中科曙光(Sugon)は10月18日、深圳で開催された全国高性能計算学術大会「CCF HPC 2026」で、計算システム「曙光8000」を活用した10件の研究成果を発表した。界面新聞の報道によると、対象分野は天文学、地球科学、生命科学に加え、材料シミュレーションや工学分野の研究開発にも及ぶ。同社は7月、曙光8000について、中国初となる中国製技術による10万枚規模のAIクラスターが完成したと発表していた。今回の発表では、この大規模な計算資源が実際の研究にどう活用され、高精度の科学計算とAIがどこまで連携しているのかが注目される。
10件の研究成果発表は、7月の完成発表と何が違うのか
曙光8000の完成が発表されたのは7月10日で、実機は7月17日に初公開された。今回の新たな動きは、10月18日に10件の応用成果が発表されたことだ。中科曙光の公式発表と界面新聞の報道を時系列で整理すると、同じシステムに関する発表でも、それぞれ意味が異なることが分かる。
完成、実機公開、研究成果の発表を区別すると、今回の発表の位置づけが明確になる。曙光8000は、設備そのものの完成を示す段階から、それを使った具体的な研究成果を示す段階へ進んだ。ただし、今回の発表だけで10件それぞれの技術的優位性が裏付けられたわけではなく、同社が掲げる「世界初」という主張が独立した検証によって認められたわけでもない。
7月10日の完成発表では、300件を超える応用プログラムの最適化を終え、そのうち70件以上が1万枚規模の計算カードへの拡張に対応したとも説明している。ここで注意したいのは、対応するプログラムの数と、個々のプログラムが利用できる計算カードの枚数は異なる指標だという点だ。300件すべてが10万枚の計算カードを同時に使用したわけではなく、今回発表された10件についても、それぞれがどの程度の計算資源を使ったのかを確認する必要がある。
また、中国中央電視台(CCTV)の記事を転載した新浪財経と、その内容を紹介したIT之家は、「宇宙を収められる」という趣旨の表現で曙光8000の計算能力を伝えている。これは宇宙の進化や脳の働きなど、複雑な現象を計算機上でモデル化する能力を表現したものであり、宇宙全体の完全な再現に成功したことを意味しない。両記事は同じCCTVの報道に基づいているため、独立した二つの性能検証として扱うこともできない。
高精度の科学計算とAIを組み合わせる仕組み
曙光8000の特徴は、高精度の科学計算とAIの学習・推論を一つのシステムで扱えるように設計されている点だ。中科曙光によると、FP64からINT8までの数値形式に対応している。FP64は64ビット浮動小数点数、INT8は8ビット整数を意味し、用途に応じて異なる数値精度の演算を使い分けられる。高い精度が求められる科学シミュレーションと、比較的低い精度でも処理できるAIの演算を、同じ計算基盤で支える構成となっている。
物理法則に基づく数値シミュレーションでは、実際の実験では収集が難しいデータを生成できる。AIはそのデータから傾向を学習し、詳しく調べるべき候補を絞り込む役割を担う。選び出した候補を再び数値シミュレーションにかけることで、予測結果の検証やモデルの修正を進められる。中科曙光も8月の公式発表で、データ生成、モデル学習、応用の検証を繰り返す研究手法を説明していた。
例えば、膨大な候補を一つずつ高精度でシミュレーションすると、多大な計算時間が必要になる。このような研究では、AIで有望な候補を選び、それらに計算資源を集中させることで、研究全体の効率を高められる可能性がある。科学計算とAIを同じ設備で実行できれば、モデルの学習と物理的な妥当性の検証を組み合わせた研究も進めやすくなる。ただし、これは統合システムが目指す研究手法であり、今回発表された10件すべてで同様の効果が実証されたわけではない。また、AIの予測を数値シミュレーションで検証したとしても、シミュレーション自体の仮定や計算条件が正しいことまで保証されるわけではない。
10万枚規模の計算カードを効率よく稼働させるには、演算性能だけでなく、通信、ストレージ、冷却の能力も重要になる。中科曙光は、計算カード間のデータ転送を担う高速ネットワーク「scaleFabric」と、大量のデータを読み書きする分散ストレージ「ParaStor」を組み合わせている。冷却には、冷媒の相変化を利用した液浸冷却方式を採用した。大規模な科学計算では、カード間の通信やストレージへのアクセスが処理速度を左右するほか、発生する熱を効率よく取り除くことも、長時間の安定稼働に欠かせない。
ロケット噴流のシミュレーションから見える成果と課題
曙光8000の具体的な活用例として、中科曙光が10月9日に公表したロケット噴流のシミュレーションがある。同社と西安交通大学の研究チームは、33個の噴射口を環状に配置した構造を対象に、3次元の高精度数値シミュレーションを実施した。複数のエンジンから噴射される高温・高速の流れが互いに干渉することで生じる、複雑な圧力変動や熱の分布を解析する研究だ。
同社が発表した計算規模は、6兆7740億個の格子セルに達する。これは中国語の発表にある「6.774万億」を日本語の数の単位に換算したもので、計算対象の空間を細かく分割し、それぞれの領域で流体の挙動を計算する規模を表している。複数の噴流が衝突・混合する過程を詳しく調べることで、ロケットの機体構造や熱対策の設計に役立て、実機試験につなげる狙いがある。ただし、これは数値シミュレーションの成果であり、ロケットの回収飛行に成功したという発表ではない。
計算性能については、弱スケーリング効率99.01%、強スケーリング効率73%を達成したと報告している。弱スケーリング効率は、計算資源の増加に合わせて問題の規模も拡大した場合に、処理効率をどの程度維持できるかを表す。一方、強スケーリング効率は、同じ規模の問題に投入する計算資源を増やしたとき、処理時間をどれだけ効率よく短縮できるかを評価する指標だ。両者を区別することで、より大規模な問題を扱う能力と、同じ問題を高速に解く能力をそれぞれ評価できる。
ただし、これらの数値は、特定のロケット噴流シミュレーションについて中科曙光が発表した結果である。発表文には、比較の基準となる計算カード数や詳細な測定条件が示されていない。そのため、99.01%という数値を10万枚の計算カード全体の稼働率と解釈したり、あらゆる用途で同水準の性能を発揮できると判断したりすることはできない。また、論文本文や第三者による追試結果まで公開されたわけではなく、他のスーパーコンピューターと性能を比較するには、計算条件をそろえた追加の検証が必要になる。
今回のロケット噴流の研究では、AIがどの段階まで活用されたかも重要なポイントだ。中科曙光は、シミュレーションで得られたデータとAIを組み合わせ、複雑な物理計算を近似する「代理モデル」の構築や、高速な予測手法の開発を今後の研究課題として挙げている。つまり、高精度シミュレーションの実行については具体的な成果が示されているものの、AIとの連携によって研究時間をどれだけ短縮できるかは、今後の検証に委ねられている。
今回発表された10件の研究成果についても、計算規模の大きさだけでなく、研究ごとの問題設定や必要な精度、実際の計算時間を確認することが重要だ。特に、AIを使った場合と使わなかった場合で、所要時間や予測誤差がどう変化するのかを比較できれば、科学計算とAIを統合する利点をより具体的に評価できる。さらに消費電力のデータも示されれば、研究機関は計算を実行できるかどうかだけでなく、継続的に利用する際の効率も判断しやすくなる。曙光8000の真価を測る指標は、搭載する計算カードの枚数だけでなく、それらを使って研究の試行と検証をどれだけ効率よく進められるかにある。



