1970年代に合成され、結晶構造まで記録されていた化合物が、半世紀を経て新たな材料群として注目されている。当時の無機化学者たちは多くの層状化合物を研究していたが、グラフェンに代表される2次元材料の研究が本格化する以前だったため、その構造が持つ可能性は十分に検討されていなかった。こうした化合物の中には、現在の材料科学で重要視される「MXene(マキシン)」に分類できるものが含まれていたという。過去の研究成果を現代の視点で見直すことで、新材料の発見につながる可能性が浮かび上がってきた。

2026年10月29日、スウェーデンのリンショーピン大学を中心とする国際研究チームは、機械学習によるデータベース解析と過去の文献調査を組み合わせ、これまで見落とされていたMXeneの候補を特定したとする研究成果を科学誌『Science』に発表した。論文のタイトルは「Data-driven discovery and rapid, direct synthesis of MXenes」(DOI: 10.1126/science.aeh5957)である。研究チームは、過去に合成されていながらMXeneとして認識されていなかった33種類の候補を見つけ、その知見を基に希土類元素を含む新しい層状化合物11種類の合成に成功した。既知の化合物の再合成なども含めると、実験で得られた多層MXeneは計18種類に達する。

今回の成果は、AIが未知の材料を自律的に設計し、室温で瞬時に製造したというものではない。実際には、機械学習による構造分類、研究者による文献精査、第一原理計算、そして自己伝播高温合成(SHS)を組み合わせた材料開発である。合成時には短時間の点火をきっかけに高温の化学反応が進み、持続的な外部加熱を必要とせず、数分以内に反応が完了する。過去の知識から有望な材料を見つけ出し、それを実験的に合成するまでの一連の手法に、今回の研究の重要性がある。

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この数字を理解するうえでは、データベースから特定された候補と、今回の研究で実際に合成された化合物を区別する必要がある。過去に見落とされていた33種類は、すでに合成例が存在する物質であり、今回新たにすべてが作られたわけではない。研究チームは過去の結晶構造を再評価し、そこから得た知見を基に計18種類の多層相を合成した。そのうち11種類が、今回初めて報告された希土類系の組成に当たる。

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56種類の結晶構造から見つかった33種類の未認識MXene

MXeneは、主に遷移金属の炭化物や窒化物からなる2次元材料の総称で、2011年に米ドレクセル大学の研究者らによって初めて報告された。一般的なMXeneは数原子層の厚さを持ち、表面にはフッ素、酸素、水酸基などが結合している。優れた電気伝導性や大きな比表面積を持つことから、電池の電極材料、電磁波シールド、触媒などへの応用が研究されてきた。特にチタン系のMXeneは研究例が多く、代表的な材料であるTi₃C₂Tₓは、高い導電性を持つ2次元材料として知られている。

従来のMXeneの多くは、MAX相と呼ばれる層状の前駆体結晶から作られてきた。MAX相は金属元素などが規則的に積み重なった構造を持ち、フッ化水素酸などによる選択的エッチングで特定の原子層を取り除くと、MXeneに相当する層が残る。さらに層間を広げて剥離することで、薄いシート状の材料を得られる。ただし、この方法は前駆体の合成やエッチングに時間がかかるほか、強い酸を扱う工程で安全性や環境負荷への配慮が必要になる。

今回の研究では、一般式 \(\mathrm{M}_2\mathrm{XT}_2\) で表される多層構造に注目した。Mは金属元素、Xは主に炭素や窒素、Tは金属と炭素などからなる層の表面に位置する終端元素を表す。こうした構造では、MとXからなる薄い層が終端元素を介して積み重なっており、層間を分離できれば2次元シートを取り出せる可能性がある。重要なのは、この構造を持つ化合物の一部が、MXeneという名称が生まれるはるか以前から知られていたことだ。

研究チームが結晶構造データベースを機械学習で調べ、元の研究文献と照合した結果、多層MXeneに対応する構造を持つ実験報告済みの化合物56種類が整理された。そのうち33種類は、これまでMXeneの一種として認識されていなかった候補である。古い研究では、こうした物質は層状ハロゲン化炭化物などとして扱われており、現在の2次元材料という観点から特性が十分に調べられていなかった。研究チームは、過去の結晶学的データを見直すことで、既存の材料研究に埋もれていた化合物群を再発見した。

ただし、機械学習が33種類の新物質を一から設計したわけではない。AIの主な役割は、多数の結晶構造の中からMXeneに似た原子配列を持つ候補を抽出することだった。候補の実在性や結晶構造を確かめるには、研究者が過去の論文まで遡って検証する必要があった。既知の化合物を現在の材料分類に位置づけ直したことが、新たな合成研究への出発点となったのである。

機械学習と過去の文献調査が広げた材料探索の範囲

研究チームの探索手法は、大規模データベースの自動解析と、専門家による文献調査を組み合わせたものだ。Materials ProjectやOpen Quantum Materials Database(OQMD)に収録された無機結晶構造を対象に、機械学習モデルを使って多層MXeneに特徴的な原子配列や層状構造を持つ候補を選別した。結晶の対称性、原子間距離、元素の配置などを手がかりに候補を絞り込むことで、従来の研究ではMXeneとして扱われていなかった化合物を見つけ出した。

一方、結晶構造データベースに登録されている情報が、必ずしも完全とは限らない。古い文献から取り込まれた結晶データには、構造情報の不備や表記の違いが含まれている場合があり、実験的に合成された事実がデータベース上で適切に分類されていないこともある。そのため研究チームは、機械学習が抽出した候補について、元の学術論文や結晶構造の測定結果を確認した。1970年代にドイツなどで報告された化合物も再調査の対象となり、当時の研究成果が今回の材料探索につながった。

こうした調査によって明らかになったのが、MXeneの化学組成が従来考えられていた以上に多様であるという点だ。これまでの研究はチタン、バナジウム、モリブデンなどの遷移金属を中心に進められてきたが、今回の候補には希土類元素を含む層状化合物も数多く含まれていた。特に、スカンジウム、イットリウム、ランタノイドなどをMサイトに取り込んだ構造は、従来の代表的なMXeneとは異なる電子状態や磁気特性を持つ可能性がある。

また、XサイトやTサイトの元素の組み合わせも、従来のMXeneで広く研究されてきた範囲を超えていた。特に終端元素については、フッ素だけでなく塩素や臭素などを組み込んだ化合物が確認されている。終端元素の種類は層間距離や電子構造に影響するため、同じ金属元素と炭素からなる骨格でも、異なる物性を持つ材料を設計できる可能性がある。研究チームは、こうした探索結果を基に、希土類元素を含むハロゲン終端の炭化物を新たな合成対象として選んだ。

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自己伝播高温合成で18種類の多層MXeneを直接合成

研究チームは、データベース解析で得られた知見を基に、従来のエッチング法に頼らないMXeneの直接合成に取り組んだ。採用したのは、自己伝播高温合成(Self-propagating High-temperature Synthesis:SHS)と呼ばれる手法である。これは、反応性の高い原料の混合物に局所的な点火エネルギーを与え、その後は化学反応で発生する熱を利用して反応を持続させる方法だ。外部から長時間加熱しなくても、発熱反応が試料内部を伝播することで、短時間で目的の化合物を形成できる。

具体的には、金属粉末、炭素源、ハロゲンを供給する原料を組み合わせ、短時間の通電加熱などによって反応を開始する。点火後は発熱反応が自発的に進行し、継続的な外部加熱なしで合成が完了する。研究チームの報告では、反応は数分以内に終わる。ただし、これは室温で化学反応が進むという意味ではなく、反応部分は1,000℃を大きく超える高温に達する。短時間の点火をきっかけに高温の燃焼反応を起こす点が、この手法の特徴である。

リンショーピン大学も10月29日の発表で、持続的な外部加熱を必要とせず、極めて短時間で材料を合成できる点を強調している。ただし、大学が説明する短い合成時間は、反応中の温度が低いことを意味しない。外部加熱を維持する工程を減らせることと、反応そのものが低温で進むことは区別する必要がある。また、反応時間が短いというだけで、製造工程全体のエネルギー消費量が少ないと断定することもできない。

研究チームはまず、既知の化合物であるY₂CF₂やY₂CCl₂を直接合成することで、手法の有効性を確認した。さらに、過去に合成報告がありながらMXeneとして十分に認識されていなかった臭素終端のY₂CBr₂についても、この方法で合成した。フッ素、塩素、臭素という異なる終端元素を持つ層状化合物を直接得られることから、原料の組み合わせを変えることで材料の組成を制御できる可能性が示された。

続いて研究チームは、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ホルミウム、ツリウムを用いた合成に取り組んだ。その結果、これまで報告されていなかった11種類の希土類系MXeneの合成に成功した。既知化合物の再合成などを含め、今回の研究で合成された多層MXeneは計18種類となる。これにより、従来の遷移金属を中心としたMXene研究に、希土類元素を利用した新たな材料群が加わった。

合成された試料については、X線回折(XRD)や走査透過型電子顕微鏡(STEM)などを使い、結晶構造を詳しく調べた。その結果、金属と炭素からなる原子層が規則的に積み重なった構造が確認され、第一原理計算による構造予測とも整合する結果が得られた。ただし、目的とする結晶相が形成されたことと、得られた試料が不純物を含まないことは別である。今後の実用化には、目的相の割合を高め、合成条件によらず一定の品質を維持できるようにする必要がある。

項目 従来のMAX相エッチング法 今回の自己伝播高温合成法
主な出発原料 あらかじめ合成したバルクMAX相 金属粉末、炭素源、ハロゲンを含む原料
主な反応工程 強酸などによる特定原子層の選択的除去 点火をきっかけとする自己伝播型の発熱反応
加熱・反応時間 MAX相の合成やエッチングに数時間から数十時間を要する場合がある 持続的な外部加熱は不要で、反応は数分以内に完了
主な生成物 多層MXeneや剥離された薄いフレーク 規則的な積層構造を持つ多層結晶
今回の研究での実証範囲 従来から多様な遷移金属系MXeneに利用 新規11種類を含む計18種類の多層相を合成
量産技術の成熟度 工業化に向けた研究や先行事例が多数存在 今回の実証は実験室スケール

今回の合成法には、環境負荷を減らせる可能性もある。従来のフッ化水素酸によるエッチング工程を必要としないため、強酸の取り扱いや洗浄水の使用を減らせると期待されている。リンショーピン大学も、従来法に比べて有害な化学物質や水の使用量を抑えられることを利点として挙げている。ただし、今回の研究で製造工程全体の環境負荷が定量的に評価されたわけではない。原料の製造、燃焼反応で生じる副生成物や排ガスの処理、設備の運用なども含めたライフサイクルアセスメント(LCA)が必要であり、現段階では環境面での優位性が全面的に実証されたとはいえない。

希土類MXeneの半導体特性と磁性を理論計算で予測

新たに合成された希土類系MXeneは、従来の材料とは異なる電子的・磁気的性質を持つ可能性がある。ただし、論文で示された物性の多くは第一原理計算による予測であり、すべてが実験によって直接確認されたわけではない。材料の結晶構造を実際に合成して確かめることと、その材料が電子デバイスとして期待通りに動作することは別の段階にある。

研究チームは、イットリウムやランタノイドを含む45種類のM₂CT₂組成を対象に、密度汎関数理論(DFT)を用いた計算を実施した。金属元素と終端元素の組み合わせを変えながら、熱力学的安定性、格子振動に基づく動的安定性、力学的安定性を評価した結果、43種類が設定した安定性の基準を満たすと予測された。ただし、計算上の安定性は、すべての材料を容易に合成できることを保証するものではない。実際の合成では、原料の反応性や温度条件、不純物相との競合などが影響するため、個々の材料について実験的な検証が必要となる。

電子構造の計算では、多くの希土類系MXeneが約1〜2eVのバンドギャップを持つ半導体になると予測された。これは、代表的なチタン系MXeneであるTi₃C₂Tₓが一般に金属的な電気伝導性を示すこととは対照的だ。半導体として利用できれば、トランジスタや光検出素子などへの応用が考えられる。また、特定のセリウム系やイッテルビウム系の組成では、一方の電子スピンに対して金属的な状態を示し、もう一方ではエネルギーギャップが存在する「ハーフメタル」に近い性質も計算上予測された。

半導体特性については、理論計算だけでなく、一部の合成試料を使った光学測定も行われている。例えば、Y₂CF₂では紫外・可視光の拡散反射スペクトルから光学バンドギャップを推定し、計算結果とおおむね一致する値が得られた。こうした測定は、計算で予測した電子構造が実際の材料にも反映されていることを裏付ける。ただし、光学的なバンドギャップの測定だけで、電荷移動度やトランジスタとしての動作特性まで確認できるわけではない。

さらに注目されるのが、希土類元素の4f電子に由来する磁気特性だ。ランタノイドの多くは局在した4f電子を持ち、そのスピンの相互作用によって強磁性や反強磁性などの磁気秩序が生じる可能性がある。研究チームの計算でも、元素の種類によって安定な磁気状態が異なり、強磁性を示すと予測された組成と、反強磁性を示すと予測された組成が確認された。終端元素の違いによって層間距離や電子状態が変化するため、同じ金属元素を使っても磁気的な相互作用を調整できる可能性がある。

磁性については、既存の実験結果との比較も重要になる。例えば、ホルミウムを含むHo₂CF₂では、過去の研究でネール温度3.7Kの反強磁性秩序が報告されており、今回の理論的な検討にも関連する実験的知見となっている。ただし、さまざまな終端元素を持つ新規相について、予測された磁気秩序がすべて直接測定によって確認されたわけではない。終端元素の変更によって磁気特性をどこまで制御できるかは、今後の詳しい磁化測定や磁気構造解析を通じて検証する必要がある。

これらの結果は、希土類系MXeneが半導体材料や磁性材料として利用できる可能性を示している。特に、電子スピンを情報処理に利用するスピントロニクスや、新しい磁気機能を持つ電子素子への応用が考えられる。しかし、論文で実証されたのは主に材料の合成、構造の確認、基礎物性の測定と理論予測であり、磁気メモリやトランジスタなどの実用デバイスを試作したわけではない。計算で期待される性質が、実際の素子構造や使用環境でも得られるかが次の課題となる。

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実用化に向けて残る単層剥離と大量生産の課題

今回の成果で重要なのは、過去の研究資料から新たな材料候補を見つけ出し、それを実際の合成につなげた点だ。機械学習による構造探索と研究者による文献精査を組み合わせることで、すでに知られていた化合物の価値を別の観点から見直せることが示された。さらに、自己伝播高温合成によって希土類系の多層MXeneを直接作り出せたことは、材料の組成を広げるうえでも重要な進展となる。ただし、基礎研究としての成果を産業用途につなげるには、まだ複数の技術的課題が残されている。

第一の課題は、合成された多層結晶を単層または数層の薄いシートに分離する技術だ。今回の研究で得られた材料は、原子層が規則的に積み重なった多層結晶であり、必ずしも個々の層が分離された状態ではない。MXeneの大きな比表面積を電池の電極、水処理膜、センサーなどに生かすには、用途に応じて層間を広げ、薄いシートを取り出して分散させる工程が重要になる。今回の直接合成法で得た希土類系MXeneについて、構造を損なわずに安定した単層剥離が可能かどうかは、十分に実証されていない。

第二の課題は、大量生産時の品質管理だ。実験室で少量の原料を点火して反応させる場合と、工業規模で大量の原料を連続的に処理する場合とでは、熱の伝わり方や反応速度、生成物の均一性が大きく異なる。自己伝播高温合成は、反応自体が発生させる熱を利用できるという利点を持つ一方、高温反応を安定して制御し、不純物の生成を抑える技術が欠かせない。実際の製造コストを判断するには、原料価格、目的相の歩留まり、設備費、安全対策なども評価する必要がある。

第三の課題は、製造時の環境負荷と材料の長期安定性である。強酸を使うエッチング工程を省略できることは利点だが、燃焼合成で使用するハロゲン含有原料や副生成物の取り扱いまで含めて、安全性と環境への影響を評価しなければならない。また、希土類金属の採掘・精製に伴う負荷や、材料の酸化・劣化特性も無視できない。特に、空気や水分にさらされた際の構造変化は、電池や電子素子などへの応用を考えるうえで重要な検証項目となる。

さらに、今回予測された半導体特性や磁気特性が、実用的な性能につながるかも確認する必要がある。例えば、電池材料として利用するなら充放電容量やサイクル寿命、電子素子であればキャリア移動度や動作安定性、磁気デバイスであれば磁気秩序の温度依存性や制御性が評価対象となる。今回の研究では、これらの応用デバイスとしての性能は実証されていない。新しい組成の材料を作れたことと、それが既存材料より優れた性能を示すことは、明確に区別すべきだ。

今回の研究は、過去の結晶データを現代の機械学習と材料科学の手法で再評価することで、新たな研究領域を切り開けることを示した。見落とされていた33種類の候補を特定し、希土類を含む新規11種類を含めて計18種類の多層MXeneを合成したことは、その具体的な成果である。今後は単層剥離や合成品質の改善に加え、実測による物性評価と量産技術の確立が重要になる。新たに見つかった材料群が実用的な電池や電子デバイスへと発展するかどうかは、これからの研究によって明らかになる。