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ispace、月面着陸に再び失敗―なぜ「RESILIENCE」は沈黙したのか?2度の挑戦から見えた技術的課題と日本の宇宙開発の現在地

Y Kobayashi

2025年6月6日7:21PM

日本の宇宙ベンチャーispaceが挑んだ2度目の月面着陸は、再び苦杯を喫する結果に終わった。2025年6月6日未明、月面への軟着陸を目指した探査機「RESILIENCE(レジリエンス)」は、着陸予定時刻の直前に通信が途絶。その後、回復は見込まれないとしてミッションの終了が宣言された。一体、静寂の月面で何が起きたのか?2023年のミッション1の教訓は活かされなかったのだろうか?

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運命の瞬間に何が起きたか:沈黙へのカウントダウン

ispaceの公式発表によると、ミッション2のランダー「RESILIENCE」の着陸シーケンスは、日本時間2025年6月6日午前3時13分に開始された。 東京・日本橋の管制室からコマンドが送信されると、ランダーは月を周回する軌道を離脱。高度約100kmから約20kmまで、月の引力に身を任せる惰性降下を行った後、計画通り主エンジンを逆噴射し、最後の難関である動力降下を開始した。

管制室のモニターには、ランダーが姿勢をほぼ垂直に変え、月面への最終アプローチに入ったことが示されていた。ここまでは、すべてが計画通りに見えた。しかし、歓喜の瞬間は訪れなかった。午前4時17分の着陸予定時刻を過ぎても、着陸成功を知らせるデータは地球に届かず、それどころか、着陸直前のテレメトリ(遠隔測定データ)が途絶えたまま、ランダーは完全に沈黙してしまったのだ。

ispaceのエンジニアチームは、望みを繋ぎランダーの再起動を試みたが、応答はなかった。 これを受け、同社はミッションの主要目標である「月面着陸(Success 9)」の達成は困難と判断し、ミッション2の終了を正式に発表した。

ispaceの初期分析によれば、失敗の直接的な原因は2つ考えられる。

  1. レーザーレンジファインダーの計測値取得の遅れ: ランダーが月面との正確な距離を測るための「目」であるレーザー測距計が、有効なデータを取得するのに遅れが生じた。
  2. 不十分な減速: 上記の結果、着陸に必要な速度まで十分に減速することができず、想定を上回る速度で月面に到達した。

これらの状況から、ispaceは「ランダーは最終的に月面へハードランディングした可能性が高い」と結論付けている。 「ハードランディング」とは、事実上の衝突を意味する。大気のない月面では、時速数千キロで降下する機体を、逆噴射だけで時速ゼロ近くまで精密に制御する必要がある。この「神業」ともいえるブレーキ制御が、最終段階で機能しなかった可能性が極めて高い。

なぜ失敗は繰り返されたのか?技術的深層と世界の壁

今回の失敗は、多くの人々に2023年4月のミッション1の記憶を呼び起こさせた。ミッション1もまた、着陸直前に通信を絶ち、月面に落下したとみられている。その原因は、クレーターの縁を月面と誤認した高度計のソフトウェアに起因する判断ミスだった。

ispaceは当然、この教訓をミッション2に活かすべく「期待通りに動作しなかったソフトウェアの改修などを行っていた」。 にもかかわらず、なぜ再び「高度測定」に関連すると思われる問題で、同じような悲劇が繰り返されたのか。

袴田武史CEOは記者会見で「失敗という捉え方で問題ない」と潔く認めた上で、原因究明に全力を尽くす姿勢を示した。 憶測は禁物だが、考えられるシナリオはいくつかある。

  • ソフトウェア以外の要因: ミッション1の教訓からソフトウェアのロジックは改善されたが、ハードウェアであるレーザーレンジファインダー自体に予期せぬ問題が発生した可能性。
  • 想定外の環境: 月面の舞い上がる塵(レゴリス)がレーザーを乱反射させ、正確な測距を妨げた可能性。これはアポロ計画時代から指摘される月面着陸特有の課題だ。
  • 複合的な要因: ソフトウェア、ハードウェア、そして月面環境という複数の要因が複雑に絡み合い、テストでは想定しきれなかった事態を引き起こした可能性。

月面着陸の難易度は、世界の民間企業の挑戦の歴史が物語っている。2019年のイスラエル「Beresheet」、2024年1月の米国「Peregrine」も、着陸に失敗している。 一方で、2024年2月には米Intuitive Machines社の「Odysseus」が、そして同年3月には米Firefly Aerospace社の「Blue Ghost」が、民間として初めて月面へのソフトランディングを成功させた

成功と失敗の差は、紙一重だ。しかし、その紙一重の差に、膨大な技術的知見と経験、そしておそらくは幾ばくかの幸運が凝縮されている。ispaceは、この世界の「先頭集団」に食らいついていけるのか。野崎順平CFOは「先頭集団から離脱していると判断をするのもまだ早計」と語るが、2度の失敗が厳しい現実を突きつけていることは間違いない。

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挑戦者たちの声と市場の厳しい評価

「失敗の事実を重く受け止めなければならないが、前に進む強い気持ちを持ち続けたい」
会見でそう語った袴田CEOの言葉は、悔しさをにじませながらも、挑戦者としての不屈の精神を感じさせた。

一方で、野崎CFOは「8万人以上の株主に支えていただいており、ご心配をかけて非常に胸が痛い」と述べ、投資家への謝罪の意を表明した。 その言葉を裏付けるように、失敗の報を受けて6日の東京株式市場でispaceの株価はストップ安の売り気配となり、市場の厳しい評価が示された。

しかし、この挑戦を評価する声もある。石破茂首相は自身のX(旧Twitter)アカウントで、失敗は残念としつつも「 ispaceに対する期待が揺らぐことはありません。そのためにも、すぐに課題を検証し、次なる飛躍につなげていただきたいと願っています」と投稿し、継続的な挑戦への期待を表明した。

今回失われたのは、ランダーだけではない。機体には、台湾の大学が開発した放射線測定器、日本の高砂熱学工業が開発した水電解装置、ユーグレナによる藻類培養実験装置、そして人気アニメ「ガンダム」の記念プレートなどが搭載されていた。 中でも注目されていたのが、NASAとの契約に基づき月の砂(レゴリス)を採取する予定だった小型ローバー「Tenacious」だ。 これらの貴重なペイロードもまた、ランダーと運命を共にした。

ispaceと日本の宇宙開発はどこへ向かうのか

ispaceは、すでに次を見据えている。2027年には、より大型で輸送能力を高めた着陸船「Apex 1.0」を用いたミッション3とミッション4を計画している。 袴田CEOは「ミッション3、ミッション4に向けて、この原因をしっかり究明してフィードバックしていく」と語っており、今回の失敗から得られたデータを次世代機開発の糧にする構えだ。

2度の失敗は、ispaceのビジネスモデルである「月への輸送サービス」の信頼性に疑問符を投げかけた。しかし、月を目指す顧客は「非常に長いスパンで見ている」と野崎CFOは言う。 重要なのは、失敗の原因を徹底的に解明し、透明性をもって説明し、次のミッションで「結果」を示すことだろう。

今回の挑戦は、日本の民間宇宙開発が、まだ乗り越えるべき高い壁に直面していることを改めて浮き彫りにした。しかし同時に、国家プロジェクトに頼らず、民間が主体となって月を目指すという新しい時代の到来を強く印象づけた。2度のハードランディングで得られた膨大なデータは、決して無駄にはならない。それは次の成功への最も確かな礎となるはずだ。

ispaceの挑戦は続く。再び立ち上がり、3度目の正直で月への扉をこじ開けることができるのか。日本の宇宙開発の未来を占う、険しくも重要な道のりが、今この瞬間も続いている。我々はこの挑戦を、単なる「失敗」の一言で片付けてしまってよいのだろうか。その問いの答えは、彼らが次に描く軌跡の中に見出されるはずだ。


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