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AIの未来は原子力が拓くのか?NVIDIAがビル・ゲイツと手を組み「電力」を制す戦略的必然

Y Kobayashi

2025年6月21日5:25PM

生成AIの革命が世界を席巻する中、その熱狂の影で巨大なボトルネックが浮上している。それは「電力」だ。AIモデルの学習と推論に不可欠な高性能GPUを詰め込んだデータセンターは、今や「電力の大食漢」と化し、世界中の送電網に悲鳴をあげさせている。このままではAIの進化そのものが頭打ちになりかねない――。この深刻な危機に対し、AIコンピューティングの覇者であるNVIDIAが、極めて大胆かつ戦略的な一手を打った。

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AI革命がもたらした「電力飢饉」。GPUの王者が下した歴史的決断

同社のベンチャーキャピタル部門であるNVenturesは、Microsoftの創業者Bill Gates氏が率いる次世代原子力技術企業、TerraPowerが進める6億5,000万ドル(約1,030億円)の資金調達ラウンドに参加したことを発表した。自らが創造したAI革命の未来を盤石なものにするため、エネルギーという根源的なインフラそのものに深くコミットするという、NVIDIAの強い意志の表れでと言えるだろう。

今回、NVIDIAが白羽の矢を立てたTerraPowerは、2006年の設立以来、従来型の巨大な原子炉とは一線を画す、革新的で安全な原子炉の開発を追求してきた。その中核をなすのが「Natrium(ナトリウム)」と呼ばれる先進的な原子炉技術だ。

The Natrium™ Reactor and Energy Storage System

1. 安定性と効率性を両立する「ナトリウム冷却高速炉」
Terrapowerの開発する原子炉「Natrium」は、冷却材に一般的な水ではなく、液体ナトリウムを用いる。ナトリウムは水よりも高い温度で沸騰するため、高圧をかける必要がなく、原子炉システム全体の安全性を高めることができる。さらに、熱効率が高く、より多くのエネルギーを無駄なく電力に変換することが可能だ。出力は345MWe(メガワット)と、今日のギガワット級の巨大原子炉と、開発が進む小型モジュール炉(SMR)の中間に位置する、絶妙なスケーラビリティを持つ。

2. 再エネの弱点を補う「ギガワット級エネルギー貯蔵」
Natrium技術の真骨頂は、原子炉に「溶融塩蓄熱システム」を組み合わせている点にある。これは、いわば巨大な“魔法瓶”のようなものだ。電力需要が低い時間帯も原子炉は安定して稼働を続け、余剰な熱を溶融塩に蓄える。そして、太陽光や風力発電が止まる夜間や、電力需要が急増するピーク時に、この蓄えた熱を使ってタービンを回し、最大500MWeの電力を5.5時間以上にわたって供給できる。

この機能は、天候に左右されやすい再生可能エネルギーの最大の弱点である「間欠性」を完璧に補完する。24時間365日、安定した電力を必要とするデータセンターにとって、これほど理想的なエネルギー源はないだろう。

TerraPowerはすでにワイオミング州でこのNatrium実証プラントの非原子力部分の建設に着手しており、2026年にも米原子力規制委員会(NRC)からの建設許可を取得し、2030年の運転開始を目指している。ロシアのウクライナ侵攻による燃料供給網の混乱で当初の計画から遅れは生じたものの、プロジェクトは着実に前進している。

シリコンバレーから原子力へービッグテックの地殻変動

NVIDIAの今回の動きは、決して孤立したものではない。むしろ、AIの未来を賭けたビッグテック各社による「エネルギー源確保」競争が、新たなステージに突入したことを象徴している。

  • Amazon (AWS): 原子力新興企業X-energyと提携し、データセンターへの電力供給を目指す。
  • Microsoft: かつて事故を起こしたスリーマイル島原発の再稼働を支援し、AIの電力需要を賄う計画。
  • Google: 原子力スタートアップKairosと契約を結び、将来のデータセンターへの電力供給を確保。
  • Oracle: 1ギガワット超のデータセンターを稼働させるため、3基のSMRを導入する計画を発表。

彼らが一斉に原子力へと舵を切る背景には、単なるクリーンエネルギーへの貢献という建前だけではない、極めて切実な経営課題がある。専門家によれば、AIとデータセンター向けの電力供給は2030年までに3倍にする必要があるとされ、既存の電力インフラでは到底追いつかない。自社の成長を支えるエネルギーを自ら確保しなければ、ビジネスそのものが立ち行かなくなるという危機感が、シリコンバレー全体を覆っているのだ。

この流れは、テクノロジー企業が単なるサービスの提供者から、社会インフラそのものを構築・運営する主体へと変貌しつつあることを示唆している。

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乗り越えるべきハードル:コスト、規制、そして社会受容性

もちろん、原子力への道は平坦ではない。楽観論だけでは語れない、3つの大きなハードルが存在する。

第一に「経済性」だ。先進的な原子炉は、まだその経済性が証明されたわけではない。SMR開発の先行者と目されたNuScale社は、コスト高騰を理由に主要プロジェクトを断念した。TerraPowerのワイオミングのプラントも、総工費は40億ドル(約6,300億円)に達すると報じられており、その半分は米国エネルギー省(DOE)が負担する見込みだ。このコスト構造が、政府の支援なしに持続可能かどうかは未知数である。

第二に「規制の壁」だ。原子力は厳格な安全規制の下にあり、許認可プロセスには長い時間と多大な労力を要する。TerraPowerが計画通り2026年に許認可を得られるかは、依然として不確実性を伴う。

そして最後に、最も根深い問題が「社会受容性」である。「自分の家の裏庭に原子炉を置けるか」という問いに、多くの人が躊躇するだろう。安全性が飛躍的に向上したとはいえ、過去の事故の記憶は根強く、地域住民の理解と合意形成は不可欠なプロセスとなる。

AIがエネルギーの未来を再定義する時代の幕開け

NVIDIAによるTerraPowerへの出資は、AIという21世紀最大のテクノロジー革命が、エネルギーという最も根源的な社会基盤のあり方をいかに揺さぶっているかを浮き彫りにした。これは、GPUの王者が自社のビジネスを守るための防衛的な一手であると同時に、未来のエネルギー供給網のルールを書き換えるための、極めて攻撃的な一手でもある。

AIの飽くなき電力需要が、皮肉にも、かつて成長の停滞が指摘された原子力技術に再び光を当て、イノベーションを加速させている。私たちは今、コンピューティングパワーとエネルギー供給が不可分に結びつき、テクノロジー企業がエネルギーの未来をリードする、そんな時代の入り口に立っているのかもしれない。

この壮大な賭けが成功すれば、NvidiaはAIチップ市場だけでなく、その土台となるエネルギー市場においても絶大な影響力を持つことになるだろう。AIの進化は、我々の社会のエネルギー構造そのものを、根底から変革するトリガーとなるのではないだろうか。


Sources

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