Siemensと独Reinhausenが共同開発するのは、最大36kVの中電圧ACを安定した800V DCへ直接変換するモジュール型のソリッドステートトランスフォーマー(SST)だ。両社は8月14日、共同開発と工業化の方針を発表した。AIデータセンターがラック当たり1MW超を見据えるなか、配電電圧を上げる議論を、ラック内から受電・変電側まで広げる動きだ。
ただし、今回明らかになったのは開発計画である。完成品の販売や量産をいつ始めるのかは示されず、顧客による採用も実証運転も発表されていない。Siemensはモジュール性とミリ秒単位の負荷追従を挙げ、インターフェースや保護技術にも触れた。一方、定格出力と効率は不明で、寸法、採用する半導体、実装先も示していない。
800V DCはGPUやCPUへ800Vをそのまま供給する仕組みではない。変換をどこで行い、どの電圧で大電力を運ぶかを組み替える構想である。SSTの実力を判断するには、高電圧化による電流低減と、直流保護・大規模信頼性という別の難題を分けて見る必要がある。
36kVから800V DCへ、変換段をどこまで減らすか
Siemensの説明では、新しいSSTは最大36kVの系統電圧へ接続し、安定した800V DCを出力する。系統との接続条件に合わせ、より低い電圧にもモジュールを適用できるという。SSTは中電圧ACを低電圧DCへ変換する装置で、ガルバニック絶縁を備える。従来の多段AC/DC構成で挟まる変換を減らすことが狙いだ。
両社の組み合わせには理由がある。Reinhausenは変圧器の電圧調整と電力品質に加え、中電圧パワーエレクトロニクスや関連部品の知見を持つ。Siemensは系統統合から電力変換、保護・制御までを手掛ける。発表は個別モジュールの担当を示していないが、SSTを変換器だけで終わらせず、系統へ接続できる設備として工業化するための組み合わせである。
NVIDIAが示す800V DCアーキテクチャも、現在の複数のAC-AC変換とラック側のDC変換を、単一のAC-800V DC変換と施設内の800V DC配電へ移す将来像を描く。ここで省けるのは主に施設側の中間段である。ラックやボードの負荷直前では、GPUやCPUが必要とする電圧へ落とすDC/DC変換が残る。
つまり、SSTはサーバー電源を置き換える発表ではない。中電圧で受けた電力を800V DCの幹線へ渡す位置を担う。既存または建設中のAC施設について、NVIDIAはMGX互換の800V DCパワーラックを移行手段として置いており、全施設を直ちにSSTへ置き換える計画でもない。
Siemensが「停止回避」やコスト削減、高効率に触れるのも、この変換位置の見直しを前提にした製品側の主張である。発表には実証条件や測定値がないため、どの施設構成でどれほどの効果が出るかはまだ確定していない。
1MWなら1,250A、高電圧化が必要な理由
電圧を800Vへ上げる理由は、同じ電力なら電流を下げられるからだ。OCPが既存のボトルネックとして挙げる50Vを基準に、理想的な直流回路としてP=VIで計算すると、1MWを運ぶには20,000Aが必要になる。800Vなら1,250Aで済む。電圧は16倍となり、同一電力で流れる電流は6.25%になる。
この計算は、損失と変換効率を無視した説明用の比較である。配線や母線をどこまで細くできるかは、経路長と導体断面で変わる。熱の減り方にも温度条件が効き、冗長構成や変換効率にも左右される。それでも、大電流が配電設計を圧迫するという出発点は変わらない。コネクターや遮断器が扱う負担も、熱設計も、電流と切り離せないためだ。
Open Compute Project(OCP)の2026年3月30日版白書は、50V DCの垂直バスが数百kWを超えるラックでボトルネックになり、800V DCの垂直バスが1MW超へ進む次の段階になると整理する。800V DCへの移行はNVIDIAだけの独自規格ではなく、OCPではMicrosoft、Meta、Googleを含む業界で標準化が進むテーマである。
ただし、Siemensの「最大36kV」は入力電圧の上限であって、電力容量や支えられるラック数を示す数字ではない。MW級かどうかを判断するには、出力容量と過負荷時の挙動を別に確認しなければならない。
ミリ秒応答と残る系統安定化の課題
AIデータセンターでは、負荷が30%から100%へミリ秒単位で変動しうるとOCPは説明する。SiemensもSSTが負荷変化へミリ秒単位で応答するとしている。急変する演算負荷に変換器が追従できることは、800V DC配電の必要条件の一つになる。
とはいえ、変換器は系統の安定化を単独では保証しない。OCPの想定では、即時の変動をキャパシタ・バックアップ・ユニット(CBU)が受け、バッテリー・バックアップ・ユニット(BBU)や上流のエネルギー貯蔵装置(ESS)がより長い変動を補う。さらにGPUやソフトウェア側の制御も時間軸に応じて協調する。負荷の変化を吸収する役割は、一台の変換器へ集約されない。
直流回路にはもう一つ難しい点がある。AIデータセンターのDC回路は低インダクタンスであり、DCバスコンデンサーが故障点へ放電する。保護はマイクロ秒からミリ秒で動かなければならない。SSTの応答時間と保護動作を同じ性能指標として扱えない理由はここにある。
OCPは、SSTの故障電流の振る舞いが標準化されておらず、トポロジーと制御に依存すると指摘する。Siemensが掲げるミリ秒応答だけでは、短絡時の遮断能力や保護協調までは読めない。
800V DCの難所は遮断と方式選定
800V DC配電では、電圧を上げるほど方式の選択と故障時の制御が重くなる。OCP白書は800V級の候補として、350/700Vの双極TN-S/IT、700V単極TN-S/ITなど複数の極性・接地方式を挙げる。Siemensの発表は極性、接地方式、許容電圧範囲を明らかにしていない。
これらは配線の表記の違いではない。接地の取り方は、絶縁監視、地絡時の挙動、保守と保護設計に関わる。どの方式を選んでも、DCバスのコンデンサーが持つエネルギーを短時間で扱う設計が要る。SSTがガルバニック絶縁を持つことと、設備全体の保護方式が決まることは別である。
Siemensは4月15日、SENTRON 3QD2半導体遮断器を発表し、マイクロ秒級、従来方式の最大1,000倍速い短絡遮断をうたった。新しいSSTの発表も保護技術を構成要素に挙げるため、同社がDC保護を製品群として強めていることは分かる。ただし、SSTに3QD2を組み込むとは記載されていない。
OCPはSSTの利点として、ガルバニック絶縁と中電圧AC入力を挙げる。小型・軽量化が可能で、一部のトポロジーは故障電流も制御できる。一方で、技術がまだ新しく、スイッチ素子数の多さを含む大規模信頼性と、大規模での効率は十分に実証されていない。800Vへの高電圧化は電流を下げるが、保護の設計を容易にするものではない。
工業化で埋めるべき未公表仕様
SSTの性能を比べる材料は、すでに別の開発発表にもある。InfineonとSolarEdgeは2025年11月、13.8〜34.5kVから800〜1500V DCへ変換する、2〜5MWのモジュール型SSTビルディングブロックを共同で設計・検証し、99%超の効率を目標にすると発表した。これは目標仕様であり、量産実績ではない。
SiemensとReinhausenの発表には、これに対応する定格出力も目標効率もない。その差から競合品より性能が低いとは言えないが、今回の共同開発を評価するための物差しは明確になる。まず容量と効率が要る。続いて体積・重量と冗長単位、採用する半導体とトポロジーが出なければ、36kV入力と800V出力が現場のどの規模を対象にするのかは判定できない。
工業化では、故障電流をどう制御するか、どの極性・接地方式へ対応するかも製品仕様になる。CBUやBBUを含む設備と、どこまで保護協調できるかも欠かせない。価格と納期は未公表で、実証場所や顧客採用も明らかになっていない。共同開発から実用に進むかどうかは、電圧の数字より先に、これらの設計条件が開示されるかで決まる。
SiemensとReinhausenが次に示すべきなのは、800V DCへ変換できるという概念図ではなく、MW級ラックの負荷変動と故障時にどの性能をどの構成で保証するのかという仕様である。



