Epic Gamesが先日リリースしたばかりの最新ゲームエンジン「Unreal Engine 5.6」だが、これが単なるマイナーアップデートとは一線を画す、劇的なパフォーマンス向上を果たしていることが、YouTubeチャンネル「MxBenchmarkPC」によって公開された比較動画で実際に確認されている。特にCPUボトルネックが顕著なシナリオでは、前バージョンから最大で45フレーム/秒もの向上を記録。これは、これまで多くのゲーム開発者とPCゲーマーを悩ませてきた「見えない壁」がついに打ち破られる可能性を示唆している。
この記事では、その驚くべきパフォーマンス向上の具体的な数値データを分析し、なぜこれほどの飛躍が可能になったのか、その技術的な核心に迫る。
衝撃のベンチマーク結果:「最大45FPS」の飛躍が意味するもの
論より証拠。まずはMxBenchmarkPCが公開した、息をのむようなベンチマーク結果を見ていこう。テストには、フォトリアルなグラフィックで知られるScans Factoryの技術デモ「Paris Tech Demo」が使用され、NVIDIAの最新GPU「GeForce RTX 5080」とIntel Core i7-14700Fを搭載したハイエンドPCが用いられた。
比較されたのは、Unreal Engine 5.4と最新の5.6。そして、その結果は驚くべきものだった。
最も劇的な変化が見られたのは、CPUがボトルネックとなりやすい720p解像度でのテストだ。動画のあるシーンでは、UE5.4が約90FPSで推移していたのに対し、UE5.6はなんと約135FPSを叩き出している。実に45FPS、率にして約50%ものパフォーマンス向上である。ゲームにおいて、CPUは物理演算やAI、オブジェクト管理など、GPUの描画処理以前の重要なタスクを担う。ここが詰まると、いくら強力なGPUを搭載していてもフレームレートは頭打ちになる。UE5.6は、この長年の課題に一つの答えを出したと言えるだろう。
全体として、パフォーマンス向上は以下の通りのようだ。
- CPUパフォーマンス:最大35%向上
- GPUパフォーマンス:最大25%向上
注目すべきは、フレームレートの向上だけではない。動画に表示されているフレームタイムグラフ(フレームを1枚描画するのにかかった時間)に目を向けると、UE5.6のグラフがUE5.4に比べて明らかに滑らかになっていることがわかる。フレームタイムの揺らぎ、いわゆる「スパイク」が少ないということは、体感的なカクつき(スタッタリング)が大幅に減少し、よりスムーズで安定したゲームプレイが可能になることを意味する。これは平均フレームレートの数値以上に、プレイヤーの快適性を左右する重要な指標だ。
なぜ速くなったのか?UE5.6を支える技術的コア
では、なぜこれほどまでのパフォーマンス向上が実現できたのだろうか。Epic Gamesが発表した内容と、今回のベンチマーク結果から、その核心にある3つの技術的進化を読み解くことができる。
CPUボトルネックの解放:ハードウェアRTとLumenの連携強化
最大の功労者は、ハードウェア・レイトレーシング(HWRT)と、UE5の代名詞ともいえる動的グローバルイルミネーションシステム「Lumen」の処理効率の大幅な改善にある。
- ハードウェア・レイトレーシング(HWRT): 光の反射や屈折を物理的に正しくシミュレートし、現実さながらの光景を描き出す技術。GeForce RTXシリーズなどの対応GPUに搭載された専用コアで処理される。
- Lumen: シーン内の光の反射をリアルタイムに計算し、間接光を表現するUE5の画期的なシステム。
これまでLumenは、特に複雑なシーンにおいてCPUに大きな負荷をかけていた。UE5.6ではこのHWRTの扱い方を根本から見直し、CPUが行っていた処理の一部を効率化、あるいはGPUにオフロードすることで、CPUのボトルネックを劇的に解消した。これにより、開発者はフレームレートの低下を心配することなく、より多くのオブジェクトや複雑なライティングをシーンに盛り込むことが可能になる。まさに、表現の自由度を飛躍的に高める改善と言えよう。
世界を瞬時に読み込む:Fast Geometry Streamingの威力
次に注目すべきは、新しく導入された「Fast Geometry Streaming Plugin」だ。これは特に、広大なマップを持つオープンワールドゲームにおいて絶大な効果を発揮する。
ジオメトリストリーミングとは、プレイヤーの視界に入る部分のデータ(地形、建物など)だけを動的に読み込む技術だ。UE5.6では、このプラグインによって特に静的なオブジェクト(プレイ中に形状が変化しない建物や木、岩など)の読み込みが劇的に高速化された。これにより、プレイヤーが高速で移動しても、遠景のオブジェクトが突然現れる(ポッピング)といった没入感を削ぐ現象が抑制され、よりシームレスな世界の探検が可能になる。
効率的な世界構築:強化されたPCGフレームワーク
PCG(プロシージャルコンテンツ生成)フレームワークの強化も、開発者にとっては朗報だ。これは、ルールに基づいて地形や植生などを自動生成する技術で、広大なワールドを効率的に作成するために不可欠である。UE5.6ではこのPCGがさらにGPU主導で動作するように改良され、より複雑で大規模なシーンを、より少ない労力で、かつ高いパフォーマンスで管理できるようになった。
パフォーマンスだけではない、画質とGPU効率の向上
UE5.6の進化は、速さだけにとどまらない。
比較動画を詳細に見ると、GPUのパフォーマンスも最大で25%向上していることが確認できる。興味深いのは、このときGPUの使用率が上昇し、それに伴い消費電力も増加している点だ。これはUE5.6が、GPUが持つ潜在能力を余すことなく引き出せるようになったということだ。単に処理を軽くしたのではなく、「より働き者」にすることで性能を向上させているのだ。
さらに、画質そのものも向上している。Lumenによる光の表現はより正確になり、水たまりや窓ガラスへの反射(リフレクション)は、UE5.4と比較して明らかにクリアで高品質になっている。パフォーマンスとビジュアルクオリティ、その両輪を同時に進化させた点に、Epic Gamesの並々ならぬ意気込みが感じられる。
ゲーマーと開発者への影響:これはゲームの未来だ
今回のUE5.6の進化は、単なる技術的なマイルストーンではない。我々ゲーマーと、ゲームを創り出す開発者の双方にとって、計り知れない恩恵をもたらす可能性を秘めている。
ゲーマーにとっては、これまでハイエンドPCでなければ快適に遊べなかったような高負荷なゲームが、より手頃なスペックのPCでも楽しめるようになるかもしれない。また、フレームタイムの安定化は、競技性の高いeスポーツタイトルから、没入感を重視するシングルプレイゲームまで、あらゆるジャンルでプレイ体験の質を向上させるだろう。
開発者にとっては、パフォーマンス最適化という重い足枷から解放され、創造性の翼をさらに広げるチャンスだ。CPUの制約を気にすることなく、より緻密で、生命感あふれる世界を構築できる。CD PROJEKT REDが開発中の『The Witcher IV』がUE5.6のショーケースとして披露されたことも、このエンジンが次世代のAAAタイトル開発の新たなスタンダードになることを予感させる。
もちろん、手放しで喜んでばかりもいられない。このデモは、あくまでRTX 5080という未来のハードウェアで実現されたものである。しかし、重要なのは、エンジン側がハードウェアの進化を受け入れる準備を整えたという事実だ。この最適化は、現行世代のハードウェアにも間違いなく恩恵をもたらすだろう。
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