スマートフォンを新しく買い替えるたびに充電器も揃え直した経験がある人は少なくないはずだ。XiaomiのワイヤレススタンドはSamsungのスマートフォンを最大速度で充電できず、OPPOの充電器はiPhoneに対して最低限の出力しか出さない。ブランドが違えば充電器も変わる——この「充電器難民」問題は、中国OEMが高速充電を競争優位の核心に据え、意図的にブランドロックを構造化してきた結果だ。

ところが今、その構造を最も自ら進んで壊そうとしているのが他でもないXiaomiだ。Wireless Power Consortium(WPC)が2026年6月22〜25日にXiaomi北京本社で開催した会議——WPCのQiオフサイクル会議が中国で開かれた史上初の事例——には、AppleGoogleHuawei、OPPO、vivo、Honor、Anker Innovations、NXP、Renesas、Panasonic Automotive Systemsなど20社を超えるメーカーとサプライヤーが集結し、R&D人員だけで90名以上が参加した。目標は「Qi 50W」、すなわち現行最速のQi規格を倍以上超える50Wのオープンワイヤレス充電標準の仕様策定だ。

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Qi 50Wとは何か?現行規格との比較

Qiは2008年にWPCが策定したワイヤレス充電の国際標準規格で、今日スマートフォン市場で最も広く採用されている。規格の進化は段階的に積み重ねられてきた。初代Qiは5〜15W程度の出力で「置くだけで充電できる」という利便性を普及させ、2023年登場のQi2は15Wに出力を引き上げながら、Appleが持つ磁気アライメント技術をAndroid陣営にも開放した。

最新仕様のQi2.2(別名「Qi2 25W」)は2024年12月に仕様が確定し、2025年4月から製品展開が始まった。最大出力25W、コイル間アライメント精度±0.5mm、表面温度40°C以下という熱管理要件を設けながら、古いQi2(15W)やQi1.x端末との後方互換性も維持している。普及のスピードは急速で、2026年3月時点でQi2.2認証製品は521件に達し、2026年1月だけで181件が追加された。

Qi 50Wはその次の世代にあたる。名称については「Qi2 v3.0」「Qi2.3」など複数の表記がメディアによって使われているが、WPC会議の一次報道(IT Home、AndroidAuthority、Gizmochina)は一貫して「Qi 50W」という名称を採用している。本記事もこれに従う。50Wという出力は現行Qi2.2の2倍、初代Qi2の3倍以上にあたり、現行の中国OEM独自高速ワイヤレス充電(OPPO AIRVOOC 50W)と肩を並べる水準だ。

ただし「50W出力の実現」自体は各社が独自規格ですでに達成している。Qi 50Wの真の価値は速度ではなく、異なるブランドのスマートフォンと第三者製アクセサリの間で安全かつ互換性を持って50Wを実現するという点にある。

50Wワイヤレスを可能にした技術的突破口

既存のQi2規格が25Wで止まっていた最大の理由は、コイル設計の制約と発熱管理の壁にある。ワイヤレス充電の送電コイルと受電コイルは、磁界を介して電力を非接触で伝える。伝送効率を上げるためには磁束の蓄積能力(インダクタンス)を大きく取る必要があるが、インダクタンスが大きくなるほど高速充電時のコイル損失と発熱が増大するというトレードオフが生まれる。Xiaomiが「Qi2のコイル設計は制約が多く、熱管理に根本的な課題がある」と評価し2年間かけて独自のアーキテクチャを開発したのは、この壁を根本から解消するためだ。

Xiaomiが2024年第4四半期にWPCへ正式提出したのが、「低インダクタンス・低電圧・高電力」の3要素からなるアーキテクチャだ。

低インダクタンス設計はコイルモジュールの損失そのものを減らすアプローチだ。インダクタンスを下げることで高周波動作が可能になり、同じ出力でも発熱を抑えられる。副次効果としてコイルの薄型化・軽量化が実現し、フォルダブル端末や車載充電パッドなど形状の自由度が求められる用途への実装が容易になる。

低電圧設計は安全性と効率の両立を狙う。高電力を高電圧で送ると絶縁破壊リスクや人体への影響が懸念されるため、電圧を抑制しながら電流を増やす方式で50Wを達成する設計思想だ。充電効率・熱管理・システム複雑性のバランスを取りながら安全基準を満たすことが、このアプローチの核心にある。

この3つのアプローチはコイル素材の選択とも密接に連動する。高周波損失を低減するリッツ線(複数の絶縁銅線をより合わせた導線)と、磁束を端末側に集中させるフェライトシートの組み合わせが業界標準として確立しており、高周波電流がコイル表面に集中する「表皮効果」によるロスをリッツ線の構造が軽減することで伝送効率を高める。Xiaomiのアーキテクチャはこの物理的基盤の上に低インダクタンス設計と低電圧制御を重ねることで、素材と回路設計の両面から発熱の壁に対処している。

充電効率の具体的な数値については、Samsungが2025年1月のCESで発表したQi2.2対応PMIC「S2MIW06」が実装面での先行例になる。Samsung発表によれば、このチップは将来の50Wワイヤレス充電に対応し、98%の変換効率を達成するという。ただしこれはQi 50W規格の正式策定前にSamsungが自社評価した数値であり、独立した標準化テストによる検証値ではない。

規格の策定プロセスは段階的に進んでいる。2025年中にXiaomiが25Wおよび50Wの試作機を完成させてクロスベンダーテストを実施。2026年第1四半期にWPCがXiaomiのアーキテクチャを「Qi 50W標準草案フェーズ」に正式採用した。今回の北京会議は「Qi Plugfest & SRT Event(サンプルテスト・相互運用性検証イベント)」として位置づけられ、異なるチップ・コイル・デバイス間の互換性問題を実機で検証する場となった。正式な規格書の発行目標は2028年だが、「全て計画通りに進めば」という条件が付く。

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中国OEMが独自80Wを手放す逆説的な理由

この動きには強烈な逆説がある。現時点で最も高速なワイヤレス充電を実現しているのは、他でもない中国OEM自身だ。Xiaomiの「HyperCharge」は80W、Huaweiの「SuperCharge Wireless」も80W、OPPOとOnePlusの「AIRVOOC」は50Wを達成している。Qi 50Wが目指す出力水準をすでに実現している、あるいは上回っている。

問題は、これらが全て専用の充電器を必要とするブランドロック仕様だという点だ。OPPOのAIRVOOCアクセサリなしでOPPO端末を充電しようとすると、最大18W程度に制限される。XiaomiのHyperChargeは専用スタンドがなければ標準Qi最大の15Wにとどまる。中国OEMは速度では世界最先端でありながら、その速度はブランドの外に出られない構造を作り上げていた。

Xiaomiがその壁を自ら壊しにかかる動機は、エコシステムの拡大にある。Xiaomiのアーキテクチャを核としたQi 50Wが業界標準になれば、世界中のサードパーティアクセサリメーカーがそのアーキテクチャを採用した製品を開発することになる。独自規格の維持は専用充電器の販売につながる一方で、アクセサリエコシステム全体の広がりを妨げる。Qi 50Wという共通プラットフォームを確立することで、Xiaomiは充電器市場ではなく端末市場での優位性を長期的に強化できる。独自規格の維持は数年単位での充電器売上を守るが、Qi 50Wの業界標準策定者という立場は10年単位でのブランド信頼と端末市場でのポジションを固める投資だ——この時間軸のトレードオフをXiaomiが選んだ事実が、今回の動きの本質を示している。

Xiaomiがすでに自社HyperChargeプロトコルを業界に無償開放する動きを見せていた文脈も重要だ。今回のWPCへの技術提供はその延長線上にある戦略だ。プロプライエタリな資産をオープン化することで業界標準の策定者になる——GoogleのAndroid、MicrosoftのVSCode拡張エコシステムと同じ構造の競争優位構築だ。

他のOEMにとっても、独自規格の維持コストは軽くない。専用の充電ICや通信プロトコルを開発・維持し、認証を取り続けるコストと比べると、Qi 50Wという共通基盤の上で差別化を図るほうが総合的なコスト効率が高い。ブランドロックで守る独自の売上より、エコシステム全体の成長から得られる利益のほうが大きくなった——各社の計算がそこに至り始めていることが、20社超の参加という事実に表れている。

Apple・GoogleはQi 50Wで何を目指すのか

今回の会議で最も注目を集めたのが、AppleとGoogleの参加だ。Appleは現在MagSafe(Qi2ベースの独自実装に磁気アライメント機構を追加した上位互換)という立場を維持しており、Qi 50W採用について公式なコミットメントは一切示していない。今回の会議への参加はあくまでも「技術仕様の策定に関与した」という事実にとどまり、「将来のiPhoneがQi 50Wに対応する」という根拠にはならない点は明確にしておく必要がある。

参加そのものの意味は大きい。MagSafeはQi2を基盤にしながら独自の磁気アライメントを加えており、WPC規格との整合性を保ちながら進化してきた。Qi 50Wの仕様策定段階から関与することは、将来の規格との技術的整合性を事前に確保する動きとして解釈できる。iPhone 16で最大25W MagSafeを実現したAppleが、次世代ワイヤレス充電の仕様に発言権を持つ構造は、技術的参加という以上の意味がある。

GoogleはPixel 10 Pro XLで内蔵磁石アレイを持つ初のAndroid端末として25W Qi2をネイティブサポートした実績を持つ。WPC規格との親和性という面ではAndroid陣営随一の実績があり、今回の参加はPixelシリーズとQi規格の相性から自然な文脈とも読める——ただしGoogleもQi 50W採用を公式には表明しておらず、今回の参加は仕様策定への関与にとどまる。

Samsungはチップレベルでの準備を先行させた立場にいる。S2MIW06は50W対応という意味でQi 50W規格の受け皿になり得る設計だが、Galaxy S26シリーズへの搭載はQi2.2(25W)にとどまっている。Qi 50W正式発行後にどのタイミングで実装するかが、次の焦点となる。

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2028年に規格は完成するか——課題と展望

Qi 50Wが正式規格として発行される2028年という目標まで、現在の標準的な規格策定スケジュールからすれば特別タイトな日程ではない。ただし「全て計画通りに進めば」という条件は、複数の技術的・商業的ハードルが存在することを示唆している。

技術面での最大の課題は50W出力時の熱管理と安全認証だ。有線充電であれば余剰熱をケーブルや筐体から放散できるが、ワイヤレス充電では送電側パッドと受電側端末の両方で熱を管理しなければならない。Qi2.2が「表面温度40°C以下」という要件を設けているように、Qi 50Wでも同等あるいはより厳格な基準が設けられることになる。Xiaomiのアーキテクチャが低インダクタンス・低電圧設計でこの課題に対処しているとはいえ、実際のデバイスとアクセサリの多様な組み合わせで安全性を保証する認証プロセスは相当な工数を要する。

有線充電との速度差も引き続き残る。現行の有線急速充電では100W超が標準的になっており、ワイヤレス50Wはその半分程度の速度に相当する。ただし充電時間の絶対値で見れば、現行Qi2.2(25W)の約半分の時間で同容量を充電できる計算になる。ケーブルを一切使わない生活スタイルを現実的な選択肢として考えているユーザー層には、これで十分なラインに近づく。

普及のスピードという観点では、Qi2.2の急速な浸透が参考になる。2025年4月の製品展開開始から1年以内に521件の認証製品が出そろったペースが再現されれば、Qi 50Wも2028年の正式発行後2〜3年で市場の主流になり得る。ただしQi 50Wは技術的ハードルが高く、特にコイル設計と熱管理の認証要件は既存のQi2.2製品より複雑になる見込みだ。その認証要件をクリアした製品が市場に出そろった段階では、「置くだけで日常の充電が完結する」体験が現実の選択肢として成立する。50Wという数値は技術仕様書の中の数字だが、ユーザーにとっての意味は「ケーブルを持ち歩く必要がなくなる」かどうかの分水嶺だ。

中国OEMの既存エコシステムとの整合も残る問題だ。Xiaomi HyperChargeのユーザーと販売済みアクセサリへの対応を誰が担うのか。Qi 50Wへの移行を最も自ら主導しようとしているXiaomiが、この移行コストの最大の受け手になる可能性もある。

充電器を選ばずに置くだけで最速充電できる環境の実現は、技術規格の話である前に「使いやすさ」の話だ。Apple・Google・Xiaomi・Samsung・Huawei・OPPO、かつて互いに競合していた企業がXiaomi北京本社の同じ会議室に集まった事実は、その方向へ向かう業界全体の意志を示している。逆説的な協調の実験が、2028年という目標を現実のデバイスと充電パッドに刻む日まで続く。