テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Anker、大規模リコールを受けサプライヤーを刷新、Appleにも供給の業界最大手ATLと提携

Y Kobayashi

2025年7月3日

モバイルバッテリーの代名詞とも言えるAnkerが、史上最大級のリコールという深刻な事態に直面している。原因はバッテリーセルの欠陥。同社はこの危機に対し、サプライヤーを刷新するという迅速かつ大胆な一手で応えた。その新たなパートナーは、AppleやSamsungといった巨大テック企業が絶大な信頼を寄せる業界最大手のバッテリーメーカー、Amperex Technology Limited(ATL)だ。この決断の裏には何があるのか。本記事では、この巨大リコールの全貌を時系列で解き明かし、Ankerの決断が持つ意味、そして我々の生活に潜むサプライチェーンの闇に迫る。

スポンサーリンク

発火リスクの衝撃、120万台リコールの引き金は「無許可の材料変更」

事の発端は2025年6月、中国のガジェット市場を震撼させるニュースから始まった。

まず口火を切ったのは、地元の人気ブランドROMOSSだ。6月16日、同社は「一部のバッテリーセルに材料由来の問題があり、過熱や発火の恐れがある」として、約49万台という大規模なモバイルバッテリーの自主回収を発表した。

そのわずか4日後の6月20日、世界的トップブランドであるAnkerも追随する。リコールの対象は71万台以上。理由は「サプライヤーが承認なくバッテリーセルの材料を変更し、セパレーターの絶縁不良を引き起こした」という、より具体的なものだった。両社を合わせると、リコール対象は120万台を超えるという、コンシューマーエレクトロニクス業界では前代未聞の規模に達した。

その後の調査で、両社が名指しした問題のサプライヤーは「Amprius (Wuxi) Co., Ltd.」(別名:Apex Wuxi)であることが判明。報道によれば、同社が中国・江西省の工場に生産を委託した際、その工場がコスト削減のためか、無許可でバッテリー内部の重要部品である「セパレーター」を仕様外のものに差し替えたという。

セパレーターとは、リチウムイオンバッテリー内部で正極と負極が直接接触するのを防ぐ、絶縁性の薄い膜だ。これが機能不全に陥れば、内部でショートが発生し、最悪の場合、過熱から発火、爆発に至る。我々が日常的に持ち歩くモバイルバッテリーが、突如として凶器に変わりうることを意味する、極めて深刻な問題である。

Ankerの決断:ATLとの提携は「品質」への回帰宣言

ブランドイメージと消費者からの信頼が大きく損なわれる中、Ankerの動きは迅速かつ大胆だった。

まず、問題を引き起こしたサプライヤーであるApex Wuxiとの取引を完全に停止したことを公式に認めた。これは当然の措置と言えるが、重要なのはその次の一手だ。

Ankerは、新たなバッテリー供給元として、業界最大手であるAmperex Technology Limited(ATL)との戦略的パートナーシップ締結を発表した。ATLの名前にピンとこない読者もいるかもしれないが、同社はAppleのiPhoneやSamsungのGalaxyシリーズといった、世界最高水準の品質管理が求められるスマートフォンのバッテリーを供給しているトップメーカーである。

Ankerの公式発表によれば、初回発注分として実に4500万個ものリチウムイオンバッテリーをATLから調達する予定だという。この桁外れの数字は、Ankerが今回の問題をいかに重く受け止め、サプライチェーンの根本から品質管理体制を再構築しようとしているかの表れに他ならないだろう。傷ついたブランドの信頼を回復するためには、コストよりも「絶対的な安全性」を優先するという、市場に対する強いメッセージを発する必要があるからだ。

スポンサーリンク

氷山の一角か?サプライチェーンに潜む構造的リスク

今回の事件で最も恐ろしいのは、これがAnker一社の問題に留まらない可能性である。

問題のサプライヤーであるAmprius (Wuxi)は、AnkerやROMOSSだけでなく、Xiaomi、UGREEN、Baseusといった他の名だたるモバイルバッテリーブランドにもバッテリーセルを供給していると報じられている。もし同様の無許可な材料変更が他の製品ラインでも行われていたとすれば、このリコール問題は業界全体を巻き込む、さらに巨大な「ドミノ倒し」の始まりに過ぎないのかもしれない。

この背景には、現代の製造業が抱えるサプライチェーンの複雑さと不透明性という構造的な問題が横たわっている。ブランド企業が一次サプライヤーに発注し、その一次サプライヤーが二次、三次の下請け工場に生産を委託する。この連鎖が長くなるほど、末端での品質管理やコンプライアンス遵守の監視は困難になる。今回のケースは、まさにそのサプライチェーンの「アキレス腱」が露呈した典型例と言えるだろう。

現に、Amprius (Wuxi)の関連製品は、中国の強制認証制度である「3C認証」が「停止中」であると報じられており、問題の根深さを物語っている。

あなたの充電器は大丈夫か?空港で没収されるパワーバンク

この安全性危機に対し、当局の対応も迅速だった。

中国民用航空局は、国内線において乗客が持ち込むモバイルバッテリーに関する規制を大幅に強化。6月28日以降、以下のいずれかに該当するパワーバンクの機内持ち込みを禁止した。

  1. 3C認証マークがない、または不鮮明な製品
  2. 定格容量などの表示が不明確な製品
  3. リコール対象となっている製品

この措置の背景には、切迫した危険がある。国営メディアCCTVによれば、2025年だけで旅客機内において、乗客が持ち込んだモバイルバッテリーが発火したり煙を出したりする事案が15件も報告されているという。一歩間違えれば大惨事につながりかねない状況であり、規制強化は当然の帰結だ。

しかし、この新ルールは多くの消費者に混乱と不便をもたらしている。特に2024年以前に製造された製品の多くは3C認証が必須ではなかったため、表示基準を満たさず、事実上「飛行機に持ち込めない」製品となってしまった。実際に、中国国内の空港ではセキュリティチェックでモバイルバッテリーが没収されるケースが急増しているという。

ある利用者は「安全第一は理解できるが、ルール適用が場当たり的だ」と不満を漏らす。根本的な問題解決には、より実効性のある対策が求められているのが現状だ。

スポンサーリンク

信頼の再構築へ、業界全体で問われる覚悟

Ankerの巨大リコール事件は、単なる一企業の不祥事ではない。グローバルなサプライチェーンの脆弱性、品質管理の重要性、そして消費者の安全をいかに確保するかという、現代のテクノロジー業界が抱える根源的な課題を我々に突きつけている。

Ankerが選んだATLとの提携は、失墜した信頼を取り戻すための最も効果的な一手だろう。しかし、本当の戦いはこれからだ。一度失った信頼を完全に取り戻すには、長い時間と、製品一つ一つで安全性を証明し続ける地道な努力が不可欠となる。

この事件を教訓として、業界全体がサプライチェーンの透明性を高め、より厳格な品質管理基準と認証制度を導入することが急務である。そして我々消費者もまた、単に価格やスペックだけでなく、その製品がどのような背景で製造され、信頼できる認証を得ているのかを、これまで以上に注意深く見極める必要がありそうだ。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする