東京科学大学の石塚 大晃 准教授らは、カイラルなスピン相関を持つ磁性金属で、電流の向きによって応答が変わる非相反電流が低温で強まる仕組みを理論的に示した。鍵になるのは、磁気モーメントを古典的な矢印として扱う従来の近似ではなく、スピンそのものが持つ量子ゆらぎである。電子が磁気モーメントに散乱される過程に近藤効果と同型の補正が加わり、非線形電気伝導度に対数温度依存性が現れるという。成果は『Physical Review Letters』に掲載され、科学技術振興機構(JST)が7月17日に発表した。
ここでいう磁気ダイオード効果は、半導体ダイオードのような接合を置くことではない。カイラルな磁気状態が電子の散乱を左右非対称にし、電場を反転させたときの電流応答に差を作る現象である。今回の理論は、その差が低温でどう変化するかを、局在スピンと伝導電子の量子力学から追った。
電流の向きで散乱率が変わる
非相反電流は、電流と電場が正負で同じ比例関係を保つ通常の線形伝導とは異なる。電場の二乗に比例する電流成分が生じるため、電場の向きを反転してもこの成分の符号は反転しない。カイラル磁性体では、隣接する磁気モーメントが作るベクトルスピンカイラリティが、電子の進行方向ごとに異なる散乱確率を生む。後方散乱の強さが入射方向に依存すれば、電流の正方向と負方向で応答がそろわなくなる。
この効果は、磁場を加えた金属の電気伝導に、通常の抵抗率とは異なる非線形成分として現れる。同じ磁場条件で電場の極性を変えたときの差は、非相反成分を測る入口になる。ただし、その差だけから量子補正やカイラル散乱の寄与を分離することはできない。温度と磁場への依存性を確かめ、カイラリティと電子密度を変えた結果を比べる。さらに緩和時間の変化も評価する必要がある。
研究チームが注目したのは、スキルミオンや螺旋状態のようにスピンがねじれた磁気状態である。スピンカイラリティは電子の散乱に方向性を与え、磁場も応答の大きさと向きに関わる。著者らの計算では、非相反伝導度の符号はカイラリティと磁場に加え、バンド充填、言い換えれば伝導電子の密度に関わる量にも敏感だった。材料ごとに電流の向きの差が反転しうることを意味する。
従来の理論でも、熱的に揺らぐスピンが作るこの種の非対称散乱は扱われてきた。ただし局在磁気モーメントを古典スピンで近似すると、スピン演算子の順序そのものが効く散乱過程は落ちる。低温で応答が増す理由を、磁気秩序の発達と区別して読むには、その差が重要になる。
三次の散乱過程に現れる近藤型補正
石塚准教授らは、非平衡グリーン関数法と、散乱理論を組み込んだ半古典ボルツマン理論の二つで非線形伝導度を計算した。どちらの計算でも、局在スピンと伝導電子を結ぶ近藤結合の三次過程が、温度の対数に依存する補正を作る。通常の近藤効果では、この種の量子散乱が低温の抵抗率異常として知られる。今回の提案は、その補正が非相反応答にも現れるというものだ。
機構は、電子があるスピンに一度散乱される経路と、同じスピンで二度散乱される経路の干渉にある。スピン反転を含む操作は順番を入れ替えても同じにならないため、三回の散乱を二つのスピン間のカイラリティに結び付けられる。古典的な矢印にはこの非可換性がない。論文が量子ゆらぎの痕跡として対数温度依存性を重視する理由である。
二つの計算は、温度依存性の機能形をほぼ同じに再現した。数値係数には差が残り、論文はグリーン関数法で省いた頂点補正との関係を指摘している。ここから直ちに材料ごとの増幅率を決めることはできないが、量子補正がどの散乱過程に由来するかは二つの見方で一致した。
ただし、低温化では対数補正と並行して、磁化、スピンカイラリティ、電子の緩和時間も変わる。いずれも非相反伝導度に乗る。理論計算が得た増強を実験データと比べる際には、それぞれの寄与を分けて扱う必要がある。
MnSiで対数温度依存を見分ける条件
著者らは、圧力下のMnSiで報告された部分秩序状態の増強された非相反応答を、検証候補の一つに挙げる。MnSiでは量子スピンゆらぎが関与する可能性が以前から議論されてきた。低温で応答が増したという結果だけから、量子補正を確定することはできない。応答が温度の対数に従うか、磁場やカイラリティの向きを変えるとどう変わるかまで確かめる必要がある。
非相反伝導度の符号が電子密度に敏感という予測も、材料探索の条件になる。磁気構造を整えても、伝導電子の状態が合わなければ望む応答は得られない。反対に、磁気不純物を加えた非中心対称導体のように、近い距離にあるスピン間へカイラル相関を作れる系は、近藤型補正を調べる場になりうる。
現段階で示されたのは、Kondo格子モデルから得た基礎理論であり、特定の素子で整流性能を実証した結果ではない。それでも、冷却時に非相反応答が伸びる理由を、スピンの配列、散乱時間、量子ゆらぎの三つに分けて測る道筋は明確になった。次に必要なのは、温度曲線と磁場・電子密度依存を同じ試料でそろえ、量子補正だけを識別できる測定である。
