核融合開発会社TAE Technologiesは2026年8月5日、月資源開発を掲げるBlack Moon Energy Corporation(BMEC)と、将来のヘリウム3供給および商用化協力に関する契約を結んだ。TAEは2031年に50 MWeの初号発電所「Da Vinci」を動かす計画だが、今回決まったのは燃料の現物引き渡しではない。供給候補となるBMECは月面探査をまだ実施しておらず、大規模供給の目標時期も2030年代半ばに置く。発電計画と燃料調達計画の間には、実測データと数年の時間差が残っている。

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得たのは燃料そのものではなく選択権

契約では、BMECが将来TAEへヘリウム3を供給すると定めた。だが両社は、供給量と価格を公表していない。品質仕様や最初の引き渡し日も不明だ。TAEのMichl Binderbauer CEOも、契約がもたらすのは「代替燃料の供給選択肢」であり、長期的な燃料市場の変化に応じて費用競争力のある燃料サイクルを選べるようになる、と説明している。

この言葉は、TAEの従来方針と切り離せない。同社は創業以来、水素とホウ素11を反応させるp-B11を商用炉の本命としてきた。自社の磁場反転配位(FRC)はp-B11に加え、重水素・ヘリウム3(D-He3)と重水素・三重水素(D-T)でも運転できるとする。今回の契約は、この燃料の選択幅を商流へ広げる動きである。Da Vinciがヘリウム3を使うとの決定は発表されていない。

D-He3の主反応では、14.68 MeVの陽子と3.67 MeVのヘリウム4原子核が生じる。合計18.35 MeVのエネルギーを主に荷電粒子が運ぶため、D-T反応のように主反応から中性子は出ない。ただし、プラズマ内では重水素同士も反応して中性子を生む。D-He3炉を無条件に「中性子を出さない核融合」と呼ぶことはできない。

2031年と2030年代半ばの時間差

TAEはDa Vinciを50 MWeの最初の発電所とし、2026年中に建設地を選び、2031年に運転を始めると見込む。将来の施設は350~500 MWeへ拡大する構想だ。いずれも企業の開発計画であり、実験で確認した発電量ではない。

一方、BMECが公表した「Fusion 1」は、静かの海に設定する運用区域をローバーで1年間走り、レゴリスを直接採取・分析する計画である。質量分析計などを使ってヘリウム3の濃度と揮発成分を測り、月の昼夜をまたぐ自律運転も試す。TAEとの発表では1回の探査を5年以内、つまり遅ければ2031年8月までに実施するとしている。BMECの別の計画ページが主要供給者になる時期として掲げるのは2030年代半ばだ。

探査の採取点数、総試料量、走行距離、打ち上げ日、地球へ戻すヘリウム3の量は明らかにされていない。したがって、2031年にDa Vinciが計画通り動く場合でも、BMECの月面資源評価や量産供給が先に整うとは限らない。契約が作ったのは将来の取引経路であり、初号炉の燃料日程を確定する材料ではない。

50 MWeという計画値から、燃料の理論下限は計算できる。発生した18.35 MeVを100%電力へ変え、投入したヘリウム3がすべて燃え、365日連続運転するという現実には達成できない条件でも、必要量は年約2.7 kgになる。計算は、5,000万J/sを1反応当たり2.94×10^-12 Jで割り、ヘリウム3原子核1個の質量5.01×10^-27 kgと年間3,153万6,000秒を掛けたものだ。実炉では変換損失、未燃焼燃料、保守停止があるため必要量は増えるが、TAEは想定消費量を示していない。

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年66 kgは月面実測ではない

月のレゴリスを処理すれば、どれほどのヘリウム3を得られるのか。NASA Kennedy Space CenterのAaron D.S. OlsonがAIAA ASCEND 2021で発表した会議論文(DOI: 10.2514/6.2021-4237)は、年間66 kgという設計値を示している。しかし、これは月面で採掘した結果ではない。

計算は、レゴリス中のヘリウム3濃度を20 ppb、対象粒径を100 µm未満と仮定する。毎時1,258トンを掘削し、月の昼間に毎時556トンを処理する。12 MWの太陽集光でレゴリスを700℃まで加熱し、投入熱の85%を回収できるとの条件も置いた。その全条件がそろった場合に、1年間で66 kgを貯蔵できるという概念設計である。NASAの文書管理情報でも、審査区分は「Single Expert」とされ、査読誌に掲載された実証研究ではない。

地上では月模擬土を使い、加熱して揮発成分を取り出す研究が進んでいる。それでもBMECは、月面の不均一な濃度分布、粉塵環境での連続掘削、分離・圧縮、地球への帰還を一続きに実証していない。Fusion 1は、まさに濃度と運用条件をこれから測るミッションだ。NASAの66 kgをBMECの生産能力として扱えば、概念設計を実績へ置き換えることになる。

査読済みなのはFRC形成まで

TAEの装置開発には査読済みの実験結果がある。T. Rocheらが2025年に『Nature Communications』へ発表した論文(16巻3487、DOI: 10.1038/s41467-025-58849-5)は、Normと前身のNormanで、中性粒子ビームだけを使ってFRCを形成できることを報告した。

実験では、15 keVの中性粒子ビーム8本を用い、最大13 MWを入射した。ダクト損失と透過分を除き、通常は約8 MWをプラズマが吸収する。初期のシードプラズマへビームを捕捉させると電流と圧力が増し、開いた磁力線から閉じたFRCへの反転が約10 msで完了した。論文は査読済みだが、総ショット数は本文に明記されていない。

この成果が検証したのは、中性粒子ビームによるFRC形成である。D-He3核融合による正味エネルギー、50 MWeの発電、月由来燃料の適合性を測った実験ではない。今回のヘリウム3契約にも、新しい論文、プレプリント、シミュレーション結果は添えられていない。したがって、契約が想定する供給と発電には、再現性や独立追試を評価できるデータがまだない。

契約を発電へ変えるには、Fusion 1が測る地点別濃度と回収効率、地球帰還後の1 kg当たり価格、TAE装置がD-He3で達成する正味電力と実際の燃料消費量が必要になる。2031年の運転開始までに、この三つの実測値が公表されるかが、燃料の選択肢と発電事業を結ぶ判断材料である。