Linux Foundationは2026年7月14日、x402 Foundationの運営開始と、Coinbaseからのx402プロトコル移管完了を発表した。AIエージェントやAPIが人の画面操作を介さず、HTTPの要求と応答の中で支払えるようにする試みである。4月の設立表明から3カ月余りで、カードネットワークや決済代行を中心に40組織が集まった。参加はクラウドやコマース、ステーブルコイン発行者から複数のブロックチェーン陣営まで広がる。焦点は、会員数の大きさよりも、Coinbase発の暗号資産決済を異なる決済陣営が実装できる共通仕様へ変えられるかにある。
4月の設立表明から、40組織での運営開始へ
x402 Foundationの発表は今回が初めてではない。Linux Foundationは4月2日、Coinbaseが開発したx402の受け皿を設ける方針を公表し、CloudflareとStripeを含む業界参加者を募っていた。7月14日に変わったのは、財団が正式なガバナンスの下で動き始め、Coinbaseによるプロトコルの拠出が完了した点だ。構想から運営へ移った。
参加企業を見ると、x402を暗号資産業界の内側に閉じないという意思が伝わる。Premier MemberにはAdyenやAmerican Express、Fiservが入り、MastercardやStripe、Visaも名を連ねた。AWSとGoogleに加え、CloudflareやShopifyも参加する。CircleとCoinbase、Rippleのほか、Solana FoundationとStellar Development Foundationも加わり、40組織の内訳はPremier 17、General 18、Associate 5である。互いに競合するカードと決済代行、ステーブルコインとブロックチェーンの各陣営が同じ場に座ったことが、移管の価値を生む。
ただし、今回はx402という仕様が突然生まれた出来事ではない。Coinbaseは2025年5月6日に初版を公開し、同年12月にはV2を投入した。x402の公式V2発表は、公開後の約6カ月で1億件を超える支払いを処理したと説明している。7月の発表は、実験段階を抜けたと断定する材料ではなく、普及をCoinbase一社の製品戦略から切り離すための組織変更と見るべきだ。
402を支払いの往復へ変える
x402の名前は、HTTPのステータスコード「402 Payment Required」に由来する。現行のHTTP Semanticsを定めるRFC 9110は、402を「将来の利用のために予約」と記すだけで、支払方法やメッセージ形式を定めていない。x402はこの空欄に、支払条件、購入者の署名、決済結果を運ぶ規約を置く。既存のHTTPサーバーとクライアントへ組み込みやすいのが狙いだ。
典型的な処理は二往復になる。クライアントが有料APIを呼ぶと、サーバーは402とPAYMENT-REQUIREDヘッダーを返し、金額と受取先を伝える。利用できるネットワークと決済方式も同じヘッダーに入る。クライアントは条件を選び、署名した支払データをPAYMENT-SIGNATUREに入れて同じ要求を送り直す。検証と決済に成功すれば、サーバーは200 OK、要求されたデータ、PAYMENT-RESPONSEを返す。
ブロックチェーン接続をすべてのAPI事業者に背負わせないため、x402は「facilitator」という役割も定義した。facilitatorは購入者が署名したデータを検証し、販売者に代わってオンチェーン決済を実行する。購入者の署名内容を書き換えれば検証に失敗するため、facilitatorが自由に資金を動かす設計ではない。販売者はfacilitatorを使わず、自ら検証と決済を実装することもできる。
支払方式は固定額のexactに加え、実使用額を上限内で確定するupto、複数回分を後からまとめるbatch-settlementへ広がった。たとえば推論APIは、要求時点で最終的なトークン数が分からない。uptoなら最大額を先に承認し、処理後に実額を受け取れる。HTTPへ支払いを埋め込むだけでは足りず、APIの従量課金に合う決済単位まで仕様化し始めた点が重要である。
40組織が参加しても、技術判断は3社TSCから始まる
「40組織によるオープンガバナンス」は、40組織が同じ権限で仕様を決めるという意味ではない。x402 Foundationには、資金と事業運営を担うDirected Fundと、コードや仕様を管理するTechnical Projectがある。資金憲章は、Directed FundのGoverning BoardにTechnical Projectの方向を決める権限がないと明記する。予算を握る組織と技術判断を切り分けた設計だ。
資金側では、年20万ドルを拠出するPremier Memberが各1人をGoverning Boardへ送る。Premier枠は原則20で、現在は17組織が入る。General Memberの年会費は従業員数に応じて25,000〜75,000ドルだが、18組織全体で理事は1人である。Associate Memberは非営利団体などに限られ、会費はかからない。
技術側の意思決定はTechnical Steering Committee(TSC)が担う。2026年7月15日時点で公開リポジトリが掲げるTSCは、CoinbaseのErik Reppel、CloudflareのRohin Lohe、StripeのSteve Kaliskiの3人である。追加代表は既存TSCの過半数で迎えられ、コア原則の変更には75%以上の賛成が要る。40組織を集めた資金・普及組織に比べると、技術監督は創設3社から拡張を始める段階にある。
一方、技術憲章は、条件を守る個人や組織ならContributorやMaintainerとして参加できると定め、TSC会議も原則公開とした。コードはApache License 2.0、文書はCC BY 4.0で提供される。会費を払わなければコードを提案できない仕組みではない。今後、TSCの顔触れと主要実装の保守担当が決済陣営をまたいで増えるかどうかが、中立性を測る具体的な指標になる。
単発決済の先にあるバッチと委任
x402 V2は、初版の「1回呼び出して1回払う」モデルを組み替えた。支払情報をHTTPヘッダーへ移し、ブロックチェーンをCAIP形式で識別し、決済ネットワークやfacilitatorをプラグインとして追加できるようにした。現在の公式文書はEVMやSolanaを含む7系統向けの実装を列挙する。ただし、実運用には対象ネットワークを扱うfacilitatorを選ぶか、自前で運用する必要がある。
2026年5月に導入されたbatch-settlementは、機械決済の費用構造へ踏み込む。購入者はEVM上のescrowへ資金を置き、APIを呼ぶたびに累積額を記した暗号学的voucherへ署名する。販売者は各要求で署名を検証し、複数回分をまとめてオンチェーンで回収する。1要求ごとにガス代と確定待ちを負担せずに済む代わりに、各要求時のオンチェーン確定を後段へ送るため、escrow、voucherの期限、重複処理を正しく実装しなければならない。
もう一つ欠かせないのが、エージェントへ誰が支出を許したのかという証明である。GoogleのAgent Payments Protocol(AP2)は、許可する販売者や上限額をIntentMandateへ記録し、具体的な購入内容と金額をPaymentMandateへ結び付ける。Googleが公開したA2A x402 extensionは、この委任・監査の層からx402の暗号資産決済を呼び出す。x402は価値を運び、AP2は人の意思と支出条件を運ぶ。両者が接続されている事実は、エージェント決済に一つの万能プロトコルがあるのではなく、責任の異なる仕様を重ねる方向へ業界が進んでいることを示す。
「標準」を名乗るなら、次は実装の分散
Linux Foundationの発表は、x402がカードからステーブルコインまで複数の支払手段を支えると説明する。だが、現行のx402 FAQは、法定通貨への入出金やカード入金をコア機能として扱っていない。カード、ACH、SEPAなどは、facilitatorや外部gatewayが同じメッセージ形式へ接続する構想である。American Express、Mastercard、Visaに加え、Adyen、Fiserv、Stripeが参加した意味は大きい。各社の実装と相互接続が公表されるまでは、参加表明と稼働する決済網を分けて見る必要がある。
消費者保護も署名だけでは終わらない。exactは実行後に取り消せないpush paymentであり、返金には販売者からの別送金か、batch-settlementの協調返金が要る。本人確認やマネーロンダリング対策、税務は国や事業者ごとの運用で補い、購入権限と紛争処理も別に設計しなければならない。x402 Foundationは技術討議とサービス探索に加え、ID管理の作業部会を設けた。税務・コンプライアンスも別の検討領域としている。
さらに、公開リポジトリのROADMAP.mdは7月15日時点で「update coming soon」の1行にとどまる。HTTP 402もRFC上は用途が予約されたままであり、Linux Foundationへの移管がIETF標準化を意味するわけではない。次の評価材料は明快だ。TSCが創設3社の外へ広がり、複数のfacilitatorとカード系実装が相互運用試験を通り、返金要件とAP2のような委任層との接続要件を含む工程表が公開されること。その条件が揃えば、x402はCoinbase発の便利なSDKから、エージェントが相手を選ばず支払える共通層へ近づく。