英国政府のAI Knowledge Hubで、AIを「倫理的かつ持続可能に使う」ための職員向けガイダンス草案が公開されている。その中には、AIとのやり取りを減らす例として、「ありがとう」と伝えるためだけに追加のメッセージを送る必要はないとの記述もある。

ただし、この文書の主眼はAIへの礼儀を改めさせることではない。

そもそもAIを使う必要があるのかを考え、必要なら仕事をこなせる範囲で最も小さいモデルを選び、指示を明確にして不要なやり取りを減らす。AI利用による環境負荷を、職員の日々の操作にまで落とし込もうとする試みだ。

一方、「ありがとう」を1回省くと電力や水をどれだけ削減できるのかといった測定結果は、草案には掲載されていない。

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「AIにありがとう」は禁止されたのか

AI Knowledge Hubの「Using AI ethically and sustainably」には、ページ上部に「draft」と明記されている。

注意書きでも、包括的なガイドや法的助言ではなく、AI利用を考えるための出発点だとしている。職員には、それぞれの所属組織が定めるAI利用方針を確認し、そちらに従うよう求めている。

したがって、今回公開された文書を「英国政府が全職員にAIへのお礼を禁止した新規則」と読むのは適切ではない。

話題になった「ありがとう」への言及は、「AIを効率的に使う」という項目にある。

そこでは、

  • 指示を短く、明確で直接的なものにする
  • プロンプトの回数をできるだけ減らす
  • 必要なときだけAIを使う

といった使い方を勧め、その具体例として「お礼を言う必要はない」と記している。

つまり、挨拶や礼儀そのものを問題視しているのではなく、用件が終わった後に「ありがとう」とだけ送信して、さらにAIの応答を発生させるような不要なやり取りを減らすという考え方だ。

ただし、草案には、その1回を省くことで消費電力や水使用量がどの程度減るのかという具体的な数字はない。

また、やり取りを減らすことより優先される項目もある。

草案は、AIが一見正しそうな誤情報や偏った回答を生成する可能性を指摘し、数値や出典を確認すること、公平性やアクセシビリティーを確かめることを求めている。

AIを使って作成・編集した内容については、その事実を明らかにし、最終的な判断について人間自身が説明できなければならない。

「プロンプトを減らす」という助言は、必要な確認まで省略するという意味ではない。

まず「AIを使う必要があるか」を考える

草案が最初に求めているのは、小さいAIモデルを選ぶことではない。

そもそも、その仕事にAIが必要なのかを考えることだ。

例えば表計算ソフトや通常の検索エンジンで十分なら、AIを使わない選択肢を検討するよう勧めている。

AIが必要で、利用しているサービスでモデルを選択できる場合には、「その仕事をこなせる最も小さいモデル」を使う。

例として、Gemini ProではなくGemini Flash、GPT ThinkingではなくGPT Instantを使うという選び方を挙げている。一方、Microsoft Copilotでは利用者自身がモデルを変更できないことも明記している。

ここで重要なのは、「小さいモデルを使うこと」自体が目的ではない点だ。

能力が足りないモデルを使い、正しい答えを得るために何度も質問し直したり、人が大量に修正したりすれば、結果として処理量が増える可能性がある。

草案も「最も小さいモデル」ではなく、**「仕事をこなせる最も小さいモデル」**という条件を付けている。

プロンプトを短くする場合も同じだ。

必要な条件まで削ってしまい、曖昧な指示を何度もやり直すのであれば、最初の文章だけを短くしても効率化にはならない。

実際、草案の別の項目では、AIは同じ質問に異なる答えを返す場合があるため、出典や数値を人間が確認する必要があるとしている。

業務上の効率を見るなら、1回のプロンプトの文字数よりも、必要な確認まで含めて仕事を何回のやり取りで終えられたのかを見る方が実態に近い。

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情報保護と人間の責任は、環境負荷より先に確認する

政府業務では、利用できるAIや入力できる情報にも制約がある。

草案は、政府の仕事では各部門が提供するAIシステムを使い、個人情報や個人を特定できる情報を入力しないよう求めている。

AIサービスによっては入力内容が学習に利用される可能性があることにも注意を促している。

そのため、「どのモデルが最も省エネか」を比較する前に、

  • そのツールを業務で利用してよいのか
  • どの情報まで入力してよいのか
  • 出力をどのように確認するのか

を決める必要がある。

草案の環境配慮は、セキュリティーや正確性、説明責任より優先されるルールではない。

英国政府のAI環境対策は以前からある

英国政府がAIの環境負荷について言及したのは今回が初めてではない。

2025年2月に公開された「AI Playbook for the UK Government」は、AIを導入する前に学習や運用による環境負荷を評価し、同じ、あるいは似た成果をより少ないエネルギーで実現できる方法がないか検討するよう求めている。

「Data and AI Ethics Framework」も、AIの環境負荷を電力だけで捉えてはいない。

データセンターで使う水、半導体や設備に必要な原材料、使用済み機器から出る電子廃棄物などを含め、AIシステムのライフサイクル全体を見るよう求めている。

今回のAI Knowledge Hubの草案は、こうした従来の原則を、職員が日常的にAIを使うときの具体的な行動へ落とし込んだものと位置づけられる。

公開資料 公表・更新時点 主に判断する場面 主な内容
AI Knowledge Hub「Using AI ethically and sustainably」 公開日記載なし(2026年9月29日確認) 職員が日々AIを使うとき AIが必要かを考え、適切なモデルを選び、不要なやり取りを減らす
AI Knowledge Hub「Building AI sustainably」 公開日記載なし(同日確認) AIシステムを構築・運用するとき 方式、供給者、計算設備、データ保管などを検討し、環境負荷を継続的に測る
AI Playbook for the UK Government 2025年2月10日公開 AI導入を計画するとき 便益と環境負荷を比較し、より低負荷な方法や供給者を検討する
Data and AI Ethics Framework 2025年12月18日更新 データ・AIのライフサイクル全体 電力、水、原材料、電子廃棄物などを考慮する

開発者向けの資料では、モデルの大きさ以外の要素にも踏み込んでいる。

例えば、再生可能エネルギーの利用状況や環境情報の開示について供給者へ確認すること、必要な処理量に合った計算設備を選ぶこと、不要なデータを必要以上に長期間保存しないことなどを挙げる。

Data and AI Ethics Frameworkも、電力使用量だけを環境負荷の代表値として扱うと、水使用量や原材料、地域社会への影響を見落とす可能性があると指摘している。

つまり、職員が「ありがとう」を1回減らすような工夫は、AIの環境対策全体から見れば一部分にすぎない。

どのAIサービスを調達し、どのデータセンターや設備で動かし、どの電力を使うのかといった判断は、個々の職員がプロンプトを短くするだけでは変えられない。

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AIの電力消費は増えているが、「ありがとう1回」の効果は分からない

国際エネルギー機関(IEA)が2026年に公表した「Key Questions on Energy and AI」によると、世界のデータセンターによる電力消費量は2025年の約485TWhから、2030年には約950TWhへほぼ倍増すると予測されている。

AI向けデータセンターの電力消費は、それより速いペースで増える見通しだ。

一方、IEAはAIの1回の処理に必要な電力量そのものは急速に改善しているとも指摘する。

単純なテキスト生成であれば、モデルやハードウェアの効率向上によって、1タスク当たりの電力消費はここ数年大幅に減っている。

問題は、同時にAIの利用者数や利用回数が増え、より計算量の多い用途も広がっていることだ。

IEAは、推論を多く行うモデルやAIエージェント、動画生成などでは、単純なテキスト生成より1回当たりのエネルギー消費が大幅に増える場合があると説明している。

そのため、「AIを1回使えばこれだけ電力を消費する」という単一の数字で現在のAI全体を表すことは難しい。

「ありがとう」という短いメッセージについても同じだ。

送信すれば追加の推論処理が発生するため、何も送らない場合より計算量が増えること自体は考えられる。

しかし、英国政府の草案には、その1回による消費電力や水使用量の測定値は掲載されていない。

小さいモデルでも、使い方次第では消費量が増える

モデルの環境負荷を比較するときには、モデルの大きさだけを見ることもできない。

Hugging Faceの「AI Energy Score」は、同じ評価方法を使って公開モデルの推論時のエネルギー消費を比較している。

2025年に公開された第2版では、推論機能を有効にしたモデルは、通常のモデルより平均して大幅に多くのエネルギーを使ったと報告された。

この差の大きな要因は、推論中に生成するトークン数だ。

同じモデルであっても、推論を長く続け、大量のトークンを生成すれば消費電力は増える。

ただし、AI Energy Scoreで評価されているのは主に公開された重みを持つモデルだ。

英国政府の草案が例に挙げるGemini、GPT、Microsoft Copilotといった商用サービスを同じ条件で比較し、「この仕事なら必ず一方が何%省エネになる」と示したものではない。

さらに、仮に1回の応答に使った電力量が分かったとしても、それだけで業務全体の環境負荷は判断できない。

小型モデルへ切り替えた結果、精度が下がって3回聞き直すのであれば、大型モデルで1回で終える場合との比較が必要になる。

人による確認や修正にどれだけ時間が増えたのかも含めて考える必要がある。

その意味で、草案が「小さいモデル」ではなく、「仕事をこなせる最小のモデル」としている点は重要だ。

「ありがとうを省く」ことより、仕事全体を測れるか

今回の草案には、公開日や施行日、職員がどの程度この助言に従っているかといった情報は掲載されていない。

「ありがとう」という追加メッセージを省くことで、英国政府全体でどの程度の電力や水を削減できるのかという試算もない。

そのため、現時点では「AIにお礼を言わなければ大きな環境効果がある」と評価することはできない。

草案が示しているのは、もっと広い考え方だ。

AIを使わなくても済む仕事には使わない。必要なら、その仕事に十分な能力を持つ中で負荷の小さいモデルを選ぶ。必要な情報を明確に伝え、無駄なやり取りを増やさない。

そして、正確さや安全性を犠牲にしてまで処理量を減らさない。

実際の環境効果を評価するのであれば、1回のプロンプトの長さだけでなく、仕事を完了するまでに使ったモデル、処理回数、回答の品質、確認や再試行まで含めた総コストを見る必要がある。

「AIにありがとうと言わない」という小さな習慣が注目を集めたが、草案の本質はそこではない。AIを日常業務へ組み込むなら、便利さだけでなく、必要性と計算資源まで意識して使う。その考え方を職員の日々の操作にまで具体化しようとしている。