地球の地質学的な歴史において、大気中の二酸化炭素()濃度と地球の平均気温を数万年から数十万年単位で安定させてきた主たる機構は、ケイ酸塩鉱物の化学風化である。地殻を構成する岩石が大気中の水分や酸性雨に晒されると、ケイ酸塩が極めてゆっくりと溶解する。溶け出したマグネシウムやカルシウムなどの金属陽イオンは河川を通じて海洋へと運ばれ、大気から水中に溶け込んだ炭素を炭酸水素イオン()として化学的に固定する。

この自然界の機構を人工的に早めて気候変動の緩和に役立てようとする試みが、鉱物風化促進(Enhanced Rock Weathering: ERW)と呼ばれる技術領域だ。微細に粉砕したケイ酸塩岩石を農地や沿岸域に散布し、大気中の二酸化炭素の吸収速度を高める取り組みが進められている。しかし、自然界の岩石溶解プロセスは極めて遅い。粉砕された鉱物粉末を散布するだけの手法では、産業規模で地球全体の炭素収支に測定可能な変化をもたらすには時間的制約が大きすぎる。

2026年8月、ハーバード大学ワイス研究所、ハーバード・メディカルスクール、スタンフォード大学の研究チームは、海洋細菌の遺伝子を改変することでカンラン石の溶解速度を人工的に高める手法を学術誌『Nature Biotechnology』に発表した。研究チームを率いたのは、ワイス研究所のPamela Silver教授とMichael Springer教授、筆頭著者のNeil Dalvie博士らである。

チームは海洋細菌の鉄捕獲分子であるシデロフォアの生合成経路を改変し、環境中の鉄濃度に左右されずに分子を放出し続ける株を樹立した。海水を通水させた閉鎖系バイオリアクターによる実験では、天然のカンラン石の溶解が加速し、大気中からの二酸化炭素吸収が確認された。ただし、今回の成果は厳密に管理された実験室内の密閉容器で得られた概念実証であり、実際の海洋や開放環境への散布実験ではない。

カンラン石が水と二酸化炭素によって溶解する化学反応では、1モルのマグネシウム・鉄ケイ酸塩()に対して4モルの二酸化炭素()と4モルの水()が消費される。この反応によって1モルのマグネシウムイオン()、1モルの鉄イオン()、1モルのケイ酸()、そして4モルの炭酸水素イオン()が水中に生じ、炭素が化学的に蓄えられる。

ところが、好気的な環境では溶解に伴って放出された2価の鉄イオンが酸素と反応し、難溶性の酸化鉄(、いわゆる赤サビ)へと変化する。この酸化鉄が鉱物の表面を覆うことで不動態化と呼ばれる現象が起き、水と鉱物結晶との接触が物理的に遮断され、それ以上の溶解反応が著しく阻害されてしまう。

2025年に学術誌『Biogeosciences』に掲載された総説(DOI: 10.5194/bg-22-355-2025)でも指摘されている通り、海洋におけるカンラン石を用いた風化促進(mERW)は、現場環境における正確な溶解効率の予測や副反応の影響に関して、未解明の変数を多く抱えている。鉱物表面のサビ被膜による溶解速度の低下は、風化促進技術を実用化する上で大きな障害となってきた。

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鉄による抑制を解除し、海洋細菌にサビ取り分子を連続生産させる

海洋に広く生息する真正細菌の一種アルテロモナス・マクロウディ(Alteromonas macleodii)は、環境中の不溶性鉄を取り込むためにペトロバクチンと呼ばれるシデロフォア(鉄キレート分子)を分泌する能力を持つ。シデロフォアは鉱物表面の酸化鉄と強力に結合して水溶性の錯体を形成し、細菌自身の栄養源として鉄を細胞内へ輸送する。この作用は、鉱物表面からサビを取り除いて新鮮な結晶面を再び露出させる働きを持つ。

しかし、野生型の細菌をそのまま鉱物風化の加速に使うことはできない。野生型菌株は、自身の生育に必要な微量の鉄を取り込むと、即座にシデロフォアの合成遺伝子の転写を停止してしまうからだ。

第一著者のDalvie博士が指摘するように、野生細菌は生育に十分な鉄を得るとシデロフォアの生産を完全に止めてしまう。天然のフィードバック制御機構が働くため、高濃度の鉄を含む鉱物リアクターの中ではシデロフォアがほとんど分泌されない。野生型では、鉱物から鉄が溶出して菌体内に鉄が充足すると、シデロフォア合成が停止し、結果としてサビが蓄積して風化が止まる。一方、遺伝子改変株では構成的プロモーターによってシデロフォアを常時過剰生産し、サビを持続的に除去する仕組みを狙う。

研究チームはこの制約を克服するため、A. macleodiiのゲノムに存在するペトロバクチン生合成遺伝子群(asbオペロン)の上流を改変した。鉄濃度に応じて発現を抑制する天然のプロモーターを、環境シグナルに依存せず常に遺伝子を転写する構成的プロモーターへと置き換えたasb+P株を作製したのだ。この改変により、菌体は周囲にどれほど鉄が存在していようとも、シデロフォアを培養液中へ放出し続ける。

ケモスタット(連続培養装置)を用いた定常状態の実験において、asb+P株は野生型と比較して100倍以上の濃度でペトロバクチンを培地中に分泌し続けた。なお、この100倍という倍率について、比較対象となった野生型および改変株の絶対濃度値は公表資料において明記されていない。抗生物質による選択圧を加えない条件下でも、この過剰生産能は2週間以上にわたって安定に維持された。著者らはプレプリントにおいて、本成果をシデロフォア生産を遺伝子工学的に強化し、改変生物によって岩石風化を加速させた初の事例と位置づけた。ただし、この主張は著者ら自身の位置づけであり、第三者機関による独立した網羅的検証を経た評価ではない点には留意が必要だ。

小型ケモスタットから11リットルの海水リアクターへ、段階的な実証と測定値

研究チームはまず、ハーバード大学のAhmad Khalil教授らが開発した自動連続培養システム「eVOLVER」を用いて、鉱物溶解の定量評価を行った。カンラン石微粉末を添加した培地において、鉱物中に微量に含まれ、カンラン石の結晶構造が壊れたときのみ放出されるニッケル()の溶出速度を測定指標として用いた。

小型リアクター内において、改変株asb+Pを導入した系は、無生物対照(細菌を添加しない条件)と比較して鉱物溶解速度が2.6 ± 1.0倍に増加した(Tukeyの多重比較補正後、P = 0.03)。この2.6倍という加速倍率に関して、比較元となる無生物対照および改変株系でのニッケル溶出速度の具体的な絶対値は公表資料に示されていない。一方、野生型株を導入した系では、無生物対照との間に統計的に有意な溶解速度の差は見られなかった。

スケール システム構成 主な測定・モデル結果 大気CO2除去性能 開発状況
小型リアクター(eVOLVER) 容量数十ミリリットルの連続培養器、合成培地、カンラン石粉末 改変株添加で溶解速度が非生物対照比2.6 ± 1.0倍に加速 溶解速度指標(Ni溶出)の評価 査読論文での室内実証完了
パイロットリアクター 11 Lガラス容器、ボストン港の生海水約2.5 L、市販カンラン石砂4 kg超 Mg溶出速度が3.1倍に増加(36〜48日目の平均値) 測定値: 1日あたり0.50 g のCO2固定 査読論文での室内実証完了
産業用想定モデル(LCA) 150トンのカンラン石砂、海水24,000 L、深さ0.3 mの撹拌型リアクター 再生可能酢酸使用時に正味炭素除去量が非生物比74%向上 試算値: 1日あたり1.13 kg のCO2除去 理論モデルによる試算段階

小型系での確認を経て、研究チームは実験スケールを11 Lのガラス容器を用いたパイロットリアクターへと拡張した。このリアクターには、市販の建設用カンラン石砂を4 kg以上充填し、ボストン港から採取した未処理の天然海水を約2.5 L注ぎ込んだ。海水を1日あたり1.5 Lの速度で連続供給し、200 rpmで穏やかに撹拌しながら、週に1回の割合で改変株(緑色蛍光タンパク質で標識したasb+G株)を接種し、50倍希釈の栄養塩を添加し続けた。

その結果、通水開始から36〜48日目の平均値において、改変株を添加したリアクターでは無生物対照と比較してマグネシウム()の溶出速度が3.1倍に達した。リアクター流出水のアルカリ度測定に基づくと、炭酸水素塩換算で1日あたり0.57 gの炭酸カルシウム()相当のアルカリ度増加が確認された。これは、大気中から1日あたり0.50 gの二酸化炭素を水中に取り込んだ計算になる。

細胞を添加しない対照群では正味のアルカリ度上昇は検出されなかった。また、栄養塩のみを添加した天然海水対照群でもわずかなアルカリ度上昇が見られたが、これは海水中に元から存在していた光合成微生物がアンモニア態窒素と二酸化炭素を消費したことによる影響と考えられている。

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ライフサイクル評価が突きつける「炭素原料の排出制約」

パイロットスケールでの二酸化炭素吸収量は1日あたりわずか0.50 gであり、気候変動対策としての実効性を持つ規模ではない。そこで研究チームは、スタンフォード大学のSteven Davis教授のグループと共同で、このバイオリアクターを産業規模へと拡大した場合のライフサイクルアセスメント(LCA)を実施した。

LCAのモデルでは、約150トンのカンラン石砂を敷き詰め、深さ0.3 mの海水(約24,000 L)を循環させて撹拌する巨大な地上型リアクターを想定した。モデルの前提として、小型リアクターで得られた2.6倍の溶解加速率が産業規模でもそのまま線形に維持されると仮定されている。

この試算によると、未改変の海水のみを通水した対照リアクターでは1日あたり0.65 kgの二酸化炭素が除去されるのに対し、改変株を用い、かつ適切な原料を供給した場合には1日あたり1.13 kgの正味二酸化炭素除去が達成され、除去量が74%向上するという結果が得られた。

しかし、このモデル計算は、細菌の増殖に必要な炭素原料の選定に関して極めて厳しい工学的制約を明らかにしている。一般的なグルコース(ブドウ糖)は炭素1 kgあたり2.8 kgの二酸化炭素を排出するため、システム全体で二酸化炭素排出超過となり適さない。正味の固定を達成するための損益分岐点の上限は炭素1 kgあたり0.6 kgの排出であり、これを下回る低炭素原料が必要となる。例えば電気化学的に合成された酢酸のようにマイナス排出が可能な原料を用いて初めて、理論上の正味除去(1日あたり1.13 kg)を達成できる計算だ。

論文では、二酸化炭素を電気化学的に還元して製造する再生可能酢酸(例えば1 kgの酢酸製造あたり約1.5 kgの二酸化炭素を固定できる技術)を利用することを前提としている。さらに、投入された改変細菌が過酷な天然海水中において最低でも1週間(水力学的滞留時間の約7倍に相当)にわたり活性を維持して生き残らなければ、リアクターの運転に伴う投入エネルギーや原料の炭素コストを相殺できない。

このLCAによる1日あたり1.13 kgの二酸化炭素除去という数値は、理想的な条件下で稼働する架空の施設を想定したシミュレーションの計算結果であり、実際に稼働した産業プラントから得られた測定値ではない。

実験室の外に横たわるバイオフィルムと副次沈殿の壁

実験室の閉鎖系バイオリアクターで得られた加速データは有望に見えるが、著者ら自身が論文内で詳述している通り、実用化の前には複数の深刻な物理的および生態学的課題が存在する。長期運転においては、主に三つの物理的制約が顕在化する。

第一の課題は、バイオフィルムの過剰な蓄積による性能低下である。パイロットリアクターの運転を開始して約3週間が経過した頃から、容器のガラス内壁およびカンラン石砂の表面に粘性のあるバイオフィルムが厚く形成された。これにより海水と鉱物表面の直接接触が妨げられ、すべてのリアクターにおいてマグネシウムの溶解速度およびアルカリ度の生成速度が徐々に低下した。著者らは、大規模な産業用リアクターを設計する際にはバイオフィルムの過剰な蓄積を抑制する構造が必要になると明記している。

第二の課題は、副次的な鉱物沈殿によるアルカリ度の相殺である。リアクター内の最上層の鉱物表面には、ケイ酸カルシウムの薄い結晶層が形成されていた。測定データを精査すると、改変細菌を添加したリアクターでは海水中のカルシウムイオン()が最も速いペースで消費されていた。水中のカルシウムが炭酸塩やケイ酸塩として沈殿すると、二酸化炭素を固定するために必要な全アルカリ度が消費されてしまうため、正味の炭素除去能力が目減りするリスクがある。

第三に、鉱物の溶解反応が砂層の最表面(深さ1 cm未満)に局在している点だ。静置された砂層の内部では海水の循環が滞るため、下層に充填された鉱物の大部分は風化反応に寄与していなかった。産業規模のリアクターで効率を維持するには、大量の鉱物砂を定期的に機械的に撹拌や破砕し続ける必要があり、そのための動力エネルギー消費が全体の炭素収支を悪化させる可能性がある。

さらに、小型リアクターで得られた2.6倍の溶解加速率には「± 1.0」という大きな標準誤差が含まれている。統計的に見れば、実際の加速倍率は1.6倍から3.6倍の範囲にばらつく可能性があり、LCAモデルの試算値にも同等の不確実性がつきまとう。プレプリント版の議論において著者ら自身も、本研究で示された加速の大きさだけでは、鉱物のバイオプロセシングを経済的に正当化するには不十分である可能性があると率直に認めている。

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下水処理場型リアクター構想と環境リスク評価の距離

Silver教授はプレスリリースの中で、本手法を容易に適用可能でリスクのない環境工学戦略と表現している。しかし、この発言は研究者自身の将来構想に基づく主観的な見解であり、論文中に環境リスクを包括的に評価した実験データが示されているわけではない。

研究チームが構想している将来の実用モデルは、遺伝子改変細菌を直接外洋に散布するのではなく、沿岸の下水処理場に似た大規模な地上型コンクリート水槽を建設する方式である。この密閉・半密閉型水槽に未処理の海水を絶え間なく汲み上げ、カンラン石砂と改変細菌を接触させて風化反応を進め、アルカリ度を高めた海水を再び海洋へと放流する。海洋へ戻されたアルカリ性海水は、大気中の二酸化炭素を吸収して無害な炭酸水素塩として海中に保持する役割を果たす。

遺伝子改変生物を自然環境中に直接放出することに対する規制や生態学的リスクを回避する手段として、地上リアクターによる封じ込め方式は論理的な選択肢である。また、研究チームは二酸化炭素の固定と同時に、カンラン石に含まれるニッケルやコバルトなどの希少金属を回収する複合プロセスの可能性についても検討を進めている。筆頭著者のDalvie博士は、バローズ・ウエルカム基金のCASIプログラムから資金提供を受け、シデロフォアを用いた鉱物処理の研究を継続する予定だ。

だが、実験室内の11 L容器から、実環境の海水を取り扱うメガスケールのプラントへの移行には、乗り越えるべきハードルが数多く残されている。生海水中には無数の土着微生物が存在し、遺伝子改変株との間で栄養や空間をめぐる競合が発生する。改変株が長期間にわたって優占種として定着し、シデロフォアを過剰生産し続けられるかどうかの実証は今後の課題である。

沿岸域における鉱物風化促進の現場応用をめぐっては、化学的挙動の不確実性や海洋生態系への影響について慎重な検証を求める声が国際的な地球科学のコミュニティでも根強く存在する。閉鎖系バイオリアクターという制御された環境下で示された今回の生物学的アプローチが、スケールアップの壁と炭素収支の厳格な制約を乗り越えて実用的な脱炭素ツールへと成熟できるかどうかは、今後のパイロットプラントによる長期実証にかかっている。