Unconventional AIは2026年6月25日、結合振動子の時間発展で画像を生成するモデル「Un-0」を公開した。最大モデルはImageNet 64×64でFID 6.74を記録し、モデル重みと学習・評価コードも利用できる。だが、動いているのはPyTorchで記述されたGPU上のシミュレーションであり、振動子チップではない。同社が掲げる「1000倍のエネルギー効率」は今回の測定結果ではなく、これからハードウェアとモデルを同時に設計して達成を目指す数値だ。
Un-0が前へ進めたのは、振動子を計算に使うという着想そのものではない。結合位相振動子を学習させる研究は以前からあり、論理演算や小規模な手書き数字分類では数値実験が報告されてきた。今回はその力学系をクラス条件付き画像生成へ組み込み、1,000クラスのImageNet 64×64まで拡大した。振動子の時間発展が画像生成の一部を担えるかという問いを、GPUシミュレーション上で検証できる形にした点が新しい。
16,384個の振動子でFID 6.74
ImageNet 64×64向けのUn-0は、6,656個、10,240個、16,384個の振動子を使う3種類で構成される。生成画像5万枚で測ったFIDは順に8.41、8.01、6.74だった。FIDは生成画像と実画像の分布の隔たりを測る指標であり、値が低いほど参照データに近い。ただし前処理や評価実装の違いでも数値が動くため、別論文の値を無条件には横並びにできない。
最大モデルの学習可能パラメータは3億2,244万個に達する。そのうち2億8,484万個が振動子の力学系、3,761万個が潜在表現を画素へ変換するデコーダに属し、デコーダの比率は11.66%である。振動子を増やすほどFIDは改善した。一方、大型化した際の伸びは従来モデルの最良水準より遅い。同社も、Un-0はBigGANやiDDPMなど画像生成技術の初期モデルと重なる品質に達したが、EDMやGDDといった後発の高性能モデルには及ばないと説明している。
比較図の読み方にも注意が要る。Unconventional AIは、同一のFID-50k手順で自ら再測定したモデルと、コードやチェックポイントがなく公表値を再現できなかったモデルを分けて表示した。後者は評価手順が完全にはそろわない参考値だ。FID 6.74はUn-0の到達点を示すが、現行の画像生成モデルに勝ったという数字ではない。
位相の時間発展から画像が生まれるまで
Un-0の計算単位は、それぞれ固有の周波数と位相を持つKuramoto振動子である。各振動子は別の振動子から結合強度に応じた影響を受け、位相を連続的に変える。学習では、振動子間の結合行列、固有周波数、従来型デコーダの重みを更新する。ニューラルネットワークの層を順番に通る代わりに、結合された系全体の動きを計算として使う設計だ。
画像生成はランダムな位相から始まる。クラスを指定する小さな振動子群を主系へ結び、学習済みの結合に従って全体を一定時間だけ動かす。指定時刻の全位相を潜在表現として読み取り、最後にデコーダがRGB画像へ変換する。現行コードはこの連続時間の運動を明示Euler法で数値積分するため、GPU上では結局、デジタル演算として実行される。
それでも、振動子部分が飾りではないことはアブレーションで確かめられた。Unconventional AIは、力学系を外したデコーダ単体、結合をランダムに固定した系、学習した系を比較した。最大規模では時間発展を使うことでFIDが約2.5改善し、指定時刻における生成分布の広がりを示す再現率(recall)も0.10上がった。1段の近似より10段の時間積分で品質が改善したことから、学習した非線形な時間発展が画像の多様性を保つ役割を担う、というのが同社の解釈だ。
ただし、最終画質は振動子だけから出てこない。全パラメータの約12%を占める従来型デコーダが画素を作り、学習時の損失計算にはDINOv2の特徴抽出器も使う。物理チップへ移す際も、位相の読出しとデコードを含めた系全体を評価しなければ、省エネ効果は確定しない。
1000倍は実測値ではない
今回の最大ImageNetモデルはNVIDIA B200を8基使って学習され、計算量は合計640 B200 GPU時間だった。これは公開モデルを作るために費やした学習資源であり、1回の推論に必要な電力ではない。Un-0の公開資料には、振動子を実装したチップの測定値も、GPUとの消費電力量の比較もない。したがって「1000倍」はUn-0が達成した性能として扱えない。
同社は別の技術文書で、目標の測り方を明確にしている。比較対象は最先端の生成モデルを最先端のGPUまたはTPUで動かした場合で、同等品質の出力を得るエンドツーエンドのジュール/画像またはジュール/トークンを測る。演算器だけのTOPS/Wでは判定せず、レイテンシやスループット、チップ面積、価格も見る。しかも基準は2026年のGPUではなく、同社が製品化を見込む2030年ごろの従来技術だ。
この定義は厳しいが妥当である。生成品質を落とせば消費エネルギーも下げやすく、アナログ演算部だけを測ればデータ変換やメモリの費用が消えてしまうからだ。Unconventional AIは、現代の推論では演算よりモデル重みの読出しとデータ移動がエネルギーを使うと分析する。物理系の状態そのものに計算を担わせ、メモリと演算を往復する回数を減らせるなら、大幅な改善が生まれる。Un-0は、画像生成の一部を力学系へ写すモデルをGPUシミュレーションで成立させた段階にある。
物理チップで初めて始まる効率競争
物理現象を生成モデルに使う試みは、すでに実機へ進んでいる。2025年にNatureへ掲載された光学生成モデルは、空間光変調器と可視光を使い、MNISTとFashion-MNISTの画像生成を実演した。光の回折にデコードを担わせれば、デジタルの反復演算を減らせる。一方、同論文は画像をデジタル領域へ戻す場合、デジタル・アナログ変換や撮像に追加の電力と時間がかかるとも明記した。省エネ幅は用途とシステム境界で変わる。
Un-0にも同じ検証が待つ。16,384個の振動子を相互に結ぶ学習済み行列を物理回路へどう配置するのか。位相を読み、従来型デコーダへ渡す周辺回路を含めてどれだけ電力を使うのか。そして、より高精細な画像やテキスト生成でも品質を維持できるのか。公開コードはモデル側の実験を始められる状態にしたが、チップ側の答えはまだ示していない。
評価を決めるのは、同等品質の1画像を出すまでに実機全体が消費したジュールである。Unconventional AIが振動子チップを動かし、周辺処理を含めた測定値を同世代のGPUと並べたとき、Un-0は省エネAIの実証へ移る。1000倍という数字は、その比較表の結果として初めて意味を持つ。



