ノルウェーの半導体スタートアップLaceが2026年3月23日、シリーズAで4000万ドルを調達した。調達を主導したのはヨーロッパVC(ベンチャーキャピタル)Atomicoで、MicrosoftのベンチャーアームM12も参加した。Laceが開発するのは光ではなくヘリウム原子のビームを使ったリソグラフィ技術で、ビーム幅は0.1nm(ナノメートル)水素原子1個分の幅に相当し、オランダの半導体製造装置大手ASMLのEUV(極端紫外線)リソグラフィが使う13.5nm光の135分の1の細さだ。CEOのBodil Holst氏は、製造規模での実用化が実現すれば現行リソグラフィより10倍小さい構造の製造が可能になると述べている。「最終的には原子解像度」という目標は、現在の半導体ロードマップが想定していない領域への突入を意味する。
光の壁を超える:回折限界のない原子ビームの原理

光を使って回路を描く半導体リソグラフィには、物理的な制約が課されている。使用する光の波長より細い構造は原理的に描けない「回折限界」だ。ASMLのEUV装置が採用する極端紫外線の波長は13.5nmで、現代の最先端チップを量産するTSMC(台湾積体電路製造)やIntelはこの限界に対してマルチパターニング技術という複雑な回避策を駆使している。微細化の難易度とコストは製造プロセスが進むたびに積み上がる一方だ。
Laceのアプローチはこの問題を根本から回避する。ヘリウム原子は光子と異なり、波長に由来する回折限界を持たない。同社が「BEUV(Beyond-EUV)」と呼ぶシステムでは、単一水素原子の幅に相当する0.1nmのビームでシリコンウェハにパターンを描く。CEO Bodil Holstはこの技術を「ロードマップを拡張し、これまで不可能だったことを可能にするイネーブラーだ」と説明している。
半導体業界の研究機関imec(ベルギーの半導体R&D機関)でリソグラフィ科学ディレクターを務めるJohn Petersen氏は、BEUVの原理がトランジスタを「1桁分小さくできる可能性がある——ほとんど想像を超えるレベルで」と評価している。現在Laceはプロトタイプシステムの開発を完了しており、2026年2月にはSPIE(国際光学工学会)Advanced Lithography + Patterning 2026カンファレンスで招待論文を発表した。ノルウェー・スペイン・英国・オランダの4カ国に50名超の従業員を抱え、2029年のパイロットファブでのテストツール稼働を目標としている。
3億5000万ドルが支配する市場と、代替を探す動き
現時点でASMLのEUV装置に実質的な競合は存在しない。1台あたり3億5000万ドル以上という価格で、世界の最先端チップ製造はこの1社のシステムなしに成立しない構造になっている。TSMCやIntelをはじめとする主要ファウンドリはいずれもASMLのEUV装置を使用しており、AIプロセッサや次世代スマートフォン向けSoC(システム・オン・チップ)の製造はこの供給体制を前提としている。
ASMLが独占する地位は、技術競争を超えて地政学的な摩擦をも生んでいる。オランダ政府はアメリカの要請を受け、ASMLのEUV装置の中国への輸出規制を段階的に強化してきた。最先端チップ製造の前提となるリソグラフィ技術の供給が、米中の技術競争における交渉カードとして機能しているという現実が、代替技術への投資を加速させている。
代替を探す動きはLace以外にも広がっている。米国ではxLightとInversion Semiconductorが粒子加速器ベースの光源開発を進めており、日本の研究グループは従来EUVより10〜100倍効率的な自由電子レーザーを研究している。Laceはこの競争に参入しているが、アプローチは根本的に異なり、光源の改良ではなく光そのものを使わない技術として、他の候補とは異なる技術軸を持っている。
大学の研究室からBEUVへ:10年越しの欧州研究が産業技術になるまで
Laceの起源は学術研究にある。CEO Bodil Holstはデンマーク出身のノルウェー物理学者で、2007年にベルゲン大学に着任後、ナノスケールイメージング・分子ビームリソグラフィ・2D材料を専門としてきた。CTO Adrià Salvador Palauは彼女の元博士課程学生で、現在バルセロナを拠点に活動している。2023年7月の会社設立後も、Bodil HolstはCEOを務めながらベルゲン大学の客員教授職を維持しており、シリコンバレー型ではなく欧州の研究機関から育った会社の性格を体現している。
技術の源流はEUが支援したFabouLACEプロジェクトにある。2nmプロセスを対象としたマスクレスパターニング手法を開発するEU助成事業で、関連プログラムNanoLACEは2019年から2024年にかけて336万ユーロの資金を受けた。欧州委員会はLaceに2031年までの商業化を認可しており、imecが性能の監視と検証を担う。EUは研究助成から商業認可まで一貫してLaceを支援しており、同社はEUの半導体技術主権戦略の実行主体でもある。
今回の投資家構成には、商業的リターンを超えた政策的な意図が読み取れる。Atomicoというヨーロッパ発のVC主導に加え、ノルウェー国家気候投資会社のNysnøとスペイン技術変革協会が参加した構成は、欧州全体の半導体技術自立化という政策目標と商業投資の利害が重なる構造を持っている。前シリーズA以前の投資家には欧州イノベーション評議会とノルウェー国家イノベーション機関Innovasjon Norgeが含まれており、欧州の公的資金が学術研究段階から商業化段階まで継続的にLaceを支援してきた。
原子解像度が現実になるとき、半導体製造の地政学も変わる
現行の半導体ロードマップは、物理的限界が見えてきた状況でも数年先の見通しを持っている。TSMCやIntelが2030年前後の製造プロセスを計画しているという現実は、現行EUVとその延長技術が当面の主軸にあり続けることを意味する。Laceの2029年テスト・2031年商用展開というスケジュールは、業界が次の選択を迫られるタイミングと重なっている。
BEUVが製造環境での動作を実証できれば、AIチップの設計前提そのものが書き直される。現在の性能向上が依拠する「同一面積に集積できるトランジスタ数を増やす」という前提が、光の波長ではなく原子の物理で決まるようになるからだ。ASMLへの構造的依存が解消されれば、製造拠点の地政学的な分散も現実的な選択肢に入る。John Petersenが評価した「1桁分の縮小」が製造現場で証明されるかどうか——その判定は2029年のテストから始まる。
原子ビームリソグラフィが商業製造に到達するためには、工学的な課題が残っている。集束ビームでパターンを描く方式は原理的に低速であり、商業ファウンドリが前提とする大量生産レートには現時点で届かない。複数ビームの並列化や処理速度の改善がなければ量産への道は開けない——その現実もまた、2029年のテストツールが答えるべき問いの1つだ。
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