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地球のコアから「金」が漏れ出している?ハワイの火山岩が解き明かした地球深部の謎

Y Kobayashi

2025年5月31日

地球深部のコアに眠る莫大な金が、マントルを通じて地表へと「漏れ出して」いる――。にわかには信じがたいこの現象を示唆する衝撃的な研究結果が、ドイツ・ゲッティンゲン大学の研究チームによって権威ある科学誌『Nature』に発表された。ハワイの火山から噴出した岩石に残された微かな化学的痕跡から、我々の足元数千キロメートル深くに広がる未知の世界のダイナミズムが、今、明らかになろうとしている。これは、地球の成り立ちや内部構造、さらには貴重な資源の起源に関する我々の理解を根底から揺るがす可能性を秘めた発見と言えるだろう。

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地球最大の「金庫」はコアにあり – 従来の常識と新たな疑問

地球上に存在する金の総量は、一体どれほどなのであろうか。これまでの研究で、地球が保有する金の99%以上という圧倒的な量が、惑星中心部の「コア(核)」に集中していると考えられている。これは、地球形成初期のドロドロに融けたマグマオーシャンの時代に、重い元素である金が地球の中心へと沈んでいった結果とされている。この現象は「鉄のカタストロフ」とも呼ばれ、金だけでなく鉄やニッケル、プラチナといった他の重金属も同様にコアへと集積した。

では、私たちが現在採掘している地殻やマントル上部の金はどこから来たのであろうか?これまでは、地球形成後に飛来した隕石によって地表付近にもたらされた、というのが有力な説であった。しかし、この「天からの贈り物」だけでは説明しきれない金の分布や、地球内部の物質循環の全貌は、依然として多くの謎に包まれていた。今回の研究は、この長年の謎に新たな光を当てるものである。

ハワイ火山岩が語る「コアからの使者」――ルテニウム同位体の謎

ゲッティンゲン大学地球化学部門のNils Messling博士らの研究チームが注目したのは、ハワイの火山から噴出した玄武岩であった。これらの岩石は、地球深部、リソスフェア(岩石圏)の下から上昇してきたマグマが冷え固まったものである。研究チームは、この火山岩に含まれる微量な貴金属、特に「ルテニウム(Ru)」という元素の同位体分析に挑んだ。同位体とは、同じ元素でありながら中性子の数が異なるために質量がわずかに違う原子のことである。

なぜルテニウムなのだろうか? ルテニウムは金と同様に親鉄元素(鉄と結びつきやすい性質を持つ元素群)であり、地球形成時にその大部分がコアに取り込まれたと考えられている。重要なのは、コアを構成するルテニウムの同位体の組成が、マントルに存在するルテニウムのそれとはわずかに異なる可能性があるという点だ。特に「ルテニウム100(100Ru)」という同位体の存在比が鍵を握っていた。研究チームは、極めて高精度な分析技術を駆使することで、この微細な違いを捉えることに成功したのだ。

分析の結果、ハワイの火山岩に含まれるルテニウムには、周囲のマントル物質の平均的な値と比較して、明らかに100Ruの割合が高いことが判明した。この100Ruの「過剰」は、これらの岩石の起源物質に、地球のコア由来の物質が混入していたことを強く示唆するものである。

研究を主導したMessling博士は、大学のプレスリリースの中で「最初の結果が出たとき、私たちは文字通り金鉱を掘り当てたと気づきました!私たちのデータは、金やその他の貴金属を含むコアの物質が、その上の地球のマントルに漏れ出ていることを裏付けたのです」と、その興奮を語っている。

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コアは孤立していなかった?深部マントルプルームとの関連

この発見が持つ意義は、単に「コアから金が漏れているかもしれない」というセンセーショナルな事実だけに留まらない。地球のコアが、これまで考えられていたほどマントルから完全に隔絶された存在ではない可能性を示しているのである。

同大学のMatthias Willbold教授は、「私たちの発見は、地球のコアがこれまで想定されていたほど孤立していないことを示すだけではありません。私たちは今や、数千兆トンもの超高温のマントル物質がコア・マントル境界から発生し、地表まで上昇してハワイのような海洋島を形成していることも証明できるのです」と述べている。これは、ハワイのようなホットスポット火山が、地球深部のコア・マントル境界付近から上昇してくる「マントルプルーム」と呼ばれる巨大な熱い岩石の流れによって形成されるという説を強力に後押しするものである。

そして、もしコアからルテニウムが漏れ出しているのであれば、同様の挙動を示す他の親鉄元素、つまり金やプラチナ、パラジウム、ロジウムなども一緒にマントルへと供給されている可能性が高いと考えられる。つまり、私たちが地表で目にする貴金属の一部は、はるか地球中心部からの長大な旅を経てきたものかもしれないのである。

地球深部のダイナミズム解明への新たな一歩

実は、地球のコアから物質が漏れ出ている可能性は、以前から他の元素の研究でも示唆されていた。例えば、地球形成時の太古の情報を保持していると考えられている「ヘリウム3」というヘリウムの同位体や、重い鉄の同位体が、コアからマントルへとにじみ出ているという報告がなされている。

今回のルテニウム同位体の研究は、これらの先行研究を裏付けるとともに、より直接的な証拠を提供するものとして注目される。特定の同位体の精密な分析を通じて、地球内部の物質循環という壮大なスケールの現象を解き明かそうとする試みは、地球科学における重要なフロンティアの一つと言えるだろう。

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地球、そして他の惑星の謎に迫る

今回の発見は、多くの新たな疑問と研究テーマを生み出す。例えば、このコアからの物質漏出は、地球史を通じて常に起きていたのか、それとも特定の時期に活発化したのか。どのようなメカニズムでコア物質がマントルプルームに取り込まれるのか。そして、ルテニウムや金以外の元素は、どのような挙動を示すのか。これらの問いに答えるためには、さらなる詳細な地球化学的分析や、地球内部の物理条件を再現する高温高圧実験、そしてコンピュータシミュレーションを組み合わせた学際的なアプローチが不可欠となるであろう。

この研究手法は、地球だけでなく、火星や金星といった他の岩石惑星の内部構造や進化の謎を解き明かす上でも、重要な手がかりを与えるかもしれない。

ただし、このニュースを聞いて「これで金が安くなるのでは?」と期待するのは早計である。研究者たちも指摘しているように、コアから漏れ出す金の量はごくわずかであり、そのプロセスも非常にゆっくりとしたものである。私たちがこの「コア産の金」を直接掘り出して利用できるようになるわけではない。しかし、この発見は、地球という惑星が持つ計り知れない豊かさと、その内部で繰り広げられるダイナミックな活動の一端を垣間見せてくれるという点で、非常に価値のあるものと言える。

ゲッティンゲン大学の研究チームによるこの画期的な発見は、地球のコアがこれまで考えられていた静的な存在ではなく、マントルとの間で物質を交換し合う、より活動的な領域である可能性を示した。ハワイの火山岩に刻まれたルテニウム同位体のわずかな違いは、地球深部で数億年、数十億年という時間をかけて繰り広げられてきた壮大なドラマの証人なのかもしれない。


論文

参考文献

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