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Lam Research、新世代エッチング技術「Akara」発表: 20年の研究がついに花開く時

Y Kobayashi

2025年5月19日12:22PM

半導体製造装置大手のLam Researchが、業界最先端を謳う導体エッチング技術「Akara®」を発表した。この技術はAI(人工知能)の爆発的な進化を支える次世代半導体チップの製造において、まさに生命線とも言える原子レベルでの超精密加工を実現するこの技術は、10年という歳月をかけた産学連携の末に結実したものだ。

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微細化の限界に挑む半導体業界、Lam Researchが投じた次の一手

私たちが日々手にするスマートフォンやPC、そして社会インフラを支えるデータセンター。これらの心臓部である半導体チップは、より高性能に、より小さく、そしてより省電力になることを求められ続けてきた。いわゆる「ムーアの法則」に沿った進化は、近年その物理的な限界が囁かれるようになり、トランジスタ構造の3D化(例:FinFETからGAA: Gate-All-Aroundへ)や、メモリの大容量化・高速化(例:3D NANDの高積層化、DRAMの微細化)といった新たな技術革新が不可欠となっている。

このような背景の中、半導体製造プロセスにおける「エッチング」は、回路パターンをウェハー上に精密に形成するための極めて重要な工程だ。Lam Researchは、このエッチング分野、特に導体エッチングにおいて20年以上にわたり業界をリードしており、同社の「Kiyo®」シリーズは2004年の発表以来、累計3万チャンバー以上が出荷されるなど、確固たる地位を築いてきた。

今回発表された「Akara」は、このKiyoで培われた実績と知見を基盤としつつ、次世代半導体が直面するスケーリングの課題、特に原子レベルでの精密な加工や、高アスペクト比(深さと幅の比率が大きい)構造の形成といった難題を克服するために開発された、まさに「切り札」と言える技術である。

Lam Researchのグローバル製品グループ担当シニアバイスプレジデントであるSesha Varadarajan氏は、「Akaraは、Lam独自のDirectDrive®技術を活用し、100倍高速なプラズマ応答で原子スケールのフィーチャーを制御して形成することを可能にする。これは、3Dチップ時代に向けた小型で複雑な構造を形成するための導体エッチング能力における世代的な飛躍である」と述べており、その革新性に自信を覗かせている。

革新的技術「Akara」の心臓部:常識を覆す「DirectDrive®」テクノロジー

では、Akaraの何がそれほど画期的なのであろうか。その核心は、Lam Researchが「業界初」と謳う複数の独自技術にある。中でも最も注目すべきは「DirectDrive®」と呼ばれるソリッドステートプラズマソースだ。

プラズマエッチングとは、真空チャンバー内でガスをプラズマ(電離したガス)状態にし、そのプラズマ中のイオンやラジカルを利用してウェハー上の薄膜を選択的に除去する技術である。このプラズマの制御性が、エッチングの精度や均一性を大きく左右する。

「DirectDrive」技術は、従来のプラズマソースと比較して、プラズマの応答速度を実に100倍も高速化することに成功したとされる。これは、RF(高周波)エネルギーをプラズマに供給する仕組みを根本から見直した成果である。この技術の鍵はRFエネルギーを毎秒数千回という驚異的な速さでパルス化(オン・オフを繰り返す)することにあり、これによりプラズマの状態を極めて精密に、かつ迅速にコントロールできるようになった。そのスイッチング時間は、わずか50マイクロ秒(1マイクロ秒は100万分の1秒)にまで短縮されたという。

この超高速応答がもたらす最大のメリットの一つが、EUV(極端紫外線)リソグラフィによって形成された微細な回路パターンの欠陥を低減できることである。EUVリソグラフィは、7nmノード以降の最先端半導体製造に不可欠な技術だが、そのパターニングは非常にデリケートであり、後工程であるエッチングの精度がチップの良品率に直結する。DirectDriveは、まさに原子レベルの精度が求められるEUVパターニングを強力にサポートする技術と言える。

DirectDrive誕生秘話:あるエンジニアの執念、キッチンから始まった20年の探求

この画期的なDirectDrive技術だが、その誕生には20年近くに及ぶ、一人のエンジニアの情熱と、産学連携による地道な研究の積み重ねがあった。

物語は2006年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) のエンジニア、Patrick Pribyl氏が、自宅のキッチンでプラズマエッチング制御の新しい方法に関するプロトタイプを製作したところから始まる。しかし、当時、彼のアイデアは時期尚早とされ、産業界の注目を集めることはなかった。

諦めきれなかったPribyl氏は、UCLA基礎プラズマ科学施設のディレクターである物理学者Walter Gekelman氏と出会い、共同研究を開始する。そして2015年、NSFとLam Researchによる産学連携プログラム「GOALI(Grant Opportunities for Academic Liaison with Industry)」からの資金援助と、Lam Researchから提供された実際の産業用プラズマエッチング装置を得て、本格的な研究がスタートした。

Pribyl氏とGekelman氏の研究チームは、提供された装置を改造し、レーザー計測やカスタムプローブを駆使して、パルス化されたプラズマ内部でのイオンの複雑な3次元的挙動、密度、温度、電磁場などを精密に測定・解析した。ミシガン大学の研究者もコンピューターシミュレーションで協力し、実験室では直接観察できない領域のプラズマ挙動解明に貢献した。

当初、彼らの示した高速RFスイッチングによる精密制御の可能性に対して、業界関係者からは「そんなことは不可能だ」という懐疑的な声も聞かれたという。しかし、10年近くに及ぶ粘り強い基礎研究と実証実験の末、DirectDrive技術はその有効性を証明し、ついにLam Researchの最新鋭機「Akara」の心臓部として結実した。このエピソードは、基礎科学研究の重要性と、それが産業界のブレークスルーにいかに貢献するかを示す好例と言える。

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Akaraを支える更なる独自技術:TEMPO®とSNAP®

Akaraの高性能を支えるのはDirectDriveだけではない。Lam Researchはさらに2つの独自技術を投入している。

  • TEMPO®プラズマパルシング: プラズマ中の化学種(イオンやラジカルなど)を巧みに制御することで、エッチングの選択性(特定の材料だけを除去する能力)とマイクロローディング性能(微細なパターンの密集度合いによってエッチング速度が変わってしまう現象の抑制)を新たなレベルに引き上げる。
  • SNAP®イオンエネルギー制御システム: ウェハーに到達するイオンのエネルギーを精密にコントロールし、エッチング後の形状(プロファイル)を原子レベルの精度で形成することを可能にする。

これらの技術がDirectDriveと有機的に連携することで、Akaraは前例のない高精度なエッチング性能を実現している。

「Akara」が切り拓く半導体の未来:GAAから3D DRAMまで、その影響力は計り知れない

Akaraがターゲットとするのは、まさに次世代の半導体デバイスである。具体的には、

  • GAA(Gate-All-Around)トランジスタ: 現在主流のFinFETに代わる、さらなる微細化と高性能化を実現する3次元トランジスタ構造。
  • 6F² DRAMセル構造: より高密度なDRAMを実現するためのセルレイアウト。
  • 3D NANDフラッシュメモリ: 高積層化が進む不揮発性メモリ。

これらのデバイスは、いずれも極めて複雑な3次元構造を持ち、その製造には原子レベルでの精密な加工技術が不可欠である。Akaraは、まさにこれらの要求に応えるために開発された。さらに将来的には、4F² DRAM、CFET(相補型FET)、3D DRAMといった、さらに進んだデバイスへの適用も視野に入れている。

半導体受託製造(ファウンドリ)最大手のTSMCでエグゼクティブバイスプレジデント兼共同COOを務めるDr. Y.J. Miiは、「半導体に対する世界的な需要が拡大し続ける中、より強力な新しいデバイスアーキテクチャを実現するためには、パートナー企業による革新的な技術ソリューションが必要である。クリティカルなプラズマエッチング能力は、これらの新しいデバイスが提起する多くの製造上の課題を解決する上で不可欠な要素となるであろう」とコメントしており、Akaraのような先進技術への期待の高さがうかがえる。

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生産性と信頼性を支えるSense.i®プラットフォームとEquipment Intelligence®

最先端の技術も、実際の量産ラインで安定して高い生産性を発揮できなければ意味がない。Akaraは、Lam Researchの高生産性プラットフォーム「Sense.i®」上に統合されており、ミリ秒単位の応答時間でウェハー処理を最適化する。

さらに、「Equipment Intelligence®」と呼ばれるソリューションにより、自動メンテナンス機能などが提供され、装置の維持管理コストの削減にも貢献する。洗練されたエッチング均一性制御は、ウェハーごと、ロットごとの再現性を担保し、プロセス歩留まりの最大化を支援する。

既にAkaraは、複数の主要デバイスメーカーによって、先端平面型DRAMやファウンドリGAAアプリケーション向けの量産ツールとして採用されており、リピートオーダーも獲得するなど、その価値は実証されつつあるとのことである。

Lam Researchの包括的戦略:同時発表の「ALTUS® Halo」との相乗効果も

興味深いことに、Lam ResearchはAkaraと時を同じくして、「ALTUS® Halo」というモリブデン原子層堆積(Mo ALD)装置も発表している。これは、次世代半導体の配線材料として注目されるモリブデンを、原子レベルで一層ずつ精密に成膜する技術である。

Akara(エッチング)とALTUS Halo(成膜)という、半導体製造プロセスの異なる段階における革新的技術を同時に発表したことは、Lam Researchがチップメーカーに対し、より包括的なソリューションを提供しようとしている戦略の表れと見ることができる。これらの技術が連携することで、半導体メーカーはよりスムーズに次世代デバイスの開発・量産へと移行できる可能性がある。

この技術革新が半導体業界、そして私たちの未来に与えるインパクト

Akaraの登場は、単に高性能な製造装置が一つ増えたという以上の意味を持つと考える。

まず、半導体微細化のさらなる推進力となることは間違いない。特にGAAトランジスタや3D DRAMといった、構造が複雑で加工難易度が極めて高いデバイスの実現を後押しすることで、AIチップの性能向上、より大容量で高速なメモリの登場を加速させるであろう。これは、より賢く、より応答性の高いAIアシスタント、没入感のあるVR/AR体験、自動運転技術の進化など、私たちの生活を豊かにする様々なイノベーションに繋がる。

次に、半導体製造装置メーカー間の競争環境にも影響を与える可能性がある。Lam ResearchがAkaraによって技術的優位性を示すことで、競合他社も追随する技術開発を迫られることになるであろう。健全な競争は、業界全体の技術革新を加速させる原動力となる。

また、このような米国の技術リーダーシップを強化する側面も見逃せない。基礎研究への投資と産学連携が、産業競争力の向上に結びついた好例として、今後の米国の科学技術政策にも影響を与えるかもしれない。

もちろん、課題が全て解決されたわけではない。究極の微細化への道は依然として険しく、新たな材料やプロセス技術の開発、そしてそれらを支える計測・検査技術の進化も求められる。また、製造コストの上昇や環境負荷といった問題にも、業界全体で取り組んでいく必要がある。

Akaraは単なる装置ではない、未来のチップを刻む「超精密な彫刻刀」だ

Lam Researchが発表した新しい導体エッチング技術「Akara」は、20年に及ぶ基礎研究と応用開発の末に生まれた、まさに技術の結晶だ。その核心であるDirectDrive技術は、プラズマ制御の常識を覆し、原子レベルでの超精密加工を可能にした。

これは、より高性能で高機能な半導体チップの実現を加速し、AI、3D NAND、次世代DRAMといった先端技術の進化を支える重要な鍵となるであろう。キッチンでのささやかなアイデアから始まった物語が、今や世界の半導体産業を揺るがすほどのインパクトを持つ技術へと昇華したことは、科学と技術の持つ無限の可能性を感じさせる。

Akaraは、まさに私たちの未来を形作る次世代チップを、かつてない精度で刻み込む「超精密な彫刻刀」と言えるのではないだろうか。


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