天文学の歴史を塗り替えたハッブル宇宙望遠鏡の象徴的な一枚、ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド。その伝説的な領域に、後継機ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が再びその瞳を向けた。約100時間に及ぶ前例のない長時間観測によって得られた画像には2,500以上の銀河が写し出され、宇宙最初の構造がどのようにして生まれたのか、その根源的な謎に迫る新たな手がかりが示されている。

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ハッブルが拓いた「深宇宙」という新地平

話は1995年に遡る。当時、天文学者たちは大胆な賭けに出た。ハッブル宇宙望遠鏡を、北斗七星の近くにある、星も銀河もほとんど見えない「何もない」ように思える一点の空に、10日間も向け続けたのだ。多くの研究者が望遠鏡の貴重な時間を無駄にしかねないと危惧したこの試みは、しかし、歴史的な大発見へと繋がった。

結果は、研究者たちの想像を絶するものだった。その「空虚な」領域には、実に3,000もの銀河がひしめき合っていたのである。これは「ハッブル・ディープ・フィールド」と名付けられ、我々の宇宙が従来考えられていたよりも遥かに多くの銀河で満ちていることを、動かぬ証拠として突きつけた瞬間だった。

この成功を受け、2003年にはさらに高性能化された観測機器を搭載したハッブルが、ろ座(Fornax)の方向にある別の領域で、さらに長時間の観測を行った。こうして生まれたのが、あまりにも有名な「ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド(HUDF)」である。この画像には、約1万個の銀河が写し出されていた。中には、ビッグバンからわずか8億年後の、宇宙がまだ揺籃期にあった頃の銀河の姿も含まれていた。HUDFは、宇宙の歴史を一枚に収めた「タイムカプセル」として、天文学の教科書を書き換えたのだ。

伝説への再訪 – なぜ今、同じ場所を見るのか?

それから20年。人類は、ハッブルを遥かに凌駕する性能を持つ新たな「眼」を手に入れた。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)である。ではなぜ、既にハッブルが詳細に観測した領域を、再び観測する必要があるのだろうか。

答えは、ウェッブが持つ「赤外線を見る能力」にある。ハッブルが主に捉えていたのは、人間の目が見る光に近い可視光線だった。しかし、宇宙の遥か彼方にある銀河から放たれた光は、宇宙膨張の影響で波長が引き伸ばされ、赤外線へと変化する(赤方偏移)。また、宇宙に漂う濃い塵やガスは可視光を遮ってしまうが、波長の長い赤外線はそれを透過しやすい。

つまり、ウェッ-ブはハッブルには見えなかった、宇宙の「霧」の向こう側を覗き込むことができるのだ。より遠く、より古い、塵に隠された宇宙最初の銀河の姿を捉えるために、この伝説的な領域への再訪は必然だったのである。

今回、ウェッブはHUDF内の一角、「MIRI Deep Imaging Survey (MIDIS)」と呼ばれる領域に狙いを定めた。観測には、中間赤外線装置(MIRI)と近赤外線カメラ(NIRCam)が用いられ、MIRIの単一フィルターでの観測時間は実に100時間近くに及んだ。これは、ウェッブがこれまでに行った銀河系外領域の観測としては最長記録であり、前例のない深さで宇宙を掘り下げるという、科学者たちの並々ならぬ決意の表れと言えるだろう。

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新たな宇宙の肖像:2,500の銀河が語る、色の物語

そして公開されたのが、今回の新たな深宇宙の肖像画だ。この小さな空の領域から、ウェッブは2,500を超える光源、すなわち銀河を検出し、その一つ一つの構造を驚くべき解像度で描き出した。この画像は単に美しいだけではない。割り当てられた色は、それぞれの銀河が持つ物理的な特徴を物語る「科学的な言語」なのだ。

  • オレンジと赤の銀河: これらは最も長い中間赤外線の波長で輝いている。その輝きの源は、銀河内に含まれる大量の塵、爆発的な勢いで新しい星を生み出す活発な星形成活動、あるいは中心に潜む超大質量ブラックホール(活動銀河核)のいずれか、あるいはその複合的な要因である可能性が高い。宇宙における、最もダイナミックな活動現場を捉えた色と言える。
  • 緑がかった白の銀河: 小さく、おぼろげなこれらの光点は、特に遠方にある銀河だ。極めて大きな赤方偏移によって、その光のスペクトルはウェッブが観測した中間赤外線のピーク波長帯にシフトしており、画像上では白や緑として表現されている。これらは、宇宙の夜明けに最も近い時代の証人たちかもしれない。
  • 青とシアンの銀河: 画像内の大多数を占めるこれらの銀河は、上記のような中間赤外線を特に増幅させる特徴を持たず、より短い近赤外線で最も明るく見える。我々の天の川銀河にも比較的近い、宇宙史の中では「標準的」な銀河の姿である。

特に注目されるのは、今回発見された数百個に及ぶ「極端に赤い銀河」だ。これらは一体何者なのだろうか。ESA(欧州宇宙機関)の科学者たちは、二つの可能性を指摘している。一つは、大量の塵に覆い隠された巨大な銀河である可能性。もう一つは、宇宙の歴史の極めて早い段階で星形成を終え、年老いた星々で構成される「成熟した」銀河である可能性だ。どちらの説が正しいかを突き止めることは、銀河がいつ、どのようにして生まれ、成長を遂げたのかという、現代天文学の最大の謎を解く鍵となる。

世代交代が解き明かす、宇宙最初の物語

ハッブルが「深宇宙探査」という扉を開き、ウェッブがその奥にある未知の領域へと足を踏み入れた。今回の観測は、まさに天文学における世代交代を象徴する出来事だ。ウェッブの驚異的な解像度は、遠方銀河を単なる光の点として捉えるだけでなく、その内部構造、つまり星々の光がどのように分布しているかまでを明らかにしようとしている。これは、化石から古代生物の生態を復元する「宇宙の考古学」に他ならない。

ハッブルが始めた「深宇宙探査の伝統」は、ウェッブによって継承され、そして今、大きく拡張されようとしている。この一枚の画像から得られるデータは、今後何年にもわたって世界中の天文学者によって分析され、宇宙最初の構造がどのように形成されたのか、その定説を覆すような発見がもたらされるかもしれない。

我々が見ているのは、過去への窓であり、宇宙創成の物語の新たな一ページだ。ハッブルが私たちに見せてくれた宇宙の深淵。そのさらに奥で、ジェイムズ・ウェッブは静かに、しかし着実に、人類の知の地平を押し広げている。


Sources