バイオテクノロジー企業Colossal Biosciencesは、約1万2500年前に絶滅したとされる大型捕食動物、ダイアウルフ(学名: Aenocyon dirus)を現代に甦らせたと発表した。同社は古代DNAの解析、遺伝子編集技術、そしてクローニング技術を駆使し、3匹の子犬を誕生させたと主張している。このニュースは「世界初の脱絶滅」とも報じられているが、その実態は遺伝子編集されたハイイロオオカミに近く、真の「ダイアウルフの復活」と呼べるかについては科学的な議論がある。
古代のDNAから現代に蘇った巨大狼
米テキサス州ダラスに拠点を置くColossal Biosciencesは、後期更新世に北米大陸から姿を消したダイアウルフの子犬を誕生させることに成功したと発表した。同社CEOのBen Lamm氏は声明で「我々のチームは1万3000年前の歯と7万2000年前の頭蓋骨からDNAを取り出し、健康なダイアウルフの子犬を作り出しました」と述べ、この成果を「魔法」になぞらえた。
誕生したのは、雄の「Remus」「Romulus」、そして雌の「Khaleesi」と名付けられた3匹の子犬である。RemusとRomulusは2024年10月1日に帝王切開で生まれ、Khaleesiはその3ヶ月後に別の代理母から生まれたとされ、子犬たちは順調に成長しているようだ。公開された映像では、雪のように白い毛皮を持つ子犬たちがよちよち歩き、初めての遠吠えをする様子が捉えられており、その姿は人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」に登場するダイアウルフ「ゴースト」を彷彿とさせる。
現在、この3匹は非公開の施設で、獣医療設備が整い、屋外へのアクセスも豊富な環境で飼育されているという。Colossal社はこの成果を、絶滅種の復活、すなわち「脱絶滅」の成功例として大々的にアピールしている。
「復活」を支える科学技術:遺伝子編集とクローニング
ダイアウルフを現代に甦らせるため、Colossal社の科学者たちは複数の最先端技術を組み合わせた。そのプロセスは、大きく分けて古代DNAの解析、遺伝子編集、そしてクローニングの3段階からなる。
1. 古代DNAの解析とゲノム比較
まず、研究チームは博物館などに保管されていたダイアウルフの化石、具体的には1万3000年前の歯と7万2000年前の頭蓋骨から古代DNAを抽出・解析した。ゲノム(全遺伝情報)を解読し、現存する最も近縁な種であるハイイロオオカミ(Canis lupus)や、ジャッカル、キツネなどのゲノムと比較した。
この比較分析により、ダイアウルフを特徴付ける遺伝的な違いを特定することが試みられた。Colossal社によると、ダイアウルフの大きな体躯、白い毛皮、幅広の頭部、大きな歯、強力な肩、筋肉質な脚、そして特徴的な鳴き声(特に遠吠えやクーンクーン鳴く声)に関連すると考えられる14個の遺伝子における20箇所の違い(遺伝子バリアント)を特定したという。ダイアウルフとハイイロオオカミは、進化の過程で約250万年以上前に分岐したと考えられており、これはホッキョクグマとヒグマが分岐してからの期間の2倍以上に相当する。そのため、両者の間には多数の遺伝的な違いが存在すると推測される。
2. CRISPRを用いた遺伝子編集
次に、研究チームは現生のハイイロオオカミから細胞を採取した。従来のクローニングで用いられた皮膚などの組織片採取よりも侵襲性の低い方法として、血液中から内皮前駆細胞(Endothelial Progenitor Cells, EPC)を採取したとされる。EPCは血管の内壁を形成する細胞だ。
採取したハイイロオオカミのEPCに対し、CRISPR(クリスパー)と呼ばれるゲノム編集技術を用いて、先に特定した14遺伝子座の20箇所を編集し、ダイアウルフ固有の遺伝子配列に書き換える作業が行われた。ただし、実際に導入された編集は15箇所であり、その詳細についてColossal社は「現時点では、我々が行った編集のすべてを明らかにしているわけではない」と述べている。
特筆すべき点として、Time誌は遺伝子の多面的な影響(プレオトロピー)への配慮について言及している。例えば、ダイアウルフの明るい毛色に関連する3つの遺伝子は、ハイイロオオカミにおいては聴覚や視覚の障害を引き起こす可能性があるという。そのため、Colossal社のチームは、これらの遺伝子を直接導入するのではなく、黒色や赤色の色素沈着を抑制する別の2つの遺伝子を操作することで、有害な副作用なしにダイアウルフの特徴的な明るい毛色を再現したと説明している。
しかし、編集箇所の多くがダイアウルフの外見、特に大きな体サイズと白い毛皮を再現することに重点が置かれており、そのためにダイアウルフ自身の遺伝子バリアントではなく、大型のハイイロオオカミ集団に見られる遺伝子バリアントや、同様に明るい毛色をもたらすハイイロオオカミの既知のバリアントが用いられたケースがあるようだ。これは、既存のハイイロオオカミのゲノムとの互換性が確認されている、より安全なアプローチではあるが、「ダイアウルフ固有の遺伝子」をどれだけ再現しているかについては疑問の余地が残るところだ。
3. クローニングプロセス:体細胞核移植と代理母出産
遺伝子編集が完了したEPCの核(遺伝情報全体を含む)を取り出し、核を除去したハイイロオオカミの卵子(未受精卵)に移植した。これは、1996年にクローン羊「ドリー」を生み出した体細胞核移植(Somatic Cell Nuclear Transfer, SCNT)と同様の原理に基づく技術である。体細胞(EPCs)の核を卵子に移植することで、受精を経ずに胚(初期の生命体)発生を開始させることができる。
こうして作られた胚は、実験室で培養され、代理母となるイヌ(技術的にはハイイロオオカミの亜種 Canis lupus familiaris)の子宮に移植された。Time誌によれば、合計45個の胚が2匹の猟犬種(hound mixes)の代理母に移植され、それぞれ1個ずつが着床に成功した。
妊娠期間は約65日で、Colossal社は出産時のリスクを最小限に抑えるため、予定帝王切開によりロムルスとレムス、そして後にカリーシを取り上げた。この過程で流産や死産はなかったという。
これは真の「ダイアウルフ復活」なのか?科学界の視点と課題
Colossal社の発表は、絶滅種の復活という長年の夢に一歩近づいた画期的な成果として注目される一方、科学界からは慎重な意見や批判的な視点も提示されている。特に、「ダイアウルフ 復活」という言葉の妥当性については議論の余地がある。
遺伝的には「編集されたハイイロオオカミ」か?
前述したように、編集された遺伝子の多くが、大きな体や白い毛皮といった外見的特徴を再現するために、ダイアウルフ固有のものではなく、既存のハイイロオオカミ集団に見られるバリアントから選択されていることもあり、今回誕生した子犬たちは、遺伝的にはハイイロオオカミの亜種に近い存在である可能性が高い。ダイアウルフ固有の遺伝子編集が具体的にどれだけ含まれているかは、Colossal社が全編集箇所を開示していないため不明である。同社のBen Lamm氏はArs Technicaに対し、子犬たちの最初の年次検査時に骨格形態の画像診断を行い、どちらの種に近いかを判断する予定だと述べている。
これは、選択的育種によって特定の形質を持つハイイロオオカミを作り出すプロセスを、遺伝子編集技術によって加速した結果と見ることもできる。Colossal社が以前に発表した、マンモスの毛を持つ「ウーリーマウス」も同様のアプローチであり、既存種(マウス)のゲノムに絶滅種(マンモス)由来の特定の遺伝子を導入したものだった。
「脱絶滅」の定義と過去の事例
「脱絶滅(De-extinction)」という言葉自体が、まだ科学的に確立された定義を持つわけではない。過去には、2003年にスペインの研究チームが絶滅した野生ヤギの一種、ブカルド(ピレネーアイベックス)のクローンを誕生させた例がある。しかし、このクローン個体は先天的な肺の異常により、誕生後わずか数分で死亡してしまった。今回のダイアウルフの子犬たちが健康に成長している点は大きな進歩であるが、遺伝的にどの程度オリジナルに近いか、そして長期的に生存・繁殖可能かなど、多くの検証が必要となる。
本能と生態系への影響
仮に外見がダイアウルフに酷似していたとしても、その本能や行動パターンがハイイロオオカミと大きく異なるかは不明でだ。本能的にはハイイロオオカミに近く、現代の生態系においてもハイイロオオカミと同様の生態的地位を占める可能性が高いのではないだろうか。
さらに、ダイアウルフが絶滅した理由についても考慮が必要である。一説には、ダイアウルフは更新世の大型動物(メガファウナ)を専門に狩る捕食者であり、気候変動や人類の影響でこれらの獲物が絶滅したために、適応できずに姿を消したと考えられている。もしそうであれば、仮に完全にダイアウルフを復活させることができたとしても、現代の生態系に彼らが果たすべき役割や、依存できる獲物が存在するのかは不明だ。
Colossal社の野望:マンモスから絶滅危惧種保全まで
Colossal社は、ダイアウルフの「復活」を、より大きな目標に向けたステップと位置づけている。同社が最も注目されているプロジェクトは、2028年までにケナガマンモスを復活させるという壮大な計画である。現存するアジアゾウのゲノムを編集し、マンモスの特徴(長い毛、耐寒性など)を発現させることを目指しており、2026年には代理母となるゾウへの胚移植を計画している(ゾウの妊娠期間は約22ヶ月)。この計画の一環として、前述の「ウーリーマウス」の作出にも成功している。
同社の活動は絶滅種の復活に留まらない。絶滅の危機に瀕している現生種の保全にも力を入れている。
- ピンクハト: インド洋のモーリシャス島固有のピンクハトは、生息地の破壊や外来種(ネズミ、ネコ)の影響で一時は10羽まで激減した。飼育下繁殖プログラムにより650羽以上に回復したが、近親交配による遺伝的ボトルネック(遺伝的多様性の著しい低下)に直面し、繁殖能力の低下などの問題が生じている。Colossal社は、ピンクハトの始原生殖細胞(Primordial Germ Cells, PGCs)(精子や卵子になる元の細胞)を採取・編集して遺伝的多様性を導入し、それをニワトリの胚に注入して育てる技術を開発している。これにより、最終的には遺伝的に多様なピンクハトを生み出し、野生個体群の強化を目指す。
- アカオオカミ: 北米で最も絶滅の危機に瀕しているオオカミであるアカオオカミについても、クローニングによる個体数増加や遺伝的多様性の回復に取り組んでおり、既に2腹のアカオオカミのクローン子犬を誕生させたと発表している。ノースカロライナ州政府とは、同社の保全戦略を用いてアカオオカミ個体群を強化するための交渉が進んでいるという。
Colossal社は、これらのプロジェクトを通じて開発されたEPCsを用いたクローニング技術が、将来的な絶滅リスクに備えて現生種の血液サンプルをバイオバンクとして保存する上でも有用だと考えている。同社はこれらの活動において、American Wolf Foundation、The Mauritian Wildlife Foundation、Save the Elephants、Conservation Nationといった保護団体や、ダイアウルフプロジェクトではマンダン族、ヒダーツァ族、アリカラ族からなるMHAネーションといった先住民とも協力関係を築いている。MHAネーションは、将来的にダイアウルフが彼らの土地(ノースダコタ州)で生息することに関心を示しているという。
ダイアウルフ復活が問いかけるもの
Colossal Biosciencesによる遺伝子編集された「ダイアウルフ」の子犬誕生の発表は、遺伝子工学とクローニング技術の目覚ましい進歩を示すものであることは間違いない。絶滅種の遺伝情報を読み解き、現生種のゲノムを編集して失われた形質を再現するというアプローチは、今後の生物学や保全科学に新たな可能性を切り開くかもしれない。
しかし、これを真の「ダイアウルフ 復活」と呼ぶには、遺伝的な同一性、行動パターン、そして生態系における役割など、多くの点でさらなる検証が必要である。現時点では、高度に編集されたハイイロオオカミのバリエーションと見るのがより正確かもしれない。
このニュースはまた、絶滅種復活の倫理的な側面や、生態系への影響についても改めて問いかけている。復活させた生物をどこで、どのように管理するのか?彼らが現代の環境に適応できるのか?そして、限られた資源を絶滅種の復活に投じることの是非など、社会全体で議論すべき課題は山積みである。
Remusu、Romulus、そしてKhaleesiと名付けられた子犬たちは、科学技術の粋を集めた存在であると同時に、私たちが生命を操作することの意味、そして自然との向き合い方を深く考えさせる象徴とも言えるだろう。「ダイアウルフの復活」と言うニュースは、その技術的な側面だけでなく、私たちが未来に向けてどのような選択をしていくべきか、という根源的な問いを投げかけているのである。
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