」のに対し、逆設計では「光に何をさせたいか」を先に指定し、勾配ベースの最適化アルゴリズムがその機能を実現するナノ構造を自動的に探索する。
逆設計の学術的起源は1990年代末にさかのぼる。1999年にCoxとDobsonが二次元フォトニック結晶のバンドギャップ最大化に勾配法を適用し、2004年にはJensenとSigmundがフォトニック結晶導波路の90度曲げにトポロジー最適化を使った。2015年にはStanford大学のPiggottらがシリコン基板上で逆設計による波長分波器を実証し、2017年には製造制約を最適化に直接組み込む手法を提案した。2018年のNature Photonicsレビュー(Molesky et al.)で、この分野は「ナノフォトニクスの構造の地図を書き換えつつある」と総括されている。
しかし、逆設計の実験実証はシリコン、ダイヤモンド、炭化ケイ素、リチウムナイオベートなどの材料平台上に限られていた。厚膜窒化ケイ素上での実証は、屈折率コントラストの低さから設計領域が相対的に大きくなるため、未達成のまま残されていた。
Bi氏らのチームは、この未踏領域に踏み込んだ。アルゴリズムには、光に求める機能(波長の分離、空間モードの仕分け、高反射)だけでなく、製造上の制約(最小特徴寸法、製造ばらつきへの頑健性)も入力として与えた。Yang教授はHarvard SEASのプレスリリースで「逆設計が実用的になるのは、製造の現実を最適化の中に組み込んだときだ」と述べている。
3種の部品が示した数値
チームが設計・作製・測定した3種の部品の性能を、従来設計と比較する。
| 部品 | 逆設計のフットプリント | 従来設計の代表例 | 面積縮小率 | 主要性能 |
|---|---|---|---|---|
| 波長分波器(WDM) | 5×5 μm² 〜 8×8 μm² | 方向性結合器型(結合長数百μm、面積で数十〜数百倍) | 約50〜300倍 | 挿入損失 約−2 dB、クロストーク −10 dB以下 |
| 空間モード分波器(MDM) | 8×8 μm² 〜 15×10 μm² | 位相整合型(面積がmm²規模) | 約500倍 | クロストーク −18 dB |
| ミラー(反射器) | 11×2.8 μm² | 従来はリング共振器やDBR構造が主流 | 単体比較は困難だが、数μm角で高反射を実現 | 反射率98.5%、フィネス約162、Q値約21万 |
WDMは194/232 THzと196/202 THzの2チャネルを5×5 μm²または8×8 μm²の領域で分離する。MDMは基本モード()と一次高次モード()を8×8 μm²および15×10 μm²のフットプリントで仕分け、チャネル間のクロストークは−18 dBに達した。
ミラーの性能は、厚膜窒化ケイ素の低損失を際立たせる結果となった。11×2.8 μm²の微小反射器が98.5%の反射率を達成し、不要な空間モードを遮断する。一対のミラーを導波路の両端に配置してファブリ・ペロー共振器を形成したところ、光はミラー間を100回以上往復してから外部に漏れ出した。自由スペクトル範囲(FSR)は約144.6 GHzと307.6 GHzで、フィネスは約162、Q値は約21万に相当する。
「人間の直感を超えた」形状が意味すること
最適化が出力した形状は、不規則な穴と隆起のパターンであり、人間が直感的に描く幾何学とは似ても似つかない。Bi氏はMPLの声明で「最適化が見つけた構造は、人間が描くことのないものだ」と述べている。
この「人間が描かない形状」が機能する理由は、逆設計が波動方程式を満たす解を直接探索するからである。光の干渉と回折は、人間の直感が捉えられる対称的な構造(リング、格子、テーパ)よりもはるかに豊富な自由度を持つ。アルゴリズムは、その自由度の空間を勾配情報に従って探索し、人間の設計空間の外側にある解に到達する。
材料面でも意味がある。厚膜窒化ケイ素は、カー効果に基づく非線形光学や量子光源の生成に適したプラットフォームだ。Del'Haye氏は「厚膜窒化ケイ素は、私たちが扱う高性能集積フォトニクスの大半を支えているが、部品ライブラリは手設計に限定されていた」と述べている。今回の成果は、この材料平台上でコンパクトな部品が使えることを示し、非線形光学回路や量子フォトニクス回路への集積の道を開く。
残された課題と次の一歩
この研究には明確な境界がある。3種の部品は個別に実証されたが、完全な集積光学回路として組み合わされたわけではない。チップ上での相互作用、カスケード接続時の累積損失、熱光学効果の影響などは未検証だ。
チームが次に目指すのは、これらの部品を非線形光学回路と統合し、光周波数コムを生成することだ。光周波数コムは、等間隔に並んだ多数の波長からなる「光の定規」であり、精密計測、光通信、量子技術に利用される。厚膜窒化ケイ素の高い非線形性と低損失が、コンパクトなコム生成器の実現に有利に働く。
製造面では、逆設計構造が商業ファウンドリプロセスと互換であることが示されたが、量産時の歩留まりや長期信頼性のデータはまだない。設計アルゴリズム自体も、より複雑な機能(分散制御、偏波管理など)への拡張が今後の課題となる。
電子回路の設計では、GoogleのAlphaChip(Mirhoseini et al., Nature 594, 207〜212, 2021)が深層強化学習でチップの配置配線を最適化し、設計期間を数週間から数時間に短縮した。フォトニクスにおける逆設計は、これとは異なる物理層(ナノスケールの電磁場分布)を最適化するが、「AIが人間の直感の外側にある設計空間を探索する」という構造は共通している。光と電子、両方のチップで、設計の主体が人間からアルゴリズムへ移りつつある。
