超伝導量子ビットで10年以上先頭を走ってきたGoogleが、2026年3月に中性原子という別方式の研究チームを立ち上げた。その2か月後、米商務省はCHIPS法の資金で量子9社に総額20億1300万ドルを配ると公表し、9社の顔ぶれは6つの異なる方式にまたがっていた。勝ち筋がひとつに絞れる技術なら、先頭を走る企業も、産業政策を組む国家も、こんな配り方をする理由がない。両者の判断を支えるのは、空間(量子ビットの数)と時間(回路の深さ)という別々の軸に、強みが割れたまま残っているという現実だ。

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2026年3月と5月、無関係に見える二つの決定

Google Quantum AIは2026年3月24日、公式ブログで中性原子方式の量子コンピュータ開発に着手したと明らかにした。10年以上を超伝導量子ビットに投じてきた組織が、コロラド州ボルダーに約10名の新チームを置く。リーダーに迎えたのは、米国立標準技術研究所(NIST)とコロラド大学ボルダー校(CU Boulder)が共同運営する研究所JILAのフェロー、Adam Kaufman氏である。超伝導の開発は続く。10年分の蓄積を持つ本線の隣に、性質の違う二本目を並べる決定だ。

その2か月後の5月21日、米商務省は、半導体産業の振興を目的とするCHIPS・科学法の資金をもとに、量子9社と総額20億1300万ドルの意向表明書に署名したと公表した。内訳はIBMの10億ドルとGlobalFoundriesの3億7500万ドルが大きく、残る7社には3800万ドルから1億ドルが割り当てられた。9社が扱う技術は、超伝導から中性原子、トポロジカルまで6方式にまたがる。連邦政府は資金の見返りに、各社の非支配的な少数株式を取得する条件を付けた。

量子超越性を主張した2019年のSycamoreプロセッサは、Googleが超伝導で先頭に立っている証拠として引かれてきた。53個の超伝導量子ビットを使い、当時のスーパーコンピュータなら1万年かかるタスクを約200秒で終えたとGoogleは発表している。その会社が別方式のチームを作り、2か月後には国家が9社6方式へ資金を分けた。1頭に絞るという前提そのものが、企業と政府の両方で崩れている。

方式を乗り換えるコストは、量子ビットの設計図を描き直す程度で済まない。超伝導なら希釈冷凍機と極低温の制御エレクトロニクス、中性原子ならレーザー光学系と真空チェンバーというように、装置の下半分がまるごと入れ替わる。較正の手順も、誤り訂正の実装も、その上に載るソフトウェアも書き直しになる。だからこそ、10年以上を一方に注いだ組織が二本目を立てた事実は重い。技術の見通しが変わらなければ、この二重投資は説明がつかない。

しかもGoogleは、中性原子の世界にまったくの新参というわけでもない。同社はハーバードとMITの研究者が2018年に創業したQuEra Computingを「ポートフォリオ企業」と呼び、2025年2月に発表された同社の2億3000万ドル超のシリーズBには、Google Quantum AIが新規投資家として加わった。投資家としてすでに中性原子側に足を置いていた会社が、今度は自前の実験チームを作ったことになる。

配線が8割を占める冷凍機と、原子を並べ替える光ピンセット

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超伝導方式の重さは、冷凍機の見積もりに表れる。プレプリント「How to Build a Quantum Supercomputer」は、150量子ビットのプロセッサ向け希釈冷凍機一式を500万ドルと見積もり、そのうち400万ドル、つまり全体の8割が同軸ケーブルの配線費だと記している。査読前の数値だが、内訳の比率は方式の性格をよく表す。量子ビットそのものより、極低温の内側と室温の制御機器を結ぶ線のほうが高い。

線が増えると、値段以外の壁が先に来る。半導体検査装置のFormFactorは、従来の剛体同軸ケーブルは10〜20量子ビット規模なら問題ないが、規模が上がるとケーブルの体積が冷凍機内の空間を圧迫し、熱の侵入が冷却能力を超え、物理的な取り付けも難しくなると説明する。同社のラボ向け冷凍機LF600は従来配線で50チャンネルが上限で、新しいフレキシブル配線を使っても500チャンネル、量子ビット換算で最大100個相当だという。競合技術を売る立場からの数字ではあるが、桁の感覚は伝わる。

中性原子の側に、その配線がない。真空チェンバーの中でレーザーが作る光の窪みが原子を1個ずつ捕まえ、その窪みごと動かして原子を並べ替える。だから任意の2個を隣り合わせにでき、全対全の接続が成り立つ。平面に固定された超伝導量子ビットが隣接同士の結合に縛られるのと比べると、配線の思想からして違う。

代わりに中性原子は遅い。Googleの公式ブログによれば、超伝導プロセッサは1サイクルがわずか1マイクロ秒で、すでに数百万回のゲートと測定を重ねる回路まで到達している。中性原子のサイクル時間はミリ秒単位で、およそ1000倍の開きがある。その一方で中性原子は約1万量子ビットのアレイまでスケールしており、超伝導がまだ届いていない規模に先に立っている。

Google Quantum AIはこの差を、超伝導は時間方向(回路の深さ)に、中性原子は空間方向(量子ビット数)にスケールしやすい、と整理している。残る課題も、きれいに裏返しの関係になる。中性原子側は深い回路を多サイクル回せることの実証、超伝導側は数万量子ビット規模のアーキテクチャの実証である。

量子情報を保持できる時間でも、両者の得手不得手は逆を向く。超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は一般にマイクロ秒からミリ秒程度にとどまる。核スピンに情報を書き込む中性原子では数秒から数十分に達する例が報告されており、Atom Computingは自社の核スピン量子ビットについて約40秒と発表している。ただし中性原子はゲート1回にかかる時間も長いため、学術サーベイは絶対時間ではなくコヒーレンス時間内に実行できる2量子ビットゲートの回数で比べるべきだと指摘する。

両方式は、同じ性能指標の上で前後しているのではない。片方が空間を、もう片方が時間を先に取っている。

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ボルダーという一つの町が中性原子勢を送り出す理由

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GoogleのチームリーダーになったAdam Kaufman氏の経歴は、そのまま中性原子の系譜になっている。Amherst Collegeを2009年に卒業し、CU BoulderのJILAでCindy Regal氏のもとで博士号を取った。博士研究の対象は、光ピンセットに捕まえた単一原子の量子制御である。2014年にはScience誌で、トンネル結合させた2つの光ピンセット中の原子に原子版のHong-Ou-Mandel効果を観測したと報告している。

その後の行き先が、今回の人事の意味を濃くする。Kaufman氏は2015年から2017年まで、ハーバード大学のMarkus Greiner研究室でポスドクを務めた。Greiner氏はQuEra Computingの共同創業者の一人であり、GoogleはそのQuEraに出資している。Googleが招いた研究者は、Googleの出資先を作った物理学者の下で修業していたことになる。

ボルダーには、それ以前からの層がある。2012年のノーベル物理学賞は、個々の量子系を壊さずに測定・操作する手法を確立した功績でDavid WinelandとSerge Haroche両氏に贈られ、ノーベル委員会はこれを量子コンピュータ構築に向けた最初の小さな一歩と表現した。Wineland氏がイオンを捕まえて光で制御していた実験室は、コロラド州ボルダーのNIST拠点にある。Kaufman氏がフェローを務めるJILAも、そのNISTが運営に加わる形で同じ町に置かれている。

中性原子の会社も、同じ生態系から出ている。Atom Computingを2018年に設立したBen Bloom氏はCU Boulderで物理学の博士号を取り、原子時計の研究に携わっていた。Infleqtion(旧ColdQuanta)は2007年、CU Boulder教授でJILAフェローのDana Anderson氏が、レーザー冷却と原子トラップの研究をもとに創業した会社である。同社は2026年2月17日にChurchill Capital Corp Xとの企業結合でニューヨーク証券取引所に上場し、中性原子量子技術の企業として最初の上場企業になった。

原子時計も中性原子量子ビットも、レーザーで原子を冷やして止め、光の力で所定の位置に保持し、内部状態を光で読み書きする。装置の中身がここまで重なるから、原子時計の研究室で育った人材は装置を覚え直さずに量子ビットの側へ移れる。原子時計の分野が数十年かけて磨いてきた周波数の安定化や単一原子の検出は、そのまま量子ビットの操作精度に効く。超伝導が半導体の微細加工の延長線上にあるのに対して、中性原子は計測物理の延長線上にある。

実験としての転換点は2016年にある。Physics Todayの解説によれば、仏Institut d'OptiqueのBrowaeysチームと当時ハーバードにいたEndresチームが、それぞれ独立に欠陥のない原子配列を作る手法を報告した。理論の下敷きは2005年のSaffman・Walkerによる実現可能性の解析と、2010年の総説にさかのぼる。QuEraが設立されたのはその2年後の2018年で、ハーバードのMikhail Lukin氏とMarkus Greiner氏、MITのVladan Vuletić氏とDirk Englund氏が名を連ね、2021年11月にステルスを脱して楽天などから1700万ドルを調達した。

6方式を空間と時間の座標に並べ直す

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量子ビットの実装方式は、超伝導から中性原子、トポロジカルまで6つに大別される。どれも同じ計算模型を目指しているが、2026年時点で到達している場所は方式ごとに違う。空間軸(量子ビットの数と接続性)と時間軸(回路の深さと精度)という二つの座標に置くと、その違いの大半が読み取れる。

方式 主なプレイヤー 2026年時点の到達点 先行する軸
超伝導 Google、IBM、Rigetti、D-Wave 1サイクル約1マイクロ秒、数百万サイクルの回路 時間
中性原子 QuEra、Atom Computing、Infleqtion、Pasqal 1万量子ビットのアレイ、全対全の接続 空間
トラップイオン Quantinuum、IonQ 98物理量子ビットから48論理量子ビット、忠実度99.921% 時間(精度)
光量子 PsiQuantum、Xanadu 光学部品の多くは室温動作するが単一光子検出器は通常冷却を要する、ネットワーク型接続が強み、誤り耐性の実証は途上 空間(接続)
シリコンスピン Diraq、Intel 既存CMOS工程との親和性、300mmウェハーでの量産可能性 別軸(製造基盤)
トポロジカル Microsoft Majorana 2で量子ビット寿命20秒、誤り訂正計算の実証はこれから 別軸(原理的な誤り耐性)

両方の軸を同時に取っている方式が、この表には見当たらない。ただし、二軸で説明がつくのは6方式のうち4方式までである。超伝導とトラップイオンが時間を、中性原子と光量子が空間を先に取る一方、シリコンスピンは製造の容易さ、トポロジカルは原理的な誤り耐性という別の土俵に賭けている。だから「いま一番強い方式を選ぶ」という判断は、空間と時間を争う4方式の内側ですら成立しない。選べるのは、どの軸を先に取り、足りない軸をいつどう埋めるかという順序だけである。

時間軸の最先端は、いまトラップイオンにある。Quantinuumが2025年11月に発表したHeliosは、バリウム137イオンを採用した98個の物理量子ビットから48個の論理量子ビットを作り、全ペアの2量子ビットゲートで99.921%の忠実度を実証した。物理2個で論理1個という比率は、誤り訂正の常識からするとかなり効率が良い。同社のロードマップは約192量子ビットのSolを2027年、数千量子ビット規模のApolloを2029年に置いている。

残る方式は、それぞれ別の賭けをしている。光量子のPsiQuantumは2025年9月のシリーズEで10億ドルを調達して評価額約70億ドルに達し、Xanaduは2026年3月27日に株主価値ベースで約36億ドルとしてNasdaqに上場した。シリコンスピンのDiraqは2022年、UNSW SydneyでMichelle Simmons氏が率いる原子精密配置の路線から分かれ、Andrew Dzurak氏が標準CMOS互換のチップ路線として立ち上げた会社だ。トポロジカルのMicrosoftは2026年6月にMajorana 2を発表し、量子ビットの寿命がMajorana 1の1000倍以上にあたる20秒へ伸びたと報告している。

方式の選び方には、企業戦略の違いも出る。Microsoftは自社でトポロジカル方式を開発しながら、Azure QuantumではIonQやQuantinuum、Pasqalのハードウェアを外部から載せる。どの方式が勝っても顧客との接点を失わない設計であり、自社2方式に絞るGoogleとは賭け方が違う。中性原子のPasqalも2026年3月、評価額約20億ドルで特別買収目的会社(SPAC)を通じた上場計画を明らかにしており、企業価値はいずれもその時点のスナップショットである。

この整理には限界もある。同じ方式の中でも企業ごとに実証水準は違い、代表例がその方式全体の水準を意味しない。空間軸か時間軸かという分類も各社発表と専門媒体の記述に基づく定性的なもので、標準化された単一のベンチマークで測った結果ではない。トポロジカル方式は誤り訂正済みの計算をまだ示しておらず、他方式と実証の段階そのものが違う。

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20億ドルを方式別に並べ替えると、中性原子が超伝導と並ぶ

米商務省の20億1300万ドルは、9社に均等に配られたわけではない。IBMの10億ドルとGlobalFoundriesの3億7500万ドルという2件だけで、総額の約68%を占める。この2件はいずれも量子ファウンドリ、つまり量子ビットを載せるウェハーを作る製造基盤への投資である。IBMはニューヨーク州オールバニーに新会社Anderonを設け、300mmウェハーで超伝導量子ビットと制御エレクトロニクスを生産する計画だという。

製造基盤に厚く配る理由は、方式の勝敗と切り離せるところにある。GlobalFoundriesが作るのは超伝導からトラップイオン、シリコンスピンまで複数方式に対応する共通基盤で、公式発表はトポロジカルと光量子も対象に挙げている。どの方式が最後に残っても、300mmウェハーの工程と制御用ASICは使い回しが利く。政府は勝敗に左右されない層へ資金の3分の2を置き、残りで方式そのものに賭けた。

残る7社への6億3800万ドルを方式別に足し合わせると、配分の姿が変わる。企業別の一覧では見えなかった重心が、方式の側から数えると別の場所に立つ。

方式 企業と金額 合計
中性原子 Atom Computing(1億ドル)、Infleqtion(1億ドル) 2億ドル
超伝導 D-Wave(1億ドル)、Rigetti(最大1億ドル) 2億ドル
光量子 PsiQuantum(1億ドル) 1億ドル
トラップイオン Quantinuum(1億ドル) 1億ドル
シリコンスピン Diraq(最大3800万ドル) 3800万ドル

中性原子と超伝導が、2億ドルで並ぶ。10年前には大学の実験室の話だった方式が、連邦の産業政策の中で、量子超越性を主張した方式と同額を受け取っている。この集計は公式発表の企業別金額を単純に足し合わせただけで、按分も加重もしていない。

金額の読み方には条件が付く。20億1300万ドルは意向表明書に基づく予定額であり、最終契約額ではない。Diraqの3800万ドルとRigettiの1億ドルは上限を示す表記である。GlobalFoundriesの3億7500万ドルは複数方式の共通基盤にあたるため、この集計では単一方式に割り付けず、ファウンドリ区分として外してある。株式取得の比率も、GlobalFoundriesの量子部門子会社について1%と報じられている以外は開示されていない。

政府の金がなぜここまで効くのか

量子コンピュータは、まだ台数を売って利益を出す製品になっていない。各社の収益は、政府・防衛系の契約、クラウド経由の従量課金、企業との実証契約という3系統に分かれる。IonQの2026年第2四半期の売上高は8010万ドルで前年同期比287%増、通期見通しは2億8000万2億9000万ドルへ引き上げられ、未履行の契約残高は4億8500万ドルに達した。同社は米ミサイル防衛庁のSHIELD契約にも採択されている。

市場規模の推計は、まだ1つの数字を安心して引ける状態にない。McKinseyのQuantum Technology Monitor 2026は、二次報道が伝えるところでは世界の量子コンピューティング企業の売上が2025年に10億ドルを超え、2028年には44億ドルへ届くと予測している。一方で民間調査会社による2026年時点の推計は、Market Data Forecastの4.8億ドルからResearch and Marketsの55.9億ドルまで10倍以上の幅がある。ハードウェアだけを数えるか、ソフトウェアとサービスまで含めるかで定義が違うためだ。この段階の産業では、政府の意向表明書に書かれた金額のほうが、市場推計より確度の高い数字になる。

1,004億円と3方式が同居する日本の量子計画

JETROの整理によれば、日本政府は2026年度に向けて、量子技術関連の補正予算として前年度のおよそ2倍にあたる1,004億円を確保した(2030年までに国内の量子技術ユーザー1,000万人、量子技術による生産額50兆円規模、量子分野からのユニコーン創出を目標に置く)。米商務省が9社に割り当てた20億1300万ドルとは対象期間も予算区分も異なり単純な金額比較はできないが、規模の大小にかかわらず、方式を1つに絞らない点は日米で共通している。

国内では、性質の違う3方式が並行して動いている。理化学研究所と富士通は2025年4月に256量子ビット級の超伝導量子コンピュータの開発完了を発表し、同年度内の提供開始を計画に置いた。2026年度中には川崎の富士通テクノロジーパークに1000量子ビット級の第3世代機を設置・公開する計画も示している。NTTと東京大学の古澤明研究室は2024年11月、光を使う汎用型の量子計算プラットフォームを稼働させた。そして2026年8月、日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海」が動き始めた

春海は分子科学研究所と日立、Infleqtionが組むムーンショット型研究開発事業の成果で、約50量子ビットから運用を始め、2031年3月までに1万物理量子ビット規模への拡張を掲げる。ここで名前が重なる。Infleqtionは、2026年5月に米商務省から1億ドルの意向表明書を受けた7社のうちの1社であり、CU Boulder発の中性原子企業でもある。日本初の中性原子機は、ボルダーの生態系と米国の産業政策の両方に接続している。

日本の資金が海の向こうの中性原子勢に入った例も、すでにある。QuEraが2021年11月にステルスを脱したときの1700万ドルの調達には、楽天が投資家として加わっていた。国内の研究機関が超伝導と光量子と中性原子を同時に走らせ、国内企業が海外の中性原子企業に出資する。ポートフォリオという言葉が海外の話に見えるとすれば、それは日本の内側をまだ数えていないためだ。

ムーンショット目標6の時間設計も、この並走を前提にしている。内閣府が示す目標は2段階で、2030年までに小規模または部分的な誤り耐性を持つ量子コンピュータを実現し、2050年までに誤り耐性型の汎用量子コンピュータを完全に実現するというものだ。前半で複数方式を試し、後半に残ったものを育てる構えである。春海が2031年3月に1万量子ビットという区切りを置くのも、前半の目標年のすぐ先にあたる。

2029年に集まる目標と、2050年という日本の区切り

各社が掲げる到達目標を並べると、年号が一点に寄る。Googleは2026年3月の公式ブログで、超伝導方式による商用レベルの量子コンピュータが「今十年の終わりまで」、つまり2029年末までに利用できるようになるとの見通しを示した。Quantinuumは数千物理量子ビット規模で誤り耐性のある汎用計算を担うApolloを2029年に置く。Microsoftも2026年6月、Majorana 2の成果を受けて開発期間を半分に短縮したとして、2029年までにスケーラブルな量子コンピュータを実現すると表明した。

日本のムーンショット目標6は、同じ言葉を2つに割って別の年号を当てている。部分的な誤り耐性は2030年、誤り耐性型汎用量子コンピュータの完全実現は2050年である。この20年の開きは、そのまま技術水準の差を意味しない。各社の2029年は自社が掲げる到達目標であり、第三者機関が達成を判定した数字でもなければ、誤り耐性の定義が揃った上での比較でもない。

「誤り耐性」という言葉の中身が、主体ごとに違うためだ。Quantinuumは論理量子ビットの数を明示し、Googleは商用レベルという言い方をし、日本のムーンショットは部分的と完全の2段階に分ける。業界専門メディアの一つが示す見立てでも、楽観シナリオは2028〜2030年、保守シナリオは2032〜2035年と開いている。この幅も一つの媒体の整理にすぎず、権威ある単一の予測が存在するわけではない。

確認できる指標は、両方の軸にそれぞれある。中性原子側の検証点は、深い回路を回せるかどうかだ。Atom Computingは2026年6月、中性原子方式として初めてトーリック符号を用いた複数ラウンドの誤り訂正を実証したと発表し、量子ビットを増やすほど誤り率が下がる挙動を確認したと説明している。持続的な誤り訂正を示した企業としては業界で2社目だというのが同社の説明だ。

超伝導側の検証点は、数万量子ビット規模のアーキテクチャが実際に組めるかどうかにある。IBMのAnderonが開発中のカスタムASIC4種は量産の成熟を2029年ごろと見込むという業界アナリストの分析があり、同じ2029年に制御回路の量産とアルゴリズムの実証が噛み合うかどうかが見えてくる。一方でGoogleの中性原子チームは約10名で立ち上がったばかりで、一般提供の時期は示されていない。中性原子側の商用時期だけを取り出した目標は、まだ公表されていない。

Googleが3月に二本目を立て、米商務省が5月に9社6方式へ資金を割り、日本が3方式を並走させている。公表された計画を並べる限り、三者はいずれも勝つ方式を当てにいく判断を先送りしている。Googleと日本が空間と時間の取り合いに複数の札を置いたのに対して、米政府はそこへ製造基盤と原理的な誤り耐性という別の賭けまで足した。

この設計が実を結ぶ条件は、すでにはっきりしている。中性原子が深い回路を回せることを示し、超伝導が数万量子ビットの配線問題を解き、両者が同じソフトウェアと誤り訂正の枠組みに載ること。その3つが揃った時点で、量子コンピュータは方式の名前で語られる装置から、解ける問題の名前で語られる装置に変わる。