AIによる信号制御と聞くと、AIが赤と青を一つずつ判断して切り替えている姿を想像しやすい。少なくとも警視庁が進める仕組みでは、実態は少し異なる。AIは渋滞を検知・予測し、その結果を基に信号調整を提案したり、自動調整につなげたりする役割を担う。 警視庁は2023年10月の資料で、現在の交通情報から30分後に渋滞が発生する信号機を予測し、先回りして信号を調整する仕組みを示した。東京都の「シン・トセイ」に掲載された進捗によると、2026年度も、2025年度に追加した機能を使って信号調整の自動化に向けた試行と検証を進める計画だ。 通勤路で信号待ちが短くなったとして、それをAIの成果と呼べるのか。判断するには、AIが実際にどの役割を担っているのかと、公表された「効果」の数字が何を測ったものなのかを分けて見る必要がある。 ## 信号制御を決める三つの数字
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交通信号の制御で中心になるのが、サイクル長、スプリット、オフセットの三つだ。 サイクル長は、信号が一巡して同じ状態に戻るまでの時間。スプリットは、そのサイクルを各方向の青時間へどう配分するかを示す。オフセットは、隣接する交差点どうしで青信号が始まる時刻をどの程度ずらすかを表す。 警視庁の資料では、この三つと制御の計算周期を並べ、信号制御がどのように高度化してきたかを示している。1995年より前は300秒ごとに設定済みの制御パターンから選び、1995年には150秒ごとのリアルタイム制御へ移行した。2007年には50秒ごととなり、2009年にはスプリットへ需要予測制御が加わった。 同じ資料にはサイクル長を求める式も掲載されている。 > 交通指標 =(到着交通+渋滞)÷交差点処理能力 サイクル長 = 1.5 × 損失時間 ÷(1.0 − 交差点の交通指標) 損失時間は、黄信号と全赤、つまりすべての方向を赤にする時間の合計である。資料ではWebsterの算出式として示されている。 式だけで単純計算すると、交差点の交通指標が0.5ならサイクル長は損失時間の3倍、0.8なら7.5倍になる。実際の運用には制御上の条件が加わるが、渋滞が強まるほどサイクルを長くするという基本的な関係を読み取れる。 スプリットは「当該方向の交通指標÷交差点の交通指標」で決まる。つまり、AIが導入される以前から、交通量や現在の渋滞状況に応じて青時間を変える制御は行われてきた。 警視庁のAI活用で新たに加わるのは、通常とは異なる渋滞を検知したり、将来の渋滞を予測したりして、その結果を信号調整へつなげる部分である。 ## 渋滞長を予測するAIは何を見ているのか 京都大学と住友電工システムソリューションの研究グループが2023年に発表した時空間AI「QTNN」は、警視庁が提供した東京都内の交通データを使って開発された。 対象は東京都23区内の一般道1098区間で、道路区間の長さは平均882m、中央値750m。5分ごとに計測された平均速度、交通量、渋滞長の約1年分のデータを利用している。 予測は二段階で行う。まず深層学習によって将来の平均速度と交通量を予測し、その値を交通工学の交通流モデルへ入力して渋滞長を求める。 単純にニューラルネットワークから渋滞長だけを出すのではなく、交通量、速度、渋滞長の関係を表すモデルを途中に組み込むことで、予測結果を交通状況との関係から解釈しやすくしている。 1時間先の渋滞長について、公表された代表値は「誤差40m以下」だ。ここでいう誤差は二乗平均平方根誤差(RMSE)である。 研究資料のグラフから概数を読むと、渋滞のないデータを含む全データでは、QTNNのRMSEは15分先で約13m、30分先で約22m、45分先で約31m、60分先で約38mとなる。予測する時間が遠くなるほど誤差は大きくなる。 重要なのは、**激しい渋滞に限ると誤差がかなり大きくなることだ。** 同じ資料では、全データのうち渋滞長が大きい「ワースト5%」だけを分けて評価している。QTNNでも60分先のRMSEは約210mに達する。40m以下という数字だけを見て、「激しい渋滞でも40m以内で当てられる」と読むことはできない。 また、警視庁が示す「30分後に渋滞が発生する信号機を予測する仕組み」に、そのままQTNNが採用されているとは公表資料から確認できない。QTNNは警視庁の交通管制高度化プロジェクトでの活用が検討されている技術だが、個別の運用フローとの対応関係は分けて扱う必要がある。 QTNNにも予測上の特徴がある。警視庁の資料は、実際の渋滞より予測が遅れる場合と、渋滞のピークを実際より低く予測する場合があるとしている。 予測が遅れれば、先回りして調整するタイミングも遅れる可能性がある。ピークを過小評価すれば、必要な調整量を小さく見積もる可能性もある。ただし、予測誤差がそのまま同じ大きさの信号制御の誤りになるわけではない。 ## AIの予測が信号調整につながるまで 警視庁は2023年10月26日、東京都渋滞対策推進会議のワーキンググループ幹事会で、AIを活用した交通管制の三つの流れを示した。
| 流れ | 対象 | AIと人の役割 | 2023年10月時点 | | ------------------------ | ------------------ | ------------------------------------------- | ------------------------- | | 特異渋滞を検知して対策 | 重要交差点 | AIが検知し、信号調整を提案。勤務員が判断して介入 | 運用中 | | 特異渋滞を検知して対策 | 一般交差点 | AIが検知し、信号調整の必要性を判断して自動介入 | 自動化に向けて効果検証中 | | 渋滞発生を予測して対策 | 重要交差点 | 現在の交通情報から30分後の渋滞発生を予測し、先回りして調整 | 自動化に向けて効果検証中 |
30分先を予測するのは三つ目だ。この段階ではまだ効果検証中だった。 一方、すでに運用されていたのは、AIが通常と異なる「特異渋滞」を検知し、交通管制センターの勤務員へ信号調整を提案する仕組みである。サイクル長を延長するかどうかは勤務員が判断していた。 その後、自動化の試行は進んだ。2023年度には、規模の小さい一般交差点での特異渋滞時の自動調整と、大規模交差点で渋滞予測に基づいて信号を自動調整する試行が、時間帯や地域を限定して実施された。 2025年度には2024年度の試行結果を検証しながら信号調整機能を高度化し、プローブ情報から交通データを生成する機能も追加した。2026年度は、その機能を使って信号調整の自動化に向けた試行と検証を続ける計画となっている。 警視庁の2023年資料には、AIが特異渋滞を検知してサイクル長を延長した事例も二つ掲載されている。 一つは、事故発生時に実測の渋滞長がシミュレーションによる予測値を上回ったためAIが特異渋滞と判定し、信号調整後に実測値が予測値を下回った例だ。 もう一つは、特異渋滞の検知が遅れたうえ、下流側が詰まる「先詰まり」も発生していたため、効果的な渋滞解消につながらなかった例である。警視庁は、効果を高めるには調整対象とする信号機の絞り込みを改善する必要があるとしている。 信号調整をしても改善が見込めない条件も示されている。 先詰まりが起きている場合は、対象交差点の青時間を増やしても、その先へ進めないため通過台数は増えない。また、渋滞の先頭ではない上流側の交差点を調整しても改善が期待できない。さらに1時間雨量30mm以上の激しい雨では、単位時間に通過できる車の数が大きく減るため、信号調整の対象から外すとしている。 ## 「効果」の数字は、それぞれ別のものを測っている AI信号制御をめぐっては、さまざまな「効果」の数字が公表されている。しかし、測っている対象が異なるため、そのまま比較することはできない。
| 数字 | 測ったもの | 対象 | 性格 | | --------------------------------- | --------------------------- | ----------------------- | ------------------------------------ | | 15〜20%短縮 | 平均旅行時間 | 静岡県12交差点 | 実証開始時に示されたシミュレーション上の期待値 | | 14基→7基 | 車両検知センサー数 | 岡山市・国清寺交差点 | センサー半減後も従来と同等の制御性能 | | 233.6秒→227.4秒(−2.7%) | ピーク時平均旅行時間 | 東京都73交差点 | 複数の渋滞対策を合わせた実測 | | 40m以下 | 1時間先の渋滞長予測RMSE | 東京都内1098区間 | 信号待ち時間ではなく予測精度 |
静岡の15〜20%は、NEDOとUTMS協会が2022年3月に実証を開始した際に示した数字だ。NEDO自身が、開発したアルゴリズムによる**シミュレーション**から、現行信号と比べて約20%、集中制御と比べて約15%の平均旅行時間短縮を期待できると説明している。実道路で測定した15〜20%短縮という意味ではない。 この発表では、全国約20万カ所の交差点で20%短縮できたと仮定した場合、時間便益を年間約5兆5200億円、CO2削減を年間約5,500tと試算している。 ただし、後にNEDOが公開した事業紹介ではCO2削減量を「年間約550万t」としており、**公式資料どうしで3桁異なる数字が掲載されている**。したがって、5,500tという値を使う場合は「2022年3月の実証開始発表に記載された試算」と明示し、この不一致には注意した方がよい。 岡山の実証が示したものは「短縮」より「維持」に近い。 NEDO、UTMS協会、住友電気工業は岡山市の国清寺交差点と妹尾西交差点で、AIが交通量から推定した渋滞長を使って信号を制御した。国清寺交差点では車両検知センサーを14基から7基へ半減させても、従来方式と比べて渋滞状況に変化がなく、信号制御性能を維持できた。狙いは、少ないセンサーで同等の制御を実現し、設備や維持管理のコストを下げることにある。 東京都の233.6秒から227.4秒という数字は実測だが、AI信号制御だけの効果ではない。平成28年度から令和元年度に対策した73交差点を対象に、需要予測信号制御などの信号制御高度化に加え、交通情報板、区画線、赤系舗装、客待ちタクシー対策などを組み合わせた結果である。73交差点のうち59カ所、約8割で昼間12時間平均またはピーク時平均の旅行時間に改善が確認された。 この2.7%と、静岡の15〜20%を並べて「期待より実績が低かった」と判断することはできない。対象、時期、対策内容、評価方法が異なるためだ。 同様に、QTNNの40mという予測誤差を、信号待ちが40m分改善したと読むこともできない。 ## AIの役割は「予測」だけではない
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AIを使った交通信号制御といっても、AIが担当する仕事は事例ごとに異なる。 岡山の実証では、AIは未来の渋滞を直接予測するというより、交通量センサーの値などから**現在の渋滞長を推定する**役割を担った。 過去の交通量や周辺環境と、プローブ情報から得られた旅行時間との関係をAIに学習させ、その後は交通量センサーから渋滞長を推定する。従来、渋滞長を直接測定していたセンサーを減らしても信号制御を維持できるかを検証した。 長野の事例では、AIの役割はさらに違う。2021年7月、長野市篠ノ井小松原の国道19号沿いで地すべりが発生し、約300mの区間で片側交互通行が続いた。処理できる交通量は実測で約1,300台/時だったのに対し、通常時の平日朝7時には約1,500台/時が通行しており、上下線で最大約3kmの渋滞が発生した。 長野国道事務所は沿線12カ所に可搬型ライブカメラを設置し、AIの画像解析から**現在の渋滞末尾を測定**した。映像中の車両を検出し、時間占有率を使って渋滞している地点を判定する方式で、導入当初は時間占有率70%、集計時間10分に設定していた。 その渋滞末尾に応じて信号パターンを選ぶ。当初は朝・昼・夕にそれぞれ4種類だったパターンを、AI導入後は26種類に増やした。青時間は原則2分、最長5分で、事前調査で1分間に約160m分の渋滞を処理できると確認したことを基に設定されている。 ただし、すべてをAIへ任せたわけではない。全赤から青へ切り替える際には、規制区間内に車が残っていないことを確認する必要があり、この安全確認は規制解除まで人が目視で行った。 つまり、三つの事例ではAIの役割が異なる。 岡山では**推定**、長野では**測定とパターン選択**、警視庁のプロジェクトでは**検知と将来予測**が中心になる。「AIが信号を制御する」という一言だけでは、実際に何をAIへ任せているのかは分からない。 ## 信号待ちの変化をAIの成果と判断するには 通勤路で以前より信号待ちが短くなったように感じても、その原因をAIだけに求めることはできない。 交通量は日や時間帯によって変わり、天候や事故、工事、下流側の渋滞にも左右される。警視庁自身も、先詰まりや非ボトルネック交差点、激しい雨では信号調整による改善を期待できないとしている。 まず確認すべきなのは、その地域でAIを使った機能がどこまで実運用されているかだ。次に、公表された数字が、旅行時間の実測なのか、シミュレーション上の期待値なのか、予測精度なのかを分けて見る必要がある。 警視庁の最新の進捗では、2025年度に信号調整機能を高度化し、プローブ情報から交通データを生成する機能を追加した。2026年度は、その機能を使って信号調整の自動化に向けた試行と検証を行うとしている。 ただし、この記述だけでは、その自動調整が2023年に示された「30分後の渋滞予測」に基づく方式なのか、それ以外の機能も含むのかまでは分からない。 今後、対象交差点、時間帯、比較期間をそろえたうえで、旅行時間や停止時間が何秒変わったのかが公表されれば、AIによる自動調整が実際の信号待ちにどれほど効いたのかを、より直接的に評価できるようになる。