原子力商船は、半世紀以上前から「もうすぐ実用化する」と言われ続け、そのたびに港と保険の壁で止まってきた。米海事局(MARAD)が英Core Powerと交わした覚書(MOC)には、米国籍の原子力商船50隻、建造開始2028年という数字が並ぶ。1959年に進水したNS Savannahは、炉の事故ではなく、通常船の1.3倍という乗員数と港湾側の受け入れ拒否、そして補助金頼みの採算で退場した。67年間で建造された原子力貨物船は4隻しかなく、商業運航に進んだ3隻のうちSavannahとOtto Hahnは運航開始から5年、約10年でそれぞれ退き、ソ連のSevmorputだけが老朽化するまで30年以上走り続けた。今回の計画が過去と違うと言えるかどうかは、当時なかった規制と保険の枠組みを建造と並行して用意できるかにかかっており、その原資の一部は日本の商社と造船会社から出ている。

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研究の積み上げを打ち切り、2028年の着工へ

署名は2026年8月24日、ワシントンの米運輸省本部で行われた。相手のCore Powerは2018年に設立された英国の海上原子力企業である。これまで船級協会Lloyd's Registerと海運大手Maerskを相手に、第4世代炉を積むコンテナ船の規制と安全性を共同で研究してきた。2026年6月には、BWXTの195MWe級mPower炉を使う浮体式発電所の実現可能性調査にも入っている。

MOC自体は「将来の米国籍原子力商船隊」とだけ記し、隻数や船種を明記していない。Core Power側が示す構想として報じられているのは、LNGタンカーとコンテナ船を混ぜた50隻、建造開始目標2028年である。

Core Powerを率いるMikal Bøeは「もう一つの研究を求めているのではない。2028年からの建設開始を目指す」と述べている。海上原子力をめぐるこの10年の成果物は、実現可能性調査と規制研究の報告書だった。Bøeの一言は、その段階を終わらせるという宣言に当たる。

MARAD長官のStephen Carmelの語り口は違う。原子力推進を真剣な商業機会だとしたうえで、安全性と安全保障、規制当局の認可、投資対象としての成立性がそろった完全なシステムとして取り組むべきだと述べた。同じ署名式で、片方が着工の年を語り、片方が制度の完成度を語っている。

Core Power側の発表文書には分業の構想も入っている。従来型の船体建造は日本・韓国など同盟国の造船能力を活用し、米国内には原子炉の設置、初回燃料装荷、試験、再燃料装荷、燃料取り出しまでを担う専用施設を置くという内容だ。造船能力がどこに集まっているかと、核燃料をどこで扱うかを切り分けた設計である。ただし両者は、MOCが調達契約でも予算の確約でもないと明記している。50隻という数字も、いまのところ目標であって発注ではない。

コストについては、原子力商船1隻あたり約7億ドル、従来船の約2.5億ドルに対して2.8倍になるとMaritime Executiveが報じている。この単価はMARADとCore Powerが公式に示した見積もりではない。業界紙1社の報道であり、他媒体の裏付けはまだ出ていない。それでも桁の感覚は伝わる。船主が同じ航路に投じる資本が3倍近くに膨らむなら、燃料費の節約分だけで回収するのは難しい。

なぜ3隻は港で止まり、1隻だけ老いるまで走ったのか

原子力貨物船として建造・進水したのは、67年間でこの4隻だけである。米国のNS Savannah、西ドイツのOtto Hahn、日本のむつ、ソ連のSevmorputだ。このうち商業運航にこぎ着けたのはSavannah、Otto Hahn、Sevmorputの3隻で、むつは実証運航の段階を出ないまま終わっている。SavannahとOtto Hahnはそれぞれ運航開始から5年、約10年で経済性や寄港制限を理由に退いた。ソ連(後のロシア)のSevmorputは就役直後に複数の自国港とバンクーバーから入港を拒まれたが、その後は北極海航路の国内輸送を軸に運航を続け、30年以上を経た2024年以降、船齢超過を理由に通常動力船へ置き換えられる見通しだと運航者は説明している。

出来事
1959年 NS Savannah進水(米国、建造費4690万ドル)
1962年 NS Savannah、実証航海を開始
1965年 NS Savannah、商業運航の許可を取得
1968年 Otto Hahn就役(西ドイツ)
1969年 むつ進水(日本)
1970年 NS Savannah、商業貨物輸送を終了
1971年 NS Savannah、燃料を抜き係船
1974年 むつが出力上昇試験中に放射線漏れ
1979年 Otto Hahn退役
1988年 Sevmorput就役(ソ連)
2018年 Core Power設立(英国)
2024年 Sevmorput、船齢超過で置き換えが表明される
2026年 MARADとCore PowerがMOCに署名
2028年 建造開始の目標年

年表を並べると、退場の理由が炉の故障に集中していない点が見えてくる。Savannah、Otto Hahn、むつを止めたのは陸側の条件であり、Sevmorputだけが船齢まで走り続けた。なお1959年から1990年代までの各船の日付は、専門メディアと事典的資料の記述に基づく。

NS Savannahは1959年7月に進水し、1962年から1965年まで実証航海を重ねたのち、米原子力委員会(AEC)から商業運航の許可を得た。建造費は4690万ドル。原子炉は設計どおりに動き、技術的な信頼性は運航期間を通じて高く保たれた。採算を崩したのは運用条件である。通常船の1.3倍にあたる乗員が必要で、人件費が恒常的に上振れした。

そして港が壁になった。米国内の港湾当局と労働組合は受け入れを渋り、日本とオーストラリア、ニュージーランドは入港を認めなかった。補助金なしでは航路が成立せず、1970年に貨物輸送を終え、1971年に燃料を抜かれて係船された。皮肉なことに、寄港先での見学者は延べ150万人に達した。展示物としては人を集め、貨物船としては採算に届かなかった。

原子力船の採算は、燃料費の節約分が乗員と保険と寄港手続きの追加費用を上回るかどうかで決まる。Savannahの場合、その差は埋まらなかった。しかも港を1つ拒否されれば、その航路の設計そのものが崩れる。原子力船の経済性は、炉の熱効率よりも、入港を認める港がいくつあるかで決まる。

日本の原子力船「むつ」は1969年6月に進水した。1974年9月1日、出力上昇試験の最中に放射線が漏れる。原因は遮蔽構造の欠陥であり、原子炉本体の不具合ではなかった。それでも世論の反発は収まらず、母港の受け入れをめぐる紛糾が続いた。むつは商業航路に就かないまま原子炉を降ろされ、海洋地球研究船「みらい」へ転用されている。

Sevmorputだけは違う道をたどった。就役直後には複数の自国港とバンクーバーから入港を拒まれ、他の3隻と同じ壁に一度はぶつかっている。それでも北極海航路の国内輸送という代替路線を持っていたため運航を続け、1990年代にはベトナム航路にも就いた。2016年の大規模改修後も稼働を続け、2022年から2023年にかけて複数回の航海が確認できる。2024年以降は船齢超過を理由に通常動力船への置き換えが見込まれており、正式な退役時期は確認できていない。

乗員をめぐる論点も、いまの計画に形を変えて戻ってくる。原子炉を扱う乗組員の資格制度は、MARAD・Core Power側が今後詰めるべき検討項目として挙げている。Savannahの実績が示すように、その分の人件費と教育費は通常船に上乗せされる。1隻7億ドルという建造費の差は初期投資の話であって、運航段階のコスト差はその外側で積み上がる。

4隻に共通するのは、炉が壊れたことではない。船を迎える側の制度が、船より先に用意されていなかったことだ。港湾当局の判断も、労働組合の受け入れも、賠償責任の分担も、船が完成してから交渉が始まっている。Sevmorputも就役直後は同じ壁にぶつかったが、国内の北極海輸送という代替路線を持っていた分だけ、老いるまで走り続ける余地があった。

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188隻の船隊に50隻、名目350億ドルという計算

米国籍の外航商船(総トン数1000トン以上の自航式船)は、MARAD公式ダッシュボードによれば2026年3月時点で188隻である。50隻という目標をこの母数に当てると、50÷188で約27%になる。現有船隊の4分の1を超える規模を、新たに原子力で建造するという計算だ。ただし188隻は現在稼働している船の数、50隻はこれから造る船の数であり、同じ時点の比較ではない。規模感を測る参照として読むのが正しい。

金額でも見ておく。報じられている1隻7億ドルを50隻に単純に掛けると、名目350億ドルになる。2026年8月24日の日本銀行公表相場(1ドル159円)で換算すれば約5兆5650億円(以下の円換算も同じレートで計算した)。値引きも規模の経済もインフレ調整も入っていない粗い数字であり、専用の造船設備や燃料サイクル施設といった陸上インフラの建設費は含まない。LNGタンカーとコンテナ船で仕様が異なる以上、全50隻が同一単価で並ぶという前提も簡略化である。

それでも、この粗い試算は必要な資金の桁を示す。350億ドルという規模に見合う財源は、どこからも示されていない。その具体像が公表されるまで、2028年着工という目標は日程表の上の数字のままだ。

日程についても同じ報道が触れている。Maritime Executiveは初号船の納入目標を2033年としており、着工から引き渡しまで5年を見込む工程になる。残る49隻をどの速度で並べるかは、船台の確保と炉の量産体制の両方に左右される。

350億ドルがどこへ流れるかは、日本の造船業にとって直接の関心事になる。船体を日本と韓国の造船所が建造する分業が実現すれば、この金額の一部は東アジアの船台へ落ちる。内訳は公表されておらず、船体と原子炉のどちらにいくら配分されるかも決まっていない。

中国の200MWトリウム炉と、建造量95%という前提

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米国が船体を日本と韓国に頼る理由は、建造能力の分布にある。国連貿易開発会議(UNCTAD)のReview of Maritime Transport 2025によれば、2024年の世界の船舶建造量(総トン数ベースの完工実績)は中国が54.57%、韓国が28.02%、日本が12.56%を占め、3カ国合計で95.15%に達する。新規受注でも中国の存在感は大きく、2025年には受注量(補正総トン数ベース)の6割強を中国の造船所が獲得したと報じられている。米国の造船所はこの統計のなかでごく小さな存在で、50隻を自国だけで賄う体制を持っていない。

その中国も原子力商船に手を伸ばしている。中国船舶集団(CSSC)傘下の江南造船は2023年12月、トリウム系の溶融塩炉で動く24,000TEU級コンテナ船「KUN-24AP」の設計をマリンテック上海で公表し、船級協会DNVから基本承認(AiP)を取得した。2025年の報道では、この構想の技術詳細として熱出力200MW200MWth)のトリウム溶融塩炉、14,000TEU級という数字も伝えられており、発表の時期によって規模の記載が揺れている。

DNVの基本承認は、設計が規制の枠組みに乗る見込みを示す通過点であり、建造契約や詳細設計の完了を意味しない。主要寸法と機関配置、重量配分の見当をつけた段階から、詳細設計を経て鋼材を発注し、ようやく起工に至る。中国側の計画も、いまは図面の段階にある。

韓国も同じ方向へ進んでいる。HD Hyundaiは米船級協会ABSと、16,000TEU級の原子力コンテナ船の共同開発に着手した。米国が船体を任せようとしている造船国は、その船体に載せる炉の側でも先行しようとしている。日本と韓国の造船所にとって、原子力商船は受注の対象であると同時に、自社の技術開発の対象でもある。

両者の距離を分けるのは、図面がどこまで進んでいるかという点ではない。設計から鋼材へ移る段になったとき、船台と熟練工と資材調達網をすでに抱えているのは95%側である。米国の計画が船体を東アジアに出す設計になっているのは、この非対称を認めたうえでの選択だ。

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Core Powerの株主名簿に並ぶ日本の造船と商社

Core Powerの資本には、日本企業が深く入っている。三井、三菱、住友を含む投資家から累計で約2億ドル(約318億円)を調達したと報じられている。この中には2023年5月、今治造船・尾道造船を含む日本企業13社が引き受けた約8000万ドル(約127億円)の増資ラウンドが含まれ、これにより日本企業がCore Powerの過半数株主になったとされる。この増資は今回のMOCより3年以上前の出来事であり、米国政府との合意に連動したものではない。

株主構成と分業構想は同じ方向を向いている。米国が原子炉の設置と燃料装荷・取り出しを引き受け、船体は東アジアの造船所が担うという役割分担は、資本の流れをそのまま工程に写している。日本の造船会社にとっては、株主として関与している企業の計画が、自社の船台の仕事に変わる筋道でもある。

ここに歴史の折り返しがある。1974年に「むつ」を受け入れられなかった国の造船会社が、いま米国の原子力商船計画の主要株主として名を連ねている。ただし、むつで詰まったのは船を造る能力の側ではない。船を迎える港と世論の側だった。日本の造船所が米国向けの原子力商船を建造したとして、その船が日本の港に入れるかどうかは、まったく別の交渉になる。

出資の時期も見ておく価値がある。今治造船・尾道造船を含む日本企業13社による増資は2023年5月であり、米政府との協力が具体化するより3年以上前に決まっている。日本側は、米国が原子力商船へ本腰を入れる前の段階で株主の座に着いていた。

資本の出所は、計画の耐久力にも関わる。連邦の資金が動く前の段階では、計画を前へ運ぶ費用は民間側が負う。Core Powerの株主に商社と造船会社が並んでいることは、船を造る側と発注する側が同じ資本の輪に入っていることを意味する。Savannahが補助金なしでは採算に届かなかったことを思えば、民間資本が前面に出る構造は当時との違いに数えられる。

2045年という予測を動かすのは保険と港湾の側だ

船級協会DNVは、原子力推進が商用スケールに達する時期を2045年頃と見込んでいる。Core Powerが掲げる着工目標は2028年で、両者の間には17年の開きがある。この差は炉の開発期間の見積もり違いから生まれているというより、船が走り出すために炉の外側で片づけなければならない手続きの量から生まれている。

原子力船が一つの航路に就くには、旗国の認可だけでは足りない。寄港する国ごとに当局が受け入れを認め、事故が起きたときの賠償責任の所在が条約と保険契約で確定していなければ、船主は運航に踏み切れない。Savannahの時代、この枠組みは用意されておらず、寄港のたびに個別交渉が要った。今回の計画で当時と違うのは、この制度整備を炉の開発と同時に走らせるという設計思想である。Carmelが「完全なシステム」という言い方をしたのも、そこを指している。

反対論のほうも具体化している。Bulletin of the Atomic Scientistsは2024年、原子力商船に否定的な論拠として、海賊やテロの標的になるリスク、保険制度の未整備、規制当局による厳格な審査の必要性を挙げた。このうち保険と規制審査の2つは、Core Power陣営が技術開発と並行して埋めると言っている項目とそのまま重なる。残る1つ、航行中の船に積まれた核燃料をどう守るかは、Carmelが挙げた安全保障の側に属する問いで、造船所でも規制当局でもなく、各国の海上警備の体制に答えを預けることになる。

判定材料は3つある。米国内で原子炉の統合と燃料交換を担う施設の建設が始まるかどうか。主要な寄港国が受け入れの手続きを整えるかどうか。そして船主が引き受け手を見つけられる責任保険が、商品として成立するかどうか。どれも2028年より前に動きが見えるはずのもので、動かなければ着工の年は後ろへずれる。

Bøeが2028年という年を口にしたのは、4隻目の実験船を作るためではない。3つの条件がそろったとき、原子力商船は国家の威信計画を離れ、船主が採算で選ぶ選択肢になる。67年かけて解けずに残っているのは、炉ではない。その3つだ。