中国科学技術大学のWANG Xin、JIANG Min、PENG Xinhua氏らの研究チームが、センサーヘッドの体積を7cm³に抑えた87Rb原子磁力計を開発した。
2026年9月8日にオンライン公開された『Acta Physica Sinica』の論文では、システム全体の消費電力を5W未満、基準となる感度を10pT/√Hzと報告している。
感度だけを見れば、地球磁場の中で使える市販のスカラー磁力計には、これを上回る製品がすでにある。それでも研究チームが重視したのは、毎秒25,200nTという急激な磁場変化への追従性能と、共鳴状態を見失った場合でも1秒未満で自動的に復帰する仕組みだ。
今回の特徴は最高感度を競ったことではなく、地球磁場の変動や移動に伴う外乱がある屋外でも、測定を続けやすい小型システムを作ったことにある。
7cm³のセンサーヘッドに測定機能を集約
センサーヘッドには、VCSELと呼ばれる垂直共振器面発光レーザー、微小な光学部品、1辺が1cmに満たないルビジウム蒸気セルなどが収められている。
さらに、セルを温めるマイクロヒーター、薄膜状のフレキシブルRFコイル、磁性材料を使わないフォトダイオードも組み込んだ。
測定には光磁気共鳴を利用する。ルビジウム原子へ光を当てて状態をそろえ、RFコイルによって共鳴を起こし、透過する光の変化から磁場の強さを求める仕組みだ。
部品そのものを大幅に減らしたというより、それぞれを小型化して一つのセンサーヘッドに詰め込んだ結果が7cm³という大きさである。
ただし、この7cm³はセンサーヘッドだけの体積だ。レーザーの駆動や信号処理、制御を担う電子回路まで含めた装置全体の大きさではない。
報告されている寸法では、センサーヘッドは約3×1.5×1.5cm、内部の蒸気セルは1辺4mm程度で、測定帯域幅は41.4Hzとされている。
市販のスカラー磁力計QuSpin QTFM Gen-2のセンサーヘッドは17.7×19.8×35.8mmで、単純に直方体として計算すると約12.5cm³になる。
今回の7cm³は、その約56%に相当する。
ただし、実際の製品には丸みや切り欠きがあるため、この12.5cm³は外形寸法から求めた概算にすぎない。また、両者は測定方式も異なるため、体積だけで性能を比較することはできない。
それでも、地球磁場の中でそのまま使える原子磁力計のセンサーヘッドを7cm³まで小型化したことは、ドローンをはじめとする小型の移動体へ搭載するうえで意味がある。
10pT/√Hzの感度と25,200nT/sの追従性能は別の指標
地球磁場の強さは場所によって異なるが、およそ5万nT、つまり5000万pT程度だ。
10pT/√Hzという感度は、1Hzの測定帯域幅でおよそ10pT程度の磁場変動を捉えられることを示す目安になる。
一方、25,200nT/sという数字は、磁場が急激に変化したときに、どこまで測定状態を維持して追従できるかを表している。
小さな磁場変化を捉える能力と、急激な磁場変化についていく能力は別の性能だ。
一次資料で確認できる公表値を並べると、位置付けの違いが分かりやすい。
| 装置 | 方式 | 感度 | 磁場変化への追従 | 消費電力 | 使用環境 |
|---|---|---|---|---|---|
| 中国科学技術大学の87Rb磁力計 | 光磁気共鳴 | 10pT/√Hz | 25,200nT/s | 5W未満(システム全体) | 地球磁場中 |
| QuSpin QTFM Gen-2 | 自由誘導減衰 | 3pT/√Hz(typ.) | メーカーはスルーレートに制限なしと説明 | 約2.5W | 1,000~150,000nT |
| QuSpin QZFM Gen-3 | SERF | 15fT/√Hz未満 | 公表仕様に記載なし | 公表仕様に記載なし | 磁気シールド環境またはゼロ磁場付近(±5nT) |
感度だけなら、今回の10pT/√HzはQTFM Gen-2の3pT/√Hz(typ.)を下回る。
さらに、磁気シールドを前提とするQZFM Gen-3は15fT/√Hz未満と、単位そのものが3桁小さい。
ただし、QZFM Gen-3が動作できる磁場範囲は±5nTで、約5万nTある地球磁場をそのまま受ける環境では使用できない。
今回の磁力計が狙っているのは、最高感度を追求する用途とは異なる。地球磁場を打ち消していない屋外で、外乱を受けながら磁場の変化を追跡する用途だ。
弱い磁場の測定技術は、資源探査や地磁気を利用した航法、環境計測、潜水艦などが作る磁気異常の検出に利用されてきた。
最高感度を追求する方式にはSQUIDやSERF型原子磁力計があり、fT以下の領域まで到達する。ただし、SQUIDでは極低温の冷却が必要になり、SERF方式では地球磁場を大幅に打ち消す磁気シールドなどが必要になる。
そのため、屋外での測定には、地球磁場の中で直接動作できるスカラー磁力計や光ポンピング磁力計が使われている。
今回の装置も、こうした屋外利用を想定した磁力計に位置付けられる。
磁場が急変しても1秒未満で測定へ復帰
光磁気共鳴方式の磁力計は、RFの周波数を原子の共鳴周波数に合わせ続けることで磁場を測定する。
ところが、磁場が急激に変わったり、センサーヘッドの向きが大きく変わったりすると、共鳴条件から外れて正しい値を測れなくなることがある。
今回のシステムでは、透過光から得られる信号を監視し、その振幅が大きく低下すると、共鳴状態を見失ったと判断する。
すると測定可能な周波数範囲を自動的に掃引し、現在の磁場に対応する共鳴点を探し直す。
研究チームによると、この復帰にかかる時間は1秒未満だ。
屋外で連続測定する場合には、最高感度だけでなく、このように測定不能になった状態から素早く復帰できることが重要になる。
研究チームは、屋外で三つの実験を行っている。
一つ目は地磁気の長時間測定だ。大規模な磁気嵐が発生した際、その一連の磁場変化を欠測なく記録したとしている。
二つ目は、地下鉄が走る場所の地表から磁場を測定する実験だ。
この環境では毎秒2,000nTを超える一時的な磁場変化が発生したが、その中でも地下を走る車両に対応した磁場変化を捉えた。
三つ目は、地中に埋めた磁石を探す実験だ。
円筒形の永久磁石を地下約0.5mに埋め、40×25mの範囲を歩きながらセンサーヘッドで測定した。
歩行による振動やセンサーの向きの変化を受ける状態でも、磁石が作る特徴的な磁場分布を捉え、埋設位置を推定できたとしている。
ただし、測位誤差が具体的に何cmだったのかといった情報は示されていない。
また、センサーヘッドの向きによって原子と光の相互作用が弱くなる条件もある。自動復帰機能があるからといって、どのような姿勢や外乱でも常に有効なデータを取得できるわけではない。
地下鉄を検出できても、潜水艦を探知できるとは限らない
今回の研究は、一部の海外報道で潜水艦探知と結び付けて紹介されている。
確かに論文では、弱磁場計測の応用分野の一つとして対潜戦にも触れている。
しかし、今回実際に報告された屋外試験は、地磁気の長時間測定、地下鉄の検出、埋設した磁石の位置推定の三つだ。
水中での試験や、艦船・潜水艦を対象とした実験は行われていない。
地下を走る電車による磁場変化や、地下約0.5mに埋めた永久磁石を検出できたことから、実際の潜水艦をどの程度の距離から探知できるかを判断することはできない。
論文には、潜水艦を想定した探知距離や誤警報率といった数値も示されていない。
著者の所属には中国科学技術大学のほか、合肥国家実験室や、中国船舶集団に関連する海洋航法・制御分野の研究機関が含まれると報告されている。
ただし、船舶関連の研究者が参加していることと、今回の装置で潜水艦探知能力が実証されたことは別の話だ。
地下鉄駅の地表で測定する条件と、海中を移動する物体が作る微弱な磁気異常を離れた場所から測る条件では、対象までの距離、周囲の雑音、センサーを載せる機体の振動や姿勢などが大きく異なる。
今回の研究には、その差を埋めるデータはまだない。
研究チーム自身も、今回の成果を最高性能の記録としてではなく、高性能な量子センシング技術を実際の屋外環境で利用するための一つの方法として位置付けている。
小型化と「測り続ける能力」が今回のポイント
中国では、屋外や移動体で使うことを想定した原子磁力計の研究が以前から進められている。
2025年4月には中国航天科技集団がドローン搭載を想定したCPT原子磁力計を公表している。
今回の研究で特に注目すべきなのは、絶対的な感度の記録を更新したことではない。
センサーヘッドを7cm³まで小さくし、システム全体を5W未満で動かしながら、毎秒25,200nTという急激な磁場変化へ追従し、測定状態を失っても1秒未満で復帰できるようにした点だ。
同様の方向を目指しているのは中国だけではない。
日本の防衛省も、原子の性質を利用して微弱な磁場変化を捉える量子磁気センサーの小型化を研究しており、将来的な無人機への搭載を視野に入れている。ただし、具体的な性能はまだ公表されておらず、今回の装置と直接比較できる段階ではない。
今回の研究が潜水艦探知などの実用システムにつながるかを判断するには、さらに別のデータが必要になる。
水上や水中を含む実環境で移動体に搭載した試験、実際にどの程度の距離から磁気異常を検出できるか、周囲の磁気ノイズから対象を見分ける際の誤警報率、そして研究チーム以外による再現試験などだ。
現段階で示されたのは、「潜水艦を探知できる小型量子センサー」ではない。
7cm³のセンサーヘッドを使い、磁場が大きく変動する屋外でも測定を続けられる原子磁力計を実際に試作し、複数の野外試験で動作を確認したという成果である。
