ドイツ・ミュンヘンに本拠を置く核融合スタートアップのProxima Fusionが、日本企業2社との協力を拡大する。2026年10月28日、ドイツのFriedrich Merz首相の訪日に合わせ、京都フュージョニアリングおよびフジクラとそれぞれ覚書(MoU)を締結した。協力の対象となるのは、プラズマ加熱に使う次世代ジャイロトロン、トリチウムなどを扱う燃料サイクル技術、そして強力な閉じ込め磁場を生み出す高温超電導(HTS)線材の製造だ。
ただし、今回の合意は工場建設の正式決定や核融合関連設備の実証完了を意味するものではない。覚書は技術開発や事業化に向けた協力の枠組みを定めるものであり、具体的な製品の発注や納入、発電設備の稼働を保証するものではない。Proxima Fusionが目指すステラレータ型核融合炉の商用化には、設計上の要求を満たす機器を産業規模で製造し、安定供給できる体制が欠かせない。今回の合意内容を踏まえ、同社が描く商用化計画の進捗と、今後検証すべき技術的課題を整理する。
独首相の訪日に合わせて締結された2つの覚書
2026年10月28日に東京で締結された2つの覚書は、Proxima Fusionが計画する核融合発電所に必要な主要技術について、日本企業との協力を深めるものだ。京都フュージョニアリングの発表によると、両社は次世代ジャイロトロンと燃料サイクル技術の共同開発を継続・拡大する。京都フュージョニアリングが培ってきたプラズマ加熱やトリチウム関連技術を活用し、ドイツでの核融合技術の商用化と産業展開につなげる方針だ。ドイツ連邦研究・技術・宇宙省(BMFTR)が推進する国家的な「Fusion Hubs(フュージョン・ハブ)」構想への参画も視野に入れている。
一方、Proxima Fusionが発表したフジクラとの覚書は、高温超電導(HTS)テープの製造に関するものだ。両社はドイツ北部のニーダーザクセン州で、産業規模のHTSテープ製造拠点を設ける可能性を共同で検討する。まずは製造に必要な技術要件や商業面・経済面での実現可能性を評価し、フジクラの製造技術とProxima Fusionが想定する長期的な需要を結びつける。
この製造構想は、今回初めて公表されたものではない。Proxima Fusionは2026年9月9日、ニーダーザクセン州との覚書を発表しており、2029年末までの初期2段階に約1億4,000万ユーロを投じる計画を示していた。資金は公的資金と民間資金で折半し、州政府が公的負担分のうち2,100万ユーロを拠出する構想だ。今回のフジクラとの合意は、この既存計画に具体的な製造技術を持つパートナーを加え、実現可能性の検討を進める動きと位置づけられる。
もっとも、これらは現時点では計画段階の取り組みである。工場建設の最終投資決定や年産能力の確定は発表されておらず、京都フュージョニアリングとの協業についても、今回の覚書に基づいて納入されたジャイロトロンの性能や燃料サイクル設備の実証データは示されていない。首脳外交を背景に日独の産業連携が進むことには意味があるが、協力関係の構築と、要求性能を満たすハードウェアの完成は区別して評価する必要がある。
磁場、加熱、燃料サイクルを担う3つの重要技術
Proxima Fusionが開発するステラレータ型核融合炉では、今回の協力対象となった技術がそれぞれ異なる役割を担う。核融合発電を成立させるには、超高温のプラズマを閉じ込める磁場、核融合反応に必要な温度までプラズマを加熱する装置、そして燃料を継続的に供給・回収するシステムが必要だ。これらは個別に性能を満たすだけでなく、一つの発電設備として連携して動作しなければならない。
第一の要素となる高温超電導(HTS)テープは、プラズマを閉じ込める強力な磁場を発生させる電磁石の材料だ。ステラレータはトカマクと異なり、プラズマ内部の大きな電流に頼らず、複雑な三次元形状の外部コイルによって閉じ込め磁場を形成する。この構造により、原理的にはプラズマ電流に起因する大規模な不安定現象を避け、定常運転に適した装置を構成できる。HTSテープは比較的高い温度でも超電導状態を維持でき、強い磁場の下で大電流を低損失で流せるため、高磁場コイルの重要な材料となる。
第二の要素であるジャイロトロンは、高出力のマイクロ波を発生させる真空管の一種だ。重水素とトリチウムの原子核を融合させるには、プラズマを1億度以上の超高温に加熱し、その状態を維持する必要がある。ジャイロトロンが発生させるミリ波帯の電磁波は、磁場中を旋回する電子の運動と共鳴する性質を利用し、プラズマにエネルギーを与える。この加熱方式は電子サイクロトロン共鳴加熱(ECRH)と呼ばれ、ステラレータの加熱系を構成する重要な技術となっている。
第三の要素となる燃料サイクルは、重水素(D)と三重水素(トリチウム、T)を炉内に供給し、未反応の燃料を回収・精製して再利用する一連のシステムを指す。特にトリチウムは自然界にほとんど存在せず、大規模な核融合発電では炉内で消費する分を継続的に補う仕組みが必要になる。そこで想定されているのが、炉心を取り囲むブランケット内で、核融合反応によって生じる中性子とリチウムを反応させ、トリチウムを生成する方式だ。生成したトリチウムを安全かつ効率的に回収し、燃料として再供給する技術の確立が、将来の連続運転に向けた課題となる。
| 技術要素 | 核融合発電所における役割 | 今回発表された協力内容 | 今後の主な検証課題 |
|---|---|---|---|
| 高温超電導(HTS)テープ | 三次元形状の高磁場コイルを構成し、プラズマを閉じ込める | ドイツ・ニーダーザクセン州での製造拠点構想を共同評価(フジクラ) | 最終投資決定、生産能力、長尺線材の品質・均一性、量産歩留まり |
| ジャイロトロン | 電子サイクロトロン共鳴加熱(ECRH)により、プラズマを加熱・維持する | 次世代ジャイロトロンの共同開発を継続・拡大(京都フュージョニアリング) | 要求出力での連続運転、加熱効率、ステラレータの入射系との統合試験 |
| 燃料サイクル | 燃料の供給・回収・精製・再循環を担い、トリチウム増殖系とも連携する | 燃料サイクル技術の共同開発とドイツでの産業展開を検討(京都フュージョニアリング) | トリチウム回収効率、連続循環運転、安全性、材料との適合性 |
Proxima Fusionが公表したステラレータ型発電炉の概念設計では、プラズマに結合するECRH加熱パワーを50 MWと設定している。ただし、これは発電炉の設計から導かれた要求値であり、京都フュージョニアリングとの協業によって50 MWの加熱性能が実証されたことを意味しない。今回の産業連携は、こうした設計上の要求を満たす機器を実際に製造し、統合していくための取り組みと位置づけられる。
実証炉に2万km、商用炉に4万kmのHTSテープが必要との試算
フジクラとの協力で特に重要になるのが、HTSテープの製造規模だ。Proxima Fusionの試算では、2030年代前半に計画する実証炉「Alpha」に約20,000 km、その後の初号商用プラント「Stellaris」には1基当たり約40,000 kmのHTSテープが必要になる。これらは、超電導コイルを構成するために必要な材料の長さを見積もったもので、将来の製造能力を検討する際の基礎となる数値だ。
ただし、20,000 kmと40,000 kmは、現時点の炉設計と開発計画から算出された需要予測である。既存の生産ラインによる出荷実績でも、フジクラへの確定発注量でもない。HTSテープはすでに製造・供給されているものの、核融合炉が要求する品質を維持しながら数万km規模の材料を安定供給するには、生産能力の拡大と製造技術の高度化が求められる。
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"source": "Proxima Fusionプレスリリース(2026年10月28日)"
}ニーダーザクセン州で検討されている製造拠点は、こうした長期需要を背景に、欧州でのHTSテープ供給体制を整える構想だ。核融合炉では大量の高性能線材が必要になるため、製造能力の拡大と量産によるコスト低減が商用化の重要な条件となる。Proxima Fusionが将来の需要見通しを提示することで、材料メーカー側も設備投資や生産計画を検討しやすくなる。
しかし、製造拠点の実現可能性や採算性が確認されたわけではない。初期投資の概算と資金調達方針は示されているものの、最終的な投資判断や具体的な生産設備の仕様は今後の検討事項だ。技術面では、長尺テープ全体にわたって臨界電流などの特性を均一に保ち、十分な歩留まりを確保できるかが課題となる。製造規模の拡大によって単位長さ当たりのコストをどこまで引き下げられるかも、核融合発電の経済性を左右する要素だ。
数値シミュレーションで示された1GW級発電炉の設計
Proxima Fusionの技術的な構想を理解する上で重要な資料が、2025年に学術誌へ掲載された研究論文だ。J. Lionらによる「Stellaris: A high-field quasi-isodynamic stellarator for a prototypical fusion power plant」は、2025年2月6日に受理され、学術誌『Fusion Engineering and Design』第214巻(論文番号114868)に掲載された。高温超電導磁石と、準等力学(Quasi-Isodynamic:QI)と呼ばれる磁場配位を組み合わせた、ステラレータ型核融合発電炉の概念設計をまとめたものだ。
この研究の特徴は、プラズマの閉じ込め性能だけでなく、発電炉に必要な複数の工学的条件を一体的に検討している点にある。磁場配位の三次元最適化やプラズマ安定性の解析に加え、第一壁の冷却、ダイバータの熱負荷、中性子を利用したトリチウム増殖ブランケット、電磁石の支持構造などを評価している。超電導状態が失われる「クエンチ」への対策や、炉内機器を遠隔操作で交換する保守方法についても検討が行われた。
論文で示された発電炉の設計値は、核融合反応による最大出力が約2,700 MW、ブランケット内でのエネルギー増倍を含めた熱出力が約3,150 MWというものだ。熱から電気への変換効率を約3分の1と仮定すると、約1 GWの電気出力が得られる計算になる。ただし、これは概念設計上の電気出力であり、発電所内の機器が消費する電力などを差し引いた正味の送電出力が実証されたわけではない。
ここで注意すべきなのは、論文が示した結果は数値シミュレーションと計算モデルに基づいていることだ。磁場構造やプラズマの挙動、中性子輸送、熱負荷などを詳細に解析しているものの、実際のStellaris発電所が建設され、約1 GWの電力を発生させたわけではない。熱電変換効率を3分の1とする条件も計算上の仮定であり、発電設備で測定された数値ではない。
研究では、実現可能性を評価するために幅広い物理・工学的条件を検討しているが、プラント全体を統合した実験による検証は行われていない。実際の核融合炉では、中性子照射による材料の劣化、長時間の熱負荷、超電導コイルに働く電磁力、機器の製造誤差など、計算だけでは十分に確かめられない問題が生じる。さらに、個々の設計が計算上成立していても、必要な機器を産業規模で製造し、一つのシステムとして安定運転できるとは限らない。今回のサプライチェーン構築に向けた取り組みは、こうした設計と実機の間にある技術的な課題を克服するための一段階といえる。
商用化ロードマップと今後の判断材料
Proxima Fusionは、2030年代前半に実証ステラレータ「Alpha」で核融合による正味のエネルギー利得を達成し、その成果を基に2030年代後半には初号商用発電所「Stellaris」の実現を目指している。ただし、Alphaが目標とするエネルギー利得は、核融合反応で生じる出力がプラズマの加熱に投入する出力を上回る科学的なエネルギー利得(Q>1)を指す。発電所全体の消費電力を上回る電気出力が得られることとは異なり、商用発電に向けてはさらに多くの技術課題を解決する必要がある。
こうした開発目標は、同社が示したロードマップであり、今回の覚書や学術論文によって達成が保証されたものではない。技術の進捗を判断するには、目標年次だけでなく、各段階でどのような機器が完成し、どの性能が実測によって確認されたかを見る必要がある。特に、数値計算で示された炉心性能を再現できるか、必要な周辺機器を統合して安定運転できるかが重要になる。
HTSテープの製造については、ニーダーザクセン州で計画されている工場の最終投資決定(FID)が最初の重要な判断材料となる。その後は、資金調達の確定、生産ラインの仕様、年産能力、量産開始時期などが具体化されるかが焦点だ。技術面では、製造されたテープの臨界電流密度や長尺方向の品質均一性、接合部の性能といった測定データに加え、実機用コイルへの供給実績を確認する必要がある。
ジャイロトロン加熱と燃料サイクルについても、開発機器の仕様や実測データが進捗を判断する基準となる。ジャイロトロンでは、実際に得られるミリ波出力、長時間運転時の安定性、電力変換効率に加え、ステラレータの加熱系との統合試験が重要だ。燃料サイクルでは、トリチウムの回収率や精製性能、連続循環時の安全性、材料との適合性などを検証する必要がある。これらの性能を個別に確認した上で、核融合炉全体として要求を満たすかを確かめる段階が残されている。
今回の覚書には、新たな機器の性能測定値や、従来技術との定量的な比較結果は含まれていない。そのため、合意の締結だけを根拠に技術成熟度(TRL)が向上したと判断することはできない。一方で、核融合発電に必要な技術を個別の研究開発から産業規模の製造へ移行させるには、材料メーカーや装置メーカーとの早期の連携が不可欠だ。Proxima Fusionが示した構想の実現性は、今後の投資決定と製造設備の整備、そして実機による検証結果によって、より具体的に判断できるようになるだろう。



