Anthropicの新規株式公開(IPO)への参加を予定する投資家3人が、同社の評価額を引き下げる必要があるとの見解を示し、うち1人は1兆ドルに近い水準を示唆したと、米Wall Street Journal(WSJ)が11月5日に報じた。仮に評価額が1兆ドルとなれば、直近四半期の売上高を年換算した金額に対する倍率は約15倍となり、5月のシリーズH資金調達時点の約21倍を約3割下回る。Anthropicの第3四半期売上高は前期比46.7%増と急成長を続けているが、1兆ドルという評価額は、シリーズHで付いた資金調達後評価額9650億ドルとほとんど変わらない。上場時の評価額が1兆ドル前後で決まれば、売上高が大きく伸びたにもかかわらず、投資家が売上高に対して認める評価倍率は非公開企業だった時点より大幅に低下することになる。 ただし、こうした引き下げ論は11月5日の株式市場急落に伴う一時的な調整にすぎないとの見方もある。

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売上高は前期比46.7%増、上場評価額は2兆ドルから大幅な引き下げ論へ

Anthropicは2026年10月26日、米証券取引委員会(SEC)に上場届出書「S-1」を公開提出し、Goldman SachsとMorgan Stanleyを主幹事として、クラスA普通株をNasdaq市場にティッカーシンボル「ANT」で上場する手続きを開始した。11月2日に提出した修正S-1では、第3四半期(7〜9月)の売上高が169億5600万ドルに達し、前年同期比1127%増だったことを明らかにした。第2四半期の売上高115億5500万ドルと比較すると46.7%増となる。この前期比成長率は、開示された数値に基づく編集部の計算である。

一方、第3四半期の営業損益は5億6700万ドルの赤字となり、第2四半期の9億7400万ドルの営業黒字から再び赤字に転じた。Anthropicは主な要因として、短期契約による計算資源の調達費用50億ドルと、寄付マッチング制度に関連する非現金費用20億ドルを挙げている。11月7日時点でEDGARに公開されている最新の修正S-1でも、想定公開価格帯と売出株数は空欄のままだ。

売上高が急増する一方、報道で伝えられる上場時の評価額は引き下げ方向に動いている。比較の基準となるのは、Anthropicが5月に650億ドルを調達したシリーズHで、このときの資金調達後評価額は9650億ドルだった。

日付 出来事 評価額・売上高 出典の種別
2026年5月28日 シリーズHの完了を発表 資金調達後評価額9650億ドル、調達額650億ドル 会社発表
10月上旬 評価額を最大2兆ドルとする議論があったと報道 最大2兆ドル Bloomberg報道
10月14日 投資家説明会で第3四半期売上高の速報値を説明したと報道 評価額の具体的な数字なし Bloomberg報道
10月26日 公開S-1を提出 株数と価格帯は未定 SEC提出書類
11月2日 修正S-1を提出 第3四半期売上高169億5600万ドル SEC提出書類
11月2日 機関投資家が評価額の引き下げを求めていると報道 1兆5000億〜1兆6000億ドル WSJ報道
11月5日 投資家3人が引き下げの必要性を指摘し、1人は1兆ドルに近い水準を示唆したと報道 1兆ドルに近い水準 WSJ報道
11月6日 一部の投資家候補が議論している評価額を報道 1兆2000億〜1兆3000億ドル Bloomberg報道

約1か月の間に、報道で伝えられる評価額は10月上旬の最大2兆ドルから、11月2日には1兆5000億〜1兆6000億ドルへと下がり、11月5日には1兆ドルに近い水準まで引き下げるべきだとの意見も浮上した。ただし、これらはすべて匿名の関係者に基づく報道であり、Anthropic自身が目標評価額として公表した数字ではない。11月6日の報道についても、同社の広報担当者はコメントを控えている。

評価倍率の比較には四半期売上高を年換算、会社独自のランレート指標とは区別

今回の比較で使用する評価倍率は、企業評価額を四半期売上高の4倍で割った値である。シリーズHについては、資金調達が完了した5月28日を含む第2四半期(4〜6月)の売上高115億5500万ドルを使用する。これを4倍した年換算売上高は462億2000万ドルとなり、資金調達後評価額9650億ドルを割ると20.9倍になる。一方、上場時の評価額については、直近の第3四半期売上高169億5600万ドルを使用し、年換算売上高を678億2400万ドルとして計算する。いずれも四半期売上高が同じ水準で1年間続くと仮定した単純な年換算であり、将来の売上予測ではない。

Anthropicは、この計算方法とは異なる「ランレート売上高」という独自の営業指標も使用している。同指標は、直近28日間の従量課金収入を13倍し、月額課金収入を12倍した金額を合算するものだ。28日間を13倍すると364日となり、ほぼ1年間に相当する。修正S-1では10月31日時点のランレート売上高が空欄となっており、短期間の売上を年換算した指標であることもリスク要因として説明している。

Anthropicは5月のシリーズH発表時、ランレート売上高が470億ドルを超えたと説明していた。この470億ドルを分母にすると評価倍率は20.5倍以下となり、第2四半期売上高の年換算から求めた20.9倍とほぼ一致する。つまり、会社独自の指標を使用しても、シリーズH時点の評価倍率が20倍台前半だったという大枠は変わらない。

ただし、こうした比較には2つの重要な留保がある。第1に、資金調達と売上高の集計期間にずれがある。第2四半期の売上高は6月30日までの実績であり、5月にシリーズHの条件が決まった時点では確定していなかった。そのため、20.9倍という数字は事後的に算出したものであり、当時の投資家が実際に判断材料としていた倍率を示すものではない。

第2に、シリーズHとIPOでは対象となる株式の権利が異なる。シリーズHで発行されたのはH-1優先株とH-2無議決権優先株で、修正S-1によると、いずれも2026年5〜6月に1株589.0095ドルで販売された。一方、IPOで売り出されるのはクラスA普通株であり、優先株とは権利内容が異なる。したがって、評価倍率の差をそのまま株式の値付けが後退した割合と解釈することはできない。

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評価額1兆ドルならシリーズHとほぼ同額、売上高倍率は21倍から15倍へ低下

シリーズHの評価額と、報道で示された上場時の評価額を同じ計算方法で比較すると、次のようになる。

評価額 時点と出典 分母(四半期売上高の年換算) 評価倍率
9650億ドル(シリーズH、資金調達後) 2026年5月28日、会社発表 462億2000万ドル(第2四半期) 20.9倍
1兆5000億〜1兆6000億ドル 11月2日、WSJ報道 678億2400万ドル(第3四半期) 22.1〜23.6倍
1兆2000億〜1兆3000億ドル 11月6日、Bloomberg報道 678億2400万ドル(第3四半期) 17.7〜19.2倍
1兆ドル(WSJが報じた水準に近い値) 11月5日、WSJ報道 678億2400万ドル(第3四半期) 14.7倍

仮にAnthropicの上場時の評価額が1兆ドルになれば、第3四半期の年換算売上高678億2400万ドルに対する倍率は14.7倍となる。シリーズH時点の20.9倍と比較すると約29.5%低く、評価倍率は当時の約7割に縮小する。ただし、上場時の評価額はいずれも報道に基づく数字であり、会社が正式な想定公開価格帯を示したわけではない。

評価倍率が低下する理由は、売上高と評価額の伸びに大きな差があるためだ。1兆ドルという評価額は、シリーズHの9650億ドルをわずか3.6%上回るにすぎない。一方、四半期売上高は第2四半期の115億5500万ドルから第3四半期には169億5600万ドルへ46.7%増加した。評価額がほぼ変わらないまま売上高が急増すれば、売上高に対する評価倍率は必然的に低下する。

11月6日にBloombergが報じた1兆2000億〜1兆3000億ドルという評価額でも、倍率は17.7〜19.2倍となり、シリーズH時点の20.9倍には届かない。つまり、評価額が1兆ドル前後で決まる場合、シリーズH以降に増加した売上高は企業評価額にほとんど反映されない計算になる。Anthropicの事業規模は急拡大しているものの、上場時の値付けでは、非公開企業だった時点より低い売上高倍率が適用される可能性がある。

日本円に換算すると、両者の評価額がいかに近いかが分かる。Reutersが11月2日に伝えた1ドル=157.82円で計算すると、1兆ドルは約157兆8000億円、シリーズHの9650億ドルは約152兆3000億円となる。その差は約5兆5000億円にとどまる。

株式市場の急落による一時的な調整か、次のS-1が評価額を判断する材料に

評価額の引き下げ論については、11月5日の株式市場急落を受けた一時的な動きにすぎないという反論もある。同日はS&P500種株価指数が4%超下落したと報じられた。11月2日のWSJ報道では、機関投資家が求める評価額は1兆5000億〜1兆6000億ドルとされており、第3四半期売上高の年換算に対する倍率は22〜24倍と、シリーズHと同程度かそれ以上だった。同報道でも、前週のテクノロジー株急落が評価額引き下げ要求の背景にあると説明されている。

また、評価倍率は分母に使用する売上高の期間によっても大きく変わる。直近四半期の年換算ではなく、過去12か月の売上高352億8200万ドルを使用すると、評価額が1兆ドルでも倍率は28.3倍になる。この12か月間には売上高が20億4000万ドルだった2025年第4四半期も含まれるため、Anthropicのように売上高が急増している企業では、過去12か月の実績を使った倍率が高くなりやすい。今回、四半期売上高の年換算を採用したのは、シリーズHとIPOの両時点について、売上高の規模を同じ方法で比較するためである。

ただし、評価額引き下げの原因が株式市場の急落だったとしても、最終的に1兆ドル前後で上場価格が決まれば、シリーズH時点より評価倍率が約3割低くなるという計算結果は変わらない。今回の分析は、評価額が下がる原因をAnthropic固有の事業リスクや成長性への懸念に求めるものではない。逆に、評価額が1兆5000億ドルで決まれば倍率は22.1倍となり、シリーズHと同程度の水準が維持されるため、評価倍率が大幅に低下するという見方は当てはまらなくなる。

今後の判断材料となるのは、SECに提出される修正S-1と最終目論見書だ。次の修正S-1に想定公開価格帯が記載されれば、上場時の評価額を具体的に計算できるようになる。さらに、投資家の需要を確認した後に決定される最終公開価格と売出株数は、「424B4」と呼ばれる最終目論見書で明らかになる。2026年6月に上場したSpaceXの場合、424B4には1株135ドル、売出株数5億5555万5555株、売出総額約750億ドルという条件が記載された。

AnthropicのIPOは日本の投資家にも関係する。同社の引受団にはみずほとMUFGが加わっており、Reutersによると、Anthropicは日本で提出した届出書において、日本の投資家向けに最大5529億円(約35億ドル)の株式を売り出す計画を示した。Reutersは、SpaceXのIPOでも、日本の投資家が売出総額750億ドルのうち22億ドル相当を取得したと伝えている。

最終的な焦点は、Anthropicがどの評価額で上場するかにある。次の修正S-1に記載される想定公開価格帯の中央値に発行済株式数を掛けた評価額が1兆4000億ドル以上となれば、第3四半期売上高の年換算に対する倍率は約20.6倍以上となり、シリーズHとほぼ同水準を維持する。 最終目論見書の公開価格に基づく評価額が同水準に達した場合も、評価倍率が大幅に低下するという見方は当てはまらない。

WSJは11月2日、投資家向けのロードショーが早ければ翌週に始まると報じ、11月5日には上場目標が11月16日の週であると伝えた。次の修正S-1で想定公開価格帯が明らかになれば、シリーズHからIPOにかけて評価倍率がどの程度変化したのかを、匿名の関係者に基づく報道ではなく、会社の正式な開示資料から判断できるようになる。