生成AIブームの熱狂の裏で、業界の根幹を揺るがしかねない構造的な問題が露呈し始めている。AIセーフティ研究の最前線を走るAnthropic社の共同創業者兼CEO、Dario Amodei氏が、Salesforce主催のイベント「Dreamforce」の壇上で、現在のAI業界における巨額のデータセンター投資の一部について「少し怪しい」「二重、三重に計上されている可能性がある」と発言し、業界に衝撃が走った。この発言は、OpenAIやNvidiaといった巨大企業が主導する数百億ドル規模の取引の透明性に疑問を投げかけるものであり、2000年のドットコムバブル崩壊前夜を彷彿とさせる、との懸念を増幅させている。
Amodei氏の発言は、単なる競合他社への牽制ではない。それは、金融アナリストや経済学者が抱き始めていたAIブームの持続可能性に対する根本的な疑念を、業界の中心人物が初めて公の場で認めた瞬間なのだ。
CEOが指摘した「少し怪しい」取引の構造
Dario Amodei氏が疑問を呈した発言は、SalesforceのCEOであるMarc Benioff氏との対談の中で飛び出した。Benioff氏からデータセンターを巡る巨額投資の現状について問われたAmodei氏は、慎重に言葉を選びながらも、その内情に踏み込んだ。
「データセンターの建設や、そのための取引に報道が集中しすぎると、少し心配になることがあります。これらの取引のいくつかは、少し怪しいように見えるのです。おそらく二重計上されているように思えます」
さらに同氏は、一部の取引では「三重計上」さえ行われている可能性があると示唆した。特定の企業名を挙げることは避けたものの、この発言のタイミングは、2025年9月以降に立て続けに発表されたOpenAIを中心とする一連のメガディールと重なる。
この「循環的」とも言える取引の網は、複雑に絡み合っている。
- NVIDIAからOpenAIへ: 半導体大手NVIDIAは、ChatGPTの開発元であるOpenAIに最大1000億ドルを投資する計画を発表。
- OpenAIからNVIDIA/AMDへ: OpenAIは、その投資資金などを元手に、NVIDIAやその競合であるAMDからAIチップを大量購入する。最近ではAMDと数十億ドル規模の契約を締結した。
- 相互に絡み合う巨大IT企業: Oracleは、OpenAIのデータセンターを稼働させるため、NVIDIAのチップを約400億ドル分購入すると発表。さらに、OpenAI、Oracle、そして日本のSoftBankグループは、「Star Gate」と呼ばれるプロジェクトで、データセンターに追加で5000億ドルを投じる計画を進めている。NVIDIAはこのプロジェクトの「コア技術パートナー」であり、そのSoftBankはNVIDIAに30億ドルの出資を行っている。
Amodei氏の「二重計上」という指摘は、こうした構造を指していると考えられる。例えば、NVIDIAがOpenAIに1000億ドルを投資し、OpenAIがその資金でNVIDIAのチップを購入すれば、NVIDIAの売上は増加する。この売上増がNVIDIAの株価を押し上げ、その資産価値を元にさらなる投資が生まれる。このように、資金が特定の企業グループ内で還流し、見かけ上の成長や売上を膨らませているのではないか、という疑惑だ。これは、企業の真の需要や収益性を正確に反映していない可能性があり、バブルのリスクを内包する。
財務アナリストが暴く「儲からない」データセンターの実態
Amodei氏の懸念は、一部の金融専門家による冷徹な分析によって裏付けられている。ヘッジファンド「Praetorian Capital」の創設者であるHarris Kupperman氏は、AIデータセンターの財務状況について衝撃的な試算を発表した。
同氏の分析によれば、AIデータセンターに使われるGPUなどの半導体は、技術の進歩が速すぎるため、わずか3年から5年で陳腐化、あるいは物理的に摩耗してしまう。これは、一般的な設備投資よりも遥かに短い減価償却期間だ。
Kupperman氏は、2025年だけで業界全体で約2000億ドルのデータセンター関連投資が行われると予測。仮に減価償却期間を5年とすると、年間400億ドルの減価償却費が発生する。業界の粗利益率を非常に楽観的に25%と見積もっても、このコストを賄うためには年間1600億ドルの収益が必要になる。
しかし、Kupperman氏が指摘するように、AI業界全体の年間収益は現在200億ドル程度に過ぎない。さらに、業界関係者への聞き取り調査を経て、彼は自身の試算が甘すぎたことを認めている。より現実的な粗利益率(12.5%〜8.3%)で計算し直すと、損益分岐点に達するために必要な年間収益は3200億ドルから4800億ドルに跳ね上がる。これは、現在の収益の16倍から24倍という天文学的な数字だ。
この絶望的なギャップについて、Kupperman氏は業界内部の声として、「データセンター業界の上級幹部と20人以上話したが、誰もこの財務数学がどのように機能するのか理解していなかった。彼らは私と同じくらい困惑している」とブログで明かしており、熱狂の裏で専門家たちが抱える深刻な不安を浮き彫りにした。
AI投資がなければ米国経済は「ゼロ成長」だったという現実
AIデータセンターへの過剰投資は、単なる一業界の問題に留まらない。マクロ経済全体を歪ませるほどの巨大な影響力を持っている。
ハーバード大学の著名な経済学者であるJason Furman氏は、2025年上半期の米国GDP成長率を分析し、その成長の実に92%がデータセンターを含む情報処理技術への投資によってもたらされたと指摘した。この要素を除外した場合、米国の経済成長率はわずか0.1%に過ぎず、ほぼ停滞状態だったことになる。
この分析は、「米国経済は、トレンチコートを着た3つのAIデータセンターのようなものだ」という皮肉な表現とともに、多くの専門家の間で共有されている。つまり、見かけ上の力強い経済成長は、ごく一部のハイテク投資によって嵩上げされたものであり、その実態は非常に脆弱であるという警告だ。
ドイツ銀行のアナリストはさらに踏み込み、もしAI関連の設備投資がなければ、米国経済はすでに景気後退(リセッション)に陥っていた可能性が高いと分析している。AIブームが経済全体を下支えしている一方で、その持続可能性が失われれば、経済全体が深刻な打撃を受けるリスクが高まっているのだ。
ドットコムバブルの再来か?歴史が示す警告
現在のAI業界の状況は、2000年に崩壊したドットコムバブルとの類似性が多く指摘されている。当時、AOL Time WarnerやQwestといったハイテク企業は、取引先企業に資金を提供し、その資金で自社の広告枠やサービスを購入させるという「関連当事者間取引」によって収益を水増ししていた。
D.A. Davidson金融グループのマネージングディレクター、Gil Luria氏は、現在のAI業界に見られるNvidiaとOpenAIのような相互投資関係を「不健康な関連当事者間取引」と断じ、企業の価値を人為的につり上げていると警鐘を鳴らす。投資家がこの構造の危うさに気づいた時、バブルは一気にしぼむ可能性がある。
もちろん、当時との違いもある。ドットコムバブルが個人投資家の投機熱に煽られたIPO(新規株式公開)ブームに支えられていたのに対し、現在のAIブームは、MicrosoftやGoogle、Amazonといった巨大IT企業が潤沢な自己資金を投じている点が異なる。
しかし、OpenAIのCEOであるSam Altman氏自身が「ブームとバスト(好況と不況の波)はあるだろう。人々は過剰に投資して損をし、過小に投資して多くの収益を失う」と語るように、業界リーダーでさえ、この熱狂が永遠には続かないことを予期している。問題は、その調整が緩やかなものになるのか、それとも経済全体を巻き込む急激な崩壊となるのかだ。
巨大インフラがもたらす環境負荷というもう一つのリスク
経済的なリスクに加え、AIデータセンターの爆発的な増加は深刻な環境問題も引き起こしている。一つのデータセンターが数万から数十万世帯分の電力を消費し、その冷却のために膨大な量の水を必要とすることは、もはや周知の事実だ。
このエネルギーと水の争奪戦は、すでに各地で問題を引き起こしている。インディアナ州では、地域住民の生活用水を脅かすとして、Googleのデータセンター建設計画に反対運動が起こり、計画が撤回に追い込まれる事態も発生した。AIの進化が、私たちの生活に不可欠な資源を犠牲にして成り立つという現実は、今後さらに大きな社会問題となるだろう。
熱狂の先に待つ未来への本質的な問い
Anthropic社CEO、Dario Amodei氏の「少し怪しい」という発言は、AIブームという熱狂の裏に潜む構造的な危うさを的確に言い当てている。企業間の循環的な巨額投資、非現実的な収益モデル、マクロ経済への歪な影響、そして環境への甚大な負荷。これらの問題は相互に絡み合い、AIというテクノロジーの未来に大きな影を落としている。
Amazon創業者のJeff Bezos氏が言うように、この投資が「金融バブル」ではなく、将来の社会基盤となる「産業バブル」であり、いつかその恩恵を受ける日が来るのかもしれない。しかし、Harris Kupperman氏が警告するように、「経済が機能しなければ、それを大規模に行っても経済が良くなるわけではない。ただ業界の危機を国家経済の危機に変えるだけだ」。
このAIブームが、持続可能なイノベーションへの通過点なのか、それとも大規模な経済的・社会的混乱への序章なのか。その答えは、AIが生み出す価値が、それを支えるために投じられる天文学的なコストを本当に上回ることができるのかという、極めて本質的な問いにかかっている。
Sources
- Salesforce (YouTube): A Conversation with Dario Amodei and Marc Benioff | Dreamforce 2025