液体ヘリウムで絶対零度近くまで冷却された実験室のクライオスタットの奥深くで、一度流し込まれた電流は一切のエネルギーを失うことなく永久にループし続ける。1911年に水銀で初めて観測されて以来、電気抵抗が完全にゼロになる「超伝導」という物理現象は、強力な磁場で医療用MRIを稼働させ、量子コンピュータの繊細な演算基盤を裏から支えてきた。現在、地球規模の気候変動対策が急務となる中、冷却装置なしで動作する「室温超伝導体」の発見は、人類のエネルギー消費構造を根本から変革する切り札と見なされている。

しかし、物理学者たちは長年、分厚い壁の前に立ち尽くしてきた。これまでに7,000種類を超える超伝導物質が報告されているが、1980年代に熱狂を生んだ銅酸化物高温超伝導体を含め、その大半は実験室での泥臭い試行錯誤による偶然の産物に過ぎない。理論的な計算に基づいて超伝導を事前に予測し、それを実験で正確に実証できた例は、超高圧下という極端な環境でしか成立しない一部の水素化合物(硫化水素や水素化ランタンなど)を除けば、歴史上約20件に留まる。

周期表の元素を無数に組み合わせる広大な探索空間の中から、常圧で機能する有望な化合物を第一原理計算で精密に評価するには、莫大な計算資源を要求する。手当たり次第にスーパーコンピュータを回す力技のアプローチは、すでに物理的な限界を迎えていた。

「まぐれ当たり」を待つだけの時代を終わらせ、理論的な根拠に基づいて未知の超伝導体を掘り当てるには、材料科学のプロセスをどう再構築すべきか。アールト大学のPäivi Törmä教授率いる「SuperC」コンソーシアムは、この難問い対する明確な解答を提示した。彼らは機械学習による膨大な事前スクリーニングと、量子力学に基づく詳細な物理シミュレーションを統合したパイプラインを稼働させ、ルテニウム(Ru)原子が特徴的なネットワークを組む という2つの新しい超伝導体を予測し、その現実の合成と物性実証に成功した。

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アルゴリズムの眼と実験室の執念

SuperCコンソーシアムが構築した手法は、無限に近い元素の組み合わせを現実的な時間枠で処理し、最も確率の高い鉱脈だけを抽出する多段式のフィルタリングシステムだ。研究チームはまず、過去の膨大な物質データと結晶構造のパターンを学習した機械学習モデルを用い、安定して存在しうる元素の組み合わせを事前スクリーニングした。これにより、計算コストが極めて高い密度汎関数理論(DFT)に投入すべきターゲットを、1:3:2の組成比を持つ特定のカゴメ格子物質群へと劇的に絞り込んだ。

候補が絞られた後、QUANTUM ESPRESSOなどの第一原理計算パッケージと、電子・フォノン結合を評価するEPW(Electron-Phonon coupling using Wannier functions)パッケージを駆使した詳細な解析が行われる。電子同士の相互作用や、結晶格子の振動(フォノン)が微視的にどう振る舞うかが量子力学レベルでシミュレーションされた。理論モデルが「この物質群は確実に超伝導相へ転移する」という確証を出した段階で、バトンは理論家から実験物理学者へと渡された。

予測された物質を現実の結晶として生み出す作業は決して容易ではない。Rice大学のEmilia Morosan教授が率いる実験チームは、高純度なイットリウム(Y)、ルテチウム(Lu)、ルテニウム(Ru)、ホウ素(B)の各元素をアルゴン雰囲気下の水冷銅ハース上でアーク溶解し、均一性を確保するために何度も再溶解を繰り返すという緻密な化学的プロセスを指揮した。作製されたサンプルは粉末X線回折によって結晶構造の純度が確認され、極低温環境における熱力学および電気輸送特性の測定にかけられた。

その結果は、アルゴリズムの予測を力強く裏付けるものだった。ゼロ磁場下における電気抵抗は、 で0.84 K、 で1.04 Kを境に完全に消失した。さらに比熱測定と磁化率測定からは、ゼロ磁場下における臨界温度(Tc)がそれぞれ0.81 Kおよび0.95 Kであることが確認された。特筆すべきは、磁化率から算出された超伝導体積率が でほぼ100%90%に達したことだ。これは試料の表面や一部の不純物だけが局所的に超伝導を起こしているのではなく、物質全体がバルク(塊)として完全な超伝導相へ転移しているという揺るぎない事実を示している。

電子を束縛する竹籠——カゴメ格子とフラットバンドの力学

新たに発見された2つの物質が共有する最大の構造的特徴は、ルテニウム原子が形成する二次元の「カゴメ格子」にある。日本の伝統的な竹かごの編み目に由来するこの幾何学的なネットワークは、六角形と三角形が規則的に連続する構造を持つ。この特異な配列は、結晶内を移動する電子の波に強い干渉をもたらし、電子が特定の場所に閉じ込められる「フラストレーション」を生じさせる。

行き場を失った電子たちは、特定の狭いエネルギー帯に密集する。これが「フラットバンド(平坦バンド)」と呼ばれる状態だ。

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の粉末X線回折パターンと計算値のフィッティング。右上の挿入図は、ルテニウム原子(赤色)が平面的に連なって形成するカゴメ格子の結晶単位格子を示している。この幾何学的な原子配列が電子の運動を制限し、状態密度を急激に高める役割を担う。
Credit: Rose Albu Mustaf et al., Physical Review Research (2026). DOI: 10.1103/lpqj-7hyg

一般に、旧来型の超伝導は電子と格子振動(フォノン)の相互作用によって生じる。電子・フォノン結合定数 は、微視的なパラメーターを用いて次のように記述される。

この数式が概念的に何を意味しているかといえば、フェルミ準位(電子が詰まっているエネルギーの最上面)付近にどれだけ多くの電子が密集しているか(状態密度 )と、格子の揺れが電子をどれほど強く結びつけるかによって、超伝導を引き起こす引力の強さが決定されるということだ。フラットバンドの形成は、この を自然の限界を超えて跳ね上げるための有効な構造的アプローチとなる。

第一原理計算による詳細な解析は、これら2つの化合物において、ルテニウムの特定のd軌道()に由来する電子が、低周波の格子振動と強く結びついて超伝導を引き起こすメカニズムを明らかにした。しかし、同じカゴメ構造を持つ先行物質の と比較すると、構成元素(Laからより小さなYやLu)のサイズが小さくなったことで結晶格子が収縮し、電子のフラットバンドがエネルギー方向へやや分散してしまう現象が確認された。その結果、フェルミ準位における状態密度が低下し、電子・フォノン結合定数 は0.41〜0.45という比較的弱い値に留まった。これが、今回の臨界温度が1 K未満に抑えられた直接的な物理的要因である。

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フラットバンドに潜む「従来型」の振る舞いと残された謎

本研究が物理学界に提供したもう一つの重要な知見は、カゴメ格子がもたらす「量子幾何学(Quantum geometry)」効果と、従来型のバンド分散効果のせめぎ合いに関する精密な評価だ。

近年、フラットバンドを持つ物質では、電子の波動関数が持つ幾何学的な性質(ベリー曲率など)が超伝導流体の密度(Superfluid weight)に直接寄与し、堅牢な超伝導状態を生み出すことが理論的に指摘されていた。研究チームは密度汎関数理論のデータを用いて、この量子幾何学的な寄与分と、従来のバンド分散による寄与分を切り分けて計算した。

解析の結果、今回の においては、超伝導流体への寄与の大部分が従来型のバンド分散によるものであることが判明した。量子幾何学的な効果が顕著に現れるのは、超伝導ギャップの大きさがバンド幅と同等かそれ以上になる極端な条件下に限られる。今回観測された超伝導ギャップは0.1 meV程度と極めて小さく、分散したバンド幅に対して圧倒的に小規模であったため、幾何学効果は完全に覆い隠されてしまった。この事実は、今後より高温でのフラットバンド超伝導を設計する際、ギャップとバンド幅の比率をどう制御すべきかという新たな材料設計の指針を与える。

未解明の課題も観測データの中に残されている。極低温における上部臨界磁場()の温度依存性を測定したところ、標準的なギンツブルグ・ランダウ(GL)理論が予測する単純な曲線から逸脱する振る舞いを見せた。研究チームは、この特異な挙動の背後に、複数の電子軌道が関与するマルチバンド超伝導や、結晶内部の微細な歪みが影響している可能性を指摘している。ミュオンスピン回転(SR)や走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いたさらなる微視的検証が待たれる状態だ。

数十億の海図を手にする——2033年へのロードマップ

今回の発見が持つ最大のインパクトは、生成された化合物の臨界温度の高さにはない。「機械学習による予測」から「第一原理計算によるスクリーニング」、そして「実験室での合成と物性実証」へと至る一連の自律的パイプラインが、未知の超伝導探索において確実な成果を上げることを証明した点にこそ本質がある。

探索アプローチ 候補物質の選定方法 スクリーニングの規模 理論から実証へ至った事例
従来の材料探索 物理学者の直感、経験則、ランダムな合成 年間数十〜数百程度 1世紀で約20件のみ
本研究のパイプライン 機械学習アルゴリズムと第一原理計算の統合 数十億の組み合わせに拡張可能 1回のプロジェクトで2件確定

予測モデルが完全に成熟しているわけではない。第一原理計算が導き出した の臨界温度は3.37 Kだったが、実際の測定値は0.81 Kに留まった。このズレは、計算モデルが極低温における結晶格子の微細な不安定性(フォノンの軟化)を過大評価し、相互作用を強く見積もりすぎたことに起因する。こうした理論と現実の摩擦こそが、アルゴリズムを次の次元へと鍛え上げる最良のフィードバックデータとなる。

現在、生成AIの爆発的な普及に伴い、世界のデータセンターが消費する電力は天井知らずの勢いで膨れ上がっている。排熱の処理だけで莫大なエネルギーが浪費される現状において、送電・演算における抵抗を完全にゼロにする室温超伝導体の実現は、IT業界のサステナビリティを根底から救い出す唯一の手段と言っても過言ではない。Törmä教授が述べるように、計算能力の向上と機械学習の高度化が組み合わさることで、処理可能な物質数は遠からず数十億の規模へと跳ね上がる。

SuperCコンソーシアムは、2033年までに室温超伝導体を発見するという野心的なタイムラインを設定している。100年にわたり「暗闇の中での手探り」を強いられてきた物理学者たちは今、アルゴリズムという広大な物質宇宙の海図を手にした。エネルギー損失のない演算基盤や、巨大な冷却設備を必要としない量子コンピュータの実現は、もはや幸運な偶然の産物ではなく、緻密な計算と実験の反復によって必然的に導き出されるマイルストーンへと変わろうとしている。