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Apple、脳波でiPhoneを操作する未来に向けSynchronと協業

Y Kobayashi

2025年5月14日

Appleがアクセシビリティの新たな地平を切り開こうとしている。脳波インターフェース(BCI)技術のスタートアップSynchronとの協業により、私たちの「思考」そのものでiPhoneやApple Vision Proといったデバイスを操作する未来が、いよいよ現実のものとして輪郭を現し始めた。今年後半にリリースが予定されるiOS 19やvisionOS 3には、この革新的な技術を支える基盤が組み込まれることが明らかになっている。

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加速するAppleのアクセシビリティ戦略:脳波インターフェース(BCI)への挑戦

Appleは長年にわたり、テクノロジーをすべての人にとって利用しやすいものにするため、アクセシビリティ機能の開発に注力してきた。画面読み上げ機能のVoiceOver、スイッチコントロール、AssistiveTouchなど、その取り組みは多岐にわたる。しかし、今回明らかになった脳波インターフェース(BCI: Brain-Computer Interface)への本格的な取り組みは、これまでのアクセシビリティの概念を根底から覆す可能性を秘めていると言えるだろう。身体的な制約を補うだけでなく、人間の「思考」そのものを新たな入力手段として捉え直すこの試みは、まさにSFの世界の出来事が現実になろうとしているかのようだ。

ではなぜ今、AppleはBCI技術にこれほどまでに力を入れるのだろうか。要因の一つとして、Synchronのような企業による、比較的身体への負担が少ない(低侵襲な)実用的なBCIデバイスの開発が進んできたことが挙げられる。加えて、Apple自身が「空間コンピュータ」と銘打つApple Vision Proの登場も、BCI技術との親和性の高いプラットフォームとして大きな役割を果たすと考えられる。

だが何よりも、この動きの背景には「すべての人々がテクノロジーの恩恵を享受できるようにする」というAppleの企業哲学が根底にあるだろう。iOS 19およびvisionOS 3で導入が予定されているBCIサポートは、その哲学を具現化する重要な一歩であり、サードパーティの開発者にとっても新たな可能性の扉を開くものとなるだろう。

鍵を握るパートナー「Synchron」とその革新技術「Stentrode」

AppleがBCI技術開発のパートナーとして選んだSynchron社は、この分野で近年急速に注目を集めているスタートアップ企業だ。同社の主力技術である「Stentrode」は、従来のBCIデバイスとは一線を画す革新的なアプローチを採用している。

多くのBCIデバイスが、頭蓋骨に穴を開けて脳に直接電極を埋め込むという、侵襲性の高い外科手術を必要とするのに対し、Stentrodeはカテーテルを用いて首の静脈から脳の運動皮質(手足の動きなどを司る脳の領域)表面の血管へと留置されるステント(網目状の筒)型のデバイスである。これにより、患者の身体的負担を大幅に軽減しつつ、脳活動に伴う微弱な電気信号を読み取ることが可能になる。

Elon Musk氏が率いるNeuralink社の「N1」インプラントが1,000以上の電極を脳の深部に直接埋め込むアプローチと比較すると、Stentrodeの電極数は16個と少ない。だが、AppleがSynchron社と協業する背景には、この「低侵襲性」と「安全性」に対する高い評価があるのではないかと推察される。Apple製品は常にユーザーフレンドリーであることと安全性を最優先事項として開発されてきた。BCIのような最先端技術においても、その基本姿勢は揺るがないように見受けられる。

The Wall Street Journalによって報じられた、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患うMark Jackson氏の体験談は、Stentrode技術が持つ無限の可能性を感動的に伝えている。Jackson氏は自宅にいながらにして、StentrodeとApple Vision Proを介してスイスアルプスの山頂に立ち、高揚感で足が震える感覚さえ覚えたと語っている。さらには、iPhoneやiPadの基本的な操作も可能になったとのことである。これは、重度の運動機能障害を持つ人々にとって、まさに暗闇を照らす一条の光と言えるだろう。

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Vision Proが拓く「思考インターフェース」の新たな可能性

Apple Vision Proは、同社が「空間コンピュータ」と位置づける、まったく新しいカテゴリーのデバイスである。その高精細なディスプレイ、強力な処理能力、そして現実世界とデジタル情報をシームレスに融合させる独自のインターフェースは、BCI技術と組み合わせることで、これまでにない革新的なユーザー体験を生み出す潜在力を秘めている。

例えば、前述のJackson氏のアルプス体験のように、ユーザーは自らの「思考」だけで広大な仮想空間を探索したり、現実の風景に重ねて表示されたデジタル情報を直感的に操作したりすることが可能になるかもしれない。The Vergeは、Vision Proが視覚に障害のあるユーザー向けに提供する拡大鏡機能や、周囲の状況を音声で解説するVoiceOver機能の強化についても報じている。これらの既存アクセシビリティ機能とBCIが有機的に連携することで、よりパーソナルで直感的な操作環境が実現するだろう。

現時点では、Synchron社の技術は主に「画面上のアイコンを選択する」といった基本的な操作が中心であり、Neuralink社がデモンストレーションで見せたような複雑なカーソル移動はまだ開発途上のようだ。しかし、AppleがiOS 19やvisionOS 3で提供する新しいBCI HID(Human Interface Device)プロファイルや開発者向けAPIを通じて、サードパーティの開発者が多様なアプリケーションやソリューションを生み出すことで、Apple Vision ProにおけるBCIの活用範囲は飛躍的に拡大していくものと大いに期待される。

iOS 19 / visionOS 3がもたらす具体的な進化

Appleは、今年後半のリリースが見込まれるiOS 19、iPadOS 19、そしてvisionOS 3において、BCI技術をOSレベルでネイティブにサポートするための重要な基盤を整備する。その中核をなすのが、新たに導入される「BCI Human Interface Device (BCI HID) プロファイル」だ。これは、様々なメーカーのBCIデバイスがApple製品と標準化された方法で通信できるようにするための共通規格であり、Synchron社はこの新しいプロファイルにいち早く対応することを表明している。この動きは、特定の企業に閉じた独自技術ではなく、よりオープンなエコシステムの構築を目指すAppleの意思の表れと解釈することもできるだろう。

また、既存のアクセシビリティ機能である「スイッチコントロール」も大幅に機能強化され、BCIからの入力をよりシームレスかつ柔軟に扱えるようになる。スイッチコントロールは、従来、頭の動きや外部接続された物理スイッチなどを用いてデバイスを操作するための機能であったが、これが思考による入力にも正式に対応することで、ユーザーの操作選択肢は格段に広がることになる。

BCI技術とは直接的な関連はないが、同じくアクセシビリティ機能として注目すべきは「Personal Voice」機能の進化である。iOS 17で初めて導入されたこの機能は、ユーザー自身の声を事前に録音しておくことで、その声質を再現した合成音声を生成し、コミュニケーションに活用できるというもので、特にALSの進行などにより将来的に発話能力を失うリスクのある人々にとって画期的なものであった。iOS 19では、このPersonal Voiceの作成プロセスが劇的に効率化される。従来は150種類ものフレーズを読み上げて録音し、音声処理に一晩を要していたが、これがわずか10フレーズ程度の録音と1分程度の処理時間で完了するようになり、生成される音声もさらに自然で滑らかなものになるということである。これは、BCIによるコミュニケーションを補完する、あるいは代替する重要な技術として、その価値を一層高めるものとなるだろう。

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立ちはだかる壁と、その先に見える未来

BCI技術は目覚ましい進歩を遂げているものの、その技術が広く社会に浸透し、多くの人々にとって身近なものとなるまでには、まだ数多くの課題が存在する。前述のMark Jackson氏自身も、Synchron社の技術はまだ開発の初期段階にあり、例えばカーソル操作の速度など、改善すべき点が多く残されていると指摘している。操作の精度、応答速度、そして何よりも長期間にわたる安全性とデバイスの耐久性の確保は、実用化に向けた大きなハードルと言えるだろう。また、人間の脳情報を扱うことに対する倫理的な議論や、社会的な受容性をいかに醸成していくかといった点も、避けては通れない重要な課題である。

しかしながら、Appleのような巨大IT企業がこの分野に本格的に参入し、さらには技術の標準化に向けた動きを見せていることは、業界全体にとって非常に大きな推進力となるはずだ。これらのBCI関連技術が将来的にはカメラを搭載したAirPodsやスマートグラスといった、より小型で日常的に利用しやすいウェアラブルデバイスに応用される可能性も考えられる。もしそうなれば、BCIは障害を持つ人々のための補助技術という側面に留まらず、すべての人々にとって全く新しいヒューマン・マシン・インタラクションの形を提供する基盤技術へと進化するかもしれない。それは、AppleがApple Vision Proで提唱する「空間コンピューティング」の、さらにその先にある未来像と言えるのではないだろうか。

Appleの「静かな革命」が意味するもの

AppleによるBCI技術への取り組みは、例えばElon Musk氏率いるNeuralink社が行うような華々しい成果発表とは対照的に、比較的静かに、しかし着実に進められているという印象を受ける。プレスリリースや開発者向けカンファレンス(WWDCなど)で断片的に情報が公開され、その後、The Wall Street Journalのような影響力のあるメディアを通じてその詳細や背景が少しずつ明らかになっていく。これは、いかにもAppleらしい慎重かつ戦略的なアプローチと言えるだろう。

しかし、その水面下で進められている開発は、まさに「革命」と呼ぶにふさわしい壮大なポテンシャルを秘めている。なぜなら、それは単なる目新しい技術の導入に留まらず、「誰一人取り残さない」というAppleが長年掲げてきた理念を、最も困難な課題の一つである重度身体障害を持つ人々のコミュニケーションという領域において、真に実現しようとする崇高な試みだからだ。

Synchron社との緊密な協業、iOSやvisionOSといった基幹OSへのネイティブサポートの組み込み、そして開発者コミュニティへの技術仕様の門戸開放。これら一連の動きは、AppleがBCIを一部の特殊なユーザーのためだけの技術ではなく、将来的には誰もが利用できる標準的なインターフェースの一つとして社会に定着させようとしていることの表れではないだろうか。

もちろん、前述の通り実用化に向けて解決すべき課題は山積しており、その道のりは決して平坦ではないだろう。しかし、Appleという企業がこの分野に本腰を入れたことの意義は計り知れない。これは、単にアクセシビリティ技術の未来を左右するだけでなく、人間とテクノロジーの根源的な関係性そのものを問い直す、壮大な社会実験の始まりなのかもしれない。


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「Apple、脳波でiPhoneを操作する未来に向けSynchronと協業」への1件のフィードバック

  1. これが成功したら、AppleはiPhone経由で人間の脳波をビッグデータとして取り込める。

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