スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のPOWERlabが、シリコン基板上の窒化ガリウム(GaN-on-Si)で3.4kVを阻止するノーマリーオフ型トランジスタを作った。2026年8月28日付のNature Electronics論文は、同じ分極超接合基盤で作った別のノーマリーオン型について、3kVのオフ電圧を加えた後も動的オン抵抗の増加が15%未満だったと報告した。高い静的耐圧と、切り替え後に低抵抗へ戻る動的特性を、二つの試作で示した成果である。
3.4kVはGaNトランジスタ全体の最高値ではない。サファイア基板上では10kVを阻止した先行研究がある。今回の前進は、安価なシリコン基板を使い、ドリフト領域の電荷整合に意図的な不純物添加を使わず、電界緩和用のフィールドプレートも省いたことにある。ただし素子全体が無添加なのではなく、二次元正孔ガスへの局所接触にはMg添加p-GaNを使う。ノーマリーオフ型の3.4kVと、ノーマリーオン型の低い動的抵抗増加は分けて評価する必要がある。
3.4kVは記録ではない、それでも新しい理由
GaNの研究記録、GaNの市販品、3.3kV級の炭化ケイ素(SiC)製品は、電圧の数字が近くても証明している内容が違う。研究デバイスの「ここまで阻止した」という測定値は、市販品が保証する定格電圧ではない。電流、パッケージ、認定試験まで含む製品モジュールとも同列には置けない。
| 対象 | 基板・構造 | 電圧 | 高電圧後のオン抵抗 | 成熟段階 |
|---|---|---|---|---|
| EPFL iPSJノーマリーオフ型(2026年) | GaN-on-Si、ドリフト領域に無添加型の分極超接合 | 3.4kV阻止 | 論文の3kV動的試験は別のノーマリーオン型 | 査読済み研究デバイス |
| EPFL iPSJノーマリーオン型(2026年) | GaN-on-Si、ドリフト領域に無添加型の分極超接合 | 3.5kV阻止 | 3kVで増加15%未満 | 査読済み研究デバイス |
| GaN超ヘテロ接合FET(2024年) | GaN-on-sapphire、2チャネル | 10kV阻止 | 3kVで123%増加 | 査読済み研究デバイス |
| EPFL先行ノーマリーオフ型(2025年) | GaN-on-Si、接合トライゲート | 2.7kV阻止 | 比較資料では未提示 | 査読済み研究デバイス |
| Infineon CoolGaN製品群 | GaNトランジスタ | 60〜700V定格 | 製品ごとに規定 | 商用製品 |
| Innoscience高耐圧GaN製品群 | ノーマリーオフ型GaN | 650〜1200V定格 | 製品ごとに規定 | 商用製品 |
| Infineon CoolSiC XHP 2 | SiCハーフブリッジモジュール | 3.3kV定格 | 絶対オン抵抗1.9〜3.8mΩ | 商用製品、500〜1000A |
EPFLの3.4kVはGaN全体の耐圧記録ではない。今回の意味は、ドリフト領域の電荷整合に意図的ドーピングを使わないGaN-on-Si iPSJ基盤で、ノーマリーオフ型が3.4kVを阻止し、別のノーマリーオン型が3kVストレス後の動的オン抵抗増加を15%未満に抑えたことにある。二つの値は同一トランジスタの結果ではない。
10kVの先行素子は3kVの動的試験後にオン抵抗が123%増え、比オン抵抗も73.5mΩ·cm²だった。今回、3kV後の増加を15%未満に抑えたノーマリーオン型の比オン抵抗は6.3mΩ·cm²である。ノーマリーオフ型は11.1mΩ·cm²、静的阻止電圧3.4kVまでを示した。単一素子で全条件を満たしたわけではないが、耐圧の最大値とは別に、高電圧を切り替えた直後に低損失へ戻せる設計原理を前進させた。
商用品との距離も見誤れない。EPFLの広報は600〜650V級の商用GaNと比べて5倍超と説明したが、2026年8月31日時点でInfineonは700Vまで、Innoscienceは1200Vまでの製品群を掲げる。一方、3.3kV級ではSiCモジュールが500〜1000Aの製品としてすでに並ぶ。EPFLの試作はGaN-on-Siを同じ名目電圧帯へ押し上げたが、電流を流す製品としてSiCに並んだわけではない。
電界集中を二つの薄い電荷層で崩す
横型GaNトランジスタは、AlGaNとGaNの界面にできる二次元電子ガスを電流の通り道に使う。電子は薄い層へ高密度に集まり、高速かつ低抵抗で動く。ただしオフ時には、表面やバッファに残る固定電荷のため、ゲートや電極の端へ電界が集中する。局所的な電界が材料の限界へ先に達し、残りのドリフト領域を使い切る前に素子が降伏する。
シリコンの高耐圧MOSFETでは、n型とp型の柱を交互に置く超接合がこの偏りを抑えてきた。正負の不純物電荷を精密に釣り合わせ、オフ時にドリフト領域を空乏化すると、電界が広い範囲へ分散する。ところがGaNは高品質なp型領域の形成が難しく、添加量のずれや温度変化が電荷の均衡を崩しやすい。
POWERlabの無添加型の分極超接合(iPSJ)は、ドリフト領域の電荷を不純物濃度で決めず、III族窒化物が元から持つ自発分極と圧電分極を使う。AlGaN/GaN界面の二次元電子ガスに対し、約160nmの厚い無添加GaNキャップを置くと、反対側のGaN/AlGaN界面に同数の二次元正孔ガスが生まれる。オフ時に電子と正孔を同時に引き抜けば、ドリフト領域はほぼ電荷中性になり、電界の山が平らになる。
二次元正孔ガスは導通の主役ではない。正孔の移動度が電子より低いため、オン電流への寄与は小さい。ここで正孔は、電子層の電荷と釣り合う「動かせる重り」として働く。固定された不純物電荷と違い、スイッチを切る瞬間に排出できる。
その排出口が、50nmのMg添加p-GaNを局所的に成長させた二次元正孔ガスへのオーミック接触である。オフへの切替時には正孔を素早く抜いて電子との均衡を保ち、オンへ戻すと正孔を注入して捕獲電子を補償する。論文中でこの接触を浮かせると動的耐圧は500Vへ落ち、オン抵抗も増えた。無添加という言葉はこの接触まで含む素子全体ではなく、ドリフト領域の電荷整合を指す。電荷を同数作る設計と、その電荷を出し入れする接触の両方が必要だった。
厚いGaNキャップにはもう一つ役割がある。導通電子を表面の捕獲準位から遠ざけるエピタキシャルな保護層となり、高電圧を切った後に電子が表面へ取り残されにくくする。このためiPSJは表面保護膜やフィールドプレートに頼らず、電界分布と動的オン抵抗を同時に整えられた。
3kV後もオン抵抗を戻せた意味
ダイオードの測定が、電荷釣り合いの効果を最も直接に映す。超接合部が25µmのショットキーバリアダイオードは、室温で順方向立ち上がり電圧0.75V、比オン抵抗4.7mΩ·cm²を記録した。逆方向では100µA/mmの電流制限で3.6kVを阻止し、0.95mA/mmに達した3.9kVでも破壊しなかった。漏れ電流は3.1kVまでほぼ平坦で、その先はGaN-on-Siのバッファ漏れが支配した。
反復性も調べられている。同じ素子を3.3kVまで17回連続で掃引すると、漏れ電流曲線のばらつきは標準偏差20%未満に収まった。25〜125℃でも阻止電圧は3.3kVを上回る。著者らは温度依存と反復性を「アバランシェに似た降伏」と表現しており、定量的なアバランシェ耐量を証明したわけではない。
動的試験では、素子に逆方向の高電圧を1秒間加えた後、3Vで1msだけオンにした。0.75〜1msの抵抗を平均すると、電荷整合iPSJは25℃と125℃の双方で装置上限の3kVまで増加が小さかった。対照の無保護ダイオードは、動的オン抵抗が静的値の50倍を超え、動的耐圧も200V未満だった。静的な耐圧曲線だけでは見えない差である。
トランジスタでは、ノーマリーオン型がしきい値-7V、比オン抵抗6.3mΩ·cm²、阻止電圧3.5kVを記録した。対してノーマリーオフ型は、しきい値0.67V、比オン抵抗11.1mΩ·cm²、阻止電圧3.4kVとなった。どちらもオン/オフ電流比は10万倍を超えた。
ノーマリーオン型の動的オン抵抗は、オンウェハーの連続パルス測定では650Vまで、単発パルス装置では3kVまで確認された。3kVの単発試験では、オフ電圧を10ms加え、ケーブル放電による損傷や測定誤差を避けるため200µs待ってからオンにし、オン後40〜140µsの抵抗を測った。二次元正孔ガスへオーミック接触した素子は、3kV後も増加15%未満だった。参照用MOSHEMTは50Vのオフ電圧だけで4倍超へ増えた。ただし3.4kVは別のノーマリーオフ型で得た静的阻止電圧であり、パッケージ済み素子を3.4kVで連続動作させた結果ではない。
製品化を決めるのは次の四つの試験
第一は、電流と面積である。論文は比オン抵抗を示したが、製品として流せる定格電流、チップ面積、熱抵抗を示していない。横型GaN-on-Siは同一ウェハー上へ複数の電力素子を組み込みやすい反面、大電流化すれば配線、放熱、電流集中が新たな制約になる。
第二は、回路でのハードスイッチングだ。ダイオードの動的試験は1秒間のオフ状態から3Vで1msだけオンへ移す測定だった。一方、トランジスタの3kV単発試験は10msのオフストレス、200µsの待ち時間を経て、オン後40〜140µsの抵抗を測っている。どちらも実回路の反復ハードスイッチングとは異なり、スイッチング周波数と変換効率、オン/オフそれぞれの切替損失は測っていない。ノーマリーオフ型のしきい値0.67Vが、ノイズを伴う実装で十分なゲート余裕を持つかも確認が要る。
第三は、長期信頼性である。17回の掃引と125℃の測定は反復性と温度安定性を支えるが、短絡耐量、パワーサイクル、長時間の高温高湿バイアス、宇宙線による破壊を含む製品認定とは距離がある。アバランシェに似た降伏も、吸収できるエネルギーと繰り返し回数を測って初めて回路設計へ使える。
第四は、低抵抗化と量産ばらつきの同時管理だ。POWERlabが2025年に報告した2.7kVのノーマリーオフ型多チャネル素子は、比オン抵抗2.8mΩ·cm²だった。今回の3.4kV素子は11.1mΩ·cm²である。研究チームは次段階として、多チャネル構造とiPSJを組み合わせ、電流の通り道を増やす方針を示している。約160nmのキャップ厚、界面電荷、正孔接触をウェハー全体で揃えたまま抵抗を下げられるかが製造上の試験になる。
GaN-on-Siが3.3kV級SiCの領域へ入るかどうかは、耐圧の最高値より、ノーマリーオン型で得た3kV後15%未満という抵抗増加を、ノーマリーオフ型、大電流チップ、パッケージでも再現できるかで決まる。多チャネル化、回路実証、長期認定が同じ素子でそろえば、シリコン基板上へ高電圧スイッチと駆動回路を集積する構想が現実の選択肢になる。
