Appleは2026年9月1日、John Ternus(ジョン・ターナス)氏をCEO(最高経営責任者)兼取締役に据えた。15年間CEOを務めたTim Cook(ティム・クック)氏は執行会長に移り、各国の政策立案者との関係を含む一部業務を支援する。Appleの現行Leadershipページにも新しい役職が反映されており、4月に予告された人事は実施済みだ。
Ternus氏は25年間Appleに在籍したハードウェアエンジニアである。だが、引き継ぐ会社の稼ぎ方は製品販売に収まらない。直近四半期はサービスが売上高の28.1%を占め、粗利益では42.4%を生んだ。しかも次世代のSiri AIは、CEO就任時点ではデベロッパテストの途中にある。新体制を測るには、9月の新製品より長い物差しが要る。
CEO、執行会長、独立監督の三者配置
9月1日にはCEOの名札に加え、取締役会の構成も変わった。Appleは業務を執行するCEO、取締役会を率いながら一部業務を支援する執行会長、独立取締役側を代表する筆頭独立取締役を別々に置いた。
| 役割 | 人物 | 9月1日からの状態 | Appleが公表した範囲 |
|---|---|---|---|
| CEO・取締役 | John Ternus | 新任 | Appleの経営と業務執行を担い、取締役会にも加わる |
| 執行会長 | Tim Cook | CEOから異動 | 世界各国の政策立案者との関わりを含む、一部業務を支援する |
| 筆頭独立取締役 | Arthur D. Levinson | 非執行会長から異動 | 独立取締役側を代表する |
この三者配置により、Ternus氏へ執行権を移しながら、Cook氏が築いた対外関係を取締役会側へ残せる。Levinson氏を筆頭独立取締役へ移したことで、執行会長とは別に独立監督の窓口も明示した。ただし、Appleが説明したCook氏の関与は「一部業務の支援」までだ。日常業務を共同で指揮するのか、どの案件で承認権を持つのかは公表されていない。
Appleは2011年8月24日にも似た承継を行った。Steve Jobs氏が会長へ移り、当時COOだったCook氏がCEO兼取締役に就いた。退任CEOを会長に残し、新CEOを取締役会へ迎える骨格は共通する。一方、2026年は4月の発表から夏を通じて引き継ぎ期間を設け、筆頭独立取締役も置いた。今回はCook時代の連続性を、執行、対外関係、独立監督という役割に分けて残した。
25年のハードウェア畑から、全社の執行へ
Ternus氏は2001年にAppleのプロダクトデザインチームへ加わり、2013年にハードウェアエンジニアリング担当バイスプレジデントへ昇格した。2021年には同担当シニアバイスプレジデントとして経営陣に入り、iPhoneやMacの複数世代に加えて、iPadとAirPodsの立ち上げにも関わった。
公式経歴で目を引くのは、新製品の数よりも信頼性と耐久性への言及だ。Appleは、再生アルミニウムの開発、Apple Watch Ultra 3での3Dプリントチタニウム、修理しやすさを高める設計をTernus氏の実績として挙げる。薄さや処理性能の競争に加え、材料選択から製品寿命まで担当範囲を広げてきた。
ただし、これらはCook氏がCEOだった時代にハードウェア責任者として積んだ実績である。9月9日のイベントで発表される製品があっても、就任8日で企画から量産まで仕上げた「Ternus製品」にはならない。CEOとしての評価は、製品開発の優先順位や組織の資源配分が変わり、その結果が市場へ出てから始まる。
売上高28.1%、粗利益42.4%をサービスが担う
2026年度第3四半期のAppleは、1094億1700万ドルの売上高を計上した。前年同期比16%増で、6月期として過去最高である。製品とサービスの売上高、売上原価を同じ四半期で並べると、Ternus氏が引き継いだ会社の収益構造が見える。
Cook氏の在任中、年間売上高は2011会計年度の1080億ドルから2025会計年度の4160億ドル超へ、ほぼ4倍に増えた。サービスは1000億ドルを超える事業へ育った。Ternus氏が継ぐのは、25億台超の稼働端末から継続的に収益を得る会社でもある。
| 区分 | 売上高 | 売上原価 | 粗利益(算出) | 粗利益率(算出) |
|---|---|---|---|---|
| 製品 | 786億7800万ドル | 471億5300万ドル | 315億2500万ドル | 40.1% |
| サービス | 307億3900万ドル | 74億9400万ドル | 232億4500万ドル | 75.6% |
| 全社 | 1094億1700万ドル | 546億4700万ドル | 547億7000万ドル | 50.1% |
2026年度第3四半期は、サービスが売上高の28.1%に対して粗利益の42.4%を生んだ。
粗利益は売上高から売上原価を引いた値であり、研究開発費や販売管理費を配分した部門利益ではない。それでも、ハードウェア出身のCEOが製品だけを磨けばよいわけではないことは分かる。App Store、iCloud、Apple Musicなどのサービスは、25億台を超えるアクティブデバイスと結び付き、製品販売より高い粗利益率を支えている。
比較にはもう一つ注意が要る。全社粗利益率50.1%には、関税の還付が約2ポイント有利に働いた。Appleは製品とサービスへの配分を開示していないため、表の差を恒常的な採算差とみなすことはできない。次の決算では、還付の影響を除いた粗利益率と、サービス売上高の伸びを分けて追う必要がある。
Siri AIはまだ一般提供前
Ternus氏が受け取ったもう一つの未完了案件がSiri AIだ。Appleは2026年6月8日、個人の文脈理解や画面認識を備えた新しいSiriを発表した。しかし、就任時点で利用できるのはデベロッパ向けテスト版であり、対応デバイスを英語に設定した一般ユーザー向けベータは年内を予定する。
提供地域にも制約がある。Appleの案内では、初期段階のEUでiOS、iPadOS、watchOS向けSiri AIを提供せず、中国でも利用できない。日本語を含む複数言語に対応済みのApple Intelligenceと、英語設定から始めるSiri AIの提供範囲は同じではない。
このため、新CEOのAI戦略を発表時の機能数だけで評価するのは早い。まず年内ベータを予定どおり出し、個人データを扱う機能が実環境で正確に動くかを検証する必要がある。続いて英語以外の言語と規制地域へ広げられるかを見る。Ternus氏のハードウェア経験が効くとすれば、端末上の処理とクラウド処理を製品全体で成立させる局面だろう。ただし、その成果は今後の提供実績で確かめなければならない。
最初の8日より、次の数四半期を見る
Appleは9月9日午前10時(米太平洋時間)に特別イベント「Surprise and shine」を開く。Ternus氏のCEO就任から8日後に当たるが、公式告知は製品名も登壇者も明らかにしていない。誰が冒頭を務めるかは新体制の見せ方を知る手掛かりにはなる。それだけで経営方針が変わったとは言えない。
短期には、イベントで公表する製品の価格、発売地域、供給時期を確認したい。数四半期では、Siri AIのベータ提供と製品・サービス別の粗利益を追う。さらに長く見れば、Ternus氏が重視してきた信頼性や修理しやすさが、新製品の設計とサポート期間へどう反映されるかが問われる。
Cook氏が政策対応を支え、Ternus氏が製品と経営の執行に集中できるなら、今回の分担体制は円滑な交代に役立つ。反対に役割の境界が曖昧なら、重要な判断が誰のものか外部から見えにくくなる。Appleの新体制は9月9日の演出ではなく、一般提供の日付、決算の構成、製品寿命という三つの実績から輪郭を現す。
