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世界初のオートフォーカスメガネ開発のIXIが3,650万ドル調達 – 老眼の限界を打破する革新的技術にAmazonも出資

Y Kobayashi

2025年4月30日

フィンランドのスタートアップ「IXI」が、視線追跡と液晶レンズ技術を駆使し、自動でピントを合わせる次世代眼鏡の開発に向け、シリーズAラウンドで総額3650万ドル(約57億円)の資金調達を実施した。Amazon Alexa Fundなども出資に参加しており、老眼などの視力問題を解決し、急成長する2000億ドル(約31兆円)規模の眼鏡市場に革新をもたらす可能性に期待が集まっている。

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Amazonも注目、フィンランド発IXIが革新的眼鏡へ大型資金調達

ヘルシンキを拠点とするIXI(旧Pixieray)は2021年設立のスタートアップだ。 同社はシリーズAの資金調達ラウンドを完了し、これまでの調達総額が3650万ドルに達したことを発表した。

今回のラウンドはロンドンを拠点とするVCファンドPluralが主導し、Tesi、byFounders、Heartcore、Eurazeo、FOV Ventures、Tiny Supercomputerなどが新たに参加した。 これまでの投資家であるAmazon Alexa Fund、Maki.vc、First Fellow、firstminute capital、John Lindfors、Illusian、Bragiel Brothersなども今回のラウンドに参加している。

この資金は、IXIが開発を進める「IXI Adaptive Eyewear」と名付けられたオートフォーカス眼鏡の製品開発、商業オペレーションの立ち上げ、そして最終的に製品を消費者の手に届けるために活用される。

IXIの創業者であるCEOのNiko Eiden氏と最高アルゴリズム責任者のVille Miettinenは、以前、産業向けの高精度な複合現実(MR)ヘッドセットを開発するVarjo Technologies Oyを共同設立した経験を持つ。 Varjoでの高度な光学技術やアイトラッキング技術開発の経験が、今回のIXI設立の着想につながったという。

CEOのNiko Eiden氏は、「眼鏡は世界で最も古いウェアラブルであり、科学、デザイン、職人技における何世紀にもわたる輝きに根ざしています。そうは言っても、これほど技術的な飛躍が見られなかったのは信じられないことであり、何百万人もの人々が世界の見方について妥協を強いられています」と述べている。

眼鏡の未来を変える?IXIのオートフォーカス技術とは

IXIが開発する眼鏡の核心は、独自の低消費電力アイトラッキング技術と、それに応じて動的に焦点を調整する液晶レンズ技術の組み合わせにある。

従来のVR/MRヘッドセットに見られるカメラベースのアイトラッキングとは異なり、IXIのシステムはフレームに組み込まれた独自の低電力赤外線システムを使用する。 これは単に眼球の動きを追うのではなく、近くの物体に焦点を合わせる際に目が自然に内側に寄る角度、すなわち「輻輳(ふくそう)角」を測定する。 この輻輳角のデータに基づき、ユーザーが見ている距離をリアルタイムで判断し、鼻梁部分に埋め込まれた超小型マイクロコントローラーが液晶レンズの焦点を動的に調整する仕組みだ。

この技術の利点は多岐にわたる。まず、ユーザーは意識することなく、見る対象に合わせて自動でピントが合うため、常に最適な視界を得られる。 これは、特に老眼などで近くも遠くも見づらい人にとって、複数の眼鏡を持ち歩いたり、累進レンズ特有の見え方に慣れたりする必要がなくなることを意味する。 IXIは、この技術により、従来の累進レンズよりも広い視野を提供し、周辺部の歪みも少ない、より自然な視覚体験を実現できるとしている。

さらに特筆すべきは、その低消費電力性だ。IXIによると、この輻輳角測定システムは、カメラベースのトラッカーが必要とするエネルギーの1%未満で動作するという。 これにより、フレームのテンプル(つる)部分に埋め込まれた非常に小さなバッテリー(直径約4mm)で、丸一日以上の連続使用が可能になる見込みだ。 TechCrunchの情報では、バッテリー持続時間は約2日とされている。 レンズ自体は近視(遠くを見るための度数)をベースに作られるため、万が一バッテリーが切れたとしても、運転中など遠くを見る必要がある場面での視界は確保される設計だ。

デザイン面でも妥協はない。IXIは、この革新的な技術を、一見しただけでは普通の眼鏡と見分けがつかないような、美しくデザインされたフレームに搭載することを目指している。 同社は高級アイウェアデザイナーとの提携も視野に入れており、単なる医療機器ではなく、ハイテクなライフスタイルアクセサリーとしての地位を確立しようとしている。 プロトタイプを装着している社員を見ても、すぐにはそれが試作品だと気づかないほど自然な外観だという。

なぜこれまで同様の技術が実現しなかったのか? Niko Eiden氏はその難しさを指摘する。「動的なレンズを作り、ボタン操作なしで焦点調整を自動化し、そして人々が実際に身につけたいと思う形状にすべてを統合するという、3つの非常に困難な問題を解決する必要がありました」。 IXIはこの4年間で150以上の発明を生み出し、すでに12件の特許を取得、さらに約50件の特許を出願中であり、強力な知的財産ポートフォリオを構築している。

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狙うは2000億ドル市場:老眼・累進レンズの課題解決へ

IXIがターゲットとするのは、主に加齢に伴う遠視、いわゆる「老眼(presbyopia)」に悩む人々である。 年齢とともに近くの物が見えにくくなるこの症状は、世界的な高齢化に伴い、ますます多くの人々が直面する課題となっている。

現在、老眼の一般的な解決策としては、老眼鏡(リーディンググラス)、遠近両用(バイフォーカル)、あるいは累進多焦点レンズがある。しかし、これらの従来型レンズには課題も多い。老眼鏡はかけ外しの手間があり、累進レンズは視野が狭く、特に周辺部で像が歪むことがある。また、レンズの特定の部分を通して見る必要があるため、慣れが必要だったり、視線の動かし方が不自然になったりすることもある。

IXIのオートフォーカス眼鏡は、これらの課題を解決することを目指している。「私たちの目標は、あらゆるものをはっきりと、より広い視野で見えるようにすることです。遠くを見るときには、読書用のエリアが邪魔することなく、完全な視野が戻ってきます。まるで20代や30代の頃の単焦点メガネに戻ったかのようです」とEiden氏は語る。

また、累進レンズの使いにくさを感じているユーザーだけでなく、過去にレーシック手術を受けたものの、その後の視力変化で結局は遠近両用メガネが必要になった人々にとっても、魅力的な選択肢となりうる。 Eiden氏自身も、初期のレーシック手術経験者であり、現在は読書時に眼鏡が必要であると述べている。

眼鏡市場は巨大であり、IXIの試算によれば、現在の世界市場規模は2000億ドルを超え、年率8%以上で成長している。これはスマートウォッチやスマートフォン市場の成長率を上回るペースである。 IXIはこの巨大市場において、テクノロジーによって視力そのものを改善するという、これまであまり顧みられてこなかったアプローチで新たなカテゴリーを創造しようとしている。

Varjo創業者が挑む「視力矯正」、VR/MRからの転換

IXIの創業者たちが持つVarjoでの経験は、同社の技術開発と市場戦略に大きな影響を与えている。Varjoは、パイロットや原子力発電所のオペレーターなど、極めて高い精度が求められるプロフェッショナル向けのVR/MRヘッドセットを開発・製造しており、創業チームはそこで最先端の光学技術とアイトラッキングに関する深い知見を培った。

しかし、VR/MR市場は、Meta、Apple、Sony、Microsoftといった巨大企業が参入しているにもかかわらず、市場規模の拡大に苦戦している現実もある。 Eiden氏は、「(VR/MRは)非常に興味深い分野であり続けるが、市場が存在せず、販売量も伸び悩んでいるため、非常に難しい分野でもある」と指摘する。 MicrosoftがHoloLensの開発を中止したことも、この分野の難しさを示唆している。

こうした背景から、IXIチームは、Varjoで培った技術を、より広範なニーズが存在する視力矯正の分野に応用することに可能性を見出した。既存のVR/AR技術の多くがエンターテイメントや情報表示に焦点を当てているのに対し、IXIは「テクノロジーを使って実際に視力を改善する」という、眼鏡本来の機能、すなわち医療機器としての側面に真正面から取り組んでいる点が特徴的である。

競合と差別化、IXIの優位性

オートフォーカス眼鏡のアイデアを追求しているのはIXIだけではない。日本でも大阪大学発のスタートアップであるエルシオやフランスのLaclaréeも、見た目は普通の眼鏡でありながらオートフォーカス機能を持つ製品を構想しているが、両社ともまだ製品を市場に投入できていない。 特にLaclaréeは当初2022年の発売を目指していたが、目標は2026年に延期されており、この種の技術の製品化がいかに困難であるかを示している。

一方、日本のVixionはすでにオートフォーカス眼鏡を発売しているが、そのデザインは小型カメラレンズのような物理的な部品が埋め込まれており、IXIが目指す「見えないテクノロジー」とは一線を画す。

IXIの強みは、Varjoでの実績に裏打ちされたチームの技術力と実行力、そして独自開発の低消費電力アイトラッキング技術と、それをシームレスに統合するデザインにある。 さらに、多数の特許申請・取得による知的財産の保護や、動的レンズ製造における独自のノウハウと内製化体制も、競合に対する優位性を築く上で重要な要素となっている。

Amazon Alexa Fundの責任者であるPaul Bernard氏は、「現在のソリューションの不便さを考えると、処方箋眼鏡に必要なオンデマンドの視力矯正をもたらすというアイデアは魅力的です」と述べ、Varjoでの実績を踏まえ、「IXIチームは、超低消費電力/高性能、アイトラッキング、そして液晶レンズへの超高速でのアルゴリズム調整といった問題に取り組むのに非常に適していると考えています」と期待を寄せている。 Amazonが出資を決めた背景には、Niko Eidenが以前の会社(Varjoの可能性が示唆されている)を通じてJeff Bezos氏と面識があったことも影響しているようだ。

製品化への道:価格、発売時期、今後の展望

IXIは現在、製品化に向けて開発を最終段階に進めている。具体的な発売時期についてはまだ明言されていないが、「数年先ではない」としている。 年内にはプロトタイプを公開する予定だ。

価格については、手頃な価格帯にはならない見込みだ。初期の価格設定は「ハイエンドのiPhoneに匹敵する」、あるいは「高級な累進レンズとデザイナーフレームを合わせた価格と同等」になると予想されている。ただし、これは超高級品という位置づけではなく、量産効果によって将来的には価格が下がることが期待されるマスマーケット向けの製品を目指している。

製品化にあたっては、技術的な課題だけでなく、医療機器としての承認プロセスも必要となる。 IXIは自社ブランド「IXI Adaptive」として製品を発売する計画だが、将来的には技術ライセンス供与の可能性も示唆している。

リードインベスターであるPluralのパートナー、Sten Tamkivi氏は、「Niko、Ville、そしてチームの持つ、ヨーロッパでは稀有なハードウェアに関する専門知識は、彼らを高度な光学技術とアイトラッキング開発の最前線に立たせています。彼らは、視覚に対する新しいアプローチを開拓し、最終的に人間の視力を改善する、美しく、文字通り目に見えない技術を創造しています。IXIを支援することで、私たちは単に企業に投資するだけでなく、テクノロジーが私たちの世界の見方を変革する未来に投資しているのです」と述べている。

IXIの挑戦は、長らく大きな技術革新がなかった眼鏡市場に、まさに「オートフォーカス」を合わせようとする試みである。その実現にはまだ乗り越えるべきハードルがあるものの、調達した資金と強力なチーム、そして明確なビジョンによって、私たちの「見る」という日常的な行為を根底から変える可能性を秘めている。


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