メリーランド大学の研究室から生まれた革新的な素材「スーパーウッド」が、建設業界を大きく変えるかもしれない。鋼鉄をも凌駕する強度と、木材本来の美しさ、そして環境への配慮を兼ね備えたこの新素材は、文字通り「スーパー」な木材として、私たちの未来の建築物のあり方を根底から変える可能性を秘めているのだ。この技術を商業化すべく設立されたスタートアップ企業InventWood社は、シリーズAの資金調達で1500万ドルを確保し、2025年第3四半期からの商業出荷開始に向けて、メリーランド州フレデリックの新工場建設を加速させているという。一体「スーパーウッド」とは何なのか?
普通の木材が鋼鉄を超える?「スーパーウッド」誕生の秘密

「スーパーウッド」の物語は、2018年にメリーランド大学の材料科学者であるLiangbing Hu博士が発表した画期的な研究に端を発する。Hu博士は、ごく普通の木材が持つ潜在能力に着目し、その分子構造を巧みに改変することで、従来では考えられなかったほどの強度を引き出すことに成功した。
TechCrunchの取材に対し、InventWood社のCEO、Alex Lau氏は、そのプロセスは木材の主成分であるセルロースとリグニンに働きかけることから始まると語っている。「セルロースナノクリスタルは、実は炭素繊維よりも強いのです」とLau氏は述べる。InventWood社は、「食品業界で使われるような」化学薬品を用いて木材の分子構造を調整し、その後、圧力をかけて圧縮することでセルロース分子間の水素結合を劇的に増加させる。Lau氏は、「材料を4倍に高密度化すると、繊維が4倍になるので強度は4倍になると考えるかもしれませんが、実際には新たに生まれる結合のおかげで10倍近く強くなるのです」と説明する。
その結果生まれた素材は、驚くべき特性を備えている。同社によれば、鋼鉄と比較して引張強度が50%も向上し、強度対重量比ではなんと鋼鉄の約10倍にも達するという。これは、より少ない材料で、より軽く、より強い構造物を作ることが可能になることを意味する。
さらに、スーパーウッドは単に強いだけではない。クラスAの耐火等級(非常に燃えにくい)を持ち、水や湿気、腐朽、害虫に対する高い耐性も備える。ポリマーを含浸させることで、サイディングやデッキ、屋根材といった屋外での使用にも対応可能だという。しかも、圧縮プロセスによって木材の色味が濃縮され、「まるで高級な熱帯広葉樹のような、豊かで美しい外観」になるというのだから驚きだ。

資金調達と商業化への道筋:2025年第3四半期、ついに市場へ
この夢のような素材を実験室から現実の世界へ送り出すべく、Hu博士は技術をInventWood社にライセンス供与した。そして今、その商業化が本格的に動き出している。
InventWood社は最近、シリーズAの資金調達ラウンドの初回クロージングで1500万ドルを確保したことを発表した。これは、同社がこれまでに調達した総額5000万ドル以上の一部であり、メリーランド州フレデリックに建設中の最初の商業生産施設の立ち上げと、その後の迅速な規模拡大を後押しするものだ。
注目の最初の商業出荷は、2025年の第3四半期に開始される予定である。Lau CEOはTechCrunchに対し、「この最初の商業プラント(比較的小規模なプラント)から出てくる製品は、まず建物の外装材のような用途に焦点を当てている」と述べている。しかし、同社の野心はそこに留まらない。「最終的には、建物の骨格部分に進出したいと考えています。建物の炭素インパクトの90%は、建設に使われるコンクリートと鋼鉄によるものだからです」と、その先の大きな目標を見据えている。
InventWood社はまた、高性能建築材料の大手販売代理店であるIntectural社との戦略的パートナーシップを締結し、北米市場への迅速な普及を目指している。
なぜ今「スーパーウッド」なのか?建設業界と地球環境へのインパクト
スーパーウッドの登場は、建設業界が長年抱えてきた課題、特に環境負荷の低減に対する強力な解決策となり得る可能性を秘めた物だ。
前述の通り、従来の建設におけるコンクリートと鉄骨の使用は、膨大な二酸化炭素排出の原因となっている。スーパーウッドは、木材という再生可能な資源をベースとし、さらにその製造プロセスにおいても環境負荷を低減する可能性を秘めている。InventWood社は、責任を持って管理されたアメリカの森林から木材を調達し、すべての加工を米国内で行うことで、国内サプライチェーンを重視し、輸送に伴うリスクや環境負荷の削減、そして国内雇用の創出にも貢献するという。
この取り組みは、気候変動対策が世界的な急務となる中で、極めて重要な意味を持つ。環境活動家であり投資家でもあるPaul Hawken氏は、「InventWoodは、自然界の天才を高める驚くべきブレークスルーを達成した。木材を置き換えるのではなく、変換することで、スーパーウッドは世界中の建築環境の未来となる驚くべき素材を生み出した」と絶賛している。
また、強度と耐久性に優れながらも、木材本来の温かみや質感、美しさを損なわないスーパーウッドは、建築家やデザイナーに新たなインスピレーションを与えるだろう。Lau CEOは、仕上げ塗装が不要な、美しい木目を持つ構造用I形鋼梁などを想像しており、「まるでウォールナットやイペのような、自然な色合いの梁が実現できる」とTechCrunchに語っている。
未来への展望と課題:夢の素材は普及するのか? (TechCrunch報道を踏まえて)
スーパーウッドが秘める可能性は計り知れない。建物の軽量化による耐震性の向上、施工期間の短縮、そして何よりも持続可能な建築の実現だ。まさに「夢の素材」と言えるかもしれない。
しかし、その道のりは平坦ではないだろう。既存の建材である鉄骨やコンクリートは、長年にわたり巨大な産業構造を築き上げてきた。スーパーウッドがこれらの市場に本格的に切り込んでいくためには、生産コストの低減、大規模生産体制の確立、そして建築基準や設計手法への適合など、乗り越えるべき課題も少なくない。
とはいえ、米国エネルギー省や国防総省、そして多くの気候変動対策に特化した投資ファンドからの支援は、この技術に対する期待の大きさを物語っている。
スーパーウッドのような革新的な材料科学の進歩は、私たちが直面する地球規模の課題に対する具体的な解決策を提示するものと期待される。それは単に「木を強くする」という技術的成果に留まらず、自然素材の可能性を最大限に引き出し、人間と環境が調和した未来を築くための、重要な一歩となるのではないだろうか。
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