2026年2月20日、米連邦最高裁判所は6対3の多数決で、Donald Trump大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき課してきた一連の関税について、「IEEPAは大統領に関税を課す権限を与えていない」と明確に判示した。John Roberts首席判事が多数意見を執筆し、Trump氏自身が指名したAmy Coney BarrettとNeil Gorsuchの両判事もこれに同調した。反対意見を述べたのはClarence Thomas、Samuel Alito、Brett Kavanaughの3名である。
この判決は、Trump政権の経済政策の根幹を揺るがすものであると同時に、約1年にわたり世界の貿易秩序を混乱させてきたIEEPA関税の法的根拠を完全に否定した。最高裁が大統領の関税権限をここまで正面から否定したのは異例であり、合衆国憲法が課税権を議会に付与している原則への回帰を意味する。
IEEPAという「抜け穴」の終焉
IEEPAは1977年に制定された法律であり、本来は国家緊急事態において外国財産取引の「規制」を大統領に認めるものだ。同法には「関税(tariff)」という文言は一切含まれていない。にもかかわらず、Trump政権は「輸入を規制する」という文言を拡大解釈し、2025年2月以降、世界のほぼすべての国を対象とする大規模な関税を正当化してきた。
Roberts首席判事は判決文の中で、合衆国憲法の一節を引用し、「課税権は議会に属する」という原則を確認した。「政府自身が認めているように、大統領は平時において関税を課す固有の権限を有していない」とRoberts首席判事は記している。さらに「合衆国は世界中のすべての国と戦争しているわけではない」と付言し、戦時の緊急権限という論拠も退けた。
IEEPAに基づく関税は、Trump政権の関税収入の過半を占めていた。税関・国境警備局(CBP)のデータによれば、2025年12月10日時点でIEEPA関税による徴収額は約1,290億ドルに達していた。Penn Wharton Budget Model(PWBM)の推計では、判決時点までの総額は1,750億ドルを超える。
1,750億ドルの返金はどうなるのか
判決は関税の違法性を明確に認定したが、すでに徴収された関税の返金処理については一切言及しなかった。この「沈黙」が、今後数年にわたる法廷闘争の種となる。
PWBMの上級エコノミストLysle Boller氏は、約11,000の製品輸入カテゴリと233カ国にわたる関税コードを照合した独自のモデルに基づき、IEEPA関税による日額約5億ドルの徴収が行われていたと試算している。PWBM所長のKent Smetters氏は「最高裁は1,750億ドルの返金について明示的に言及しなかった。しかし、返金を求める道は明確に開かれた」とReutersに語った。
すでに1,000件を超える訴訟が国際通商裁判所(Court of International Trade)に提出されており、Costco、Alcoa、Bumble Beeといった大手企業も名を連ねている。返金の前例がないわけではない。1986年に制定された港湾維持税が1998年に一部違憲と判断された際には、同裁判所が10万人以上の請求者を対象とする返金手続きを監督しており、当時の担当判事Jane Restaniは現在も同裁判所に在籍している。
問題は中小企業への影響である。各輸入業者は個別に訴訟を提起する必要がある可能性があり、弁護士費用と裁判所手数料が数千ドルに上ることから、資金力に限りのある中小企業の中には請求を断念するケースも予想される。一部企業はすでに、将来の返金請求権をWall Streetの投資家に売却する動きを見せている。
Trump大統領自身は記者会見で返金について「議論していない。今後5年間は法廷で争うことになるだろう」と述べた。一方、Scott Bessent財務長官は1月の段階で「財務省は関税返金を容易にまかなえる」と発言しており、3月末時点で8,500億ドル、6月末時点で9,000億ドルの現金残高を維持する借入計画を策定済みである。
Trump大統領の「次の手」Section 122と代替的関税手段
判決から数時間後、Trump大統領はホワイトハウスで記者会見を開き、1974年通商法Section 122に基づく新たな10%グローバル関税を即座に発動すると宣言した。Section 122は「国際収支の根本的問題」に対処するため、最大15%の関税を150日間まで認める条項であり、歴代大統領で同条項を発動した前例はない。150日を超える延長には議会の承認が必要となる。
Bessent財務長官は「最高裁は大統領のレバレッジを奪ったが、別の意味では、残されたレバレッジをより過酷なものにした。全面禁輸の権限は認められている」とFox Newsに語った。政権はSection 232(国家安全保障)やSection 301(不公正貿易慣行)といった別の法的根拠の活用も視野に入れている。鉄鋼、アルミニウム、自動車に対するこれらの関税は今回の判決の影響を受けない。
ただし、これらの代替手段にはIEEPAにはなかった制約がある。政府機関による詳細な調査報告書の作成が必要であり、対象範囲や期間にも上限が設けられている。Trumpが自在に関税率を変更し、即時発動できたIEEPAとは根本的に異なるプロセスとなる。
市場の反応と「不確実性」の再来
ウォール街は判決をおおむね織り込み済みだったが、株式市場はそれでも反応を見せた。S&P 500は0.69%上昇して6,909.51で引け、Nasdaqは0.9%高の22,886.07、ダウ工業株30種平均は230.81ポイント(0.47%)上昇して49,625.97で取引を終えた。Nasdaqは5週連続の下落を止めた。
Amazon株は2%超の上昇を記録した。Wedbush Securitiesの推計では同社の商品の最大70%が中国からの輸入であり、関税撤廃の恩恵が最も大きい企業の一つである。Home Depot、Five Below、Crocs、Wayfairなど輸入依存度の高い小売株も軒並み上昇した。
JPMorganのトレーディングデスクは判決前に4つのシナリオを提示していた。最も確率の高い「関税無効化+即座の代替措置」(64%)のシナリオではS&P 500が0.1〜0.2%の上昇と予測していたが、実際の市場はそれを上回る反応を見せた。Navy Federal Credit UnionのチーフエコノミストHeather Long氏は「この判決は経済への贈り物だ」と評価し、特にサプライチェーン管理者や関税免除のロビー活動を行う余力のない中小企業にとっての恩恵を強調した。
一方、同日発表された2025年第4四半期GDPは1.4%成長にとどまり、市場予想の2.5%を大幅に下回った。記録的な政府閉鎖が約1ポイントの成長を削ったと商務省は推計している。12月の個人消費支出(PCE)物価指数のコア指標は前年同期比3.0%であり、FRBの目標2%を依然として大きく上回っている。
国際社会の慎重な歓迎
米国の貿易相手国は判決を概ね歓迎しつつも、慎重な姿勢を崩していない。カナダのDominic LeBlanc対米通商大臣は「IEEPA関税が正当化されないというカナダの立場が補強された」とX上で述べたが、具体的な次のステップには言及しなかった。
英国政府報道官は、自国と米国が2025年5月に締結した貿易協定における鉄鋼、自動車、医薬品の優遇関税率には影響がないとの認識を示した。ただし英国経済人連盟(BCC)のWilliam Bain氏は「この判決は濁った水をほとんど澄まさない」と警告し、大統領には「他の選択肢がある」と指摘した。
欧州では、EU-米国貿易協定の批准プロセスが新たな局面を迎える可能性がある。欧州議会貿易委員会のBernd Lange委員長は「無制限の恣意的な関税の時代は終わりに近づいているかもしれない」と述べたが、協定の再交渉を求める声も上がっている。ブリュッセルのシンクタンクBruegelのNiclas Poitiers氏は「欧州が譲歩しすぎたとの見方があり、協定が瓦解する可能性もある」と指摘した。
スイスの技術産業団体Swissmenは判決を歓迎しつつ「今日の判決ではまだ何も勝ち取っていない」と述べ、迅速な二国間貿易協定の締結を求めた。国際商業会議所(ICC)は「企業は単純な手続きを期待すべきではない。請求は行政的に複雑になる可能性が高い」と警告している。
権力分立の再確認、そして不透明な先行き
Global Trade Alertの推計によれば、今回の判決だけで米国の貿易加重平均関税率は15.4%から8.3%へとほぼ半減する。中国、ブラジル、インドにとっては二桁ポイントの引き下げとなるが、依然として高水準であることに変わりはない。
ING銀行のエコノミストは「足場は崩れたが、建物はまだ建設中だ。判決がどう読まれようと、関税は残り続ける」と総括した。欧州政策センターのVarg Folkmanも「結局のところ、見た目はかなり同じものになるだろう」と予測した。
火曜日に予定されるTrumpの一般教書演説では、関税政策の新たな方向性が示される可能性がある。最高裁判事たちが議場の最前列に座るという慣例を考えれば、その場面はこれまでにない緊張感を帯びることになる。合衆国の貿易政策は、IEEPAという大統領の「切り札」を失った後、より複雑で時間のかかるプロセスへと移行する。企業、投資家、そして同盟国はいずれも、次の手が明らかになるまで様子見を続けるだろう。
Sources
- Reuters: Double exposure photograph of the US Supreme Court building facade merged with colorful shipping containers at a busy port, dramatic lighting, photorealistic, editorial style, 16:9 aspect ratio
- CNBC: U.S. trading partners cheer Supreme Court tariff ruling — but businesses must still navigate ‘murky waters’


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