2026年3月の夜、筑波大学附属病院の1階ロビーに一台のヒューマノイドが立った。中国Unitree Robotics製の「G1」、全高127cm、体重35kg。外来診療が終わった19時から21時までの3日間、このロボットは自律歩行、障害物回避、会話による道案内、物品運搬をこなした。転倒はゼロ。人との接触もゼロ。

この実証実験を実施したのは、チャットコマースで知られるスタートアップZEALS(ジールス)だった。同社は2025年11月にロボット事業部門「Omakase Robotics」を立ち上げたばかりで、病院という制約の多い空間でヒューマノイドがどこまで動けるかを探っていた。

それから5カ月後の8月5日、ZEALSは東京都内で記者発表会を開き、自社設計のヒューマノイド「D1」を正式に発表した。代表取締役の清水正大氏は実機デモを交えながら、日本の屋内環境に最適化したコンパクト設計と、年度内100台量産、累計稼働時間1万時間という目標を掲げた。

ただし、D1はG1とは根本的に異なる設計思想を持つ。二足で歩かないのだ。

 

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米中の設計思想が前提としてきたもの

ヒューマノイドの開発競争は、2024年以降急速に加熱している。TeslaのOptimusは全高173cm、体重57kg。Figure AIのFigure 03は全高173cm、体重70kg。Agility RoboticsDigitは全高175cm、体重65kg。いずれも人間の体格に近い寸法を持ち、二足歩行で移動する。

この設計思想の背景には、人間の生活空間は人間の身体に合わせて作られているという前提がある。階段を上がり、段差を越え、不整地を歩くには二足が有利だという論理だ。Teslaは2030年までに1台あたり2万5000ドルという価格目標を掲げ、Figure AIはBMWの組立ラインに50台を投入するパイロットを進めている。中国ではUnitreeが2026年第1四半期時点で1000台以上を倉庫やクリーンルームに展開済みとされる。

機種 全高 体重 移動方式 連続稼働 価格帯
Tesla Optimus Gen 3 173cm 57kg 二足歩行 約12〜16時間 未公開(推定15万20万ドル)
Figure 03 173cm 70kg 二足歩行 約10〜14時間 25万ドル(2026年Q1見積)
Unitree G1 127cm 35kg 二足歩行 約2時間 1万6000ドル
Agility Digit 175cm 65kg 二足歩行 約6〜8時間 リース月額約8000ドル
ZEALS D1 129.3〜159.3cm 110kg 台車(AMR) 約8時間 500万円から(約3万4000ドル

この表が示す通り、D1は移動方式の点で他社と一線を画す。そして、この選択は妥協の産物ではなく、明確な戦略的判断に基づくものであることが、発表会での清水氏の説明から読み取れる。

「二足をやめた」のではなく「腕に集中した」

清水氏は発表会で、セミヒューマノイドを採用した理由を「安全性」と「データ効率」の二点で説明した。

人が行き交う屋内空間で二足歩行ロボットを運用する場合、転倒リスクを完全に排除することは難しい。筑波大学附属病院でのPoCでG1が3日間転倒ゼロを達成したとはいえ、それは夜間の限定エリアでの話であり、日中の混雑した病棟で同じ結果が得られる保証はない。

データ効率の論理はより構造的だ。二足歩行の制御には膨大な計算資源と学習データが必要になる。歩行の安定化、バランス回復、段差対応といった課題にリソースを割く代わりに、D1は移動を台車ベースのAMR(自律移動ロボット)に任せ、浮いた計算資源とデータ収集コストをアームのマニピュレーションに集中させる。

D1の仕様を見ると、この判断の帰結が明確に表れている。全身の自由度は21。内訳は首2、腕7×2、グリッパー1×2、昇降1、台車2である。片腕の可搬重量は5kg。アームの全軸にはトルクセンサーが搭載され、人や物体との接触を検知した瞬間に動作を停止する。

台車部の横幅は48cm、奥行き55.5cm。最小通過幅は65cmに設定されている。日本の病院やホテルの通路幅、エレベーターの開口部を通過できる寸法だ。最高速度は1m/s、位置決め精度は±5cm。段差踏破性能は1cm以下にとどまるが、エレベーターへの乗り込みは可能としている。

清水氏は「海外のセミヒューマノイドは大きすぎる。日本の室内環境は狭いので、小回りがきく横幅48cmとした。この小回りは世界でも求められるものになる」と述べた。

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チャットボット企業がロボットを作る意味

ZEALSがヒューマノイドを開発している事実は、同社の来歴を知ると必然性が見えてくる。

2014年に創業したZEALSは、当初ロボット開発に着手していたが、2016年にチャットボット事業へ転換。チャットコマースという市場を日本で切り開き、2022年にはSalesforce Venturesや日本郵政キャピタルなどから総額50億円の資金調達を実施した。400社以上のエンタープライズ企業に接客AIを提供し、4.5億件超の会話データを蓄積している。

2025年11月にOmakase Roboticsを発足させ、会話AIを物理空間に持ち込む試みを本格化させた。2026年1月にはロボティクス向けミドルウェア「Omakase OS」の提供を開始。3月の筑波大学附属病院PoCを経て、8月のD1発表に至る。

この軌跡が示すのは、ZEALSがハードウェア企業ではなく、現場とのインタラクション設計を核に据えた企業だということだ。清水氏は発表会で「アメリカにはソフトウェアがあり、中国にはハードウェアがあるが、日本には現場がある」と言い切った。

現場データで回るフライホイール

D1の技術スタックは三層で構成される。ハードウェアの「D1」、ミドルウェアの「Omakase OS」、そして知能基盤の「Omakase Zen」だ。

Omakase Zenは、現場での稼働を通じて収集したデータをもとにマニピュレーション能力を継続的に改善する仕組みである。清水氏は「現場で回りつつ作るデータの循環、データフライホイールがフィジカルAIにおいてはもっとも大事だ」と語った。

現在のAIモデルは、米国Physical Intelligence社の「π(パイ)」シリーズやNVIDIAの「GROOT」をベースに、事後学習を重ねて検証を行っている。大規模言語モデルがインターネット上のテキストで学習できたのに対し、ロボットの動作を司る基盤モデルには、現場での映像、力加減、渡す角度といったインターネット上に存在しないデータが必要になる。

ZEALSの採用ページには、この戦略の核心がより率直に記されている。「私たちのモートはデータです。提携パートナーにより、現場労働力を通じた実世界データ収集チャネルを構造的に独占していきます」。Palantir型のForward Deployed Engineerを配置し、現場とエンジニアリングを橋渡しする体制を構築中だ。

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「準国産」が意味するものと、その代償

D1は純国産ではない。モーターやバッテリーなどの部品は海外製で、ハンドは中国製。ただし設計はZEALSが行い、組立は日本国内で実施する。この「準国産」という位置づけについて、清水氏は「スピードと価格」を理由に挙げた。

完全に日本製部品で国内生産にこだわれば、開発は数年単位で遅れ、価格も跳ね上がる。500万円からという価格は、市場平均とされる1000万円の約半分に設定されている。月額運用費用は20万円から。

この価格設定は、日本のヒューマノイド市場の文脈で見る必要がある。Fortune Business Insightsの推計では、日本のヒューマノイドロボット市場は2026年に約2.9億ドル規模で、2034年までに39.9億ドルへ成長すると予測されている(年平均成長率43.7%)。介護分野では2040年までに57万人の介護人材が不足すると見込まれており、医療・介護現場でのロボット導入ニーズは構造的に拡大している。

一方で、純国産への道筋も描かれている。D1の社会実装で得たデータや運用ノウハウをもとに、国内の部品メーカーや研究機関と連携し、主要コンポーネントの国産化を段階的に進める方針だ。

稼働時間で測るという指標の意図

ZEALSが社会実装の指標として販売台数ではなく「現場稼働時間」を掲げている点は、ロボティクス業界では異例の選択である。

ロボットが納品されただけで使われなくなる「置物化」は、日本のサービスロボット導入で繰り返し起きてきた問題だ。2010年代に多くの施設に導入された案内ロボットや配膳ロボットの一部は、運用コストや現場との適合性の問題で稼働率が低下し、撤去された例が少なくない。

ZEALSは2026年度内に100台を量産し、累計1万時間の稼働実績を目指す。1台あたり年間100時間、つまり1日あたり約1.5時間の稼働に相当する。8時間のバッテリー容量に対してこの目標は控えめに見えるが、実際の業務への組み込み、スタッフとの協働手順の確立、トラブル対応を含めれば、初期段階としては現実的な数字といえる。

この目標を支えるため、4領域のパートナーシップが構築された。医療分野ではCUC、桜十字グループ、CHCPがユースケース開発を担う。三井住友海上火災保険は対人・対物事故やサイバーリスクをカバーする専用保険を開発した。JA三井リース、みずほリース、三菱HCキャピタルは初期費用を抑えた導入パッケージを検討中だ。GMO AI&ロボティクス商事とQuickは導入・運用支援を行う。

8月5日から予約受付を開始し、10月納品分の初回ロットはすでに完売している。

現場データが蓄積されるまでに越えるべき壁

D1のアプローチには、明確に未検証の前提がある。

第一に、台車ベースの移動が実際の現場でどこまで通用するかだ。段差踏破性能は1cm以下にとどまり、日本の施設に多い数cmの段差や敷居への対応は限定的になる。エレベーター乗り込みは可能とされるが、施設間の移動や屋外での運用は想定されていない。

第二に、Omakase Zenのデータフライホイールが実際に回り始めるまでの時間である。双腕を使う業務について、ZEALSは「完全自動化を急がず、現場データの収集、適合性確認、学習、評価、改善を重ね、段階的に対応領域を広げる」としている。ドアノブを回す、トレイを渡すといった動作の自動化には、膨大な現場データと反復的なモデル改善が必要になる。

第三に、筑波大学附属病院でのPoCはUnitree G1(二足歩行機)を用いたものであり、D1本体の実環境での検証実績はまだ存在しない。D1の安全性は設計上の仕様として示されているが、実際の病院や介護施設での長期稼働データはこれから蓄積される。

清水氏は発表会の締めくくりで「費用対効果や安全性にも向き合う。パートナー企業と共にしっかり取り組んで社会実装を実現できれば」と述べた。ヒューマノイドが現場の戦力になるかどうかは、発表会のデモではなく、これから積み上がる稼働時間の質が定める。