水系亜鉛電池は、不燃性の水溶液を電解液に使うため、火災リスクを抑えやすい次世代蓄電技術として期待されている。可燃性の有機溶媒を使う一般的なリチウムイオン電池に比べ、安全性の面で利点があり、大型蓄電システムや家庭用蓄電池への応用が研究されている。なかでも、正極活物質にヨウ素()を使う水系亜鉛ヨウ素電池は、理論容量や酸化還元電位の面で優れた特性を持つことから注目されてきた。
しかし、実用化には正極の反応に伴う大きな課題がある。充放電中に生じるポリヨウ化物イオンが電解液に溶け出し、正極と負極の間を移動する「シャトル効果」だ。溶出したヨウ素種が亜鉛負極と反応すると、自己放電や活物質の損失が生じ、電池の容量と寿命が低下してしまう。
学術誌『Science China Chemistry』に掲載された研究(DOI: 10.1007/s11426-026-3487-0)は、この問題に対し、カーボンナノチューブ(CNT)の表面化学を制御する手法を提案している。研究チームは密度汎関数理論(DFT)計算を使って複数の官能基によるヨウ素種の吸着特性を比較し、水酸基()がポリヨウ化物イオンの捕捉に適していることを見いだした。さらに、実際に作製した正極を使った小型セルでは、1 A/gの条件で1万回以上の充放電を繰り返しても89.34%の容量を維持したと報告している。今回の成果は、亜鉛負極ではなく正極の表面構造を改良することで、水系電池の長寿命化を目指すものだ。
水系亜鉛ヨウ素電池の寿命を縮める「シャトル効果」
水系亜鉛ヨウ素電池では、正極におけるヨウ素とヨウ化物イオン()の酸化還元反応によって電気エネルギーを蓄える。放電時にはヨウ素が電子を受け取り、三ヨウ化物イオン()などの中間体を経てヨウ化物イオンへと還元される。充電時には逆方向の反応が進み、ヨウ化物イオンからヨウ素が生成される。
この仕組みには、主に二つの課題がある。一つはヨウ素自体の電気伝導率が低いことで、効率よく電極反応を進めるには、導電性の高い炭素材料などにヨウ素を分散させる必要がある。また、充放電に伴うヨウ素種の相変化や体積変化によって電極構造が損なわれる可能性もあり、長期的な安定動作を難しくしている。
もう一つの深刻な問題が、反応中間体であるポリヨウ化物イオンの電解液への溶出だ。特に三ヨウ化物イオン()は水系電解液中に溶けやすく、正極から溶出すると濃度勾配に従って負極側へ拡散する。亜鉛負極に到達したヨウ素種は金属亜鉛と自発的に反応し、自己放電や負極の腐食を引き起こす。こうした移動と副反応が繰り返される現象を「シャトル効果」と呼び、クーロン効率の低下や活物質の損失、サイクル寿命の短縮につながる。
これまでにも、多孔質炭素の微細孔にヨウ素種を閉じ込める方法や、炭素材料に異種元素を添加して吸着サイトを形成する方法などが研究されてきた。しかし、どの表面官能基がポリヨウ化物イオンを効果的に捕捉し、どのような相互作用によって保持するのかについては、体系的な設計指針が十分に確立されていなかった。
DFT計算で水酸基を選定、吸着エネルギーは-7.42 eV
研究チームは、カーボンナノチューブの表面に導入する官能基によって、ヨウ素種の吸着特性がどう変わるのかを調べた。比較したのは、未修飾のカーボンナノチューブ(Pristine CNT)と、水酸基()、カルボキシル基()、アミノ基()をそれぞれ導入した4種類の表面である。
まず、電子の分布や原子間の相互作用を量子力学的に計算するDFTを用いて、三ヨウ化物イオン()の吸着特性を比較した。その結果、4種類の中で最も強い吸着親和性を示したのが、水酸基で修飾したカーボンナノチューブだった。
水酸基修飾表面におけるの吸着エネルギーは、相互作用エネルギーはと計算された。これらは計算モデル上での吸着安定性や相互作用を表す指標であり、実際の電池性能や結合強度を直接測定した数値ではない。それでも、水酸基の導入によって炭素表面の電荷分布が変化し、ヨウ素種との静電的・化学的相互作用が強まる可能性を示している。
| 正極表面 | 研究における役割 | 報告された根拠 | 解釈上の限界 |
|---|---|---|---|
| 未修飾CNT(Pristine) | 基準となる対照群 | 官能基を持たない炭素表面の吸着エネルギー計算とセル性能の比較 | 公開資料には長寿命試験の詳細な比較データが記載されていない |
| カルボキシル基修飾() | 比較対照群 | DFTによる吸着エネルギー計算と電極の試作 | 水酸基修飾よりも計算上の吸着親和性が低い |
| アミノ基修飾() | 比較対照群 | DFTによる吸着エネルギー計算と電極の試作 | 長期サイクル特性の詳細な比較データは限定的 |
| 水酸基修飾(、SSCC-OH) | 主な開発対象 | 吸着エネルギー、比表面積約1,005 、1万回超のサイクル試験 | 吸着特性と長寿命化の関係には複数の要因が関与する |
こうした計算結果を基に、研究チームは水酸基を導入した自立型カーボンナノチューブシート電極(SSCC-OH)を作製した。顕微鏡観察や各種分光測定では、官能基の導入とヨウ素が均一に担持されていることを確認したという。得られた正極の比表面積は約1,005 で、研究チームはこの大きな表面積とナノチューブの立体構造が、ヨウ素種の物理的な閉じ込めと化学的な吸着の両方に寄与すると説明している。
1 A/gで1万回超、10 A/gでは9万3,400サイクルを記録
水酸基で修飾したカーボンナノチューブにヨウ素を担持した正極(SSCC-OH/)を使い、研究チームは小型セルで充放電性能と耐久性を評価した。
1 A/gの条件では、初期可逆容量として175.5 mAh/gを記録した。その後、1万回以上の充放電を繰り返しても89.34%の容量を維持したという。試験時間は3,500時間(約145日)以上に達しており、ヨウ素種の溶出が問題となる水系亜鉛ヨウ素電池で、長期間にわたる安定した動作を確認した結果となった。
さらに、電流密度を10 A/gに高めた高速充放電試験では、初期容量120 mAh/gを記録し、9万3,400サイクルに達したと報告している。高い電流密度でこれほど多くの充放電を繰り返せたことは、開発した正極の耐久性を示す重要な結果である。
- 初期可逆容量 (mAh/g)
- 達成サイクル数 (千回)
データを表で見る
| 初期可逆容量 (mAh/g) | 達成サイクル数 (千回) | |
|---|---|---|
| 1 A/g 測定 | 175.5 | 10 |
| 10 A/g 測定 | 120 | 93.4 |
ただし、二つの結果は試験条件が異なるため、単純には比較できない。1 A/gで1万回超の充放電後に89.34%の容量を維持した結果と、10 A/gで9万3,400サイクルに達した結果は、それぞれ独立した測定値だ。したがって、「9万3,400サイクル後も89.34%の容量を維持した」という意味ではない。電流密度が高いほど1サイクルに要する時間は短くなるため、サイクル数が多いからといって、実際の使用時間に対する寿命も長いとは限らない。
また、未修飾CNTやカルボキシル基、アミノ基で修飾した電極も対照群として用いられたが、公開資料で確認できる比較データには限りがある。各対照群の全サイクルにわたる詳細な測定結果に加え、サンプル数、信頼区間、誤差範囲などの統計情報も十分には示されていない。このため、水酸基修飾による改善効果の大きさや再現性を厳密に評価するには、追加データや独立した追試が必要となる。
分光測定でヨウ素の反応を追跡、シャトル効果はどこまで抑えられたのか
研究チームは、長寿命化の仕組みを調べるため、充放電中の電極内部でヨウ素種がどのように変化するのかを分析した。用いたのは、電池を動作させながら反応を観察するオペランドラマン分光法と、充放電後の電極表面の化学状態を調べるX線光電子分光法(XPS)である。
オペランドラマン分光測定では、充放電に伴って電極内部のヨウ素種が可逆的に変化する様子が確認された。特にSSCC-OH/正極では、充電と放電のそれぞれの終点付近で、反応中間体である三ヨウ化物イオン()に由来するラマンシグナルが消失していた。研究チームはこの結果について、中間体が電解液中へ拡散して失われるのではなく、電極表面で効率よく次の反応へ進んでいることを示すものと解釈している。こうした反応の促進が、シャトル効果の抑制につながっているという説明だ。
ただし、ラマンシグナルの消失だけで、シャトル効果が完全になくなったと断定することはできない。充放電の終点での信号が検出されなくても、途中の過程で微量のポリヨウ化物イオンが電解液へ溶出している可能性は残る。また、ラマン分光測定で観察できる領域や検出感度には限界があり、電解液全体への拡散を直接測定しているわけではない。今回の結果はシャトル効果の抑制を支持するものだが、あらゆる条件で溶出が完全に防がれたことを証明するものではない。
研究チームが提案する反応機構は、水酸基による化学的吸着、表面電荷の再分布、ナノチューブ構造による物理的な閉じ込め、そしてヨウ素種の酸化還元反応の促進を組み合わせたものだ。これらが相乗的に働くことで、反応中間体が正極に保持されやすくなり、副反応による損失が減少すると考えられる。ただし、DFT計算による吸着エネルギー、分光測定で観察された化学状態の変化、長期サイクル試験による耐久性は、それぞれ異なる側面を評価した結果である。個々の要因が寿命の改善にどの程度寄与したのかについては、さらに詳しい検証が必要だ。
150 mgのヨウ素を使ったパウチセルでも動作、実用化には課題
今回の研究では、小型セルだけでなく、150 mgのヨウ素を担持したパウチセルも作製している。これは、研究室で得られた電極性能を、より実用的な電池構造へ展開できるかを確かめるための試験だ。
パウチセルは3.612 の電流密度で動作し、動作電圧1.1 V、実測容量23.8 mAhを記録した。また、350サイクルの充放電後も91.7%の容量を維持したと報告されている。小型電極で得られた性能が、ヨウ素の担持量を増やしたセルでも一定程度維持されたことは、実用化に向けた初期段階の成果といえる。
もっとも、このパウチセルの試験は350サイクルにとどまり、前述の小型セルで記録した1万回超や9万3,400サイクルという結果とは大きな隔たりがある。電極面積や活物質量が増えると、電解液の分布やイオンの移動、電極内部の反応の均一性などが変化するため、小型セルの長寿命特性がそのまま再現されるとは限らない。パウチセルでも同等の耐久性が得られるかどうかは、今後の長期試験で確かめる必要がある。
また、商用電池としての性能を判断するには、活物質の質量当たり容量(mAh/g)だけでは不十分だ。集電体、電解液、セパレータ、外装材を含めたセル全体の重量エネルギー密度(Wh/kg)と体積エネルギー密度(Wh/L)を評価する必要がある。さらに、カーボンナノチューブの官能基修飾にかかる製造コストや量産歩留まり、長期保管中の容量劣化を表すカレンダー寿命、低温・高温環境での安定性なども重要になる。こうした実用要件の多くは、今回の研究ではまだ十分に検証されていない。
今回の成果の重要性は、単に長いサイクル寿命を記録したことだけではない。DFT計算で有望な官能基を選び、実際の電極を作製して性能を評価することで、水系亜鉛ヨウ素電池の正極を合理的に設計する手法を示した点にある。この考え方は、他のハロゲン系正極や複数電子が関与する反応を利用した電池材料にも応用できる可能性がある。今後は、異なる材料系でも同様の効果が得られるか、そして電池の大型化に伴う反応や物質移動の不均一性を克服できるかが、技術の実用性を見極める鍵となる。



