米金融大手Goldman Sachsが、AnthropicのClaude CodeやMicrosoft傘下のGitHubなど、開発に使われる高度なAIツールの利用をエンジニアに限定した。Bloombergが11月2日、10月に更新された社内指針を確認して報じた。これらのツールは数か月前までバンカーも業務で利用できたが、今回の変更で対象から外された。注目すべきは、Goldman SachsがAIコーディングそのものを禁止したわけではなく、利用できる職員を絞り込んだ点だ。エンジニアには引き続き利用が認められており、今回の措置は全面的な撤退ではなく、利用範囲の見直しと捉えられる。
4月は地域、10月は職種でAIツールの利用を制限
Bloombergによると、Goldman Sachsは生産性とリスク管理に関する懸念を検討した結果、大半の職員による高度なAIコーディングツールの利用を禁止した。それまでバンカーやトレーダーは、Claude CodeやGitHubを取引フローの監視、コンテンツ作成などに利用していたという。10月の指針変更によって利用者がエンジニアに限定されたことに対し、社内からは不満の声も出ていると報じられている。
Goldman Sachsが2026年にAIツールの利用範囲を制限したのは、今回が初めてではない。Bloombergは4月29日、香港にいる職員がClaudeにアクセスできなくなったと報じている。この制限は職種ではなく所在地に基づくもので、海外から香港を訪れた職員にも適用された。当時、事情に詳しい関係者は、Claudeの主な利用者がソフトウェアエンジニアだったと説明していた。
つまり、4月は地域、10月は職種という異なる基準で利用が制限されたことになる。ただし、両者が同じ方針に基づく措置だったとは限らない。4月の件については、FinextraがAnthropicとの契約上の利用範囲の見直しや、香港が同社のサービス提供地域に含まれていないことに関連すると伝えている。このため、4月の制限はAIツール自体のリスク評価とは別の事情による可能性がある。
一方、10月の措置ではエンジニアの利用が維持されていることから、少なくとも現段階ではAIコーディングツールを社内から排除する方針ではないと考えられる。ただし、制限対象となった職員の人数や、非エンジニア向けの代替ツールが用意されているかどうかは、報道からは確認できない。
MUFGはClaude Codeの管理上の課題に独自版の開発で対応
同様の課題には、日本の金融機関も直面している。Risk.netが7月8日に報じたところによると、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)はClaude Codeの機能が強力で、情報へのアクセスや銀行のセキュリティ・コンプライアンス上の制約を回避できてしまうことを問題視し、独自版を開発した。
MUFGで日本を除くグローバルマーケッツ部門のAIを統括するStu Taylorは、同行のAIツールではすべて人間による確認・承認を組み込む「ヒューマン・イン・ザ・ループ」方式を採用していると説明した。また、Claude Code、Cursor、GitHub Copilot Workspaceのような一般向けのエージェント型ツールは、銀行が求める統制を維持することが難しいとの認識も示している。
従来の対話型AIであれば、生成された文章やコードを人間が確認し、問題がなければ利用するという運用が比較的容易だった。しかし、エージェント型のコーディングツールは、情報の検索やファイル操作、コードの実行など、一連の作業を自律的に進められる。人間が個々の操作を確認しないまま処理が進む場合、アクセス権限や情報管理に関するリスクが高まる可能性がある。ツールの自律性が高まるほど、従来の承認手続きだけでは管理しきれない場面が増えるという問題だ。
もっとも、Goldman SachsがMUFGと同じ問題を理由に利用を制限したと示す資料はない。両社の対応で共通しているのは、一般向けのAI開発ツールをそのまま全職員に開放するのではなく、管理可能な範囲に利用を収めようとしている点だ。MUFGは独自版を開発し、Goldman Sachsは利用者を職種で限定した。金融機関におけるAIコーディングツールの導入には、複数の管理方法があることが分かる。
生産性とリスク管理のどちらを重視したのか
Goldman Sachsの判断をリスク管理だけで説明することはできない。同社の広報担当Nick Carcaterraは、今回の措置について「生産性とリスク管理を含む様々な要因」を考慮したと説明している。試験的な利用段階を終え、長期的な活用に適した職員へ対象を絞るという趣旨だ。したがって、非エンジニアによる利用では期待したほどの生産性向上が得られなかった可能性もある。
この判断は、Goldman Sachsがそれまで進めてきたAI活用の方向性とも一部で異なる。同社の最高情報責任者(CIO)Marco Argentiは7月のインタビューで、トレーダーや運用部門の職員がAIを使って試作品を作り、それをエンジニアが本番運用に適したシステムへ仕上げる開発手法を評価していた。現場の担当者が自らアイデアを形にし、専門のエンジニアにつなぐことで、業務改善を進める考え方だ。
今回の制限によって非エンジニアが同じツールを使えなくなれば、こうした開発プロセスにも影響が及ぶ可能性がある。現場の担当者が動作する試作品を作る機会が減り、エンジニアに要件を伝える従来型の開発へ戻る場面が増えるかもしれない。一方、ツールの利用を専門職に限定することで、コードの品質や情報管理を統一しやすくなる利点も考えられる。現時点で公開されている情報からは、生産性とリスク管理のどちらが今回の判断を強く左右したのかは分からない。
それでも、今回の措置をAIコーディングからの撤退ではなく、利用範囲の限定とみる根拠はある。広報担当者はツールの全面禁止ではなく利用対象の見直しを説明しており、エンジニアには引き続き利用が認められているためだ。ただし、この事実だけでリスク管理が主因だったと判断することはできず、生産性を重視した選別という解釈とも矛盾しない。
今後の焦点は、Goldman Sachsが利用範囲をさらに狭めるのか、それとも統制された環境で非エンジニアの利用を再び認めるのかという点だ。エンジニアの利用まで縮小されれば、AIコーディングツール全体に対する方針転換の可能性が強まる。反対に、MUFGのような独自の管理環境や代替ツールが導入されれば、問題の中心は職種そのものではなく、ツールの権限や運用をどう管理するかにあったと考えられる。
金融機関にとって、AIコーディングツールの導入は単なる生産性向上策ではなく、情報管理や内部統制のあり方を左右する問題になりつつある。Goldman SachsとMUFGの対応は、AIの自律性を業務に取り入れる際に、利用者を制限する方法と、ツール自体を管理可能な形に作り替える方法があることを示している。今後の社内指針の更新や代替ツールの導入状況が、金融業界におけるAIエージェントの活用範囲を見極める手がかりとなる。
